作品を知る

揃物の名が、画面に刷られている——北斎《冨嶽三十六景》と広重《六十余州名所図会》

題箋という小さな枠に、組の名と一枚の題が入っている。版木に彫られているので、一枚だけになっても消えない。三十六景が四十六枚になった事情も含めて、企画の数と実際の枚数のずれを読みたい。判型がそろい、題箋の位置だけが構図に応じて変わる。並べたときの見え方まで考えられている。

野暮田の浦、冨嶽三十六景より
葛飾北斎《野暮田の浦、冨嶽三十六景より》メトロポリタン美術館蔵

題に、揃物の名が入っている

浮世絵の題は、たいてい二段になっている。

前半に、その一枚の主題。

後半に、属している揃物の名。

たとえば、こうである。

《野暮田の浦、冨嶽三十六景より》。

前半の「野暮田の浦」が、描かれた場所。

後半の「冨嶽三十六景」が、揃物の名である。

三十六枚で一組ということが、名前に入っている。

そして、館はこの一枚を一件として登録している。

三十六枚をまとめて一件にはしない。

一枚ずつ、別々に数える。

野暮田の浦、冨嶽三十六景より
葛飾北斎《野暮田の浦、冨嶽三十六景より》1830年から1832年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦26センチ、横38.6センチ。番号はJP1337。メトロポリタン美術館蔵。葛飾北斎《野暮田の浦、冨嶽三十六景より》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。

手前に、大きな鳥居が二基立っている。

木の柱が、画面の左半分を占めている。

その足元に、干潟が広がる。

小さな人影がいくつか、貝を拾っている。

奥に、青い海と、白い富士。

そして、右上の隅に四角い枠がある。

そこに、揃物の名と、この一枚の題が刷られている。

題箋と呼ばれる、印刷された札である。

揃物の名が、画面の中に刷られている

ここが、これまで見てきた形式との大きな違いである。

三幅対の掛軸には、組の名は書かれていなかった。

三枚続の版画にも、組であることは刷られていない。

揃物の版画では、名が画面の中にある。

刷られているのだから、消えない。

一枚だけになっても、組の名は残る。

信州諏訪湖、冨嶽三十六景より
葛飾北斎《信州諏訪湖、冨嶽三十六景より》1830年から1832年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦24.8センチ、横37.8センチ。番号はJP2564。メトロポリタン美術館蔵。葛飾北斎《信州諏訪湖、冨嶽三十六景より》メトロポリタン美術館蔵

同じ揃物の、別の一枚である。

湖のほとりの景色である。

手前に、松の生えた岬。

その根方に、小さな建物と人影。

湖の水面が広く、青く塗られている。

対岸に、低い山なみ。

その向こうに、白い富士が小さく見える。

左上の隅に、青い枠の題箋がある。

前の一枚では右上だった。

置き場所が、一枚ごとに変わっている。

構図に合わせて、空いている隅に置くのだろう。

駿州片倉茶園ノ不二、冨嶽三十六景より
葛飾北斎《駿州片倉茶園ノ不二、冨嶽三十六景より》1830年から1832年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。高さ24.9センチ、幅37.1センチ。番号はJP1334。メトロポリタン美術館蔵。葛飾北斎《駿州片倉茶園ノ不二、冨嶽三十六景より》メトロポリタン美術館蔵

茶畑の景色である。

手前に、緑の畑と、そこで働く人々。

葉を摘む人、籠を背負う人、荷を運ぶ人。

中ほどに、水路と、それを渡る馬。

奥に、村と木立。

そして左上に、白い富士。

右上に、青い枠の題箋がある。

三枚とも、寸法は縦二五センチ前後、横三七センチから三九センチ。

大判を横に使った形である。

揃物のなかで、判型はそろっている。

そろっていなければ、並べたときに不格好になる。

六十余州という、大きな揃物

隠岐、焚火の社、六十余州名所図会より
歌川広重《隠岐、焚火の社、六十余州名所図会より》1853年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦35.6センチ、横24センチ。番号はJP589。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《隠岐、焚火の社、六十余州名所図会より》メトロポリタン美術館蔵

こちらは縦長である。

画面の下半分に、荒れた海がある。

白い波頭が、いくつも立っている。

その中に、舟が一艘。

舳先が高く上がり、いまにも転覆しそうである。

舟の上に、人が数人しがみついている。

上半分に、崖と、松の木。

そして右上に、赤い枠の題箋がある。

そこに、揃物の名と、国の名と、場所の名が刷られている。

六十余州名所図会。

日本の国を六十あまりに数え、それぞれの名所を一枚ずつ描く。

つまり、六十枚を超える揃物である。

伊予、西条、六十余州名所図会より
歌川広重《伊予、西条、六十余州名所図会より》1853年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦36.2センチ、横24.1センチ。番号はJP591。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《伊予、西条、六十余州名所図会より》メトロポリタン美術館蔵

海辺の景色である。

手前に、白い帆を大きく張った舟。

帆が、画面の中央を占めている。

その向こうに、緑と紫の山。

上に、青い空と、そこを飛ぶ雁の群れ。

雁は、斜めに並んで飛んでいる。

右上に、赤い枠の題箋。

前の一枚と、まったく同じ位置、同じ形式である。

因幡、加地古山、六十余州名所図会より
歌川広重《因幡、加地古山、六十余州名所図会より》1853年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。判型は間判とし、縦35.4センチ、横23.5センチ。番号はJP593。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《因幡、加地古山、六十余州名所図会より》メトロポリタン美術館蔵

桜の景色である。

手前に、大きな桜の木が一本。

幹が太く、枝が左右に広がっている。

白い花が、枝いっぱいに咲いている。

その下に、緑の丘と、小さな人影。

奥に、湖と、低い山なみ。

上に、朱色の空。

右上に、赤い枠の題箋。

寸法の欄に「間判」という語がある。

大判と中判のあいだの判型である。

同じ揃物のなかで、判型の呼び方が違っている。

上総、矢さしか浦、通名九十九里、六十余州名所図会より
歌川広重《上総、矢さしか浦、通名九十九里、六十余州名所図会より》1853年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。判型は縦大判とし、画面は縦37.1センチ、横25.7センチ。番号はJP596。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《上総、矢さしか浦、通名九十九里、六十余州名所図会より》メトロポリタン美術館蔵

海辺で漁をする場面である。

手前に、浜と、そこに広げられた網。

大勢の人が、網を引いている。

その先に、青と白の波。

奥に、水平線と、朱色の空。

右上に、赤い枠の題箋。

こちらの寸法の欄には「縦大判」とある。

前の一枚は「間判」だった。

同じ揃物の四枚で、判型の記載が二通りある。

実際の寸法を比べると、二三・五センチから二五・七センチ。

二センチ強の差がある。

摺りや断ちの差か、記載の揺れか。

記録からは決められない。

細長い判型の揃物

隅田川雪中、江戸四季名所より
歌川広重《隅田川雪中、江戸四季名所より》1834年。館の記録では、短冊判の木版画、紙に墨と彩色。縦37.5センチ、横12.7センチ。番号はJP2503。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《隅田川雪中、江戸四季名所より》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、いちばん細い一枚である。

縦三七・五センチ、横一二・七センチ。

縦横の比が、およそ三対一。

短冊判と呼ばれる判型である。

画面は、雪の川である。

下に、青い水面。

そこに、白い杭が何本も立っている。

その上に、雪をかぶった舟が一艘。

さらに上に、雪の積もった松の枝が垂れている。

そして、いちばん上に、白い斜線が降っている。

雪である。

上部に、細い枠の題箋と、賛らしい文字。

細長い画面に、上から下へ要素を積み重ねている。

横に広げられないぶん、縦に重ねる。

判型が、構図を決めている。

歌仙という揃物

藤原元真の歌、三十六歌仙より
鈴木春信《藤原元真の歌、三十六歌仙より》1768年ごろ。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色、空摺による凹凸を伴う。画面は縦27.6センチ、横20.6センチ。番号はJP873。メトロポリタン美術館蔵。鈴木春信《藤原元真の歌、三十六歌仙より》メトロポリタン美術館蔵

これまでの八点とは、性格が違う。

名所ではなく、歌である。

三十六歌仙は、古い時代の優れた歌人を三十六人選んだ組である。

その一人ずつに、一枚ずつ絵を当てる。

画面の上に、歌が二行書かれている。

その下に、女性が二人いる。

一人は立って、竿のようなものを持っている。

もう一人は、桶のそばにかがんでいる。

背後に、木と、垂れた布。

歌の内容と、描かれた場面がどう対応するかは、館の記録に書かれていない。

技法の欄に「空摺」という語がある。

色を付けずに、版で紙を押して凹凸を作る技法である。

白い部分に、模様が浮き上がる。

写真では分かりにくいが、実物では光の当たり方で見える。

縦と横の使い分け

九点の判型を並べると、二つに分かれる。

北斎の三枚は、横長である。

縦二五センチ前後、横三七センチから三九センチ。

広重の四枚は、縦長である。

縦三五センチから三七センチ、横二三センチから二六センチ。

同じ大判でも、置き方が逆である。

これは、揃物ごとの方針だろう。

冨嶽三十六景は、横長で統一されている。

遠くの富士と、手前の景色を横に並べるには、横長が向く。

六十余州名所図会は、縦長で統一されている。

上に空と山、下に海や川。

上下に重ねる構図になる。

隠岐の荒海では、下に波、上に崖と松があった。

上総の浜では、下に網と人、上に空があった。

いずれも、縦の積み重ねである。

判型が決まれば、構図の型も決まる。

そして、揃物のなかで判型がそろっていれば、並べたときに落ち着く。

六十余枚を並べる人はまずいないが、何枚か並べることはあっただろう。

そのときに、判型がそろっていれば見やすい。

揃物は、そういう見られ方まで考えて作られている。

名所を描くという商売

揃物の主題には、名所が多い。

冨嶽三十六景も、六十余州名所図会も、江戸四季名所も、名所である。

なぜ名所なのか。

一つには、買う人がその土地を知っているからだろう。

行ったことのある場所、聞いたことのある場所。

自分の国の一枚を買う人もいただろう。

そしてもう一つ、揃物として成り立ちやすい。

名所は、いくらでもある。

三十六でも六十でも、数をそろえられる。

物語なら、場面の数が決まってしまう。

名所なら、増やすことも減らすこともできる。

冨嶽三十六景が四十六枚になったのは、その柔軟さのおかげでもある。

もっとも、この見立ては当サイトの解釈である。

館の記録には、そういう説明は書かれていない。

書かれているのは、題と年と判型だけである。

揃物は、何枚あるのか

九点の揃物の名を並べてみる。

冨嶽三十六景。三枚。

六十余州名所図会。四枚。

江戸四季名所。一枚。

三十六歌仙。一枚。

いずれも、揃物の全部ではない。

三十六枚のうち三枚。六十余枚のうち四枚。

つまり、九点はすべて「揃物の一部」である。

そして、そのことは技法の欄には書かれていない。

前の回の三枚続では、「左の一枚」と書かれていた。

揃物では、そう書かない。

なぜかといえば、揃物は一枚ずつで完結しているからだろう。

三枚続は、三枚並べて一つの絵になる。

揃物は、一枚ずつが独立した絵である。

並べても、一つの絵にはならない。

だから「うちの一枚」と断る必要がない。

題に揃物の名が入っていれば、それで足りる。

一枚で完結する、ということ

揃物の一枚は、単独で見て困らない。

これが、三枚続との決定的な違いである。

三枚続の一枚は、端で絵が切れていた。

揃物の一枚は、四辺のなかで構図が閉じている。

北斎の《野暮田の浦》では、鳥居も干潟も富士も、画面のなかに収まっている。

広重の《隠岐、焚火の社》でも同じである。

舟も崖も松も、切れていない。

だから、一枚だけを額に入れて壁に掛けても、絵として成立する。

そして、それこそが揃物の売り方でもあった。

一枚ずつ買って、一枚ずつ楽しむ。

そろえたい人はそろえればよい。

この設計のおかげで、揃物は散らばっても価値を失わない。

三枚続は、散らばると価値が下がる。

同じ版画でも、形式によって散らばりへの強さが違う。

そして、強い形式ほど、実際によく散らばっている。

九点はすべて、散らばった一枚である。

散らばっても困らないから、散らばった。

三十六という数

冨嶽三十六景について、一つ付け加えておきたい。

この揃物は、名前のとおり三十六枚として始まった。

しかし、のちに十枚が加えられたことが知られている。

つまり、実際には四十六枚ある。

名前の数と、実際の枚数が合わない。

売れたから、増やしたのだろう。

揃物は、あらかじめ枚数を決めて売り出す。

しかし、途中で増えることがある。

逆に、予定より少なく終わることもある。

館の記録は、そういう事情を書いていない。

書いてあるのは、題に入っている名だけである。

前の回に見た《十王図》の十や、《二十四孝》の二十四は、主題から決まる数だった。

こちらの三十六は、企画の数である。

だから、変わりうる。

判型の呼び名が、欄に入っている

九点のうち三点の寸法の欄には、判型の呼び名が書かれている。

間判。縦大判。短冊判。

残りの六点には、数字だけである。

呼び名があると、その判型が何であるかがすぐ分かる。

数字だけだと、比べなければ分からない。

そして、判型の呼び名は、当時の紙の規格に対応している。

紙屋が売っていた紙の大きさが、そのまま版画の判型になる。

大判、中判、細判、間判、短冊判、柱絵判。

いくつもの呼び名がある。

版元は、その中から選ぶ。

選ぶ基準は、値段と、描きたい形である。

短冊判は細長く、紙も少なくて済む。

そのぶん安い。

柱に貼るための細長い判型もあった。

判型の名は、絵の形の名であると同時に、商品の等級の名でもある。

館の記録が判型の名を残しているのは、そのためだろう。

寸法の数字だけでは、商品としての位置が分からない。

受入番号の並びが、まとまりを示す

広重の四枚の番号を見てほしい。

JP五八九、五九一、五九三、五九六。

飛びはあるが、近い番号に並んでいる。

そして受入年は、四枚とも一九一八年である。

つまり、同じときにまとめて入った。

飛んでいる番号には、同じ揃物の別の枚があるのだろう。

当サイトで公開されていないだけかもしれない。

いずれにせよ、四枚が一つの経路で来たことは分かる。

一方、北斎の三枚は番号が離れている。

JP一三三四、一三三七、二五六四。

受入年も、一九二二年が二枚、一九三六年が一枚。

こちらは、別々に集まっている。

番号の近さは、来た道の近さである。

国の数を、六十余と数える

六十余州名所図会の題について、少し補っておきたい。

日本を六十あまりの国に分ける区分は、古い時代に定められたものである。

十九世紀にも、地名の言い方としては生きていた。

隠岐、伊予、因幡、上総。

いずれも、その区分による国の名である。

そして、この揃物は国ごとに一枚ずつ描く形を採っている。

日本のすべての国を、絵で一巡する。

こういう企画は、地理の本や、道中案内と近い性格を持っている。

行けない土地を、絵で見る。

前の回に見た三十六歌仙も、似た性格である。

会えない人を、絵で見る。

揃物の企画には、そういう「一巡する」という発想がある。

一枚では一巡できない。

だから、数が要る。

数が要るから、揃物になる。

そして、揃物になるから、ばらけたときに一枚ずつが残る。

揃物の名が残ると、何ができるか

一枚に揃物の名が刷られていることの効き目を、まとめておきたい。

第一に、同じ揃物の他の枚を探せる。

館の目録で、揃物の名を手がかりに検索できる。

第二に、全体の枚数が推測できる。

三十六景なら三十六枚、六十余州なら六十枚あまり。

第三に、その一枚が全体のどこに位置するかが分かる。

国の名が入っていれば、地理の上での位置が決まる。

第四に、揃物の名から、企画の性格が分かる。

名所か、歌人か、季節か。

これだけのことが、画面の隅の小さな枠から読める。

そして、その枠は版木に彫られている。

紙が破れないかぎり、消えない。

一枚が組から離れても、名前は一緒に離れていく。

一枚ずつ売り、一枚ずつ集める

揃物は、一度に全部が売り出されるわけではない。

少しずつ、順に出る。

買う人は、そのつど買う。

全部そろえる人もいれば、気に入った一枚だけ買う人もいる。

だから、一枚ずつが単位になる。

館の数え方も、その流通の形をそのまま引き継いでいる。

九点の受入年を見ると、一九一四年から一九三六年に散らばっている。

同じ揃物の四枚は、いずれも一九一八年である。

こちらは、まとまって入っている。

北斎の三枚は、一九二二年が二枚、一九三六年が一枚。

別々に集まってきた。

一枚ずつの単位は、集まり方も一枚ずつになる。

同じ揃物の四枚を、並べてみる

六十余州名所図会の四枚を並べると、共通の作りが見えてくる。

四枚とも、右上に赤い枠の題箋がある。

四枚とも、縦長である。

四枚とも、手前に大きなものを置き、奥へ景色を伸ばしている。

隠岐では、手前が舟と波。

伊予では、手前が帆。

因幡では、手前が桜の幹。

上総では、手前が網と人。

そして、四枚とも上のほうが朱色か青の空である。

つまり、揃物には型がある。

同じ型で、六十枚を作る。

型があるから、まとめて作れる。

そして、型があるから、一枚だけを見ても揃物の一枚だと分かる。

前の回に見た十王図でも、同じことが起きていた。

上に法廷、下に地獄。

同じ形式を十回繰り返す。

繰り返される型が、組であることの印になる。

空摺という、色のない技法

春信の一枚に使われている空摺について、もう少し書いておきたい。

版木に彫った形を、紙に押しつけて凹ませる。

絵具は付けない。

だから、色は変わらない。

変わるのは、紙の表面の高さだけである。

光が斜めから当たると、その凹凸が影を作る。

白い衣に模様が浮かぶ。

雪の面に、質感が出る。

写真では、ほとんど分からない。

平らな光で撮るからである。

つまり、この技法は画像では伝わりにくい。

館の技法の欄に書いてあるから、あることが分かる。

見えないものを、記録が教えてくれる。

これは、これまでにも何度かあった。

銀が黒く変わっている可能性。

金の粒が散らされた紙。

裏に描かれた、見えない絵。

記録の欄は、画像に写らないものを補う役目も果たしている。

題箋という、小さな枠

最後に、画面の隅の枠について書いておきたい。

九点のうち八点に、この枠がある。

赤い枠、青い枠、細い枠。

そこに、揃物の名と、その一枚の題が刷られている。

この枠は、絵の一部ではない。

しかし、画面の中にある。

版木に彫られ、絵と一緒に摺られている。

つまり、あとから貼った札ではない。

はじめから、絵に組み込まれている。

だから、一枚だけになっても消えない。

前の回に見た三枚続では、組であることが画面に刷られていなかった。

だから、ばらけると分からなくなった。

揃物では、そうならない。

小さな枠が、組の名を運び続ける。

一点という単位のなかに、六十余枚の組の名が入っている。

その名を読めば、この一枚がどこから来たかが分かる。

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