美術史・技法

新聞で作った財産が、版画になる——ピュリツァー遺贈による1918年の購入

購入、ジョーゼフ・ピュリツァー遺贈、一九一八年。この一行を持つ日本の版画が二百十一点ある。番号は二四八から六四六まで。花鳥と役者絵、判型が三通り。戦争の年に東洋の版画が買われた事情を読みたい。番号の記号と寄贈者の頭文字は、偶然に一致している。

燕子花に白鷺
歌川広重《燕子花に白鷺》メトロポリタン美術館蔵

新聞で作った財産が、版画になる

出所の行に、こういう一行がある。

購入、ジョーゼフ・ピュリツァー遺贈、一九一八年。

短いが、二つのことが書かれている。

購入である、ということ。

そして、その金の出どころが、ある人の遺贈である、ということ。

前の回で見た基金の行と、形がよく似ている。

違うのは、財布に名を付けず、遺贈そのものを名指ししている点である。

この行を持つ作品を、当サイトの公開分から数えると二百十一点ある。

そのすべてが、日本の版画である。

番号は二四八から六四六まで並ぶ。

一九一八年の一年間に、四百近い番号が動いた計算になる。

新聞で財を成した人の遺産が、江戸の版画に変わった。

燕子花に白鷺
歌川広重《燕子花に白鷺》1830年代から1842年ごろ。館の記録では、錦絵、紙本着色。中判、25.7×19.1センチ。番号はJP248。出所の行は「購入、ジョーゼフ・ピュリツァー遺贈、1918年」。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《燕子花に白鷺》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

上半分が水色に刷られている。

その空を背に、細い葉が何本も立ち上がる。

燕子花の葉である。

葉のあいだに、紫の花が点々と開く。

中央に、白い鷺が一羽。

首を伸ばし、嘴を斜め上へ向けている。

翼は半ば開き、羽の一枚ずつが白く抜かれている。

体の白は、紙の色そのままである。

刷らなかった部分が、鳥になっている。

右上に、狂歌が三行ほど入る。

左下に落款があり、その下に赤い印。

番号は二四八から始まる

番号を見ておきたい。

JP二四八。

前の回で触れたとおり、これは日本の版画に付けられる通し番号である。

受入年は入らない。

そして、この一九一八年の買い物では、番号が二四八から六四六まで使われている。

三百九十九番ぶんである。

すべてが埋まっているかどうかは、公開されている分からは分からない。

当サイトに二百十一点があるので、少なくともその半分以上は実在する。

一度の買い物としては大きい。

前の回で見た基金の買い物が、年に数十点だったことと比べると差がはっきりする。

記号と名前の頭文字が、たまたま同じ

ここで、一つ注意しておきたいことがある。

番号の記号と、寄贈者の名の頭文字が同じである。

しかし、両者は関係がない。

記号のほうは、日本の版画を意味する。

部門が付けた分類の記号である。

一九一八年より前に、この記号は使われ始めている。

偶然の一致である。

記録を読むときは、こういう見かけの一致に引きずられないほうがよい。

番号の記号は分類、出所の行は資金の出どころ。

別々の欄が、たまたま同じ文字を持っただけである。

枝垂桜に瑠璃鳥
歌川広重《枝垂桜に瑠璃鳥》1838年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。22.5×16.7センチ。番号はJP253。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《枝垂桜に瑠璃鳥》メトロポリタン美術館蔵

薄い黄土色の地である。

右上から、細い枝が斜めに垂れ下がる。

枝には橙色の花が点々と付く。

その枝の途中に、青い鳥が一羽。

体を逆さにして、枝にぶら下がっている。

翼は青、腹は橙色。

嘴を下へ向け、花を覗き込む姿勢である。

左上に、和歌が三行。

中ほどに落款、その下に赤い印。

背景は刷られていない。

紙の色が、そのまま空気になっている。

版画を、まとめて買うということ

版画は、まとめて買われることが多い。

理由は三つある。

一つは、値段である。

一枚の絵画に比べれば、はるかに安い。

同じ予算で、数百枚が手に入る。

二つ目は、同じものが複数あることである。

木版画は、同じ版木から何百枚も刷られる。

だから、一枚を逃しても、別のところに同じ図柄がある。

急いで買う必要が薄い分、まとめて出たときに一度で買える。

三つ目は、保管である。

紙は薄い。

箱一つに、何十枚も収まる。

輸送も、額装された絵画よりはるかに楽である。

海を越えて運ぶなら、この差は大きい。

一九一八年の買い物が四百番ぶんに及んだのも、この三つの条件が効いている。

一方で、弱点もある。

紙は光と湿気に弱い。

常設で展示し続けることができない。

だから、多く持っていても、見せられるのは一部である。

集めやすく、見せにくい。

版画という分野は、その両面を持っている。

中判という型

一点目の記録には、判型の名が書かれている。

中判である。

大きな紙を何枚に切るかで、判型の名が決まる。

大判、中判、細判、短冊判。

それぞれに、だいたいの寸法が決まっている。

館の記録が判型の名を書くのは、この一点だけである。

残りの八点は、寸法の数字だけが書かれる。

同じ部門の記録でも、書く欄と書かない欄が揺れている。

登録した時期が違うか、担当が違うかだろう。

数字があれば判型は推測できる。

しかし、推測と記載は別のものである。

当サイトでは、記録にある語だけをそのまま訳している。

判型が、そろっていない

九点の寸法を並べると、三つの型に分かれる。

一つ目は、二十五センチ掛ける十九センチ。

二つ目は、三十三センチから三十八センチの高さで、幅が十一センチから十六センチ。

三つ目は、三十一センチから三十二センチの高さで、幅が十四センチ。

一つ目は中判と呼ばれる型で、記録にもその名が書かれている。

二つ目は、細長い短冊のような形である。

三つ目は、細判と呼ばれる型に近い。

一枚の版木から何枚取るかで、紙の大きさが決まる。

同じ買い物のなかに、三つの型が混じっている。

まとめて買った、という証拠でもある。

一つの型でそろえようとするなら、こうはならない。

細長い一枚

芥子に雀
歌川広重《芥子に雀》1833年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。33.2×11.3センチ。番号はJP260。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《芥子に雀》メトロポリタン美術館蔵

きわめて細長い画面である。

高さが幅の三倍近くある。

上のほうに、紅色の芥子の花が二つ。

茎は細く、大きく撓んでいる。

中ほどを、黒い鳥が横切って飛ぶ。

翼を広げ、下へ向かう姿勢である。

下のほうにも、芥子の花と蕾。

葉は緑と青で刷られる。

上端に和歌、右下に落款。

背景は薄い紅で、下へいくほど濃くなる。

この細長い形は、柱に掛けたり、壁の狭い部分に貼ったりするためのものと考えられている。

構図は、上下に細く伸びる主題を選ぶことになる。

垂れた枝、飛ぶ鳥、立ち上がる茎。

形が、描けるものを決めている。

波に鶴
歌川広重《波に鶴》1833年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。35.9×16.2センチ。番号はJP268。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《波に鶴》メトロポリタン美術館蔵

こちらも細長い。

下半分が海である。

濃い藍で刷られた波が、白い泡を立てて崩れる。

その手前に、鶴が一羽立っている。

首をまっすぐ上へ伸ばす。

頭の頂に、赤い点。

嘴は黒く、細い。

体は白く、羽の重なりが線で表される。

脚は水に隠れて見えない。

上のほうには、細い葦が数本。

空は薄い紅色で、上端に向かって淡くなる。

月を、刷る

満月に雁
歌川広重《満月に雁》1833年ごろ。館の記録では、木版画。38.1×12.5センチ。番号はJP270。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《満月に雁》メトロポリタン美術館蔵

画面の中ほどに、大きな円がある。

満月である。

淡い黄色で刷られ、輪郭がはっきりしている。

その円を横切って、雁が二羽飛ぶ。

一羽は上を、一羽は下を通る。

翼を大きく広げ、羽の先が円からはみ出している。

下のほうは、藍色の雲か水である。

上のほうに、和歌が二行。

その下に赤い印。

雁の体は褐色で、月の黄色と重なる部分が濃くなる。

月を刷るときは、円の版木を別に彫る。

色数を増やすほど、版木の数が増える。

版木の枚数と、刷りの手間が、そのまま値段になる。

この一枚は、色数が少ない。

黄、藍、褐色、紅。

四色ほどで作られている。

隅田川の雪
歌川広重《隅田川の雪》1835年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。37.9×12.4センチ。番号はJP271。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。歌川広重《隅田川の雪》メトロポリタン美術館蔵

上から下へ、雪が降っている。

白い点が、画面じゅうに散らされている。

上のほうに、雪をかぶった枝が右から伸びる。

枝の輪郭は線で描かれ、上に白が盛られている。

中ほどに、細い杭が並ぶ。

その手前を、細長い舟が斜めに横切る。

舟には、材木か葦が積まれている。

人が一人、赤い衣で舟の上にいる。

水は藍色で、下へいくほど濃い。

上端に、狂歌が四行。

雪の白は、紙の白である

雪の点について、少し書いておきたい。

白い絵具を後から置く方法もある。

しかし、木版画では紙の白を残すのが基本である。

雪の粒の形に、版木を彫り残す。

あるいは、彫った部分を空白として刷る。

いずれにせよ、白は刷られていない部分である。

だから、紙が焼けると雪も一緒に黄ばむ。

九点のうち何点かは、地の色が薄い茶に変わっている。

もとはもっと白かったはずである。

そして、鷺の白も、鶴の白も、同じ紙の白である。

一枚の版画のなかで、いちばん明るい部分は、いつも紙そのものである。

花鳥という分野

六点の花鳥について、少しまとめておきたい。

花と鳥を組み合わせた絵は、東アジアで長く描かれてきた主題である。

季節を示す花と、その季節に来る鳥を一緒に置く。

見る人は、その組み合わせで時候を読む。

燕子花に鷺なら初夏。

枝垂桜に鳥なら春。

芥子に雀なら初夏から夏。

満月に雁なら秋。

雪の川なら冬。

六点を並べると、ほぼ一年が一巡する。

版元は、季節ごとに売れる図柄を用意していた。

買う側も、季節に合わせて掛け替えた。

一枚ずつ売られたが、集めれば揃いのようになる。

この買い方は、そこを狙ったのかもしれない。

もっとも、記録にそう書かれているわけではない。

分かるのは、九点のうち六点が花鳥だという事実だけである。

狂歌が、画面に入っている

六点の花鳥のうち、五点に文字が入っている。

多くは狂歌である。

五七五七七の形で、遊びのある内容を詠む。

版画の余白に、この文字を刷り込む。

文字は絵の一部として彫られる。

だから、後から書き足したものではない。

第十六回で扱った、画面のなかの文字の一種である。

読めるかどうかは、崩し方による。

くずし字で書かれているので、現代の日本語話者でもすぐには読めない。

館の記録も、この文字の内容までは書いていない。

翻刻されていない歌が、そのまま画面に残っている。

絵として見れば、文字は上部の重さになる。

余白を埋め、構図を締める役目がある。

読まなくても、画面としては成立する。

そのうえで、読めばもう一つの層が出てくる。

花鳥から、役者へ

九点のうち六点までが、花や鳥の絵だった。

残る三点は、まったく違う。

大宮の遊女に扮する瀬川菊之丞
勝川春章《大宮の遊女に扮する瀬川菊之丞》1786年ごろ。館の記録では、錦絵、紙本着色。細判、画面31.1×14.4センチ。番号はJP278。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。勝川春章《大宮の遊女に扮する瀬川菊之丞》メトロポリタン美術館蔵

一人の人物が、立っている。

女の装いである。

淡い黄土色の地に、体が斜めを向く。

衣は幾重にも重なる。

外側は淡い緑がかった色で、大きな丸い文様が散る。

その下に、紅色の衣。

裾は床に長く広がり、渦を巻いている。

腰の帯は太く、金色の文様が入る。

髪は結い上げられ、櫛と簪が刺さる。

顔は右を向き、目は細い。

右手は袖の中に隠れ、肩の高さにある。

左上に、看板のような枠があり、文字が入る。

演じている役者の名か、興行の名だろう。

役者絵である。

演じているのは女の役で、演じているのは男である。

帯刀した役

安の与安に扮する中山富三郎
勝川春英《安の与安に扮する中山富三郎》1792年2月。館の記録では、木版画、紙本着色。31.4×14.3センチ。番号はJP303。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。勝川春英《安の与安に扮する中山富三郎》メトロポリタン美術館蔵

背景に、木の柵が横に走る。

その上に、白い花をつけた枝が斜めに伸びる。

手前に、一人が立つ。

黒い上衣に、白い下衣。

裾は床へ長く流れる。

腰の後ろに、刀の柄が突き出している。

帯には大きな結び。

髪は高く結い、櫛が挿さる。

顔は正面をやや外し、視線が下がる。

眉が細く、口は小さい。

黒と白の対比が強い。

館の記録は、制作の時期を月まで書いている。

一七九二年の二月。

芝居の興行に合わせて刷られたからである。

版画は、上演の記録でもある。

土手に立つ久松に扮する三代目瀬川菊之丞
勝川春英《土手に立つ久松に扮する三代目瀬川菊之丞》1795年ごろ。館の記録では、木版画、紙本着色。32.4×14.3センチ。番号はJP308。日本、江戸時代。メトロポリタン美術館蔵。勝川春英《土手に立つ久松に扮する三代目瀬川菊之丞》メトロポリタン美術館蔵

上部の左右から、柳の枝が垂れ下がる。

細い葉が、緑の点で表される。

その下に、一人が立っている。

茶色の衣を着て、両手を前で合わせる。

袖は長く、手はほとんど隠れている。

顔は左を向き、うつむき加減である。

髪は男の結い方で、月代が見える。

足もとは黄土色の土手。

その下に、水を示す細い線が横に走る。

背景は空白である。

三点の役者絵に、共通するもの

三点の役者絵を並べ直したい。

いずれも、一人の人物が立っている。

背景はほとんどない。

一点目は無地に近い黄土色。

二点目は柵と枝。

三点目は柳と土手。

つまり、場面の説明は最小限である。

見る人は、その役者が誰で、何の役かを知っている前提である。

だから、顔と衣と持ち物だけで足りる。

三点とも、体は斜めを向き、顔だけが別の方向を向く。

この捻りが、姿勢に動きを与えている。

そして、三点とも足もとが画面の下端に近い。

立ち姿を丸ごと入れる構図である。

細判という縦長の型が、この構図を要求している。

判型と構図は、切り離せない。

二人の作者と、その関係

七点目の作者と、八点目・九点目の作者は、名字が同じである。

館の記録は、前者を一七二六年から一七九二年、後者を一七六二年から一八一九年としている。

三十六年の差がある。

同じ系統の絵師である。

役者絵をこの形式で描く流派が、江戸に成立していた。

同じ流派の作を並べて買えば、様式の変化が追える。

一七八六年の一点と、一七九二年の一点と、一七九五年の一点。

九年のあいだの変化である。

顔の描き方が、少しずつ細くなっていく。

背景の情報が、わずかに増えていく。

三点だけでは断定できないが、そういう傾向は見てとれる。

二つの束が、一つの行に入る

九点のうち、六点が花鳥、三点が役者絵である。

制作の年も分かれる。

花鳥は一八三〇年代。

役者絵は一七八〇年代から九〇年代。

五十年ほど離れている。

作った人も別である。

それでも、出所の行は同じ一行である。

購入、ジョーゼフ・ピュリツァー遺贈、一九一八年。

つまり、この年の買い物は、特定の画家や主題を狙ったものではない。

日本の版画という分野を、まとめて厚くしようとした買い方である。

前の回で見た基金の使い方と、同じ考え方である。

一九一八年という年

年についても、触れておきたい。

一九一八年は、第一次世界大戦が終わった年である。

ヨーロッパの美術市場は動きが止まっていた。

一方で、日本の版画は当時のアメリカで人気があった。

十九世紀の末から、収集が盛んに行われていた。

戦争でヨーロッパの絵が買えない時期に、東洋の版画へ資金が向かう。

そういう事情があった可能性はある。

ただし、これは推測である。

出所の行にも、館の記録にも、そこまでは書かれていない。

書かれているのは、年と、金の出どころだけである。

印と落款を、数える

九点の画面から、印と落款を拾ってみたい。

花鳥の六点には、いずれも落款がある。

そして、その下か横に赤い印が押されている。

印は朱で、輪郭が四角いものと、瓢箪の形のものがある。

役者絵の三点にも、落款がある。

ただし、位置が違う。

花鳥は余白の中ほど、役者絵は画面の下端に近い。

背景が空いているかどうかで、置ける場所が変わる。

赤い印は、版画では版元の印であることもある。

絵師の印とは限らない。

さらに、検閲の印が押される時期もある。

一枚の紙に、複数の主体の印が並ぶことになる。

館の記録は、これらを個別には書いていない。

銘記の欄がある部門もあるが、この九点には記載がない。

画像から読み取るしかない部分である。

そして、読み取れるかどうかは、公開されている画像の解像度に左右される。

記録に書かれていないことは、見て補うほかない。

遺贈で買う、という形

この行の形を、もう一度確かめたい。

購入、と最初に来る。

そのあとに、誰の遺贈かが書かれる。

つまり、遺贈されたのは作品ではない。

金である。

そして、その金で館が作品を選んだ。

前の回のロジャーズ基金と、実質は同じである。

違うのは、行の書き方だけである。

一方は財布に名を付けた。

もう一方は、遺贈そのものを名指しした。

同じ仕組みに、二通りの書き方がある。

記録の表記は、時期や部門によって揺れる。

その揺れごと残っているのが、いまの記録である。

名前だけが、残る

新聞で財を成した人は、日本の版画を集めていたわけではないだろう。

館の記録には、そのことを示す欄がない。

分かるのは、遺産が館に渡り、その一部で版画が買われたことだけである。

選んだのは館である。

そして、選んだ人の名は残らない。

残るのは、金を出した人の名だけである。

二百十一点の出所の行に、同じ名が並ぶ。

一世紀たったいま、その名は版画の索引になっている。

次の回では、一行のなかに六つの財布が並ぶ例を読みたい。

一点を買うために、複数の財布から少しずつ出した例である。

出所の行は、そこで三行分の長さになる。

短い行と長い行の差が、そのまま買い方の差になっている。

そして、長い行ほど、買うのが難しかったということでもある。

一行の長さは、そのまま資金繰りの記録でもある。

読むときは、まず行の長さを見るとよい。

短ければ、財布は一つである。

ARTISTS関連する画家

SAME ARTIST同じ画家のコラム

RELATEDあわせて読みたい

美術史・技法の記事一覧
  • 美術史・技法

    印象派とは何か——特徴・代表画家・作品の見方をやさしく解説

    印象派とは何かを、特徴・代表画家・見方の順にやさしく解説します。モネ、ルノワール、ドガ、モリゾ、カイユボットの実作六点を、当サイトが公開しているCC0の図版と所蔵館の記録から読みます。影の色をどう見るか、という一点からの入り方も示します。

  • 美術史・技法

    形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺

    ヒュドリア、クラテル、キュリクス。呪文のようなカタカナの名前は、実はそのまま使い方の名前である。水汲み、宴会、化粧道具。シカゴ美術館の九つの壺の形と把手を読むだけで、二千五百年前の暮らしの一日が家の中まで見えてくる。

  • 美術史・技法

    色を、塗らずに入れる——ルイス・C・ティファニーのガラス

    ティファニーのガラスは、模様を塗っていない。色は素材の内側にあり、熔けたガラスを動かした痕跡が葉や羽根の形になる。値札が残る底、工数を書き込んだ図案、白黒写真しか残らない八点。自然を写すという言葉の中身を十点から考える。