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螺鈿は、暗い面でしか光らない——国貞・ゲッツ・ゴンサレスほか九点

貝の内側を薄く剥がした層は、黒い木や金色の地に置かれてはじめて光る。螺鈿の九点を数えると、八点で地は暗いか金色で、材料の欄ではいつも三番目以降だった。もとは食べたあとの殻で、海女が採る場面を描いた版画が九点の始まりにある。

伊勢沖の鮑採りの海女(無題の風景連作より)
歌川国貞《伊勢沖の鮑採りの海女(無題の風景連作より)》クリーヴランド美術館蔵

海の中に、白い体が沈んでいる

横長の版画である。

全体は27.4×40センチある。

画面の右三分の二は、海である。

水は青緑で、白い波の線が走る。

線は細く、渦を描く。

水の中に、人が三人いる。

一人は、水面から頭を出して飛び込む。

体は白く、髪が後ろへ流れる。

一人は、水の底近くにいる。

その人は岩に取りつく。

手には、細い刃物を持つ。

刃物を岩と貝のあいだへ差し込む。

もう一人は、上へ向かう。

手に、貝を抱えている。

貝は平たく、片側が丸い。

画面の左には、舟がある。

舟は細長く、赤褐色である。

舟の上に、男が数人いる。

男たちは身を乗り出し、水を見る。

奥には、低い岬が続く。

岬の上には、松が並ぶ。

右上には、題の枠がある。

伊勢沖の鮑採りの海女(無題の風景連作より)
歌川国貞《伊勢沖の鮑採りの海女》1830年代初め。館の記録では、多色木版。全体は27.4×40センチ。番号は1916.944。クリーヴランド美術館蔵。歌川国貞《伊勢沖の鮑採りの海女(無題の風景連作より)》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、この版画は無題の風景連作の一枚である。

ある海辺の町では、海女と呼ばれる女たちが、貝を採る重い仕事を担ってきた。

この巻貝は、食べられる身のために価値がある。

そして虹色に光る内側の殻は、螺鈿の材料になるという。

虹色に見えるのは、薄い層が重なっているためである。

層の厚みが、光の波長に近い。

だから角度で色が変わる。

そして館は、この一枚が採取の三つの段階を描いていると書いている。

一人は水へ飛び込み、一人は息を止めて刃で貝を岩から剥がす。

そして三人目が、採ったものを舟の上の漁師へ渡すという。

館の記録は、そう説明している。

つまりこの一枚は、材料が取れる場所を描いている。

貝は、食べるために採られる。

殻は、そのあとに残る。

螺鈿は、食べたあとの材料である。

館の記録も、身と殻の両方に触れている。

貝そのものが描かれた絵については、貝と蟹で扱った。

螺鈿は、九つの場所に現れる

この一枚を出発点に、螺鈿にまつわる九点を数えていく。

螺鈿は、貝の内側の層である。

薄く剥がして、板に貼るか、埋め込む。

見る角度で、色が変わる。

青にも、桃色にも、緑にも見える。

そして厚みが薄い。

だから、面としてしか使えない。

先に言ってしまうと、九点のうち、螺鈿が象嵌されているのは八点である。

一点だけ、螺鈿が絵の一部になっている。

そして材料の欄の順番を見ると、螺鈿は三番目から四番目に置かれることが多い。

主材料ではない。

面積で言えば、どれも一割に満たない。

しかし目は、まずそこへ行く。

光り方が、ほかの材料と違うためである。

見る角度で色が変われば、動いて見える。

貝を、絵の中にはめ込む

二点目は、絵である。

キリスト降誕
フアン・ゴンサレス《キリスト降誕》1662年。館の記録では、螺鈿を象嵌した板に油彩。33×41.9センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。フアン・ゴンサレス《キリスト降誕》スミソニアン協会蔵

横長の小さな板絵である。

33×41.9センチしかない。

画面の全体が、暗い褐色である。

奥に、崩れかけた建物がある。

太い柱と、丸いアーチが立つ。

アーチの向こうは、明るい。

手前の中央に、人が集まる。

人物は十人ほどいる。

多くは立ち、手を上げる。

左のほうに、座る人物がいる。

その膝の前に、小さな体がある。

人物たちの衣が、白く光る。

光り方が、絵の具と違う。

見る角度で、色が変わる。

緑にも、桃色にも見える。

輪郭の線は、その上に引かれている。

線は細く、黒い。

貝の上に描いても、絵の具は乗る。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

材料は、螺鈿を象嵌した板に油彩である。

つまり貝を板に埋め、その上から描いている。

貝の光る部分だけを、塗り残す。

九点のうち、螺鈿が絵の中にあるのは、この一点である。

この技法は、ある地域で十七世紀に作られた。

貝の層を板に貼り、その上に薄く絵の具を置く。

光る部分だけ、絵の具を薄くする。

すると、下から光が返ってくる。

聖遺物の龕を、貝で飾る

三点目は、祭壇である。

聖遺物を納めた祭壇
ヨーゼフ・マティアス・ゲッツ《聖遺物を納めた祭壇》1735年から40年ごろ。館の記録では、金箔の木。龕の中の聖遺物は、金箔の木、螺鈿、黒檀、赤い絹、金線、小粒真珠、水晶、紙にペンとインク。全体は165.1×108×20センチ。番号は1964.357。クリーヴランド美術館蔵。ヨーゼフ・マティアス・ゲッツ《聖遺物を納めた祭壇》クリーヴランド美術館蔵

背の高い飾りである。

全体は165.1×108×20センチある。

全面が金色である。

中央に、四角い枠がある。

枠の中に、浮き彫りの場面がある。

その上に、放射状の光が広がる。

光は細い棒の束である。

棒の先は尖り、外へ向かう。

枠の左右に、渦を巻く飾りが立つ。

飾りのあいだに、小さな人物がいる。

人物は翼を持ち、雲の上にいる。

枠のまわりには、小さな窓がある。

窓は円か楕円で、数が多い。

窓の奥に、何かが納められている。

下には、幅の広い台がある。

台の前面にも、小さな窓が並ぶ。

窓の数は、全体で十を超える。

台にも、彫りと渦がある。

館の記録では、この作り手は表面のすべてを金箔で覆っている。

中央の絵を額装するのではなく、どの部分にも同じ重みを与えているという。

そして館は、この地域に特徴的な考え方だと書いている。

人物の物語は、全体の組み立てに従属する。

作り手は、これを祭壇の上に置くように設計した。

おそらく、より大きな絵か彫刻の飾りの前に置かれたという。

そして周囲の小さな窓から、聖遺物が見える。

聖なる人びとのわずかな遺りが、中世からの習わしが千七百年代まで続いたことを示すという。

館の記録は、そう説明している。

材料の欄で、螺鈿は龕の中に挙げられている。

つまり外側ではなく、窓の内側にある。

九点のうち、螺鈿が奥に隠れているのは、この一点である。

外側は、すべて金である。

螺鈿は、窓の奥の暗がりで光る。

覗き込まなければ、見えない。

黒い家具に、白い面を散らす

四点目は、飾り棚である。

キャビネット
チャールズ・ティッシュ《キャビネット》1884年ごろ。館の記録では、紫檀、象牙、螺鈿、真鍮、硝子、ほかの木。210.2×154.9×47センチ。番号は69.245。メトロポリタン美術館蔵。チャールズ・ティッシュ《キャビネット》メトロポリタン美術館蔵

きわめて大きな家具である。

210.2×154.9×47センチある。

高さは、人の背より高い。

木は暗く、黒に近い。

全体が、いくつもの段に分かれる。

下の段には、扉が三つある。

扉には、硝子が嵌まる。

中の段には、開いた棚がある。

棚の奥は、鏡らしい。

上の段の中央に、大きな板がある。

板は明るく、細かい文様で埋まる。

文様は白い線の絡み合いである。

同じ文様の板が、下にもある。

左右の小さな扉にも、白い象嵌がある。

柱は細く、旋盤で挽かれている。

脚は湾曲し、外へ張り出す。

脚の先には、彫りがある。

爪の形をしている。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

材料は六つで、三番目が螺鈿である。

暗い木と、白い貝の対比が強い。

貝は光を返し、木は光を吸う。

だから、文様だけが浮き上がる。

象嵌の厚みは、紙一枚ほどしかない。

面は平らで、指で撫でても段差がない。

削って、木と同じ高さにそろえてある。

九点のうち、面が平らなのは五点である。

部屋全体に、貝を使う

五点目は、部屋である。

建築用木工と羽目板
ジョージ・エイ・シャスティ商会《建築用木工と羽目板》1881年から82年。館の記録では、繻子木、パープルハート材、螺鈿、銀めっきの真鍮、鏡ガラス、大理石、復元した張り地。番号は2009.226.18。メトロポリタン美術館蔵。ジョージ・エイ・シャスティ商会《建築用木工と羽目板》メトロポリタン美術館蔵

部屋の内部が写っている。

壁は、明るい黄褐色の木で覆われる。

木の面は、細かい彫りで飾られる。

彫りは、渦と葉の組み合わせである。

正面に、背の高い戸棚がある。

戸棚には、扉と引き出しがある。

その右に、開いた出入口がある。

出入口の向こうにも、部屋が続く。

天井からは、照明が下がる。

照明には、白い笠が四つある。

床には、赤い織物が敷かれる。

織物には、大きな文様がある。

壁の上のほうは、緑がかった地である。

手前には、小さな卓と椅子がある。

椅子は木で、座に布が張られる。

卓の上には、額らしいものが立つ。

館の記録は、題と材料しか書いていない。

材料は七つで、三番目が螺鈿である。

つまり部屋の木部のどこかに、貝が象嵌されている。

写真では、どこかは分からない。

そして七番目には、復元した張り地とある。

つまり布だけは、後で作り直されている。

木と貝と金属は、もとのままである。

傷みやすいものだけが、入れ替わる。

館の記録は、その区別を書き分けている。

楽器に、貝を貼る

六点目は、楽器である。

ハーディ・ガーディ
ジャック・ドゥカント《ハーディ・ガーディ》1865年から70年。館の記録では、木、螺鈿の象嵌。番号は2020.422。クリーヴランド美術館蔵。ジャック・ドゥカント《ハーディ・ガーディ》クリーヴランド美術館蔵

横長の楽器である。

胴は舟の形をしている。

胴の下半分は、黒い。

上半分は、明るい褐色である。

その境に、細い白い線が走る。

胴の上面は、平らな板である。

板の上に、弦が張られる。

弦は六本ある。

板の左には、小さな鍵盤がある。

鍵は細長く、並んでいる。

胴の右端に、把手が付く。

把手は曲がり、外へ出る。

回すための取っ手である。

胴の先端には、頭の彫刻がある。

頭は人の顔らしい。

目と鼻が彫られている。

弦を留める部分になっている。

館の記録では、この楽器はある国では車の付いた弦楽器と呼ばれる。

六本の弦を持ち、手回しの車が弦をこすって音を出すという。

そして館は、こう続けている。

その車は、擦弦楽器の弓とほぼ同じ働きをする。

単音は、擦弦楽器の音に似る。

旋律は鍵盤で奏でられ、鍵が小さな楔を弦に押し当てて音の高さを変えるという。

館の記録は、そう説明している。

材料の欄は、木と螺鈿の象嵌の二つだけである。

つまり装飾は、貝だけである。

九点のうち、材料が二つしかないのは、この一点である。

弦も金具も、材料の欄にない。

書かれたのは、胴の材料だけである。

絵の中の楽器については、画面の中の楽器で扱った。

剣の柄が、貝でできている

七点目からは、武器である。

カミッロ・ボルゲーゼ公の狩猟用剣
フランソワ・ピルメ《カミッロ・ボルゲーゼ公の狩猟用剣》1809年から13年。館の記録では、金めっきの銀、鋼、革、螺鈿。鞘を含めて68.6センチ、刀身50.2センチ。重さ737グラム。番号は1982.136。メトロポリタン美術館蔵。フランソワ・ピルメ《カミッロ・ボルゲーゼ公の狩猟用剣》メトロポリタン美術館蔵

短い剣である。

鞘を含めて68.6センチ、刀身は50.2センチある。

重さは737グラムある。

刀身は幅が広く、先が尖る。

刀身の根元には、彫りがある。

柄は白い。

白い面には、細かい筋が走る。

筋は縦に並び、光を受ける。

柄の頭には、金色の飾りがある。

鍔は、左右へ短く伸びる。

鍔の端には、獣の頭がある。

鞘は二つの部分に分かれる。

上は金色で、彫りがある。

下は赤褐色の革である。

鞘の先にも、金の金具がある。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

材料は四つで、最後が螺鈿である。

つまり白い柄が、貝である。

握るところに使われている。

貝は硬く、汗で傷まない。

そして手のひらで、冷たい。

狩りのための剣である。

実際に握られたかどうかは、分からない。

館の記録は、そこに触れていない。

銃床に、貝を象嵌する

八点目は、一対の銃である。

ホイールロック式騎兵銃一対
ゲオルク・クルラント《ホイールロック式騎兵銃一対》1630年ごろ。館の記録では、鋼、金めっき、大鹿の角と象牙と螺鈿を象嵌した木。全体は70.5センチ。番号は2012.97。クリーヴランド美術館蔵。ゲオルク・クルラント《ホイールロック式騎兵銃一対》クリーヴランド美術館蔵

細長い銃が二挺、並んでいる。

全体は70.5センチである。

銃身は長く、細い。

床尾は下へ大きく曲がる。

曲がりの先は、丸く広がる。

木の面は、暗い褐色である。

その上に、白い象嵌が散る。

象嵌は小さく、花や葉の形である。

数は、数十に及ぶ。

床尾の広い面には、大きな文様がある。

文様は左右対称である。

引き金のまわりにも、白い点がある。

金具は金色で、光る。

二挺は、形も装飾もほぼ同じである。

館の記録では、この種の銃は歯輪式の点火装置を持つ長い短銃である。

長いにもかかわらず、肩ではなく手首で撃ったという。

そして館は、こう付け加えている。

千六百年代の初めには、一般に対で作られた。

貴族の客のために、民間用のものは凝った装飾が施されたという。

館の記録は、そう説明している。

つまり装飾は、贅沢のためである。

九点のうち、対で作られているのは、この一点である。

対にするのは、二挺持つためである。

一挺を撃てば、次を装填する暇がない。

装飾は同じでも、用途は実際的である。

二挺の象嵌は、鏡に映したように対称である。

左右に置いたときに、揃って見える。

そのために、文様の向きを変えてある。

銃全体を、貝と象牙で覆う

最後の一点も、銃である。

皇帝レオポルト一世のためのホイールロック式ライフル銃
ヨハン・ミヒャエル・マウハー《皇帝レオポルト一世のためのホイールロック式ライフル銃》1685年ごろ。館の記録では、鋼・ナシ材・象牙・螺鈿。全長110.5センチ、銃身76.8センチ。重さ3912グラム。番号は28.125。メトロポリタン美術館蔵。ヨハン・ミヒャエル・マウハー《皇帝レオポルト一世のためのホイールロック式ライフル銃》メトロポリタン美術館蔵

長い銃である。

全長110.5センチ、銃身は76.8センチある。

重さは3912グラムある。

床尾は太く、四角い。

床尾の側面には、板が嵌まる。

板は白く、彫りがある。

彫りには、人物や獣が見える。

銃身に沿って、木の面が続く。

木の面には、白い象嵌が密に並ぶ。

象嵌は、渦と葉と花である。

隙間は、ほとんどない。

金具は鋼で、彫りがある。

点火の装置は、丸い輪である。

輪を回して、火花を出す。

仕組みは、時計に似ている。

輪のまわりにも、彫りがある。

全体が、装飾で埋まっている。

何も彫られていない面は、ほとんどない。

重さ3912グラムのうち、装飾の重さは分からない。

しかし持てば、重い銃である。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

材料は四つで、最後が螺鈿である。

三番目に象牙がある。

つまり白い部分は、象牙と貝の二種類である。

見分けるのは、難しい。

貝は光を返し、象牙は返さない。

角度を変えれば、分かる。

館の記録も、二つを並べて書いている。

どちらがどこかは、書いていない。

図版だけでは、決められない。

彫りのある板は、象牙らしい。

象牙は厚みがあるので、彫れる。

貝は薄いので、彫れない。

切り抜いて、貼るだけである。

その差が、二つの使い方を分けている。

数えてみると

九点を並べ直す。

螺鈿が象嵌されているのは、八点である。

絵の中にあるのが、一点。

そのうち、武器は三点である。

家具と部屋が二点、楽器が一点。

祭壇が一点で、版画が一点である。

版画だけは、螺鈿が使われていない。

紙と墨と色だけである。

貝は、描かれた画面の中にある。

材料が取れる場面を、描いているだけである。

つまり九点のうち一点だけが、材料の外から材料を見ている。

ほかの八点は、材料の中にある。

もう一つ数える。

九点のうち、材料の欄で螺鈿が三番目以降にあるのは六点である。

主材料として最初に挙げられたものは、一つもない。

最初に来るのは、木か鋼か金である。

螺鈿は、いつもその後ろにある。

さらに数える。

九点のうち、螺鈿が手に触れる場所にあるのは二点である。

剣の柄と、銃床。

残りは、見るためだけの場所にある。

触れる場所の貝は、擦れて減る。

減れば、下の材料が出る。

それでも柄に使われるのは、手ざわりのためである。

言えることと、言えないこと

言えるのは、螺鈿が「暗い面の上でしか効かない材料だ」ということである。

黒い木、暗い褐色の絵、金色の地。

そのどれかの上に置かれて、はじめて光る。

白い面の上では、見えなくなる。

紙や白い壁には、使われない。

九点の中にも、白い地はない。

暗い木が四点、金色が一点。

暗い絵が一点、鋼が二点である。

地の色が、材料の使いどころを決めている。

九点のうち八点で、地は暗いか金色だった。

白い象牙と並ぶときも、貝のほうが光る。

返す光の質が違うためである。

象牙は柔らかく散らし、貝は鋭く返す。

言えないのは、螺鈿が高価な材料だという話である。

もとは、食べたあとの貝殻である。

海女が採るのは、身のためでもある。

高いのは、薄く剥がして切り抜く手間のほうである。

貝の層は、湾曲している。

平らな板に貼るには、割らずに伸ばす必要がある。

小さく切るほど、割れにくい。

だから文様が細かくなる。

材料そのものは、海から来る。

運ぶのは、船である。

加工するのは、遠い町の工房である。

海と工房のあいだに、長い道がある。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

海の底で、一人が刃を岩と貝のあいだへ差し込んでいる。

その貝の内側が、あとの八点に散っている。

家具の文様も、銃床の花も、もとは同じ場所にあった。

岩に付いた貝の、内側である。

一つの貝から取れる面積は、手のひらほどしかない。

銃床を埋めるには、何十個も要る。

その何十個は、海女が一つずつ剥がしたものである。

版画に描かれているのは、その一つである。

数の始まりが、画面の中にある。

館の記録は、そこまで書いていない。

書いているのは、殻が材料になることだけである。

その一行が、九点をつないでいる。

版画は、その始まりだけを描いている。

九点を数え終えて残るのは、材料が海から来ることのほうである。

祭壇の窓の奥にも、銃床の花にも、海がある。

見る側は、それを思い出さない。

光る面としてしか、見えないからである。

材料の欄に書かれた三番目の語だけが、その道を示している。

読めば、海へ戻れる。

読まなければ、白い文様のままである。

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