作品を知る

貝は、姿を変えずに器になる——清風与平・ユキエ・アルガルディほか九点

九点を数えると、生きている貝も蟹も一つもいなかった。四点で殻はそのまま皿や水盤や塩入れになり、一点では水を注ぐ器になる。ほかの獣は器になるとき姿を変える。貝だけが、形を変えずに器へ移る。殻の筋こそ、貝を貝と分からせる最小の印である。

貝合わせ文の受皿
三代清風与平《貝合わせ文の受皿》クリーヴランド美術館蔵

皿が、貝の形をしている

五枚の小皿が並んでいる。

どれも同じ形をしている。

輪郭は円ではない。

片側がふくらみ、反対側が細くすぼまる。

縁には放射状の筋が刻まれている。

筋は細い端から広い端へ向かって開いていく。

貝の殻である。

釉は淡い緑で、全体に薄くかかっている。

その釉の面には、細かい貫入が走っている。

亀裂の網が、殻の筋と交差する。

裏を返すと、小さな脚が三つ付いている。

粘土をつまんで作り、釉のかかっていない部分に付けてある。

高さは3センチ、幅は12センチしかない。

貝合わせ文の受皿
三代清風与平《貝合わせ文の受皿》1893年から1914年。館の記録では、五枚一組の受皿、型で文様を付けた磁器に緑の貫入釉。高さ3センチ、幅12センチ、奥行8.5センチ。番号は2022.188。クリーヴランド美術館蔵。三代清風与平《貝合わせ文の受皿》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、作者は茶の道具と食器を主に作った。

緑の釉をかけた皿を、さまざまな形で作っている。

二枚一組、五枚一組、十枚一組で作ることが多かったという。

この五枚は、蛤の片方の殻をかたどっている。

そして館は、その形が指す遊びについて書いている。

物語の場面やさまざまな文様を描いた殻の片方どうしを、遊ぶ人が合わせる遊びである。

館の記録は、そう説明している。

つまりこの皿は、片方だけの殻の形をしている。

対になる相手が、はじめから欠けている形である。

そして館は、乾いた一行を添えている。

五枚のうち四枚には作者の印が押されているが、一枚だけは彫り込んだ署名がある。

釉の色についても、記録は書いている。

複雑な形をしたこの五枚の釉は、水の色の釉と呼ばれているという。

緑がかった淡い色を、水にたとえた呼び名である。

貝の形に、水の色の釉をかける。

そして貫入の網が、殻の筋と交差して走る。

三つの層が重なって、一枚の皿ができている。

同じ作者の一対の銚子は、鶴と亀の回で見た。

そちらでは、白磁に赤い線で鶴と亀が描かれていた。

こちらでは、器そのものが生きものの形をしている。

同じ人が、描く方法と、形にする方法の両方を使い分けている。

貝と蟹は、何のかたちか

この五枚を出発点に、貝と蟹の絵を九点数えていく。

貝は、生きものであると同時に、殻という物である。

死んだあとも形が残り、拾われ、集められ、飾られる。

蟹も、殻を持つ。

だから貝と蟹は、生きものとして描かれるより、形として使われることが多い。

先に言ってしまうと、九点のうち、貝が生きているのは一点もない。

四点では、貝は器や道具の形になっている。

一点では吹く楽器になり、一点では水を注ぐ道具になる。

そして二点では、貝と蟹の語が名前と果実の名に入っている。

前の回で魚が光る面として描かれることを見た。

貝の場合、描かれるのは筋である。

貝の名が、美人画の題になる

二点目は、浮世絵である。

柳貝(貝尽くしの美人画揃より)
鳥文斎栄之《柳貝(貝尽くしの美人画揃より)》1791年ごろ。館の記録では、木版多色摺。画面は24.4×17.9センチ。番号はJP944。メトロポリタン美術館蔵。鳥文斎栄之《柳貝(貝尽くしの美人画揃より)》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

女が二人、屋内にいる。

手前の女は膝をつき、身を屈めている。

着物は白地に細かい模様が散る。

帯は太く、体の後ろで結ばれている。

顔は横を向き、目を伏せている。

その手は、下にある布を押さえている。

奥の女は立ち、上体をひねっている。

袖が長く、下へ垂れる。

二人のあいだには、細長い道具が置かれている。

背景には格子と、障子の枠が見える。

画面の右上に、枠に囲まれた題が入る。

館の記録では、この一枚は貝を主題にした美人画の揃物の一枚である。

題にある貝の名が、この一枚を組の中に位置づけている。

館の札は「女性」と「働く」の二つである。

つまり館は、この画面を働く女たちの絵として登録している。

そして画面には、貝は一つも描かれていない。

九点のうち、貝が題にだけあるのは、この一点である。

貝の名で人や場面を呼び分けるという作り方は、前の回の時刻の名とよく似ている。

十二の時刻を十二枚に分けたように、貝の名で揃物を分けている。

この画家の別の一枚は、鶴と亀の回でも見た。

そちらは、名に鶴の字を持つ遊女を描いていた。

こちらは、貝の名を題に持つ女たちである。

どちらの場合も、生きものの名は人の側に移っている。

そして画面には、その生きものがいない。

同じ画家が、同じころに、同じ作りの揃物を作っていたことになる。

貝は、吹く楽器になる

三点目は、噴水の図案である。

第六 法螺貝を吹く二人のトリトンのいる噴水
ガブリエル・ユキエ《法螺貝を吹く二人のトリトンのいる噴水》1736年ごろ。館の記録では、エッチングとエングレーヴィング。図は25.1×15.1センチ。番号は1952.518。クリーヴランド美術館蔵。ガブリエル・ユキエ《第六 法螺貝を吹く二人のトリトンのいる噴水》クリーヴランド美術館蔵

縦長の画面である。

上には、貝殻をかたどった大きなくぼみがある。

くぼみの内側には、放射状の筋が刻まれている。

その中央に、髭を生やした顔がある。

口から水が落ちている。

その下に、大きな水盤がある。

水盤も貝の形をしている。

盤の左右に、二人の人物が腰かけている。

上半身は人、下半身は魚の尾である。

どちらも手に細長い巻き貝を持ち、口に当てている。

貝の先は上を向き、渦を巻いた形が見える。

水は盤から下へ流れ落ちる。

館の記録では、この図案はある画家の考案による。

二人の海の生きものが貝の水盤に腰かけ、二つの巻き貝を吹いている。

版に起こした人は、もとの岩屋を貝殻のくぼみに変え、海の神の頭を加えたという。

館の記録は、そう書いている。

そして重要な一行が続く。

こうした図案は空想的だが、貝を集め、研究することへの当時の広い関心を映している。

ある博物学者は、貝についての学術の書を、同じ画家の版画で始めたという。

さらに館は、その画家自身が貝の収集で知られていたと付け加える。

つまりこの図案は、貝の収集家が描いた貝の噴水である。

版の下の余白には、文字が刷り込まれている。

考案した人の名と、版に起こした人の名が、それぞれ別に記されている。

つまりこの一枚には、二人の名前が入っている。

右上には、番号も刷られている。

組の中の六番目という意味である。

図案の版画は、組で売られることが多い。

一枚ずつ買って、必要な図だけを職人に渡すこともできる。

貝の噴水は、そうして選ばれるための一案だった。