作品を知る

鶴と亀は、名前になって画面から消える——清風与平・陳洪綬・キドールほか九点

長寿のしるしとして知られる鶴と亀を九点数えると、生きものとして立っているのは六点だけだった。残りでは甲羅が家具の素材になり、鶴の字が遊女の名になり、鶴を意味する語が追われる男の姓になっている。めでたさは、館の記録ではほとんど語られない。

鶴亀文の銚子
三代清風与平《鶴亀文の銚子》クリーヴランド美術館蔵

一対の徳利に、鶴が一羽と亀が三匹

白い磁器の徳利が二本、並んで立っている。

どちらも肩が丸く張り、首がすぼまり、口が小さく開いている。

左の一本には、赤い線で亀が三匹描かれている。

甲羅の六角の目まで、細い線で引いてある。

大きい二匹のあいだに、小さい一匹がはさまっている。

右の一本には、赤い線で鳥が一羽立っている。

首が長く、くちばしが細く、片方の脚を折り上げている。

鶴である。

絵はどちらも赤い一色で、輪郭だけを写している。

塗り込めた面はなく、白磁の地がそのまま残っている。

二本の高さはそろい、絵の位置もほぼ同じ高さにある。

鶴亀文の銚子
三代清風与平《鶴亀文の銚子》1893年から1914年。館の記録では、磁器に上絵付。高さ13.7センチ、径7.1センチ。番号は2022.159。クリーヴランド美術館蔵。三代清風与平《鶴亀文の銚子》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、この二本は一対の銚子である。

酒を注ぐための器で、明治の京都で焼かれた。

作った人は三代清風与平という。

一方に亀の親子、もう一方に片脚を上げた鶴が描かれている。

鶴と亀は東アジアで長寿のしるしとして広く知られている、と記録は書く。

亀は一万年、鶴は千年生きるという言い方も添えてある。

さらに記録は、それぞれの裏に句が書かれていると続ける。

亀の側の句は、日本語の十七文字だという。

亀が言うには、神代はおれの若いころ。

記録の訳をそのまま日本語に戻せば、そういう意味になる。

一万年生きる亀にとって、神々の時代は自分の若いころにすぎない。

鶴の側の句は、中国語である。

館の記録では、唐の詩人白居易の「鶴を感ず」から二行を抜いたものだという。

連続した二行ではなく、離れた二行を並べている。

しかも一字だけ、もとの詩から変えてあると記録は書く。

引いた句は「爭食羣雞前、同遊者同志」。

餌を争う鶏の群れの前で、ともに歩む者は志を同じくする。

記録の訳は、そう読んでいる。

酒を注ぐだけの小さな器に、二つの言語の詩が分けて書かれている。

鶴と亀は、画面で何をしているか

さて、この一対を出発点に、鶴と亀の絵を九点数えていく。

鶴と亀は、めでたいものの代表である。

だからこそ、絵の中では働きすぎてしまう。

長寿を意味し、季節を意味し、家紋になり、器の形になる。

そのぶん、生きものとしての姿はかえって見えにくい。

先に言ってしまうと、九点のうち、鶴か亀が生きものとして立っているのは六点である。

残りの三点では、鶴と亀は生きものですらない。

一点では素材の名になり、二点では人の名になっている。

数えていくと、めでたさの記号が、ものの名や人の名にすべり込んでいく道筋が見えてくる。

まずは、生きものとして立っている側から見る。

道士のかたわらに、鶴が一羽

秋の山水を描いた画帖の一葉がある。

秋景山水の道士と鶴(古人に倣う画より)
陳洪綬《秋景山水の道士と鶴(古人に倣う画より)》1598年から1652年のあいだ。館の記録では、絹に墨と彩色の画帖の一葉。画面は30.2×26.7センチ。番号は1979.27.1.7。クリーヴランド美術館蔵。陳洪綬《秋景山水の道士と鶴(古人に倣う画より)》クリーヴランド美術館蔵

画面の中ほどに、細い木が二本立っている。

枝は上へ跳ね、先に赤い葉が点々と付いている。

木の根元には、丸い石が三つ四つ転がっている。

右手には切り立った崖が立ち上がり、上に小さな草が生えている。

崖の下、木のかげに、白い衣の人がひとり立っている。

顔は小さく、目鼻はほとんど描かれていない。

その足もとに、白い鳥が一羽いる。

首を下げ、細い脚で立っている。

鶴である。

人の背丈と比べると、鶴は膝ほどの高さしかない。

館の記録では、この一葉は「古人に倣う画」と題された双帖の一枚である。

二十図から成り、山水と人物と花が混じるという。

作者の陳洪綬は明の末に生きた画家で、この帖は晩年の作にあたる。

記録は、晩年の帖の人物と山水が「縮小されている」と読む。

小さな庭や、机に置く石や古い根と同じように、世界を小さく閉じ込めているという。

そしてこの縮尺の喪失は意図されたものだと、記録は続ける。

明の遺臣という立場を失った人々の、縮められた暮らしの反映だと解釈している。

これは館の解釈であって、画面に書いてあることではない。

画面に書いてあるのは、款記のほうである。

館の記録では、老人の払遅が道士の仲清のために描いた、とある。

つまりこの一葉は、道士に宛てて描かれた。

そして記録は、中国では鶴が道教と不死に結びつけられることが多い、と付け加える。

道士のそばに鶴がいるのは、偶然ではないということになる。

鶴は、絵の中で人の隣に立ちながら、その人の身分を語っている。

同じ画家の帖については、帖の一葉という単位でも扱った。

小柄の隅に、銀の鶴が三羽

金属の表面に彫られた鶴もある。

小柄
後藤一乗《小柄》19世紀。館の記録では、赤銅・金・銀・銅。長さ9.7センチ、幅1.4センチ。番号は43.120.439。メトロポリタン美術館蔵。後藤一乗《小柄》メトロポリタン美術館蔵

細長い金属の板である。

長さは9.7センチ、幅は1.4センチしかない。

小刀の柄にあたる部品で、小柄という。

地は黒みを帯びた青灰色で、赤銅を磨いたものである。

その黒い地の上に、白く小さな点がいくつも散っている。

左寄りに七つ、中ほどに三つ、右寄りにも数個。

雪か、あるいは波の泡のようにも見える。

右端に、金色の小さな形がひとつだけ光る。

首を伸ばした鳥の形である。

鶴が、板の端から今にも外へ出ていくところで止められている。

館の記録では、材は赤銅と金と銀と銅である。

作者は後藤一乗。

そして館は、この一点に「鶴」という札を付けている。

九点のうち、館の記録に鶴の札が付いているのはこの一点だけである。

面積でいえば、鶴は板の二十分の一も占めていない。

それでも、この板の主題は鶴だと館は判断している。

小柄という部品は、同じ寸法のものが大量に作られた。

同じ姓が九回並ぶ後藤家の一群は、その代表である。

同じ寸法の板が並ぶとき、違いを作るのは端に置かれた小さな形である。

鶴は、その違いを作るためにここにいる。