画家を知る

舟を、画室にする——シャルル=フランソワ・ドービニー

ドービニーは舟に画室を作り、水面の高さから川を描いた。視点は寸法に現れ、極端な横長の画面になる。反射の描き方から板という支持体まで、足場が構図を決める過程を九点で読む。印象派への橋渡しと呼ばれる理由も見ておきたい。

川の日没
シャルル=フランソワ・ドービニー《川の日没》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

視点が、水面の高さにある

一枚の絵から始めたい。

川の日没
シャルル=フランソワ・ドービニー《川の日没》1874年。板に油彩。縦38.7センチ、横66.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。シャルル=フランソワ・ドービニー《川の日没》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。縦38.7センチ、横66.7センチ。

縦横比はおよそ一対一・七。横に広い。

画面の下半分は水である。灰色がかった水面が、静かに広がる。

手前に鴨のような鳥が四、五羽、点のように浮かんでいる。

水面には対岸の樹と建物が映り、上下が対称になっている。

中央から右に、樹が数本立つ。細長い樹形で、葉は塊として描かれる。

その根元に低い家が二軒。屋根は赤褐色である。

左には低い樹叢。奥に沈む夕日の光が、橙色に滲んでいる。

上半分は空である。灰色の雲が横に流れ、下端が桃色に染まる。

そして、水平線の位置を見てほしい。

画面の中央よりやや下、高さの四割ほどのところにある。

つまり視点が低い。岸の上ではなく、水面の近くから見ている。

低い視点には効果がある。

まず、水面の面積が増える。反射が画面の半分を占める。

次に、対岸の物が小さくなる。家も樹も、低く小さく見える。

そして空が広くなる。地上の情報が減り、天気が主題に近づく。

つまり低い視点は、風景を「水と空の絵」に変える。

同じ場所を岸の上から描けば、地形と建物の絵になっただろう。

視点の高さは、主題の選択と同じ意味を持つ。

画室を、舟にした画家

この低い視点には理由がある。

この画家は、舟を画室にして川を移動しながら描いた。

19世紀の半ば、小舟を改造して屋根を付け、道具を積み込んだ。

そこに寝泊まりし、川の上から風景を描いたと伝えられる。

舟の上に座れば、目の高さは水面から一メートルほどになる。

だから水面が広く、岸が低く見える。

つまりこの構図は、制作の場所から導かれている。

舟の画室には、もう一つの利点がある。

移動できることである。

同じ川を下りながら、次々に違う眺めを見つけられる。

天気が変われば、その場で主題を変えられる。

つまり画室が動くことで、写生の効率が上がる。

一方で制約もある。揺れる足場では、大きな画面は扱えない。

だから作品は小ぶりになる。板を使うのも、扱いやすさによるだろう。

野外で描くという実践

19世紀の前半、風景画は画室で仕上げるものだった。

野外では素描や小さな油彩の習作を作り、画室で大きな絵に組み直す。

写生と制作が分かれていたのである。

その順序が崩れていくのが、19世紀の半ばである。

理由の一つは材料の変化にある。

金属のチューブに入った絵具が普及し、持ち運びが容易になった。

それまでは豚の膀胱に絵具を詰め、針で穴を開けて使っていた。

乾きが早く、持ち運びも難しい。

チューブの絵具は密閉できるため、野外での長時間の作業に耐える。

さらに、折りたたみの画架と軽い板が使えるようになった。

つまり野外で完成させることが、技術的に可能になった。

この画家が舟を画室にできたのも、その条件の上にある。

道具の進歩が、絵の作り方を変えた例である。

同じ時期に、鉄道の普及で郊外へ出やすくなったことも関わっている。

材料と交通の変化が、風景画の内容を変えていった。

問い——場所が変わると、絵はどう変わるのか

ここから本稿の問いに入りたい。

野外で描くこと自体は、当時すでに広がっていた。

しかし舟から描くことは、条件が違う。

足場が動く。天候に左右される。持ち込める道具が限られる。

その条件が、絵にどう現れているのか。

当サイトが公開する14点を並べて確かめていきたい。

先に結論を書いておく。

この画家の絵には二つの型がある。

水面の高さから見た極端な横長と、岸や森から見た正方形に近い画面である。

足場の違いが、そのまま構図の型として現れている。

まず、寸法に現れている

寸法を並べてみたい。

24×46センチ、24.4×44.1センチ、27.9×42.9センチ、38.7×66.7センチ。

いずれも横長で、縦は40センチ以下が多い。

そして支持体が板である場合が多い。

板は画布より丈夫で、風で撓まない。

舟の上や屋外では、この性質が有利になる。

小さく、横長で、板。三つの条件が揃っている。

つまり寸法と材料の選択に、制作の場所が反映されている。

制作年にも傾向がある。

横長で板に描いた作品は、1858年以降に集まっている。

大きな画布の作品は、1850年代の前半に多い。

つまり舟を使うようになった時期から、寸法と支持体が変わっている。

道具立ての変化が、作品の形に出ているということである。

材料と工程が絵の性質を決める例は、これまでの回でも繰り返し見てきた。

同じ川を、繰り返し描く

公開分14点のうち、川と水辺が主題のものが十点を超える。

つまり一つの主題に集中している。

理由は舟の画室にある。

移動できるのは川の上だけである。だから主題は水辺に限られる。

制約が主題を絞り、絞られた主題が反復を生む。

そして反復は、細部の観察を深める。

水面の反射の崩れ方、葦の生え方、対岸の樹の重なり。

同じ要素を何度も描くうちに、扱いが洗練されていく。

一方で、単調になる危険もある。

売れる主題を繰り返す商売の面も無視できない。

朝の川

セーヌ川——朝
シャルル=フランソワ・ドービニー《セーヌ川——朝》1874年。板に油彩。縦38.7センチ、横69.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。シャルル=フランソワ・ドービニー《セーヌ川——朝》メトロポリタン美術館蔵

同じ1874年の作である。

画面の下半分は水面で、灰と緑を混ぜた色である。

水際には水草が点々と生え、細い筆で示されている。

左に樹が三本、まっすぐ立つ。葉は明るい緑で、輪郭が柔らかい。

その下に牛が一頭。赤褐色の小さな形である。

中央から右へ、低い丘が続く。上に小さな教会の塔が見える。

空は灰白で、水平線の近くだけが桃色に染まる。

水面には空の色がそのまま映り、上下が呼応している。

つまり画面の主役は水と空である。

地上の物は、その境目を示すために置かれている。

朝という主題も見ておきたい。

夜明けの光は、色が薄く、影が長い。

つまり明暗の差が小さく、色の差で描き分ける必要がある。

灰、緑、桃色。似た明るさの色を隣り合わせている。

夕方の絵と比べると、こちらのほうが色の判断は難しい。

同じ川を朝と夕に描き分ける仕事は、光の観察の訓練になる。