美術史・技法

板に描くということ——メムリンクとヘラルト・ダヴィト

初期ネーデルラントの絵は木の板に描かれた。両面に絵があり、翼は切り離され、縁には枠の痕が残る。メムリンクとヘラルト・ダヴィトの小さな板絵八点から、材料と形が決めていたことを読む。翼を失った断片が何を語れなくなるのかも見ておきたい。

聖ヴェロニカ
ハンス・メムリンク《聖ヴェロニカ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

布に、顔が写っている

一枚の板絵から始めたい。

聖ヴェロニカ
ハンス・メムリンク《聖ヴェロニカ》1470〜1475年ごろ。板に油彩。描画面は縦30.3センチ、横22.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ハンス・メムリンク《聖ヴェロニカ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦30センチ、横23センチ。文庫本を二冊並べたほどの大きさだ。

女性が草の上に座っている。

白い頭巾を被り、青い外套を広げている。裏地は赤い。

その手に、白い布を掲げている。

布の中央に、髭のある男の顔が写っている。

目を大きく開き、正面を向いている。

これは聖ヴェロニカの伝説を描いたものである。

刑場へ向かうキリストの汗を布で拭ったところ、顔が布に残ったという話だ。

背景は広い風景である。

左に岩と細い木立、その奥に城の塔が並ぶ。右には丘と道が続く。

空は上のほうだけ青く、地平線に近づくと白く霞んでいる。

描き方を見ておきたい。

布の白は、灰色と黄土を薄く重ねて作られている。純白は使われていない。

顔は褐色の細い線で描かれ、影がほとんど無い。

布に写った像という設定だから、立体感を抑えているのだろう。

一方、青い外套には濃い影が入っている。襞の奥は黒に近い。

同じ画面で、布の顔は平面的に、衣は立体的に描かれている。

描き分けが意識的であることは、この対比から読める。

風景の遠景も見ておきたい。

遠くの丘は青灰色に沈み、輪郭が曖昧になっている。

空気の層で色が変わることを、絵具の混色で再現している。

15世紀のネーデルラントの絵が、遠景の扱いで知られるのはこの技術による。

この絵には、裏がある

さて、この板には裏面がある。

福音書記者ヨハネの杯(裏面)
ハンス・メムリンク《福音書記者ヨハネの杯(裏面)》1470〜1475年ごろ。板に油彩。描画面は縦30.2センチ、横23センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ハンス・メムリンク《福音書記者ヨハネの杯(裏面)》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

同じ板の反対側である。

灰色の壁に、半円形の窪みが彫られている。

その中に、金の杯が一つ置かれている。

脚は段を重ねた形で、上部の椀は浅い。

杯の縁から、黒い蛇が身を起こしている。

福音書記者ヨハネの持ち物である。毒を入れられた杯から毒が蛇の姿で出た、という伝説による。

背景は壁だけ。人も風景もない。

寸法を比べてほしい。表が30.3×22.8センチ、裏が30.2×23センチ。

わずかな差は、板の縁の削れ方による。同じ一枚の板である。

板は、どう作られたか

板絵の作り方も押さえておきたい。

まず樫の板を用意する。丸太から放射状に切ると、反りにくい板が取れる。

その板を枠に嵌め、膠と白亜を混ぜた下地を何層も塗る。

乾いたら磨き、金箔を貼る部分は先に処理する。

輪郭を下描きし、油で溶いた絵具を薄く重ねていく。

一層ごとに乾かすため、完成までに数か月かかることもある。

薄い層を重ねる方法だと、下の色が透けて深みが出る。

初期ネーデルラントの絵が、独特の澄んだ色を持つのはこのためである。

材料と工程が、そのまま画面の質を決めている。

板だから、両面に描ける

ここが板絵の特徴である。

画布は木枠に張るため、裏面には描けない。

板は違う。両面が使える。

だから中世から16世紀の絵には、両面に描かれたものが多い。

祭壇画の翼がその代表である。

扉を開けば内側の絵が見え、閉じれば外側の絵が見える。

聖堂では、祭日だけ扉を開く決まりがあった。

つまり絵は、常に見えていたわけではない。

普段は閉じた状態の外面が見え、特別な日に内側が現れる。

この一点も、そうした開閉の仕組みの一部だったと考えられる。

もっとも、開閉のためだけではない。

小さな板絵は、旅に携える祈りの道具にもなった。

二枚を蝶番でつなぎ、本のように閉じる形式もある。

閉じれば絵が保護され、開けば祈りの場になる。

板の両面を使う設計は、持ち運びと保護の要求から来ている面もある。

この一点がどう使われたかは、公開記録からは判断できない。

表に人物、裏に持ち物を置く構成は、扉の内外に対応している。

小さいことの意味

大きさについても考えておきたい。

縦30センチという寸法は、手に持てる大きさである。

壁に掛けるためだけでなく、机に置いて見ることもできる。

祈りの対象としては、この距離が重要だった。

顔の細部が近くで見えるほど、対象との距離が縮まる。

聖堂の大きな祭壇画とは、使い方が違う絵である。

個人が家で祈るための絵が増えたのは、15世紀の特徴でもある。

信仰の形が変わり、絵の寸法が変わったことになる。

問い——板に描くとは、どういうことか

ここから本稿の問いに入りたい。

初期ネーデルラントの絵は、ほとんどが板に描かれている。

当サイトが公開するメムリンクの作品は12点、ヘラルト・ダヴィトは11点。

いずれも所蔵館の記録は「板に油彩」と書いている。

板という支持体は、絵にどんな条件を課したのか。

そして、その条件は絵の見え方にどう残っているのか。

寸法の記録から読めることを、順に追いかけたい。

先に結論を書いておく。

板は、絵を「組み立てられる物」にした。

枠と一体になり、翼として開き、必要に応じて切り離される。

そのため多くの作品が、本来の構成を失った断片として残っている。

寸法欄の細かい数字は、その履歴の手がかりになる。