美術史・技法

板の上の、祈りの部品——ダヴィト、ファン・クレーフェ、フアン・デ・フランデス

縦21センチの板に、人物が八人。床の敷石も壁の織物も描かれている。これは祭壇画の部品であり、単独で見るために作られていない。散らばった板を仮に並べ直し、九点で祈りの絵を読む。祈りの絵は、置かれる場所とともに作られていた。

カナの婚礼
フアン・デ・フランデス《カナの婚礼》メトロポリタン美術館蔵

小さな板の、祈りの絵

一枚の板絵から始めたい。

カナの婚礼
フアン・デ・フランデス《カナの婚礼》1497年ごろ。油彩・板。縦21センチ、横15.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。フアン・デ・フランデス《カナの婚礼》メトロポリタン美術館蔵

まず、寸法を見てほしい。

縦21センチ、横15.9センチ。

文庫本より少し大きい程度である。

その小さな板に、室内の場面が描かれている。

奥に、白い布の掛かった食卓がある。

その周りに、七、八人が座っている。

黒い衣の人物が並び、その中に赤い衣の人物がいる。

手前の床には、大きな壺が三つ置かれている。

左には、柱の並ぶ回廊と、その向こうの外が見える。

右奥の壁には、緑の織物が掛かっている。

天井は木の梁で組まれている。

この寸法で、これだけ

問題は、この密度である。

縦21センチの画面に、人物が八人いる。

一人あたりの高さは、五センチほどだろう。

にもかかわらず、顔の向きも、衣の色も描き分けられている。

床の敷石の模様も、壺の口の形も描かれている。

奥の壁の織物の柄まで見える。

これは、拡大鏡なしで描ける仕事だろうか。

当時の画家が何を使っていたかは、記録に乏しい。

分かるのは、結果として残っている板だけである。

祭壇画の部品として

なぜ、こんなに小さいのか。

一つの答えは、これが部品だからである。

十五世紀から十六世紀のネーデルラントでは、
複数の板を組み合わせた祭壇画が作られた。

中央に大きな板を置き、左右に扉を付ける。

あるいは、小さな板を並べて連作にする。

一枚ずつは小さくても、全体では大きな装置になる。

この《カナの婚礼》も、そうした連作の一枚と考えられている。

つまり、単独で見ることを前提としていない。

散らばった部品

こうした連作は、しばしばばらばらになる。

教会が改築されれば、外される。

売却されれば、一枚ずつ別の買い手に渡る。

その結果、もとは一組だった板が世界中に散る。

当サイトでも
切り離された祭壇画で、
その事情を扱った。

いま美術館で一枚だけ見るとき、
その板がかつて何の一部だったかは、簡単には分からない。

記録が残っていれば復元できるが、多くは失われている。

部品を、見分ける手がかり

とはいえ、手がかりはある。

まず、寸法である。同じ連作の板は、寸法がそろっている。

次に、板の木目と厚みである。同じ材から取られていれば近い。

そして、裏面の処理も参考になる。

塗装の有無、留め具の跡、蝶番の穴。

扉として使われた板には、蝶番の跡が残る。

こうした物理的な情報から、もとの構成が推定される。

美術館の記録に「連作の一部と考えられる」とあるのは、
たいていこうした調査の結果である。

絵の内容だけでなく、板そのものが資料になる。

板という材料

支持体についても書いておきたい。

この地域の板絵には、樫の板が多く使われた。

樫は硬く、丈夫で、反りにくい。

しかも、年輪から伐採年を推定できる。

板の年輪を測ることで、制作年代の下限が分かる。

木が切られた後にしか、絵は描けないからである。

この方法は、いまの美術史研究で広く使われている。

つまり、板は絵の支えであると同時に、日付の記録でもある。

紙や画布では、こうはいかない。

三人の距離

三人の画家の関係についても触れておきたい。

ダヴィトはブルッヘ、ファン・クレーフェはアントウェルペン。

この二つの都市は、直線で百キロも離れていない。

十六世紀に入ると、経済の中心はブルッヘからアントウェルペンへ移る。

港の条件が変わり、商人が移動したためとされる。

画家の活動も、それに伴って移っていく。

九点の年代を見ると、その移り変わりが重なる。

古いほうはブルッヘの作、新しいほうはアントウェルペンの作である。

都市の盛衰が、絵の産地を決めている。

三人の画家

今回は、三人の画家をまとめて扱う。

ヘラルト・ダヴィト、ヨース・ファン・クレーフェ、フアン・デ・フランデスである。

いずれも、十五世紀末から十六世紀前半に活動した。

ダヴィトはブルッヘで、ファン・クレーフェはアントウェルペンで働いた。

フアン・デ・フランデスは、名がスペイン語で「フランドルのヨハネ」を意味する。

ネーデルラント出身で、スペインで働いたと伝えられる。

三人とも、同じ地域の技術を受け継いでいる。

油で描くということ

この地域の板絵を語るとき、材料の話は外せない。

十五世紀のネーデルラントで、油を使う絵具が広く使われるようになった。

顔料を、乾く油で練った絵具である。

それ以前の主流は、卵を媒材とするテンペラだった。

テンペラは乾きが速く、細い線を積んで面を作る。

油は乾きが遅い。塗ったあとで混ぜたり、ぼかしたりできる。

そして、透明な層を重ねられる。

薄い色の層を何度も重ねると、深い色ができる。

宝石のような光沢は、この重ね塗りから生まれる。

九点の色が澄んで見えるのは、その技法による。

薄い層を重ねる

具体的には、こういう手順になる。

まず白い下地を作り、そこに図を描く。

次に、薄い絵具で大まかな明暗をつける。

そのうえに、透明な色を何層も重ねていく。

下の層が透けるので、色に厚みが出る。

一方、この方法には時間がかかる。

各層が乾くのを待たねばならない。

一点の板絵に、何か月もかかることになる。

小さな板でも、制作に時間がかかる理由がここにある。

密度の高さは、時間の量でもある。

生まれた場面

二点目は、降誕の場面である。

降誕
ヘラルト・ダヴィト《降誕》1480年代前半。油彩・板。全体で縦47.6センチ、横34.3センチ。描画面は縦47センチ、横34センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘラルト・ダヴィト《降誕》メトロポリタン美術館蔵

石造りの廃墟のような建物の中である。

柱が崩れ、屋根の一部が落ちている。

その中央の地面に、白い布が敷かれている。

その上に、裸の幼児が横たわる。

手前に、青い外衣の女性が跪いている。

左には、赤い衣の年配の男性が跪く。

奥には、牛と驢馬らしき動物がいる。

さらに奥、崩れたアーチの向こうに風景が見える。

緑の丘と、小さな建物と、青い空である。

崩れた建物

なぜ、建物が崩れているのか。

これは図像の約束事である。

古い世界の崩壊の上に、新しい出来事が起きる。

そういう含みで説明されることが多い。

もっとも、当時の見る人が全員そう読んだとは限らない。

単に、屋根のない場所として描かれた可能性もある。

ただ、崩れた石の描写は丁寧である。

割れ目、風化の跡、苔。

画家がここに手をかけているのは確かである。

遠景の風景

この絵で当方が惹かれるのは、奥の風景である。

アーチの向こうに、小さく開けた景色がある。

丘があり、木があり、建物がある。

その部分は、数センチしかない。

しかし、遠近の処理が正確である。

近くの緑は濃く、遠くは青くかすむ。

つまり、独立した風景画として成立する精度がある。

十五世紀のネーデルラントの板絵には、この特徴が共通する。

主題は宗教画でも、背景に風景を描き込む。

そこから、後の風景画が育っていく。

十字架の場面

三点目は、受難の場面である。

磔刑
ヘラルト・ダヴィト《磔刑》1495年ごろ。油彩・板。全体で縦53.3センチ、横38.1センチ。描画面は縦52.5センチ、横37.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘラルト・ダヴィト《磔刑》メトロポリタン美術館蔵

中央に、十字架が立っている。

その上に、人物が架けられている。

体は細く、肋骨が浮いている。

十字架の下に、四人の人物がいる。

左に、白い頭巾の女性と、青い衣の女性。

右に、赤い衣の女性と、年配の男性。

いずれも跪くか、手を合わせている。

背景には、緑の丘と、遠くの町が見える。

空は淡い青で、白い雲が浮かぶ。

静かな受難

この場面は、しばしば激しく描かれる。

群衆がいて、兵士がいて、混乱がある。

この絵には、それがない。

人物は四人だけで、いずれも静かである。

叫んでも、倒れてもいない。

背景の風景も、穏やかである。

つまり、劇的な場面としてではなく、
祈りの対象として描かれている。

小さな板であることも、それと関係があるだろう。

個人が手元で祈るための絵である。

復活の後

四点目は、続きの場面である。

母に現れるキリスト
ヘラルト・ダヴィト《母に現れるキリスト》1496年ごろ。油彩・板。縦63.5センチ、横38.1センチ。描画面は縦62.2センチ、横37.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。フアン・デ・フランデス《母に現れるキリスト》メトロポリタン美術館蔵

室内である。壁は石造りで、上部にアーチがある。

左に、赤い衣の男性が立っている。

裸足で、体に布を巻いている。

右に、暗い青の衣の女性が跪いている。

手を合わせ、顔を上げている。

その手前には、開かれた本が置かれている。

奥には窓があり、外の風景が見える。

天井の装飾は、細かい彫刻で埋められている。

金色の縁飾りが、画面を囲んでいる。

額との一体

この一点では、額が画面の一部になっている。

金色の枠が、上部でアーチを描く。

その形が、絵の中の建築と対応している。

つまり、額と絵が続いているように見える。

十五世紀の板絵では、この扱いがよく見られる。

額は後から付けるものではなく、はじめから設計されている。

美術館の記録でも、額まで含めて一点として扱われる場合がある。

いま私たちが額を「外側」と考えるのは、後の習慣である。

荒野の場面

五点目は、屋外である。

キリストの誘惑
フアン・デ・フランデス《キリストの誘惑》1500年から04年ごろ。油彩・板。描画面は縦21センチ、横15.5センチ。全体は縦21.3センチ、横16センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フアン・デ・フランデス《キリストの誘惑》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

これも小さい。縦21センチ、横15.5センチ。

岩の多い荒れ地である。

左に、青い衣の人物が座っている。

右に、褐色の衣を着た人物が立つ。

その人物は、修道士のような身なりをしている。

背景には、大きな木が二本立っている。

さらに奥は、青い山と、白い雲と、空である。

地面には、石と、まばらな草がある。

誘惑の場面

題にある場面は、荒野での試みを指す。

右の人物は、誘惑する側とされる。

修道士の姿で現れているのは、変装の意味だろう。

その足元をよく見ると、通常とは違う形が描かれることがある。

この図版でも、衣の裾から何かが覗いているように見える。

ただし、小さいため断定はできない。

こうした細部は、原寸で見ないと確認できない。

当サイトの図版は、あくまで参照用である。

二つの小さな板

この《キリストの誘惑》と、先ほどの《カナの婚礼》。

寸法がほとんど同じである。

縦21センチ、横15.5センチと15.9センチ。

作者も同じである。

つまり、もとは同じ連作の一部だった可能性が高い。

実際、この画家には、多数の小板からなる連作が知られている。

一つの物語を、何十枚もの小さな板で語る形式である。

いま二枚は、別々の美術館にある。

一方はニューヨーク、一方はワシントンである。

散らばったものを、並べる

当サイトのような場所には、一つ利点がある。

所蔵先が違っても、画面の上では並べられる。

物理的に集めることはできないが、図版なら隣に置ける。

寸法を書いておけば、比較もできる。

もちろん、これは代用にすぎない。

原品を並べて見るのとは、まったく違う。

それでも、散らばった部品を仮に並べ直すことはできる。

公開画像を扱う意味の一つが、そこにあると考えている。

金地の板

六点目は、背景が金である。

聖ミカエルと聖フランチェスコ
フアン・デ・フランデス《聖ミカエルと聖フランチェスコ》1505年から09年ごろ。油彩・板、金地。継ぎ足しを含めて縦93.7センチ、横87センチ。メトロポリタン美術館蔵。フアン・デ・フランデス《聖ミカエルと聖フランチェスコ》メトロポリタン美術館蔵

これまでより大きい。縦93.7センチ、横87センチ。

背景が、金箔で埋められている。

その前に、二人の人物が立っている。

左は、翼を持つ人物である。

甲冑を着て、槍を構え、赤い盾を持つ。

足元には、龍のような生き物が横たわる。

右は、褐色の修道服を着た人物である。

両手を広げ、手のひらを見せている。

下部には、それぞれの名を記した銘板がある。

金地という選択

十六世紀初めに、金地の背景はやや古風である。

すでに、風景を背景にする描き方が主流になっていた。

それでも金地を使うのは、理由がある。

一つは、注文主の指定である。

金は高価であり、豪華に見える。

もう一つは、場所の要求である。

暗い教会の中では、金は光を反射してよく見える。

つまり、実用的な選択でもある。

当サイトでも
金地から顔へで、
金地の役割を扱っている。

四人の天使

七点目は、構成が複雑である。

四人の天使と聖母子
ヘラルト・ダヴィト《四人の天使と聖母子》1510年から15年ごろ。油彩・板。縦63.2センチ、横39.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘラルト・ダヴィト《四人の天使と聖母子》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

中央に、赤い衣の女性が立っている。

腕に幼児を抱えている。

その左右に、天使が二人ずつ、計四人いる。

上の二人は宙に浮き、冠のようなものを持っている。

下の二人は地に立ち、楽器を演奏している。

背景には、アーチのある建築と、その向こうの町が見える。

町の建物が、細かく描かれている。

塔、屋根、窓。かなりの精度である。

音楽する天使

楽器を持つ天使は、この地域の絵によく登場する。

弦楽器、笛、携帯用のオルガン。

いずれも、当時実際に使われていた楽器である。

つまり、宗教画の中に同時代の物が入っている。

その混在が、この時期の絵の面白さでもある。

聖なる場面が、いまここで起きているように描かれる。

だから、背景の町も同時代の町になる。

授乳の場面

八点目は、家庭的な場面である。

聖家族
ヨース・ファン・クレーフェ《聖家族》1512年から13年ごろ。油彩・板。縦42.5センチ、横31.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヨース・ファン・クレーフェ《聖家族》メトロポリタン美術館蔵

中央に、若い女性が座っている。

赤い衣を着て、青い外衣を肩に掛けている。

その膝の上に、幼児がいる。

女性は幼児に乳を与えている。

左後ろに、年配の男性が立つ。

手に紙を持ち、こちらを見ている。

手前の棚には、器と果物が並んでいる。

葡萄、林檎、ナイフ、ガラスの器。

奥の棚にも、鉢が置かれている。

静物としての細部

この絵の手前の卓は、ほとんど静物画である。

葡萄の粒の一つずつに、光の点が入っている。

ガラスの器は透明で、向こう側が見える。

金属の器には、周囲が映り込んでいる。

こうした描写は、当時の技術の見せ場だった。

同時に、それぞれに意味があるとも説明される。

葡萄は葡萄酒に、パンは聖体に結びつく。

つまり、日用品が象徴として働く。

もっとも、どこまで意味を読むかは慎重にしたい。

見る人が全員そう読んだとは限らない。

部屋の中の告知

最後の一点である。

受胎告知
ヨース・ファン・クレーフェ《受胎告知》1525年ごろ。油彩・板。縦86.4センチ、横80センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヨース・ファン・クレーフェ《受胎告知》メトロポリタン美術館蔵

室内である。市松模様の床が奥へ伸びる。

左に、白い衣の天使が立っている。

翼を広げ、片手を上げている。

右に、青い外衣の女性が跪いている。

前には書見台があり、本が開かれている。

奥には、赤い天蓋の付いた寝台がある。

左の壁には、窓と、小さな鏡が掛かる。

天井には、真鍮の燭台が下がる。

棚には、器と燭台と、白い布が置かれている。

部屋そのものが主題

この絵で描かれているのは、場面であると同時に部屋である。

家具、調度、床の模様、天井の梁。

すべてが丁寧に描かれている。

十六世紀の裕福な家の室内が、そのまま記録されている。

宗教画でありながら、風俗の資料にもなる。

これは、この地域の絵の大きな特徴である。

聖書の場面を、同時代の部屋の中で起こす。

その結果、宗教画が生活の記録を兼ねることになった。

九点を通して

九点を年代順に並べる。

1480年代前半、1495年ごろ、1496年ごろ、1497年ごろ。

そして1500年から04年ごろ、1505年から09年ごろ、1510年から15年ごろ。

さらに1512年から13年ごろ、1525年ごろ。

四十年余りの幅である。

寸法は、縦21センチから縦93.7センチまで。

すべて板に描かれている。

主題は、いずれも宗教画である。

小さい板の役割

最後に、寸法について書いておきたい。

九点のうち、三点は縦25センチ以下である。

こうした小さな板は、個人のためのものだった。

家の部屋に置き、旅にも持っていく。

祈るための道具であり、持ち物でもある。

一方、大きな板は教会や礼拝堂のものである。

多くの人が同時に見る。

つまり、同じ主題でも用途が違う。

用途が違えば、描き方も変わる。

小さな板の細部は、近くで見るために描かれている。

大きな板の金地は、遠くから見るために選ばれている。

九点を並べると、その使い分けがよく分かる。

祈りの絵は、置かれる場所とともに作られていた。

いま、どう見るか

美術館では、九点はすべて同じ壁に並べられる。

同じ照明の下、同じ高さで、同じように見られる。

しかし本来、これらは別々の場所にあった。

暗い教会の壁、明るい部屋の机、旅の荷物の中。

それぞれの場所の光の下で、違って見えていたはずである。

金地の絵は、揺れる蝋燭の光を反射しただろう。

小さな板は、手に持って傾けながら見られただろう。

いま私たちが見ているのは、その条件を外した姿である。

それでも、板の中には当時の判断が残っている。

どこを詳しく描き、どこを省くか。

その配分から、もとの見られ方を推し量ることはできる。

寸法と、金の使い方と、細部の密度。

その三つを手がかりにすると、板の来し方が少し見えてくる。

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