美術史・技法

枝番のbが、抜けている——フアン・デ・フランデスほか祭壇画の板九点

左の板と右の板があり、中央がない。記録の連作の欄には、祭壇画の名と番号の範囲が書かれている。寸法、板の形、人物の傾き。ばらばらになった板を記録の上で組み立て直す方法を読みたい。金の地から風景の背景へ、二百年の変化も同時に見える。九点を古い順に並べて読みたい。

受胎告知
フアン・デ・フランデス《受胎告知》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

記録に、祭壇画の名が残っている

ナショナル・ギャラリー、ワシントンの公開データには、「連作」という欄がある。

そこに、こう書かれている一群がある。

「サン・ラザロ祭壇画の四枚の板」。

そして、角括弧のなかに番号の範囲が添えられている。

一九六一・九の二二から二五まで。

四枚の板が、もとは一つの祭壇画だった。

その祭壇画の名が、記録に残っている。

いま、四枚は四件として登録されている。

しかし、連作の欄を読めば、四枚が一組だと分かる。

受胎告知
フアン・デ・フランデス《受胎告知》1508年から1519年ごろ。館の記録では、板に油彩。描かれた面は縦110.2センチ、横78.4センチ。板全体は縦110.2センチ、横81センチ。額を含めると縦130.2センチ、横99センチ。番号は1961.9.22。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フアン・デ・フランデス《受胎告知》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

室内の場面である。

左に、白い衣の人物が立っている。

背に翼があり、右手を上げている。

その手前に、白い百合を挿した器。

右に、青い衣の女性が座っている。

前に、開いた書物を載せた台。

上に、白い鳥が舞い降りている。

そのまわりに、青い光の輪が広がる。

背後に、緑の垂れ幕と、赤い天蓋。

床は、赤と黒の格子。

奥の壁に、細い窓がある。

高さの数字が、二種類ある

四枚のうち三枚が、当サイトにある。

その三枚の寸法を比べてみたい。

《受胎告知》は、描かれた面が縦一一〇・二センチ。

残りの二枚は、縦一二四・七センチと一二四・二センチ。

十四センチの差がある。

横は、三枚とも七八センチから七九センチでそろっている。

つまり、幅は同じで、高さだけが違う。

これは、祭壇画のなかの位置が違うということだろう。

上の段と下の段で、高さが変わる。

あるいは、一枚だけが後に切り詰められたのかもしれない。

館の記録は、理由を書いていない。

分かるのは、数字の差だけである。

東方三博士の礼拝
フアン・デ・フランデス《東方三博士の礼拝》1508年から1519年ごろ。館の記録では、板に油彩。描かれた面は縦124.7センチ、横79センチ。板全体は縦126センチ、横82センチ。番号は1961.9.24。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フアン・デ・フランデス《東方三博士の礼拝》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

崩れかけた石の建物のなかである。

左に、青い衣の女性が座っている。

膝の上に、白い布に包まれた赤ん坊。

その左に、緑の衣の老人。

右に、赤い衣の人物が跪いている。

手に、金の器を持っている。

その後ろに、黒い帽子の人物と、赤い帽子の人物。

背後の窓の向こうに、町並みと、遠い山。

上に、緑の草の生えた壁。

キリストの洗礼
フアン・デ・フランデス《キリストの洗礼》1508年から1519年ごろ。館の記録では、板に油彩。描かれた面は縦124.2センチ、横79センチ。板全体は縦125.3センチ、横81.1センチ。番号は1961.9.25。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フアン・デ・フランデス《キリストの洗礼》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

川のなかの場面である。

中央に、白い腰布の人物が立ち、手を合わせている。

その足元に、透明な水。

左に、赤い衣の人物が身をかがめている。

手に、器を持っている。

右に、翼のある人物が、青い衣を掲げて立っている。

上に、白い鳥と、金と青の光。

そこに、小さな人物が三つ現れている。

背後に、緑の丘と、遠い町。

三枚の背景を比べると、いずれも奥に町と山がある。

同じ画家の、同じ祭壇画の板らしい共通点である。

枝番のbが、抜けている

もう一組を見たい。

天使を伴う聖マグダラのマリア、左の板
ピエトロ・ロレンツェッティ《天使を伴う聖マグダラのマリア、左の板》おそらく1340年。館の記録では、板に描かれたテンペラを布に移したものとする。描かれた面は縦89.2センチ、横41センチ。板全体は縦92.1センチ、横44.1センチ。番号は1941.5.1のa。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピエトロ・ロレンツェッティ《天使を伴う聖マグダラのマリア、左の板》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

金の地に、赤い衣の女性が立っている。

長い髪が、肩から胸へ流れている。

両手で、蓋のある容器を持っている。

頭に、細い光輪。

そして、画面の上のほうに小さな人物がいる。

翼を持ち、女性の頭のあたりに寄り添っている。

板は縦長で、上が尖った形をしている。

題に「左の板」と角括弧で添えられている。

つまり、右の板もあるはずである。

天使を伴うアレクサンドリアの聖カタリナ、右の板
ピエトロ・ロレンツェッティ《天使を伴うアレクサンドリアの聖カタリナ、右の板》おそらく1340年。館の記録では、板に描かれたテンペラを布に移したものとする。描かれた面は縦88.1センチ、横41.5センチ。番号は1941.5.1のc。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピエトロ・ロレンツェッティ《天使を伴うアレクサンドリアの聖カタリナ、右の板》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらも、金の地に立つ女性である。

白い模様の衣に、赤い袖。

右手に、緑の棕櫚の枝を持っている。

頭に、金の冠。

そして、上に小さな翼の人物がいる。

板の形も、前の一点と同じである。

上が尖っている。

寸法もほぼ同じである。

縦八九・二センチと八八・一センチ。

横四一センチと四一・五センチ。

そして、番号を見てほしい。

一九四一・五の一のa。

一九四一・五の一のc。

bが抜けている。

つまり、中央にもう一枚あったはずである。

その一枚は、当サイトにない。

館にあるのかもしれないし、無いのかもしれない。

記録からは分からない。

枝番の抜けだけが、失われた中央を示している。

十字架の両脇にいた二人

嘆く聖母
フランシスコ会の十字架の画家《嘆く聖母》1270年から1275年ごろ。館の記録では、板にテンペラ。もとの板は縦81センチ、横31.7センチ。全体は縦82.4センチ、横33.5センチ。番号は1952.5.13。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ会の十字架の画家《嘆く聖母》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

金の地に、暗い青の衣の人物が立っている。

顔を、こちらから見て右へ傾けている。

両手を胸の前で組み、指を絡めている。

衣の襞に、金の線が細かく引かれている。

板は細長い。

縦八一センチ、横三一・七センチ。

比が二・五対一を超える。

嘆く福音書記者聖ヨハネ
フランシスコ会の十字架の画家《嘆く福音書記者聖ヨハネ》1270年から1275年ごろ。館の記録では、板にテンペラ。もとの板は縦81.2センチ、横31.1センチ。番号は1952.5.14。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ会の十字架の画家《嘆く福音書記者聖ヨハネ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

もう一枚である。

金の地に、灰色と青の衣の人物が立っている。

こちらは、顔を左へ傾けている。

前の一点とは、逆の方向である。

つまり、二枚を並べると、二人は互いのほうへ傾く。

そして、そのあいだに空間ができる。

そこに、何かがあったはずである。

作者の呼び名が、手がかりになる。

「フランシスコ会の十字架の画家」。

十字架、という語が入っている。

板に描かれた十字架像を多く手がけた画家に付けられた呼び名である。

この二枚は、その十字架の両端に付いていた板だろう。

大きな十字形の板の、左右の腕の先。

そこに、嘆く二人を描く。

決まった形式である。

寸法がほぼ同じで、傾きが逆であること。

その二つが、この推測を支えている。

ただし、館の記録はそこまで書いていない。

同じ寸法の、二人の聖人

小ヤコブ
聖フランチェスコの画家《小ヤコブ》1272年ごろ。館の記録では、板にテンペラ。描かれた面は縦48.3センチ、横22.5センチ。板全体は縦49.8センチ、横24.2センチ。額を含めると縦63.5センチ、横38.1センチ。番号は1952.5.15。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。聖フランチェスコの画家《小ヤコブ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

上が丸いアーチの形をした板である。

金の地に、青い衣の人物が立っている。

赤い布を肩から掛けている。

顔に髭があり、両手を前で合わせている。

足は裸である。

板の下部が、黒くなっている。

福音書記者聖ヨハネ
聖フランチェスコの画家《福音書記者聖ヨハネ》1272年ごろ。館の記録では、板にテンペラ。描かれた面は縦48.3センチ、横22.5センチ。板全体は縦49.8センチ、横24.2センチ。番号は1952.5.16。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。聖フランチェスコの画家《福音書記者聖ヨハネ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらも、上が丸い板である。

金の地に、白い衣の人物が立っている。

赤い布を肩に掛け、左手に何かを持っている。

顔に髭はなく、若い姿である。

足は裸である。

そして、寸法が前の一点とまったく同じである。

描かれた面が、縦四八・三センチ、横二二・五センチ。

板全体が、縦四九・八センチ、横二四・二センチ。

額の寸法も同じである。

一ミリの差もない。

同じ祭壇画の、隣り合う板だろう。

聖人を並べる祭壇画では、こういう板が横に何枚も並ぶ。

板の形が、位置を語る

九点の板の形を並べてみたい。

上が尖っているもの。上が丸いもの。四角いもの。

ロレンツェッティの二点は、上が尖っている。

三角形に近い頂点を持つ。

聖フランチェスコの画家の二点は、上が丸い。

半円のアーチである。

フランシスコ会の十字架の画家の二点は、細長い長方形に近い。

そしてフアン・デ・フランデスの三点は、四角い。

この形の違いは、時代の違いでもある。

十三世紀から十四世紀の祭壇画は、上部に尖ったり丸まったりした形を持つ。

木の枠と一体になって、建築のような姿を作る。

十六世紀になると、四角い板が並ぶようになる。

絵が独立した窓のようになる。

形の変化は、祭壇画の考え方の変化でもある。

そして、形は位置も語る。

尖った頂点を持つ板は、いちばん上に来ることが多い。

丸いアーチの板は、その下の段に並ぶ。

四角い板は、どこにでも入る。

九点の形を見比べると、それぞれの板がどのあたりにあったかが想像できる。

もっとも、これは一般的な傾向であって、断定はできない。

館の記録も、位置までは書いていない。

額の厚さが、九センチある

寸法の欄の三つ目の数字を見てみたい。

一〇・七センチ。一〇・八センチ。六センチ。九・二一センチ。

いずれも、額を含めた厚さである。

十センチを超えるものもある。

前の回に見たプレデッラの板は、四センチから七センチほどだった。

こちらは、より厚い。

理由は、板が大きいからだろう。

高さ一二五センチの板を支えるには、厚い枠が要る。

そして、額そのものも古い作りである。

彫りを施した重い木枠が使われている。

もっとも、いま付いている額が、もとの枠とは限らない。

祭壇画が分解されたとき、枠も外される。

そのあと、一枚ずつに新しい額が付けられる。

だから、額の寸法はいまの姿を示すだけである。

もとの枠がどうだったかは、板の縁の跡から推定するしかない。

館の記録が「描かれた面」と「板全体」を分けて書くのは、そのためでもある。

板の縁に絵具の乗っていない部分があれば、そこが枠に隠れていた。

その幅を測れば、もとの枠の当たり方が分かる。

数字は、失われた枠のことまで示している。

数字で、組を見分ける

九点を通して、組を見分ける方法は共通している。

第一に、寸法である。

同じ組の板は、寸法がそろう。

第二に、番号である。

連続していれば、同じときに入っている。

枝番なら、もとから一つの件だった。

第三に、板の形である。

上が尖っているか、丸いか、四角いか。

同じ祭壇画の同じ段なら、形もそろう。

第四に、人物の向きである。

内側を向いていれば、あいだに何かがあった。

そして第五に、記録の欄である。

連作の名。角括弧に入った位置の指示。作者の呼び名。

これらが、失われた全体を指している。

「左の板」「右の板」という書き方

ロレンツェッティの二点の題には、角括弧が入っている。

「左の板」「右の板」。

これは、題そのものではない。

館が補った位置の情報である。

角括弧は、原題にはない語を足したことを示す記号である。

こういう書き方が使われるのは、位置が分かっているからだろう。

分からなければ、書けない。

そして、位置が分かるということは、もとの構成が推定されているということである。

三枚のうち左と右がここにあり、中央が無い。

その理解が、題と枝番の両方に表れている。

布に移された板

ロレンツェッティの二点の技法の欄には、こう書かれている。

「板に描かれたテンペラを、布に移したもの」。

もとは板に描かれていた。

その絵具の層を、板から剥がして布に貼り替えている。

板が傷んだときに行われる処置である。

この処置については、次の回で改めて扱いたい。

ここで確かめておきたいのは、二点とも同じ処置を受けているということである。

同じ組の板は、同じ処置を受けやすい。

一緒に持ち主のもとにあり、一緒に修理に出される。

だから、技法の欄がそろう。

技法の欄も、組を見分ける手がかりになる。

三枚のうち、一枚だけが低い

フアン・デ・フランデスの三点の高さの差について、もう少し考えたい。

《受胎告知》だけが、縦一一〇・二センチ。

他の二点は、一二四センチを超える。

十四センチの差である。

板の幅は、三点ともほぼ同じである。

七八・四センチ、七九センチ、七九センチ。

幅がそろって、高さだけ違う。

これは、上下の段で高さが違う構成を示している可能性がある。

祭壇画は、段を重ねて作られることがある。

下の段が高く、上の段が低い。

あるいは、その逆。

そして、絵の内容も手がかりになる。

《受胎告知》は物語の始まりにあたる場面である。

《東方三博士の礼拝》と《キリストの洗礼》は、その後の場面である。

物語の順に並べるなら、受胎告知が最初に来る。

もっとも、館の記録は並び順を書いていない。

書かれているのは、連作の名と番号の範囲だけである。

そこから先は、寸法と内容を突き合わせて考えるしかない。

そして考えた結果は、あくまで推測である。

推測であることを断ったうえで、記しておきたい。

金の地と、風景の背景

九点のうち、六点が金の地である。

十三世紀から十四世紀の六枚。

残る三点は、十六世紀の作である。

そちらでは、背景に町と山がある。

窓の向こうに、遠景が広がる。

この違いは、二百年の隔たりを示している。

金の地は、場所を示さない。

聖なる出来事が、どこでもない場所で起きている。

風景の背景は、場所を示す。

出来事が、どこかの町の近くで起きている。

同じ祭壇画という形式のなかで、この転換が起きた。

そして、板の形も四角くなる。

金の地に尖った板から、風景を背にした四角い板へ。

九点を古い順に並べると、その移り変わりが見える。

一件ずつを見ていては気づかないことが、並べると見えてくる。

そしてそれが、九点をまとめて扱う理由でもある。

一枚が、当サイトにない

連作の欄には、四枚と書かれている。

一九六一・九の二二から二五まで。

しかし、この記事で扱ったのは三枚である。

二三番の一枚は、当サイトの別のコラムですでに図版に使っている。

今回の三十本では、図版を重複させない決まりを設けている。

だから、ここでは三枚だけを扱った。

四枚のうち一枚が欠けているのは、そういう事情による。

祭壇画そのものが欠けているわけではない。

記事の側の都合である。

こういうことも、断っておいたほうがよいだろう。

見えているものが全部だとは限らない。

記録の側にも、記事の側にも、選択がある。

分解された祭壇画の、行き先

祭壇画は、なぜ分解されるのか。

理由はいくつかある。

教会が改築されるとき。

修道院が閉じられるとき。

売られるとき。

大きな祭壇画は、そのままでは動かせない。

分解すれば、板ごとに運べる。

そして、板ごとに売れる。

十八世紀から十九世紀にかけて、多くの祭壇画が分解された。

九点は、その結果である。

もとは教会の壁の一部だった。

いまは、額に入った独立の絵になっている。

そして、九点はいずれも一件ずつである。

物として分かれているのだから、当然である。

呼び名が、二つ並んでいる

九点の作者の欄には、三種類の名がある。

一つは、人名である。

フアン・デ・フランデス。ピエトロ・ロレンツェッティ。

二つ目は、代表作から作られた呼び名である。

フランシスコ会の十字架の画家。聖フランチェスコの画家。

三つ目は、前の回に見た疑問符付きの呼び名である。

今回の九点には、それはない。

呼び名の作り方に、少し注目したい。

「フランシスコ会の十字架の画家」は、作品の種類から来ている。

「聖フランチェスコの画家」は、描かれた対象から来ている。

いずれも、名前の分からない画家に付けられた仮の名である。

そして、この二つの呼び名はよく似ている。

同じ聖人にまつわる語が入っている。

十三世紀のイタリアで、この聖人の像が数多く作られた。

その仕事に関わった画家が何人もいた。

区別するために、それぞれに呼び名が必要になった。

呼び名は、区別のための道具である。

だから、似ていても構わない。

区別さえつけば、役目は果たす。

二つの受入が、十一年離れている

九点の出所と受入年を整理してみたい。

フアン・デ・フランデスの三点は、一九六一年。

ロレンツェッティの二点は、一九四一年。

残りの四点は、一九五二年。

三つの時期に分かれている。

そして、それぞれ出所が違う。

前二者はそれぞれ個人の寄贈と蒐集品、後者はクレス蒐集品である。

同じ祭壇画の板がまとまって入っているのは、そのおかげである。

一枚ずつばらばらに買っていたら、四枚がそろうことはない。

前の回にも同じことを見た。

対の肖像がそろって残るには、途中で一度まとまった手を通る必要がある。

祭壇画の板も同じである。

分解されたあと、誰かがまとめて持った。

そのまとまりが、館に移った。

だから、いま四枚や二枚がそろっている。

散らばったものが完全に散らばりきると、二度と集まらない。

途中で誰かが集めることで、まとまりが保たれる。

出所の行は、その中継点を記録している。

記録の上で、組み立て直す

分解されたものを、物として戻すことはできない。

板は、別々の場所にある。

しかし、記録の上では戻せる。

連作の欄に、祭壇画の名を書く。

題に、左か右かを添える。

番号を連続させる。

寸法を細かく測る。

これらを積み重ねれば、もとの構成が推定できる。

そして、その推定は書き換えられる。

新しい板が見つかれば、構成は変わる。

だから、記録は完成しない。

いま書かれているのは、現時点での理解である。

九点の記録も、そういうものとして読むのがよい。

「サン・ラザロ祭壇画の四枚の板」。

この一句は、いまのところ四枚が確認されている、という意味でもある。

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