金地から、顔へ——ジョヴァンニ・ディ・パオロ、クリヴェッリ、ルイーニ、ロット
金地の前に聖人が立つ絵から、暗い部屋で本を開く修道士の顔まで。百年余りのあいだに、イタリアの板絵は記号から記録へ移った。四人の画家の九点を年代順に置き、その道筋をたどる。金が消えたことは、必ずしも進歩ではない。

金の上に、人が立っている
一枚の板絵から始めたい。

五つの区画が、横に並んでいる。
それぞれの上部が、尖ったアーチの形をしている。
中央の区画に、女性が座っている。
膝に幼児を抱え、こちらへ向けている。
その左右に、二人ずつ人物が立つ。
杖を持つ者、本を持つ者、赤い衣の者。
いずれも聖人とされる人々である。
背景は、すべて金である。
平らな金箔が、人物の後ろを埋めている。
床は市松模様で、赤と黒に塗られている。
金地とは何か
金地の板絵は、中世からの形式である。
木の板に下地を塗り、その上に金箔を貼る。
金箔は、極めて薄く延ばした金である。
貼った後、磨いて光沢を出す。
そこに、テンペラで人物を描く。
背景に空も風景も描かない。
つまり、この絵の中に「奥」はない。
人物は、金という平らな面の前に立っている。
なぜ、奥がないのか
理由は、目的にある。
この絵は、現実の場面を再現するためのものではない。
祈りの対象を示すためのものである。
聖人が、どこにいるかは問題ではない。
誰であるかが分かれば、それでよい。
だから、背景に情報を置く必要がない。
金は、地上ではない場所を表す。
同時に、教会の暗がりで光を返す。
実用と象徴が、一致している。
金は、高価である
もう一つ、実際的な事情もある。
金箔は、材料として高価である。
面積が広ければ、それだけ費用がかかる。
つまり、金地の絵は注文主の財力を示す。
契約書に、使う金の量が明記された例も知られている。
絵の値段は、画家の腕だけで決まらない。
材料費が、大きな比重を占めていた。
高価な青の顔料も、同じように扱われた。
そう考えると、金地から風景への変化には、
経済的な側面もあったかもしれない。
金を使わなければ、絵は安く作れる。
もっとも、それだけで説明はつかない。
好みも、思想も、技術も同時に動いている。
この記事の道筋
今回は、四人の画家の九点を扱う。
制作年は、1435年ごろから1547年まで。
百年余りの幅がある。
その間に、絵は大きく変わる。
金地の平らな面から、風景の中の人物へ。
そして、生きた個人の顔へ。
九点を年代順に見ていくと、その変化が追える。
四人の画家は、それぞれ活動した土地が違う。
ジョヴァンニ・ディ・パオロはシエナ、クリヴェッリはイタリア中東部。
ルイーニはミラノの周辺、ロットはヴェネツィアとその周辺で働いた。
つまり、一つの都市の変化ではない。
イタリア各地で、似た方向の変化が起きていた。
もっとも、変化の速さは土地によって違う。
シエナでは、金地の形式が比較的長く残ったとされる。
新しい方法が、どこでも同時に広まるわけではない。
板絵という単位
九点のうち八点は、板に描かれている。
最後の一点だけが、画布である。
板から画布へ。これも大きな変化である。
画布は軽く、大きな画面を作りやすい。
丸めて運ぶこともできる。
十六世紀になると、とくにヴェネツィアで画布が広まった。
湿気の多い土地では、板が反りやすいためとも言われる。
材料の変化も、絵の変化の一部である。
最も古い一点
二点目は、九点で最も古い。

横長の画面である。
建物の内部が描かれている。
複数の柱とアーチが、左右に並ぶ。
床は市松模様で、奥へ向かって縮んでいく。
中央に、祭壇のような台がある。
その周りに、数人の人物が集まっている。
左には、赤や桃色の衣の女性たちが立つ。
右には、頭巾をかぶった人物たちがいる。
上部の壁は、赤と白の縞に塗られている。
奥行きが、ある
先ほどの絵と違い、この画面には奥行きがある。
床の市松模様が、奥へ行くほど詰まっている。
柱も、奥のものほど小さい。
つまり、遠近法が使われている。
制作は1435年ごろ。
イタリアで遠近法の理論が整理されたのが、まさにこの時期である。
ただし、この絵の遠近法は完全ではない。
床の線と、建築の線が、一点に集まりきっていない。
新しい方法を、手探りで使っている段階に見える。
金と、遠近法の同居
興味深いのは、この絵に金も残っていることである。
記録では「テンペラと金」とされている。
人物の光輪や、装飾の一部に金が使われている。
つまり、古い形式と新しい方法が同じ画面にある。
背景には建築が描かれ、奥行きがある。
一方、聖なる印としての金も消えていない。
新旧が入れ替わるとき、たいていこういう状態を通る。
一夜で切り替わるわけではない。
しばらくのあいだ、両方が同居する。
九点を並べる面白さは、その途中が見えることにある。
建築の描き方
もう少し、この絵の建築を見ておきたい。
柱は細く、上部でアーチを結ぶ。
そのアーチは、尖った形をしている。
壁の上部は、赤と白の縞に塗られている。
こうした縞の装飾は、イタリア中部の建築に実在する。
つまり、画家は身近な建物を参考にしている。
聖書の場面を、自分の知っている建築の中で起こす。
これは、この時代の絵に広く見られる態度である。
見る人にとっても、そのほうが場面が近く感じられる。