輪郭線で、絵を立てる——サンドロ・ボッティチェッリ
頬から顎へ、輪郭が一本の線として通っている。ボッティチェッリの絵で最初に目につくのは色でも光でもなく線である。テンペラという技法が線を要求した事情から、円形の板の構図まで、六点で線を追いかける。四百年以上前の板の上で、輪郭はいまも張っている。

輪郭が、はっきり見える
一枚の板絵から始めたい。

聖母が正面近くを向いて座っている。
膝の上に幼子がいる。裸の子どもである。
子どもは母の左手を、両手で握っている。
母の顔はうつむき加減で、視線は子には向いていない。
伏し目のまま、どこか遠くを見ている。
背後には石造りの柱と、開いた窓がある。
窓の外に、緑の木立と空が見える。
さて、この絵で最初に目につくのは何だろうか。
色でも、光でもない気がする。
線である。
線が、形を決めている
母の頬から顎へ下りる線を見てほしい。
輪郭が一本の連続した線として見える。
途中で途切れず、ぼやけもしない。
首から肩へ、肩から腕へ。線はそのまま続く。
子どもの背中も同じである。
腰から背へ、背から後頭部へ、なめらかに一本で回る。
指の一本一本にも、輪郭がある。
爪の形まで、線で区切られている。
衣の襞も、影ではなく線で示される。
赤い衣に走る襞の線は、細く均一で、迷いがない。
これは、当たり前のことではない。
同じころのイタリアには、別のやり方もあった。
輪郭をぼかし、光と影で形を作る描き方である。
そちらでは、線はむしろ消される。
ボッティチェッリは逆をいく。
線をはっきり残し、その内側を塗る。
彩色された素描、と言いたくなる作りである。
母の目が、合わない
もう一つ、この絵で気になることがある。
母の視線が、子に向いていない。
腕の中に子を抱きながら、目は伏せられている。
子のほうは、母の手を握って母を見ている。
視線が、一方通行になっている。
この扱いは、ボッティチェッリの聖母像にしばしば見られる。
喜びの場面として描かれていない、ということである。
聖母子像には、のちに起きることの影が差す。
子はやがて受難に向かう、という前提が共有されていた。
だから母は、笑わない。
伏せた目は、その先を見ていることになる。
もっとも、これは図像の約束事でもある。
画家個人の心情を読み取るのは、行き過ぎだろう。
当方としては、型として扱われた表現だと考えている。
ただ、その型をこれほど静かに使う画家は多くない。
線で描くとは、どういうことか
なぜ線を残すのか。
一つには、下絵の伝統がある。
板絵は、まず下地を作り、そこに図を描いてから彩色する。
その最初の線が、最後まで生き残っている。
もう一つは、効果の問題である。
輪郭がはっきりしていると、形が読みやすい。
遠くからでも、何が描かれているか分かる。
教会や礼拝堂に掛かる絵には、これは利点になる。
さらに、線には速さがある。
一本引けば、それで形が決まる。
塗り重ねて形を作るより、判断が前に出る。
つまり、描き手の手つきが見えやすい。
ボッティチェッリの線には、独特の張りがある。
弓のようにしなり、端で細くなる。
この張りが、彼の絵をすぐ見分けられるものにしている。
誰の弟子だったか
ボッティチェッリについて、記録から分かることを書く。
十五世紀のフィレンツェで働いた画家である。
本名はアレッサンドロ・フィリペーピと伝えられる。
ボッティチェッリは通称で、小さな樽という意味だとされる。
兄の渾名が本人に移った、という説がある。
生年は1445年ごろ、没年は1510年とされる。
修業については、フィリッポ・リッピのもとで学んだと伝えられる。
リッピについては当サイトでも
父と子の話を書いた。
リッピの聖母像にも、はっきりした輪郭がある。
顔の造作、髪の房、衣の縁。どれも線で示される。
ボッティチェッリの初期作を見ると、その影響がよく分かる。
この《聖母子》の母の顔立ちは、リッピの型に近い。
面長で、額が広く、目が細い。
ただし、線の質はすでに違っている。
リッピの線はやわらかく、丸い。
ボッティチェッリの線は硬く、伸びる。
同じ方法を受け継ぎながら、手つきが別のものになっている。
板に描くということ
材料の話もしておきたい。
この六点は、いずれも板に描かれている。
支持体は、記録ではポプラの板とされるものが多い。
イタリアでは、ポプラが板絵の標準だった。
軽く、加工しやすく、手に入りやすいからである。
板は、まず接ぎ合わせて必要な大きさにする。
その上に膠と石膏を塗り、白い下地を作る。
下地は何層も塗り、乾かし、磨く。
紙のようになめらかな面ができる。
そこへ図を描き、彩色に入る。
絵具は、卵を媒材に顔料を練ったものである。
テンペラと呼ばれる。
テンペラは乾きが速い。
塗ったそばから固まっていく。
だから、油絵のようにゆっくり混ぜられない。
色を重ねるには、細い線を並べる。
つまり、技法そのものが線を要求する。
ボッティチェッリの線好きは、材料とも噛み合っていた。
線と、乾きの速さ
もう少し、技法の話を続ける。
テンペラで肌を描くとき、画家は細い筆を使う。
淡い色を細かく重ね、少しずつ濃くしていく。
拡大すると、無数の細い筆跡が見える。
面をぼかすのではなく、線を積んで面にする。
そう考えると、輪郭が残るのは自然である。
線で作った面の縁は、線で終わる。
やがてイタリアでも、油の絵具が広まっていく。
油は乾きが遅い。塗ったあとで混ぜられる。
だから輪郭をぼかすことができる。
技法が変われば、絵の見え方も変わる。
《東方三博士の礼拝》には、テンペラと油彩の両方が使われたと記録されている。
ちょうど移り変わりの時期にあたる作例である。