平面にすると、色が残る——ポール・ゴーギャン
ゴーギャンは地面を桃色に塗り、色を輪郭で囲んだ。ブルターニュから南太平洋へ、色は土地とともに変わる。ただし島の絵は植民地の条件を抜きに読めない。九点で確かめたい。木彫と陶器の仕事にも触れ、方法の広がりを見ておく。

地面が、桃色である
一枚の絵から始めたい。

縦長の画面である。縦91.8センチ、横68.5センチ。
画面の右に、女性が立っている。
裸で、白い布を腰の前に垂らしている。
両手を胸元で合わせ、顔は正面を向く。目は大きく見開かれている。
その左に、青い衣の人物が座っている。顔は仮面のように平らである。
背後には濃い緑の葉が広がり、白い花と赤い実が散る。
上方に赤い魚のような形が見える。
そして、地面を見てほしい。
桃色である。橙色の花が横に並び、黄色い線が波打っている。
つまり土の色ではない。
現実の色から離れた、選ばれた色である。
なぜこの色を選べるのか。
陰影を描いていないからである。
立体を作るには、光の当たる面と影の面を分けなければならない。
その関係を守るかぎり、色は現実に縛られる。
しかし平面として塗るなら、色は自由に選べる。
つまり平面化と色の自由は、同じ選択の裏表である。
この画面では、地面の桃色が人物の黄土色を支えている。
隣り合う色の関係だけで、画面が組まれている。
色を、輪郭で囲む
もう一つの特徴は輪郭線である。
人物の体は、暗い線で囲まれている。
その内側は、平らな色で塗られている。
肌は黄土色。影はほとんど入っていない。
つまり立体を作らず、形を切り抜いている。
輪郭線と平らな色面。この二つが組み合わさると、画面は平面になる。
もう一つ、遠近法の扱いも見ておきたい。
背景の葉は、奥へ行っても小さくならない。
上部の魚のような形も、位置が定まらない。
つまり空間の奥行きが作られていない。
前後は重なりだけで示され、大きさでは示されない。
平面の画面では、遠近法は必要な道具ではなくなる。
平面化は、どこから来たのか
この方法の背景には、複数の源が挙げられる。
一つは日本の版画である。輪郭線と平らな色面、そして大胆な構図。
二つはステンドグラスや中世の板絵である。線で区切られた色。
三つは、当時ヨーロッパの外から持ち込まれた工芸品である。
いずれも、写実の陰影とは別の方法で形を示している。
浮世絵が西洋の絵に何をもたらしたかは
別のコラムで扱った。
問い——平面にすると、何が変わるのか
ここから本稿の問いに入りたい。
当サイトが公開するこの画家の作品は23点ある。
制作年は1888年から1903年に集中している。
前半はフランスのブルターニュ、後半は南太平洋の島である。
その両方で、輪郭線と平らな色面が使われている。
平面化は、絵に何をもたらしたのか。
そして、その絵をいま私たちはどう読むべきか。
以下、順に確かめていきたい。
先に結論を書いておく。
平面化によって、色は現実から自由になった。
しかし主題の側では、その自由が別の問題を生んでいる。
島の絵をどう読むかは、絵の外の事実と切り離せない。
なぜブルターニュだったのか
フランス北西部のブルターニュは、19世紀の画家に人気の場所だった。
理由は複数ある。
物価が安く、長期の滞在ができた。
地方の衣装と習俗が残り、都会と違う主題が得られた。
そして「素朴で古い土地」という評判が、絵の売りになった。
つまり画家たちは、都市の市場に向けて地方の主題を供給していた。
ここで注意しておきたいことがある。
「素朴な土地」という見方は、都市の側の見立てである。
実際のブルターニュには鉄道が通り、観光客が入っていた。
画家たちが描いた「古い衣装の少女」も、日常の全部ではない。
つまり主題の選択にすでに編集が入っている。
同じ構造は、後の南太平洋の絵にも現れる。
遠い土地を「手つかず」として描く見方である。
記録という主張の危うさについては別のコラムで扱った。
ブルターニュの一点
まず1888年の作品を見たい。

草地で、三人の少女が輪になっている。
白い頭巾と黒い上衣。地方の衣装である。
手をつなぎ、輪を作って回っている。
左の一人は腕を伸ばし、体を後ろに傾けている。
地面は黄緑で、筆が横に流れる。
奥には石垣と建物、樹の塊が並ぶ。
左奥に教会の尖塔が細く立つ。
空は淡い桃色である。
つまり空の色が変えられている。
草の黄緑に対して、桃色の空を置く。
現実の観察ではなく、色の設計による選択である。
構図の切り方も見ておきたい。
三人の少女は画面の左に寄り、右は空いている。
中央に主役を置く構成ではない。
左に人物、右に風景。二つの領域が並んでいる。
日本の版画に見られる、片寄った構図に近い。
余白を作ることで、視線が右へ抜けていく。
積み藁の絵

畑の風景である。
中央に赤褐色の積み藁が三つ、横に並んでいる。
その前には畝が並び、白い花が咲いている。
右手前に牛が三頭。黒と白の模様が平らな形として置かれている。
左奥には緑の丘と、点のような建物。
空は白く、上部だけが青い。
人物が二人、右手前に小さく描かれている。
つまり労働の場面でありながら、人は小さい。
色面の構成が主題になっている。
そして輪郭線が、藁の山と牛の形を囲んでいる。
積み藁という主題にも触れておきたい。
同じ時期、別の画家が積み藁の連作を作っている。
その連作では、同じ形を光の条件だけ変えて描いた。
対してこの一点は、一度の画面に色面の構成を組んでいる。
同じ主題でも、目的がまったく違う。
連作の考え方は別のコラムで扱った。