絵に、題名は要るのか——ホイッスラーと四分の一ペニーの判決
彼は自作を《白のシンフォニー》《青と金のノクターン》と呼んだ。物語を読むな、色の配置として見よ、という要求である。その主張は1877年の酷評をきっかけに法廷へ持ち込まれ、賠償一ファージング——四分の一ペニーという判決に行き着いた。

白い服の女が、白い幕の前に立っている
一枚の絵から始めたい。

縦二メートルを超える画面に、女性がひとり立っている。
服は白。背後の幕も白。床に敷かれた獣の毛皮も、白に近い生成りである。
白の中に、三つだけ強い色がある。赤みの強い髪。唇。そして足元の絨毯の青。
手には、白い小さな花を持っている。うつむいてはいない。正面より少し左を向き、視線はこちらへ来ていない。
足元の毛皮には、獣の頭がついたままである。口を開き、牙が見え、目がこちらを向いている。
画面右上に「Whistler 1862」と署名がある。
作者はジェームズ・マクニール・ホイッスラー。1834年にアメリカのマサチューセッツ州で生まれ、生涯の大半をロンドンとパリで過ごした画家である。
経歴は少し変わっている。少年期の数年をロシアで過ごし、帰国後は陸軍士官学校に入った。そこを放校になり、二十歳をすぎてパリへ渡っている。
パリでは写実主義の画家クールベの周辺にいた。その後ロンドンへ移り、テムズ川沿いの銅版画で名を知られるようになる。
つまり彼は、アメリカ人でありながらアメリカ絵画の枠には収まらず、フランスでもイギリスでも外来者だった。
どこの流派にも属さない立場は、生涯変わらない。それが強みにも、生きづらさにもなった。
白の中に、何段階の白があるか
画面に戻りたい。
この絵の見どころは、白の種類の多さである。
ドレスの白は、わずかに青みを含む。背後の幕の白は、黄みがかっている。毛皮の白は灰色に寄っている。
袖の膨らみには影が入るが、その影も灰ではなく、薄い緑と桃色を含んでいる。
近づいて見ると、絵具は薄く、画布の織り目が透けている箇所がある。とくにドレスの裾のあたりは、擦りつけるように塗られている。
一方で、髪と唇と絨毯の青だけは、絵具が厚い。
つまり画面には、はっきりした濃淡の設計がある。九割を薄い白で埋め、残りの一割に色と厚みを集中させている。
これは、後年の〈ノクターン〉でやっていることと同じ構造である。二十代の終わりに、この画家の方法はもうできあがっていた。
足元の毛皮についても書いておきたい。
白い服の清らかさに対して、獣の頭は生々しい。牙があり、口が開き、目がこちらを見ている。
この対比が、観客に物語を読ませた最大の要因だろう。無垢と野生、あるいは純潔とその喪失。
画家がそこまで意図したかは分からない。敷物として実際に部屋にあったものを、そのまま描いただけかもしれない。
ただ、意図がなくても、置いてあるものは意味を発生させる。これは絵画の避けがたい性質である。
だからこそ、次に見る「題名」の話が効いてくる。
批評家は、物語を読もうとした
この絵は1863年、パリの官展に出されて落選した。
同じ年、落選作を集めた展覧会が開かれる。いわゆる落選展である。ホイッスラーはそこに出した。
この落選展は美術史で有名になった。マネの《草上の昼食》が並んでいたからである。
観客と批評家は、この白い絵の前で困惑した。そして、いつもどおり物語を探した。
婚礼の翌朝だという読み。当時よく読まれていた小説の登場人物だという読み。獣の毛皮を無垢の喪失の象徴と見る読み。
ホイッスラーはそのどれも否定している。これは白い服の少女を描いた絵であって、それ以上の意味はない、と。
そして数年後、彼はこの絵に新しい題名を与えた。《白のシンフォニー 第1番》である。
音楽の言葉を、絵に貼る
以後、彼の作品名はほとんど音楽用語になる。
シンフォニー。ハーモニー。アレンジメント。ノクターン。ノート。ヴァリエーション。
そこに色名が続く。灰と黒、肌色と黒、青と金、黄と金。

《黄と金のハーモニー》は、当時人気のあった舞台の子役を描いた肖像である。
しかし題名に、彼女の職業も、場面も、意味も入っていない。あるのは二つの色名と、副題としての名前だけである。
この命名は、要求である。読むな、見ろ、という要求だ。
音楽を聴くとき、私たちはふつう「この旋律は何を意味するか」と問わない。ただ、音の並びとして受け取る。
同じことを絵でやってほしい、というのがホイッスラーの主張だった。
十九世紀の絵画は、物語を語るものだという前提の上にあった。歴史、聖書、道徳、逸話。宮廷の肖像画でさえ、身分と権力を語る文書として読まれた。その読み方については別のコラムで扱っている。
その前提そのものを、彼は題名で拒否した。
もっとも、この命名は評判が悪かった。
観客は困る。何を見ればよいのか、題名が教えてくれないからである。
批評家はさらに困る。書くべき内容がないと、批評の書きようがない。
気取りだ、という反発が繰り返し起きた。実際、彼にはそういうところがある。単眼鏡と長い杖を持ち、白い一房の前髪を目立たせ、社交の場で敵を作り続けた人である。
しかし命名それ自体は、悪ふざけではなかった。少なくとも、四十年にわたって一貫している。
ふざけているだけの人間は、こんなに長く同じ規則を守らない。
題名は、途中で変えられている
見落としやすい事実を一つ。
《白のシンフォニー 第1番》という題名は、制作時のものではない。
この絵はもともと《白い服の少女》として展示された。音楽用語の題が付いたのは、数年後である。
つまり彼は、すでに世に出た絵を、あとから別の枠組みに入れ直した。
しかも「第1番」と番号を振っている。二枚目、三枚目が続くことを前提にした名づけである。
一枚ごとに完結する作品ではなく、系列の一部として提示する。この構えは、当時としてはかなり新しい。
同じ主題を条件を変えて並べるモネの連作より、二十年ほど早い。連作の考え方については別のコラムで扱っている。