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題が、色の名から始まる——ジェームズ・マクニール・ホイッスラー

灰と銀、金と褐、黒の配置。九点のうち六点の題は、色の名から始まる。何を描いたかは、印のあとに小さく置かれる。題の色は画面で多い色とは限らない。題が見る順を決めるしくみを見たい。寸法の縦横が入れ替わる記録にも触れる。

灰と銀——チェルシー波止場
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《灰と銀——チェルシー波止場》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

題が、色の名から始まる

九点の題を並べてみる。

灰と銀、金と褐、黒、肌色と褐、緑と青、真珠母と銀。六点の題が、色の名から始まる。

色の名のあとに、二点を分ける印が置かれる。そのあとに、描かれたものの名が来る。

灰と銀、チェルシー波止場。金と褐、ドルドレヒト。そういう形である。

残る三点のうち、一点は色の名を含むが印がない。二点には色の名がない。

つまり九点は、三つの形式に分かれる。色の名と印がある六点、色の名だけの一点、色の名のない二点である。

九点は、この画家の作品のごく一部にすぎない。それでも、題の作り方の幅は見える。

以下では、この形式が何をしているのかを、画面と照らし合わせて見ていく。

何が主で、何が従か

ふつうの題は、描かれたものを先に書く。

波止場の絵なら、波止場の名を書く。人物なら、人の名を書く。

この六点は逆である。色が先に来て、対象があとに来る。

つまり、題の形が価値の順を示している。色の組み合わせが主で、何を描いたかは従である。

こういう題の付け方は、当時としては珍しかった。絵を物語から切り離す試みでもある。

十九世紀の絵画には、物語を読ませるものが多かった。誰が誰で、何が起きているかを説明する。

そうした絵では、題が説明の入口になる。題を読んでから画面を見る。

色の名から始まる題は、その入口を塞ぐ。何が起きているかを教えてくれない。

かわりに、画面の色と形を見ろ、と指示する。

音楽の言葉を借りる

この画家の題には、音楽の用語が使われることが知られている。

配置、和音、変奏、夜想曲。いずれも音楽で使う語である。

九点にも、配置、という語が二度出てくる。館の記録では、その語が題の先頭に立つ。

音楽は、何かを描写しない芸術である。音そのものの並びが作品になる。

絵にも同じことができる、という主張が題に込められている。

もっとも、九点のうち音楽の語が出るのは二点だけである。ほかは色の名だけで終わる。

夜想曲や交響曲といった語を持つ作は、今回の九点には入っていない。

ここで見えるのは、その手前の段階である。色の名を先に置くという、最も単純な形式である。

灰と銀——チェルシー波止場
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《灰と銀——チェルシー波止場》1864年から1868年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦61センチ、横46センチとされる。額を含むと、縦83.19センチ、横67.63センチ、奥行き8.89センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《灰と銀——チェルシー波止場》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面である。上三分の二を空が占める。

空は灰色一色に近い。筆の跡が横に流れ、雲の形は作られていない。

中央に、船の帆柱が数本立つ。細い線が縦に伸びる。

帆柱には、赤みを帯びた橙の色が置かれる。九点のなかで、最も鮮やかな色である。

手前の岸に、小さな人影が三つほどある。輪郭だけで、顔はない。

水面は灰色で、対岸の建物が薄く見える。塔のような形が二つある。

全体として、灰色の階調で作られている。題の言葉と、画面の印象が一致する。

銀という語は、灰色の中でも明るく光る部分を指しているのだろう。

水面と空の境あたりに、白に近い明るさがある。そこが銀かもしれない。

ただし、これは読み手の推測である。館の記録は、題の語について何も説明していない。

題の色は、絵の色か

いま見た一点では、題と画面がよく合っていた。

しかし、九点すべてがそうとは限らない。

金と褐、という題の一点は、たしかに黄褐色が主だが、金と呼べるほど輝いてはいない。

真珠母と銀、という題の一点は、黒い衣の人物である。真珠母の光沢がどこにあるかは、すぐには分からない。

色の名は、見たままの記述ではない。画面の調子に付けた呼び名である。

呼び名だから、正確さは求められていない。人の名と同じである。

とはいえ、まったく無関係な色を選ぶわけでもない。画面のどこかには、その色がある。

見る側は、題の色を画面の中に探すことになる。探すという行為が、絵を見る時間を長くする。

これも題の効果である。題は、見方を組み立てる道具になっている。

金と褐——ドルドレヒト
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《金と褐——ドルドレヒト》1884年ごろ。生成りの紙に水彩、板に貼る。館の記録では、縦12.5センチ、横21.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。スーザン・ドワイト・ブリス遺贈、1966年。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《金と褐——ドルドレヒト》メトロポリタン美術館蔵

九点で最も小さい一点である。葉書ほどの大きさしかない。

画面は横長で、上下に三つの帯が並ぶ。空、街、水である。

空は淡い灰色で、雲が薄く置かれる。

中ほどに、街の輪郭が細く伸びる。塔と屋根が点のような筆で示される。

その手前が水面で、黄褐色に近い。画面のほぼ半分を占める。

水の上に、小さな舟が三艘ある。帆をあげたものと、下ろしたものが混じる。

筆数は非常に少ない。全体で数十回の筆で終わっている。

紙の白が、あちこちに残る。塗り残しが光になっている。

館の記録によれば、生成りの紙を板に貼っている。裏打ちである。

小さな水彩は、そのままでは波打つ。板に貼れば平らに保てる。

このような処置は、記録の技法欄に書かれることがある。九点のうち、書かれているのは二点である。

小さい紙と、大きい画布

九点の寸法には、大きな幅がある。

最も小さい一点は、縦12.5センチ、横21.4センチである。

最も大きい一点は、縦210.7センチ、横93.3センチである。人の背丈を超える。

面積で比べると、七十倍以上の差になる。

同じ題の作り方が、この幅のあいだで使われている。形式は大きさに左右されない。

黒の配置——本を読む少女
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《黒の配置——本を読む少女》1880年から1890年ごろ。板に油彩。館の記録では、縦22.9センチ、横30.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アデレイド・ミルトン・ド・グルート嬢の遺贈、1967年。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《黒の配置——本を読む少女》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、最も暗い一枚である。

画面のほとんどが黒に近い茶で埋まる。形の境目がほとんど見えない。

中央右に、人物が座る。上体をわずかに前へ倒す。

手に白いものを持つ。開いた本である。九点のなかで、ここだけが明るい。

頭には黒い帽子らしいものが載る。輪郭はぼやける。

椅子の脚が、下部にかすかに見える。

背景には何も描かれない。壁か闇かも判断できない。

板に描かれた小品である。カンヴァスではない。

板は目が詰まっているので、薄い絵具でも均一に伸びる。小さな画面に向く。

九点のうち板に描かれたのは、この一点だけである。ほかはカンヴァスか紙である。

暗い絵を、どう写すか

暗い画面は、写真に写りにくい。

黒に近い部分は、階調がつぶれる。強く写せば、絵具の艶が白く光る。

いま見た一点も、画像では細部がほとんど読めない。実物ではもう少し見えるはずである。

ここで書いた描写は、画像から読み取れた範囲にとどまる。読めなかった部分がある。

暗い絵は、公開画像との相性が悪い。そのことも記しておきたい。

数字が、入れ替わる

この一点の記録には、小さな食い違いがある。

寸法の欄は、インチで縦12、横9と読める順で書かれている。

ところが、括弧の中のセンチは縦22.9、横30.5である。縦横が逆になっている。

12インチは約30.5センチ、9インチは約22.9センチである。つまり換算のときに順が入れ替わっている。

公開画像は縦長である。インチの数字のほうが画面と合う。

当サイトは記録をそのまま取り込んでいるので、この入れ替わりもそのまま残っている。作品番号の読み方については、作品番号の読み方——ターナーやホイッスラーの記録からにも書いた。

肌色と褐の配置——アーサー・ジェローム・エディの肖像
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《肌色と褐の配置——アーサー・ジェローム・エディの肖像》1894年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦210.7センチ、横93.3センチとされる。シカゴ美術館蔵。アーサー・ジェローム・エディ記念コレクション。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《肌色と褐の配置——アーサー・ジェローム・エディの肖像》シカゴ美術館蔵

九点で最も大きい一点である。縦は2メートルを超える。

画面の中央に、男が一人立つ。全身が入る。

黒に近い外套を着て、裾が床まで届く。手には丸い帽子を持つ。

顔は小さく、画面の上部にある。表情はほとんど描かれない。

背景は褐色で、床と壁の境が薄い線で示される。

右手前の床に、明るい色の点がいくつか置かれる。

題には肌色という語が入る。顔と手の色を指しているのだろう。

面積で言えば、肌の見える部分は全体の数十分の一しかない。

対象の名は、後ろに下がる

色の名のあとに来るのは、描かれたものの名である。

九点では、波止場、街の名、少女、人の名、踊り子、自画像、女性と並ぶ。

どれも短い。説明ではなく、指し示すだけである。

肖像の場合だけ、人の名が入る。注文で描いた絵では、名を落とせない。

依頼した人にとっては、そこが最も大事な情報だからである。

少ない色を、題にする

題に選ばれる色が、画面で多い色とは限らない。

いま見た一点では、褐色が画面の大半を占める。肌色はわずかである。

それでも題に入るのは、その色が画面を成り立たせているからだと考えられる。

暗い褐色の中に、明るい肌の色が二か所ある。その対比が絵の骨格になる。

多いか少ないかではなく、効いているかどうかで選ばれている。

緑と青——踊り子
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《緑と青——踊り子》1893年ごろ。褐色の紙に水彩と不透明水彩、黒チョークの跡、台紙に貼る。館の記録では、縦27.5センチ、横18.3センチとされる。シカゴ美術館蔵。ウィリアム・D・ショーリー博士の寄付ほかによる購入。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《緑と青——踊り子》シカゴ美術館蔵

小さな縦長の紙である。

中央に、一人の女性が立つ。薄い衣をまとい、両手で裾を広げる。

衣は白と淡い緑で、体の線が透ける。

頭には赤みのある被り物がある。顔はほとんど描かれない。

背景の上半分は緑がかった青で、下半分は褐色である。

褐色は、紙の地の色である。館の記録も、褐色の紙と書いている。

つまり、題にある青と緑は絵具の色で、褐色は紙の色である。

題は、絵具の側の二色だけを取り上げている。

三つの館に分かれる

九点は、三つの館に分かれて所蔵されている。

四点はワシントンの館、三点はニューヨークの館、二点はシカゴの館にある。

記録の書き方も、館ごとに違う。額の寸法を書く館と、書かない館がある。

制作年の書き方も揃わない。斜線で区切る館と、から、と書く館がある。

同じ画家の同じ形式の題でも、記録の周りは統一されていない。

紙の色を、題は数えない

前の一点で気づいたことを、少し広げてみたい。

紙や下地の色は、画面の印象を大きく左右する。

しかし題には入らない。題が数えるのは、置いた色だけである。

九点のうち、褐色の紙を使ったものが二点ある。どちらの題にも、その褐色は入らない。

題は、作った側の言葉である。見えるもの全部を数えるわけではない。

金と褐——自画像
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《金と褐——自画像》1896年から1898年ごろ。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦62.5センチ、横46.8センチとされる。額を含むと、縦93.98センチ、横78.74センチ、奥行き11.43センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《金と褐——自画像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

胸から上を描いた自画像である。

背景は褐色一色で、明暗の差がわずかにある。

顔は画面の中央よりやや上にある。左を向き、目はこちらを見る。

髪は乱れ、口ひげがある。額に白い一房が入る。

上着は黒に近い褐色で、衿の線が細く光る。

右手前に、手のようなものがかすかに見える。輪郭は溶けている。

金という語が題に入るが、金色の絵具は見当たらない。褐色の中の明るい部分を指しているのだろう。

顔を、描き込まない

九点の人物を見ると、顔の描き方に共通点がある。

輪郭は取るが、目鼻を細かく追わない。近くで見ると溶けている。

離れて見ると、表情があるように見える。距離によって見え方が変わる。

肖像としては危うい方法である。似ていない、と言われる余地が大きい。

それでも同じやり方を続けている。顔を、画面の一部として扱っている。

同じ題が、二度使われる

九点のうち、金と褐、という題が二度出てくる。

一点は水彩の風景、一点は油彩の自画像である。年も十年以上離れている。

同じ色の組を、別の絵に付けている。題は固有名詞として働いていない。

色の組み合わせを名前にすると、こういうことが起きる。同じ名の作が複数できる。

館の記録では、そのあとに続く語で区別される。ドルドレヒトと、自画像である。

真珠母と銀——アンダルシアの女
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《真珠母と銀——アンダルシアの女》1888年から1900年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦191.5センチ、横89.8センチとされる。額を含むと、縦212.4センチ、横109.9センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《真珠母と銀——アンダルシアの女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦に長い画面である。人物が全身で立つ。

黒い上衣に、白い長い裾が続く。腰から下が明るい。

肩には黒い房飾りが重なる。細かい影が刻まれる。

髪は上へまとめられ、後頭部で結ばれる。

顔は小さく、こちらを向く。目鼻はぼかされる。

背景は褐色で、床と壁の境が水平の線で示される。

右上に、扇のような薄い形が置かれる。

制作年の欄には、疑問符が入る。始まりの年が確定していない。

十二年かかった一点

この一点の年は、1888年から1900年と書かれる。

しかも、始まりの年には疑問符が付く。館も断定していない。

十二年という幅は長い。途中で放置され、何度も手を入れた結果だと考えられる。

同じ画家の別の作にも、長い制作期間が記録されている。仕上げに時間をかける人だった。

年の欄の幅は、制作の性格を示す情報でもある。

灰色の婦人
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《灰色の婦人》1883年ごろ。濃い褐色の紙に水彩と不透明水彩。館の記録では、縦28.6センチ、横12.7センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。ロジャーズ基金による購入、1906年。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《灰色の婦人》メトロポリタン美術館蔵

細長い紙である。縦が横の二倍以上ある。

中央に、女性が一人立つ。全身が入る。

上衣は濃い青灰色で、体に沿う。裾は広がらない。

手に大きな帽子を持つ。丸い形が腰のあたりにある。

背景は黒に近い。紙の色がそのまま出ている。

足元だけが明るく、黄土色が置かれる。

題には灰色という語が入るが、色の名と対象を分ける印はない。

九点のなかで、この題だけが形式から外れている。

灰色という言葉

灰色は、この画家の題によく出る色である。

九点でも、灰と銀、灰色の婦人、と二度使われる。

灰色は、色というより明暗の位置を指す言葉である。何色でもないという意味も持つ。

派手さのない色を題の先頭に置くのは、それ自体が主張である。

見どころのある色ではなく、画面全体の調子を名にしている。

形式から外れる二点

九点のうち二点は、色の名から始まる形式に従っていない。

一点はいま見た婦人像で、色の名はあるが印がない。

もう一点は、地名だけの題である。色の名がまったく入らない。

その一点は、九点のなかで最も年が早い。形式が固まる前の作である。

つまり九点は、題の付け方が変わっていく過程を含んでいる。

ワッピング
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《ワッピング》1860年から1864年。カンヴァスに油彩。館の記録では、縦72センチ、横101.8センチとされる。額を含むと、縦92.1センチ、横123.5センチ、奥行き7.6センチになる。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《ワッピング》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点のなかで、最も色数が多い。

手前の右に、三人の人物が座る。赤毛の女性、髭の男、そしてもう一人である。

女性は緑の衣を着て、腕を手すりに掛ける。手前には赤い模様の布がある。

その向こうに、川と船が広がる。帆柱と綱が縦横に走る。

対岸には建物が並び、煙突から煙が出る。

空は白く曇る。水面は灰と青である。

題は、川沿いの地名だけである。色の名も、音楽の語もない。

九点のなかで、これだけが物語のある画面に見える。人物が向き合い、何かを話している。

題を変えると、見方が変わる

同じ絵に、別の題を付けたらどうなるか。

たとえば最後の一点を、灰と緑の配置、と呼んでみる。

とたんに、人物の関係よりも色の並びに目が行く。何を話しているかは、どうでもよくなる。

題は、見る順を決めている。どこから見るかを指示している。

色の名を先に置く形式は、その指示をはっきりさせるための工夫である。

額まで記録する

九点のうち四点は、額を含む寸法まで記録されている。

いずれも同じ館の所蔵である。館の方針として、額の寸法を取っている。

この画家は、額の意匠にも手を入れたと伝えられる。額を絵の一部と考えていた。

そう考えると、額の寸法を記録することには意味がある。作品の範囲が広がる。

もっとも、記録には額の色や模様は書かれない。数字だけである。

記録は、題をそのまま運ぶ

美術館の記録は、題を作品の名として扱う。

だから、色の名も、印も、そのまま登録される。長い題は長いまま残る。

そのおかげで、私たちは百年以上あとに、題の形式を数えることができる。

九点のうち六点が色の名から始まる、という事実は、記録があって初めて確かめられる。

題をめぐる争いについては、絵に、題名は要るのか——ホイッスラーと四分の一ペニーの判決でも書いた。題は、この画家にとって作品の一部だった。

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