画家を知る

厚紙の地を、残す——トゥールーズ=ロートレック

ロートレックは厚紙に油彩で描き、紙の色をそのまま残した。夜の照明、速い線、小さな板の肖像。材料と場所が線をどう変えたのかを、九点の公開作品から確かめる。娼館を主題にした二点の扱いや、常連であることの意味にも触れる。

ムーラン・ルージュのカドリール
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュのカドリール》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

厚紙の地が、そのまま残っている

一枚の絵から始めたい。

ムーラン・ルージュのカドリール
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュのカドリール》1892年。厚紙に油彩。縦81センチ、横59.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュのカドリール》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

まず支持体を確かめたい。所蔵館の記録は「厚紙に油彩」と書いている。

画布ではない。板でもない。厚い紙である。

そして画面を見ると、その紙の色がそのまま見えている。

灰褐色の地が、人物のあいだや床の部分に広く残っている。

塗り残しではなく、地の色を使う設計である。

画面の右で、女性が踊っている。

緑の上着に、白いペチコートが跳ね上がる。脚は黒い靴下である。

その左に、後ろ向きの人物が二人。褐色の外套が大きな塊になっている。

奥には帽子の人々が並び、右上に手すりと照明が見える。

線に注目してほしい。

人物の輪郭は、細い線で引かれている。

絵具を薄く溶いて、筆で描いた線である。

つまり油彩でありながら、素描のように線で形を決めている。

色の置き方も見ておきたい。

面は平らである。ひとつの色を大きく置き、中で明暗を作らない。

緑の上着は緑一色、白いペチコートは白と灰の二段だけである。

つまり立体を作るのではなく、形を切り抜いている。

輪郭線と平らな色面。この二つが組み合わさると、画面は版画に近づく。

実際にこの画家は、石版画の仕事も多く手がけた。

油彩と版画のあいだで、同じ方法が行き来している。

材料が違っても、形の作り方は共通している。

厚紙を使う利点

なぜ厚紙なのか。理由はいくつか挙げられる。

まず、安い。画布より手軽に入手できる。

次に、油を吸う。絵具の油分が紙に吸われ、乾きが速くなる。

そして、地の色が中間調として使える。

灰褐色の紙に明るい色を置けば、それだけで立体が出る。

逆に暗い色を置けば、影になる。

つまり塗る面積が減る。速く描ける。

夜の店で人物を観察し、短時間で仕上げる仕事に向いている。

もう一つの利点は、運びやすさである。

厚紙は軽く、丸めずに持ち運べる。

店に持ち込み、その場で描き、持ち帰る。

画布を張った枠より扱いが楽である。

一方で弱点もある。紙は湿気で波打ち、縁が傷む。

だから後に板や画布に貼って補強された作品が多い。

当サイトの公開分にも「厚紙に油彩、板に貼付」と記録された一点がある。

支持体の補強は、保存のための後年の処置である。

描かれた場所は、興行の場である

主題の場所を先に整理しておきたい。

当サイトの公開分に現れる場所は、大きく四つある。

ダンスホール、サーカス、劇場、そして公認の娼館である。

いずれも金を払って入る場所であり、見ることが商品になっている場所である。

つまりこの画家は、都市の興行の内側を主題にした。

観客として通い、常連として顔を覚えられ、そこで描いた。

主題の選択が、生活の場所と重なっている。

同じ時代のパリでは、こうした場所を主題にする画家が増えていた。

都市の娯楽が、絵の題材として認められた時期である。

問い——場所と材料は、線をどう変えたのか

ここから本稿の問いに入りたい。

当サイトが公開するこの画家の作品は21点ある。

支持体は厚紙、板、画布に分かれている。

そして主題は、興行と夜の街に集中している。

材料と場所と線の関係を、順に確かめていきたい。

先に結論を書いておく。

厚紙の地を中間調として使うことで、絵は速く、平らになった。

その平らさが、輪郭線を主役にする条件を作っている。

線は、どこから来たのか

輪郭線について、もう少し考えたい。

西洋の油彩画では、輪郭線を残さないのが原則だった。

物の縁は、色と明暗の差で示す。線で囲むのは素描の作法である。

その原則を破ると、画面は平面に見える。

だから輪郭線を使うことは、写実からの離脱を意味した。

この画家が線を使った背景には、いくつかの要素が挙げられる。

一つは日本の版画である。輪郭線と平らな色面の組み合わせ。

二つは石版画の仕事である。線で形を決め、色を面で摺る。

三つは新聞や雑誌の挿絵の流行である。

印刷される図像は、線がなければ形が保たない。

つまり複製のための技術が、絵画の描き方に入り込んでいる。

版画と絵画のあいだで方法が行き来する事情は、
別のコラムでも扱った。

十九世紀末の絵画に共通する動きである。

大画面では、画布を使う

ムーラン・ルージュにて
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュにて》1892〜1895年。油彩・画布。縦123センチ、横141センチ。シカゴ美術館蔵。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュにて》シカゴ美術館蔵

こちらは大きい。縦123センチ、横141センチ。

支持体は画布である。

店の内部が描かれている。

手前に木の手すりが斜めに走り、画面を分けている。

中央の卓には五人が座っている。黒い服の男、赤毛の女性、帽子の人物。

奥では女性が髪を直し、その左に山高帽の男たちが立つ。

右端に女性の顔が大きく入る。顔は緑がかった白で、唇が赤い。

照明の色が肌に映っているのだろう。

床は褐色で、手すりの下に椅子の脚が並ぶ。

大画面でも、線は残っている。

人物の輪郭は細い線で囲まれ、面は平らに塗られている。

つまり厚紙の絵と同じ作り方を、画布の上でも使っている。