厚紙の地を、残す——トゥールーズ=ロートレック
ロートレックは厚紙に油彩で描き、紙の色をそのまま残した。夜の照明、速い線、小さな板の肖像。材料と場所が線をどう変えたのかを、九点の公開作品から確かめる。娼館を主題にした二点の扱いや、常連であることの意味にも触れる。

厚紙の地が、そのまま残っている
一枚の絵から始めたい。

まず支持体を確かめたい。所蔵館の記録は「厚紙に油彩」と書いている。
画布ではない。板でもない。厚い紙である。
そして画面を見ると、その紙の色がそのまま見えている。
灰褐色の地が、人物のあいだや床の部分に広く残っている。
塗り残しではなく、地の色を使う設計である。
画面の右で、女性が踊っている。
緑の上着に、白いペチコートが跳ね上がる。脚は黒い靴下である。
その左に、後ろ向きの人物が二人。褐色の外套が大きな塊になっている。
奥には帽子の人々が並び、右上に手すりと照明が見える。
線に注目してほしい。
人物の輪郭は、細い線で引かれている。
絵具を薄く溶いて、筆で描いた線である。
つまり油彩でありながら、素描のように線で形を決めている。
色の置き方も見ておきたい。
面は平らである。ひとつの色を大きく置き、中で明暗を作らない。
緑の上着は緑一色、白いペチコートは白と灰の二段だけである。
つまり立体を作るのではなく、形を切り抜いている。
輪郭線と平らな色面。この二つが組み合わさると、画面は版画に近づく。
実際にこの画家は、石版画の仕事も多く手がけた。
油彩と版画のあいだで、同じ方法が行き来している。
材料が違っても、形の作り方は共通している。
厚紙を使う利点
なぜ厚紙なのか。理由はいくつか挙げられる。
まず、安い。画布より手軽に入手できる。
次に、油を吸う。絵具の油分が紙に吸われ、乾きが速くなる。
そして、地の色が中間調として使える。
灰褐色の紙に明るい色を置けば、それだけで立体が出る。
逆に暗い色を置けば、影になる。
つまり塗る面積が減る。速く描ける。
夜の店で人物を観察し、短時間で仕上げる仕事に向いている。
もう一つの利点は、運びやすさである。
厚紙は軽く、丸めずに持ち運べる。
店に持ち込み、その場で描き、持ち帰る。
画布を張った枠より扱いが楽である。
一方で弱点もある。紙は湿気で波打ち、縁が傷む。
だから後に板や画布に貼って補強された作品が多い。
当サイトの公開分にも「厚紙に油彩、板に貼付」と記録された一点がある。
支持体の補強は、保存のための後年の処置である。
描かれた場所は、興行の場である
主題の場所を先に整理しておきたい。
当サイトの公開分に現れる場所は、大きく四つある。
ダンスホール、サーカス、劇場、そして公認の娼館である。
いずれも金を払って入る場所であり、見ることが商品になっている場所である。
つまりこの画家は、都市の興行の内側を主題にした。
観客として通い、常連として顔を覚えられ、そこで描いた。
主題の選択が、生活の場所と重なっている。
同じ時代のパリでは、こうした場所を主題にする画家が増えていた。
都市の娯楽が、絵の題材として認められた時期である。
問い——場所と材料は、線をどう変えたのか
ここから本稿の問いに入りたい。
当サイトが公開するこの画家の作品は21点ある。
支持体は厚紙、板、画布に分かれている。
そして主題は、興行と夜の街に集中している。
材料と場所と線の関係を、順に確かめていきたい。
先に結論を書いておく。
厚紙の地を中間調として使うことで、絵は速く、平らになった。
その平らさが、輪郭線を主役にする条件を作っている。
線は、どこから来たのか
輪郭線について、もう少し考えたい。
西洋の油彩画では、輪郭線を残さないのが原則だった。
物の縁は、色と明暗の差で示す。線で囲むのは素描の作法である。
その原則を破ると、画面は平面に見える。
だから輪郭線を使うことは、写実からの離脱を意味した。
この画家が線を使った背景には、いくつかの要素が挙げられる。
一つは日本の版画である。輪郭線と平らな色面の組み合わせ。
二つは石版画の仕事である。線で形を決め、色を面で摺る。
三つは新聞や雑誌の挿絵の流行である。
印刷される図像は、線がなければ形が保たない。
つまり複製のための技術が、絵画の描き方に入り込んでいる。
版画と絵画のあいだで方法が行き来する事情は、
別のコラムでも扱った。
十九世紀末の絵画に共通する動きである。
大画面では、画布を使う

こちらは大きい。縦123センチ、横141センチ。
支持体は画布である。
店の内部が描かれている。
手前に木の手すりが斜めに走り、画面を分けている。
中央の卓には五人が座っている。黒い服の男、赤毛の女性、帽子の人物。
奥では女性が髪を直し、その左に山高帽の男たちが立つ。
右端に女性の顔が大きく入る。顔は緑がかった白で、唇が赤い。
照明の色が肌に映っているのだろう。
床は褐色で、手すりの下に椅子の脚が並ぶ。
大画面でも、線は残っている。
人物の輪郭は細い線で囲まれ、面は平らに塗られている。
つまり厚紙の絵と同じ作り方を、画布の上でも使っている。
サーカスの絵

横長の大画面である。縦100.3センチ、横161.3センチ。
円形の馬場が、白い床として大きく描かれている。
その縁は赤い帯で、奥の客席へ続く。
中央に灰色の馬が走り、背に女性が横向きに乗っている。
その左に、黒い服の調教師が背を向けて立ち、鞭を持つ。
奥の客席には人影が並び、右上に楽団らしい姿がある。
床の白が画面の半分を占めている。
つまり明るい面が主役で、人物は暗い形として置かれている。
制作は1887年から88年。二十代の作品である。
構図の切り方にも注目したい。
馬場の円は、画面の左右で切れている。
つまり全体を見せず、一部を切り取っている。
見物客も、頭や肩だけが画面の端に入る。
この切り方は、写真の画面や日本の版画に近い。
対象を中央に据えて完結させる構図とは、考え方が違う。
場面の一部を抜き出すことで、その場にいる感じが強まる。
劇場の絵

ほぼ正方形の大画面である。縦145センチ、横149センチ。
舞台の場面である。
中央に女性が踊っている。桃色と緑の裾が大きく広がる。
腕を伸ばし、体を捻っている。顔は横を向く。
その右に、青い衣装の男性が三人並ぶ。
さらに右に、赤褐色の衣の男が立つ。
左には観客と、舞台袖の人物が重なる。
背景には白い建築の書き割りが見える。
つまり舞台の上と下を同じ画面に入れている。
観客の顔が、踊り手と同じ大きさで描かれている。
見る側と見られる側を、並列に置く構成である。
寸法も見ておきたい。縦145センチ、横149センチ。
ほぼ正方形の大画面である。
舞台の絵としては珍しい形式で、横長の劇場空間を切り詰めている。
そのぶん、踊り手の動きが画面の中心に集まる。
裾の広がりが、正方形の対角線に沿って伸びている。
画面の形と動きの方向が、合わせて設計されている。
家の事情と、身体の条件
経歴にも触れておきたい。
この画家は南フランスの貴族の家に生まれた。
幼少期の骨の病と骨折の後遺症で、脚の成長が止まったと伝えられる。
身長は成人しても低く、歩行に杖を使った。
家業や軍務の道を進めない立場で、絵を選んだことになる。
生活の資は家からの援助があった。
つまり売るために描く必要は、他の画家ほど強くなかった。
その条件が、主題の自由につながった面はあるだろう。
夜の店に通い、常連として描き続ける。生活の形と主題が一致している。
ただし、身体の条件から作品を説明しすぎるのも慎みたい。
描かれているのは本人の事情ではなく、店の光景である。
昼の店の絵

再び厚紙の作品である。しかし大きい。縦100センチ、横89.2センチ。
店の一隅が描かれている。
手前に白い卓があり、グラスが二つ置かれている。
その手前に、青緑の上着の女性が座っている。横顔である。
卓の向こうには、黒い服の女性が立っている。手を腰に当てている。
さらに奥に人物が四、五人。帽子や襟だけが見える。
背景は緑と青の縦の筆で、店の壁と装飾を示している。
ここでも厚紙の地が、床と人物のあいだに残っている。
夜の照明という条件
描かれた場所の光にも触れておきたい。
ダンスホールや劇場の照明は、ガス灯と電灯だった。
いずれも当時の光源としては強いが、色が偏っている。
ガス灯は黄緑に寄り、電灯は青白い。
その光が人の顔に当たると、肌の色が変わる。
この画家の絵に、緑がかった顔や白すぎる顔が現れるのは、
その照明の効果を描いているためだと考えられる。
つまり不自然な肌の色は、誇張ではなく観察の結果でもある。
夜の店を主題にすると、光の色が主題の一部になる。
昼の絵とは、色の設計がまったく違ってくる。
同時代の画家が夜の景色に取り組んだ例は他にもある。
その扱いについては別のコラムで扱った。
小さな板の肖像

小さな絵である。縦23.8センチ、横14.9センチ。
女性が横向きに座っている。
赤みの強い髪。顔は下を向き、目は伏せている。
服は暗い青灰色。肩から袖の線が柔らかい。
背景は暗い褐色と緑で、輪郭が溶けている。
つまり線がほとんど使われていない。
同じ画家の作品でも、初期の一点では描き方が違う。
輪郭線で形を決める方法は、後年に強まっていく。
1885年という制作年も重要である。
この時期、画家は二十歳を過ぎたばかりである。
パリで学びはじめた頃で、まだ夜の店の主題には向かっていない。
暗い背景に人物を置く構成は、当時の一般的な肖像の型である。
型から出発し、後に自分の方法を作っていったことになる。

こちらも板の小品である。
女性が半身で描かれている。黄土色の上衣と、濃紺の裾。
頭に黒い羽根飾りの帽子。顔は右を向き、頬に赤みがある。
背景は淡い黄白色で、上方に緑の帯がある。屋外だろう。
右上に馬に乗った人物が小さく描かれている。
地の色が広く残り、絵具は薄い。
つまり板でも、厚紙と同じように地を活かしている。
娼館を主題にした二点
ここから主題の性格が変わる。

横長の画面である。
長椅子に、二人の女性が横たわっている。
一人は赤毛で、上体を起こし、髪に手をやっている。
もう一人は淡い桃色の衣で、身を横たえている。
黒い靴下が画面の左下に伸びる。
背景は黄土色の地がそのまま残り、細い縦線が描かれている。
塗られていない面積が大きい。
つまり未完成に見えるほど、地が見えている。

二人の女性が、白い下着姿で立っている。
前の一人は裾を持ち上げ、後ろの一人は前を見ている。
その背後に、青緑の服の人物が立つ。
背景は赤い縦の筆で埋められ、上部に鏡らしい形がある。
床は褐色で、地の色が見えている。
描かれている場所について
この二点の主題について、書いておきたい。
当時のパリでは、公認の娼館が制度として存在した。
働く女性たちは登録され、定期的な検査を受ける義務があった。
この一点の題名にある通りの名は、そうした施設のあった場所である。
つまり画面は、制度の中の日常を描いている。
画家はこれらの施設に滞在し、働く女性たちを描いたと伝えられる。
その関係をどう評価するかは、議論が分かれる。
観察者としての距離、支払われた金、描かれる側の同意。
いずれも当時の記録から完全には確かめられない。
本稿では、絵から読めることに限って書いておきたい。
描かれた女性たちは、客に見せる姿ではなく、待つ姿である。
視線はこちらへ向かず、互いにも向いていない。
労働の合間の時間が主題になっている。
常連であることの意味
この画家は、描いた店の常連だった。
毎晩のように通い、席を持ち、店の人と親しくなる。
その関係が、絵の内容に現れている。
舞台の正面からではなく、袖や客席の隙間から見た角度が多い。
つまり「客として見た眺め」ではなく、「内部の人が見た眺め」である。
踊り手の名前が題名に入るのも、その関係を示している。
一方で、距離の問題も残る。
観察する側と、観察される側の立場は同じではない。
とくに娼館を主題にした作品では、その差が大きい。
親しさと権力の差は、同時に存在しうる。
絵を見るときには、その両方を勘定に入れたい。
石版画という並行する仕事
版画の仕事にも触れておきたい。
この画家は多数の石版画を作り、興行の宣伝物も手がけた。
石版では、線を描き、色を面で摺る。
油彩の画面と、方法がそのまま重なっている。
つまり絵画と印刷物のあいだに境目がない。
当サイトの公開分には版画も一点含まれている。
淡い紙に黒い線だけで描かれた作品である。
線で形を決める方法が、材料を越えて共通していることが分かる。
見立て——地の色を残すことの意味
まとめておきたい。
この画家の絵では、支持体の地が広く残っている。
厚紙の灰褐色、板の黄土色。それらが中間調として働く。
その結果、絵は速く仕上がり、線が生きる。
同時に、画面には「まだ描かれていない場所」が残る。
その未完成の感じが、夜の店の一瞬をとらえた印象を生んでいる。
つまり材料の選択が、絵の性格を作っている。
版画やポスターの平面的な表現と近い作りでもある。
日本の版画が西洋の絵に与えた影響については
別のコラムで扱った。
輪郭線と平らな色面は、その影響の代表的な現れである。
三十六歳で没している
生涯の短さにも触れておきたい。
この画家は1864年に生まれ、1901年に没した。
活動期間は十五年ほどである。
その短さの中で、油彩、素描、石版画を大量に残した。
当サイトの公開分21点も、ほぼ十年余りの仕事から選ばれている。
短い期間に密度の高い変化が起きているため、制作年を確かめながら見る意味が大きい。
1885年の暗い肖像と、1890年代の厚紙の画面を並べると、
方法の転換がはっきり見える。
そして没後、版画とポスターによって名前が広く知られていく。
複製が評価を運ぶ仕組みは、この画家の場合とくに大きく働いた。
暮らしへ——色のついた紙に描いてみる
最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。
灰色や褐色の紙を用意して、白と暗い色だけで描いてみてほしい。
紙の色が中間調になり、少ない手数で立体が出る。
白い紙に描くより、早く形が決まる。
厚紙を選んだ画家がやっていたのは、この方法である。
そして、塗り残しをどこに置くかを決めてみる。
残す場所を選べるようになると、絵の速さが変わる。
もう一つ。人を描くとき、輪郭を先に引いてみるとよい。
面を塗ってから輪郭を足すのではなく、線で囲んでから中を塗る。
順序を変えるだけで、絵の性格が変わる。
版画に近い平らな画面は、この順序から生まれている。
そして、暗い場所で人を撮るときは、光源の色にも注意したい。
黄色い灯りでは肌が黄土色に、青白い灯りでは緑に寄る。
夜の店を描いた画家が扱っていたのは、この色の偏りである。
群として見ると、材料が見える
最後に、見方をまとめておきたい。
21点を支持体で分けると、厚紙、板、画布に分かれる。
厚紙の作品では地の色が残り、画布の作品では塗りが行き渡る。
材料の欄を読むだけで、画面の性質が予測できる。
記録の細部は、そういう使い方ができる。
公開画像は、そのための道具である。
支持体の欄を読み、画面と突き合わせることができる。
厚紙の地の色が見えるかどうかを、実際に確かめられる。
記録と画面を往復する作業が、材料の話を確かなものにする。
そして、確かめた内容は書き留めておきたい。
支持体と制作年の組み合わせは、覚えにくい。
一行の記録が、次に見るときの助けになる。
記録は、あとから読む自分のために残すものである。
細かく書く必要はない。作品名と、気づいた一点だけでよい。


