美術史・技法

絵は、容器で変わる——尾形光琳の屏風と扇

屏風は折れ、扇は掛軸に改装される。日本の絵は、掛ける場所に合わせて姿を変えてきた。光琳の屏風から、西洋の美術館に入って装を変えた作品まで、形式という条件を八点で追いかける。折れる絵、巻ける絵、収納できる絵という条件を確かめる。

八橋図
尾形光琳《八橋図》メトロポリタン美術館蔵

折れる絵がある

一点の絵から始めたい。

八橋図
尾形光琳《八橋図》1709年以降。六曲一双の屏風。紙に金箔、墨と色。画面は一隻あたり縦163.7センチ、横352.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《八橋図》メトロポリタン美術館蔵

まず寸法である。

一隻の横幅は352センチ。三メートル半である。

高さは163センチ。座った人の目より高く、立った人の肩ほどになる。

そしてこれが一双、つまり二隻で一組になっている。

並べれば横七メートルを占める。部屋の壁一面という規模である。

描かれているのは菖蒲である。

濃い青の花が群れをなし、緑の葉が縦に伸びる。

その上を、灰色の板が斜めに横切っている。

橋である。板を継いだだけの簡素な形で、欄干は無い。

背景は一面の金である。空も水も描かれていない。

画面をよく見ると、縦の線が等間隔に走っている。

屏風の折り目である。六枚の板が蝶番でつながっている。

紙は一枚ではない。六つの枠に張った紙を継いでいる。

継ぎ目をまたいで花が描かれているため、絵は連続して見える。

しかし実際には、六つの面に分かれている。

菖蒲の主題には出典がある。

平安時代の物語に、八つの橋が架かる沢で菖蒲を眺める場面がある。

その場面を、人物を描かずに菖蒲と橋だけで示している。

物語を知る人には筋が通じ、知らない人には模様として見える。

引用を省略で示す方法である。

屏風は、家具である

ここが西洋の絵と大きく違う点だ。

屏風は壁に掛けない。床に立てる。

部屋を仕切り、風を防ぎ、背後を隠すための道具である。

つまり家具である。絵の描かれた家具、と言ってもよい。

折りたためるので、使わないときは畳んで片付けられる。

家具が美術館に入る事情については別のコラムで扱った。

屏風はその両方にあたる。家具でもあり、絵でもある。

置き方も想像しておきたい。

六曲の屏風は、まっすぐには立たない。少しずつ角度をつけて折る。

そうすると、絵は緩い弧を描いて観客を囲む形になる。

正面から一望する絵ではなく、視線を移しながら見る絵である。

金地が選ばれた理由も、この使い方に関わる。

当時の室内は暗い。蝋燭や行灯の光しかない。

金は弱い光を反射して、部屋を明るくする。

装飾であると同時に、照明の道具でもあった。

折れることが、構図に影響する

折り目があると、絵は平面のままでは見えない。

立てれば面が交互に手前と奥へ向く。

見る位置によって、隠れる部分と見える部分が変わる。

この一点では、橋の板が折り目を斜めに横切っている。

角度がついた面の上で、橋がさらに折れて見えることになる。

平らな絵として設計されていないということである。

金箔の地も、折れた面で光り方が変わる。

正面から見れば均一な金だが、斜めから見れば明暗の帯になる。

つまりこの絵は、動きながら見ることを前提にしている。

美術館では、屏風は平らに開いて展示されることが多い。

保存のためでもあり、全体を見せるためでもある。

しかし本来の姿は、折れて立った状態だった。

私たちが公開画像で見ているのは、平らに開いた姿である。

そのぶん、光の変化は失われている。

見ている状態と、作られた前提が違うことは、意識しておきたい。

もう一つの屏風——二曲という小さな形

波濤図
尾形光琳《波濤図》1704〜1709年ごろ。二曲の屏風。紙に金箔、墨と色。画面は縦146.5センチ、横165.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《波濤図》メトロポリタン美術館蔵

同じ画家の、小さな屏風である。

折り目は一本だけ。二枚で構成されている。

画面には波が描かれている。

大きな波が三つ、右から左へ寄せてくる。頂が渦を巻いて崩れる。

下部には小さな波頭が並び、白い泡が点で示される。

色は灰緑と墨。金の地はくすんで、銀色に近く見える。

高さ146センチ、横165センチ。ほぼ正方形である。

この寸法は、床に置いて使う屏風にあたる。

枕元に立てたり、道具の背後に置いたりする小型の屏風である。

主題も置き場所に合っている。波の絵は、涼を感じさせる夏の主題である。

波の描き方も見ておきたい。

輪郭は太い墨線で、内側は塗られていない。

渦の巻き方は同じ形が繰り返され、大小で変化を付けている。

写生ではなく、型の反復による作りである。

同じ画家の菖蒲も、花の形を型として並べていた。

型を繰り返し、大きさと間隔で構成する。これがこの画家の方法である。

自然を写すのではなく、自然の形を模様に変えている。

問い——絵の形は、誰が決めるのか

ここから本稿の問いに入りたい。

屏風、掛軸、扇、色紙。日本の絵にはいくつもの形式がある。

これらは絵の内容から決まるのか、それとも別の理由で決まるのか。

そして、いったん決まった形は、変えられないのか。

答えを先に書くと、形式は驚くほど頻繁に変えられている。

以下、改装された作品を並べて確かめていきたい。

なお、本稿で扱う作品はいずれも同じ画家に帰属されている。

ただし帰属の確かさは作品ごとに違う。

工房の弟子の手が入った例も、後世の作を同名で呼ぶ例もある。

帰属の難しさについては別のコラムで扱った。

本稿では所蔵館の記録に従い、形式の話に絞りたい。