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尾形光琳《八橋図》の解説——金地の燕子花はどこで見られるのか

尾形光琳《八橋図》の解説です。金地に燕子花と板橋だけを置いた六曲一双の屏風を、画面と館の記録から読み解きます。八橋とはどこの景色か、いまはどこで見られるか、北斎が描いた同じ画題とどこが違うのかまで扱う。

八橋図
尾形光琳《八橋図》メトロポリタン美術館蔵

《八橋図》には何が描かれているか

金色の地に、青紫の燕子花の群れと、灰色の板橋だけが描かれている。

尾形光琳の《八橋図》は、六曲一双の屏風である。画面いっぱいに金箔が貼られ、その上に花と橋が置かれる。

八橋図
尾形光琳《八橋図》1709年以降。館の記録では、六曲一双の屏風。紙に貼った金箔の上に、墨と顔料。画面は各隻163.7×352.4センチ。番号は53.7.1, .2。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《八橋図》メトロポリタン美術館蔵

橋は画面の左下から右上へ、折れ線を描いて渡る。まっすぐには架からず、何度も角度を変えて折れる。

板は灰色で、木目が細い線で引かれている。橋を支える杭は短く並び、水面は描かれていない。

燕子花は橋の左右に群れる。花は青と青紫の濃淡で塗り分けられ、葉は緑の細長い帯として立ち上がる。

花の一つひとつに輪郭線はない。色の面が、そのまま花の形になっている。

地面も水も草地も描かれていない。金の地が、そのまま花と橋の立つ場所になる。

奥行きを作る仕掛けもない。手前の花も遠くの花も、ほぼ同じ大きさで並ぶ。

花の群れは、大きく三つか四つのかたまりに分かれて立つ。かたまりとかたまりのあいだには、金の地がそのまま残る。

花のない空白が、画面の呼吸になっている。花を隙間なく敷きつめれば、模様になって橋が沈む。

葉は一本ずつ向きが違う。斜めに交差する葉と、まっすぐ立つ葉が混ざる。

花の高さもそろっていない。高く抜ける花と、葉に埋もれる花が交互に来る。

右の端に、小さな落款と印が見える。館の記録では、この屏風は一双、つまり二隻ひと組である。

橋はなぜ折れ曲がっているのか

八橋という場所の橋が、もともと折れた形に架かっていたからである。

八橋は三河国、いまの愛知県東部にあった地名である。橋の名が、そのまま画題の名になっている。

同じ場所を、光琳より百年あとの浮世絵師が描いている。

三河の八橋の古図(諸国名橋奇覧より)
葛飾北斎《三河の八橋の古図(諸国名橋奇覧より)》1830年ごろ。館の記録では、木版画。紙に墨と顔料。25.1×37.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。葛飾北斎《三河の八橋の古図(諸国名橋奇覧より)》メトロポリタン美術館蔵

葛飾北斎のこの版画では、湿地に細い板橋が何本も架かる。橋はやはり折れ、互いに角度を変えて交差する。

中央に大きな松が立ち、橋の上を人が荷を担いで行き交う。水は青く、岸には黄色い草地が広がる。

奥には桃色の山が横たわり、その上を淡い青の空が覆う。

画面の右上には、題を刷り込んだ枠が二つ並ぶ。館の記録では、この図は諸国の名橋を集めた揃物の一枚である。

つまり北斎にとって八橋は、各地の名所のうちの一つだった。一方の光琳は、この場所だけで屏風一双を使っている。

二つの絵を並べると、光琳が何を省いたかが見えてくる。北斎は人も松も山も描き、光琳は橋と花だけを残した。

北斎の橋は、湿地を渡るための道である。光琳の橋は、金の地の上を走る灰色の帯になっている。

北斎の画面の作り方については、《神奈川沖浪裏》の解説でも触れた。同じ浮世絵の雨の描き方は、《大はしあたけの夕立》の解説で扱っている。

《八橋図》はどこで見られるか

メトロポリタン美術館である。

館の記録では、収蔵番号は53.7.1, .2、部門はアジア美術である。1953年の購入で館に入った。

日本で「光琳の燕子花の屏風」といえば、東京の根津美術館にある《燕子花図屏風》を指すことが多い。こちらは当サイトの在庫になく、図版としては扱えない。

二つは別の作品である。当サイトが画像まで出せるのは、メトロポリタン美術館の《八橋図》のほうだけである。

画面の大きさは、館の記録で各隻163.7×352.4センチである。横は三メートルを超える。

屏風は折りたたんで立てる道具でもある。平らに広げた姿だけで見る絵ではない。

折り目のところで画面が前後に振れると、橋の折れ線と屏風の折れとが重なって見えるはずである。

光琳の草花の絵とどこが違うのか

同じ画家の他の絵では、花の立体や葉の表裏まで描き込まれる。

紫陽花
尾形光琳《紫陽花》18世紀。館の記録では、掛幅。絹に墨と顔料。110×41.3センチ。番号は36.100.49。メトロポリタン美術館蔵。尾形光琳《紫陽花》メトロポリタン美術館蔵

《紫陽花》は縦長の掛幅である。青と白の花が房になり、緑と褐色の葉が重なる。

絹の地は淡い茶色で、花のまわりに広い余白が残る。枝は下から斜めに伸び、花の重みで先が垂れる。

ここでは葉の一枚ずつに形があり、濃淡で表と裏が描き分けられる。《八橋図》の平らな色面とは作りが違う。

落款の置き方も違う。《紫陽花》では左下にまとめて署名と朱の印が入る。

《八橋図》では右の端に小さく収まり、花の群れのわきに沈んでいる。

流水に菊
《流水に菊》1715年ごろ以降。館の記録では、六曲一双の屏風のうち一隻。紙に貼った金箔の上に、墨と顔料。画面は163.2×369.9センチ。番号は1958.206.2。館の記録は、尾形光琳の作である可能性があるとする。クリーヴランド美術館蔵。尾形光琳《流水に菊》クリーヴランド美術館蔵

この屏風では、下半分を黒い水流が横切る。水面には金の細い線で波が引かれる。

白い菊が岸から生え、金地の上へ伸びる。花は白く丸く盛り上がり、葉は緑の小さな面が集まってできている。

金の地、黒い水、白い花という三つの色だけで画面が立つ。《八橋図》の金と青紫と緑の組み立てに近い。

ただし館の記録は、この屏風を光琳その人の作と断定していない。作者の可能性を示すにとどめている。

三点を並べると、《八橋図》の特徴がはっきりする。背景を金一色にし、主題を花と橋の二つに絞った点である。

そのうえで、画面の横幅いっぱいに同じ花を繰り返す。繰り返しの中で、花の高さと向きだけが少しずつ変わる。

装飾の絵でありながら、一つとして同じ花はない。遠くから眺める絵であり、近くで見る絵でもある。

金地は、当たる光の量で見え方が変わる。強い光では白く飛び、弱い光では沈んで青紫の花が前に出る。

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