遺産が、主語になる——「遺産による寄贈」と「相続人たち」と「子孫たち」
亡くなった人が残した財産の総体が、贈り主として書かれている。似た書き方が三通りあり、いずれも渡した個人の名を書かない。遺贈とどこが違うのか。歌仙図の色紙四枚と歌麿の見開きから読みたい。寸法の欄の数字が入れ替わっている一点にも触れたい。

遺産が、主語になる
出所の行に、こういう書き方がある。
サミュエル・アイシャムの遺産による寄贈、一九一四年。
主語が、人ではない。
遺産である。
亡くなった人が残した財産の総体が、贈り主として書かれている。
似た書き方が、ほかにもある。
ウィリアム・B・アイシャムの相続人たちによる寄贈、一九一〇年。
画家の子孫たちによる寄贈、一八九七年。
いずれも、集めた本人が渡していない。
亡くなったあと、残された側が渡している。
そして、渡した人の個人名は書かれない。
遺産、相続人たち、子孫たち。
集合を指す語が置かれる。
第七回で読んだ「思い出に」の句とは、また違う。
あちらは、渡した人の名がはっきり書かれていた。
今回は、その名が消えている。
九点で、この書き方を読みたい。

正方形に近い、小さな紙である。
十八・四掛ける十六・五センチ。
地は黄土色に変わっている。
その中央よりやや左に、人物が一人座る。
黒い衣を着ている。
袖が大きく広がり、床に流れる。
頭に、小さな黒い冠。
顔は右を向き、目を伏せる。
手は袖の中で見えない。
膝の前に、白と灰の布のようなものが広がる。
右のほうに、細長い赤い印。
その上に、小さく文字が書かれている。
そして、紙の全体に、白い欠けが散っている。
とくに上部と左が激しい。
絵具の層が失われた部分である。
表装していない、という記述
技法の欄に、表装していない色紙の一葉、とある。
色紙というのは、和歌などを書くための正方形の厚紙である。
そこに絵を描くこともある。
そして、ふつうは何かに仕立てる。
画帖に貼る。
屏風に貼る。
掛軸にする。
第十七回で扱った、仕立て直しの問題である。
この四点は、そのどれも行われていない。
紙のまま、単独で存在している。
つまり、もとは組の一部だったはずである。
歌仙図は、三十六人を一組として描かれることが多い。
三十六枚のうち、四枚がここにある。
残りの三十二枚は、どこにあるか分からない。
館の記録は、そのことに触れない。
種別の欄が、表装していない、と書くだけである。
四枚が、連続する番号を持つ
番号を見たい。
一四・一四〇の一六、一七、一八、二〇。
一九が抜けている。
当サイトに載っていないだけかもしれない。
いずれにせよ、連続した区画に登録されている。
四枚は同じ大きさで、同じ作者、同じ主題である。
まとまりとして受け入れられたことが分かる。
三十六人という単位
歌仙図について、少し説明しておきたい。
平安時代の歌人のうち、優れた三十六人を選んだ組がある。
その三十六人を、一人ずつ絵に描く。
そして、それぞれの代表歌を添える。
これを一組として扱う。
第十七回で、一組のうち五幅だけが残る例を読んだ。
同じ問題が、ここにもある。
三十六人のうち、四人がここにある。
三十二人は、どこにいるか分からない。
散らばったのか、失われたのか。
そして、四枚だけを見ても、それが三十六人の一部だとは分からない。
分かるのは、題が同じで、大きさが同じで、作者が同じ、ということだけである。
館の記録の題は、いずれも同じ語である。
誰を描いたのかは書かれていない。
衣の色と姿勢で、区別が付くようになっているはずである。
黒い衣の男、朱の衣の男、重ね着の女、白い衣の僧。
当時の人なら、これで誰か分かったのだろう。
いまは、分からない。
五十四点の内訳
この遺産からの寄贈は、当サイトの公開分で五十四点ある。
内訳を見ると、版画が五十点、絵画が四点である。
つまり、ほとんどが版画である。
そして、絵画の四点が、あの色紙である。
第五回や第十七回で読んだとおり、この時期のアメリカでは日本の版画の収集が盛んだった。
この遺産も、その流れの中にある。
一方で、色紙が四枚だけ混じっている。
版画を集めていて、たまたま手に入れた肉筆だろう。
あるいは、その逆かもしれない。
いずれにせよ、四枚は他と性質が違う。
版画は複数刷られる。
色紙は一枚しかない。
同じ受け入れのなかに、複製できるものとできないものが混じっている。
四人の歌人

前の一枚と、同じ大きさである。
人物が一人、正面をやや外して座る。
衣は朱色に近い橙。
袖が広く、裾が前へ広がる。
頭に、黒く高い冠。
冠の後ろに、細い紐が垂れる。
顔は丸く、口髭がある。
膝のあたりに、市松の文様の布。
そして、右下に赤い印と、小さな文字。
紙の右上に、大きな欠けがある。
白い部分が、紙の地である。

こちらは、女性である。
体を横たえるような姿勢で、右を向く。
衣を幾重にも重ねている。
緑、朱、白。
袖と裾が、右へ長く伸びる。
裾の先には、白と灰の格子の文様。
髪は長く、背に流れる。
顔は小さく、白い。
館の記録の分類にも、女性と記されている。
四枚のうち、女性はこの一枚だけである。

白い衣の人物である。
頭は剃られている。
僧である。
体を右へ向け、うつむく。
衣の襟に、緑の線が入る。
袖が膝の上で重なる。
背景は何もない。
そして、この一枚も、上部と左に大きな欠けがある。
四枚とも、傷み方が似ている。
同じ場所に、同じように置かれていたのだろう。
傷みが、四枚で共通する
四枚を並べると、白い欠けの位置に共通点がある。
いずれも、上のほうと、左寄りが激しい。
これは、保管の仕方によるものだろう。
重ねて置き、上から圧がかかる。
あるいは、同じ向きで貼られていて、同じ側から光や湿気を受けた。
四枚が同じ環境にあったことは、傷みの形から推し量れる。
館の記録は、状態について何も書かない。
第十九回でも同じことを書いた。
状態の情報は、画像を見なければ得られない。
そして、この四枚の場合、状態そのものが来歴の証拠になっている。

横に広い画面である。
中央に、折り目らしい縦の線が通る。
見開きの二丁だろう。
左半分に、松の生えた土手。
そこに、女性と子どもが集まる。
赤や青の衣を着て、腰をかがめる。
砂を掘っているように見える。
右半分は、浅い海と砂浜。
小さな人影が点在する。
遠くに、水平線と帆。
右上の余白に、文字が数行。
和歌だろう。
寸法の欄が、逆かもしれない
この一点の寸法欄を見たい。
三十六・八掛ける二十二・九センチ。
前の数字が高さ、後ろが幅である。
つまり、縦長ということになる。
しかし、画像は明らかに横長である。
高さより幅のほうが大きい。
同じ受け入れの次の二点は、二十二・九掛ける三十七・五センチ、二十三・二掛ける三十七・八センチ。
こちらは横長である。
つまり、この一点だけ、数字の順が入れ替わっている可能性が高い。
第二回でも、寸法の欄の食い違いを見た。
館の記録は、そのままになっている。
当サイトも、記録の数字をそのまま訳している。
読む側は、画像と数字を突き合わせて確かめることになる。
貝を描いた本

見開きの丁である。
中央に、折り目が縦に走る。
上の三分の二は、文字で埋まっている。
崩し字が、縦に何行も並ぶ。
和歌である。
そして、下の三分の一に、貝が描かれている。
小さな巻貝、二枚貝、細長い貝。
十個ほどが、間隔を置いて並ぶ。
色は淡く、桃色、灰色、褐色。
一つずつ丁寧に描き分けられている。
影は付いていない。
紙の白の上に、貝だけが浮かんでいる。
第十七回で扱った、本の丁が版画として登録される例である。
これも、もとは絵本の一部である。

こちらも見開きである。
家の内部が描かれる。
右手に、板敷きの座敷。
そこに女性が数人、子どもが数人いる。
床に、丸いものが散らばっている。
貝である。
一人が、それを手に取っている。
左手には、縁側と庭。
庭に、松と草。
上部の左に、文字が数行。
貝を合わせて遊ぶ場面である。
前の二点と合わせて、三点が貝を主題にしている。
同じ本から出た丁だろう。
一つの本が、三つの番号になる
三点の番号は、JP一〇五八、JP一〇六一、JP一〇六三である。
近い番号だが、連続していない。
あいだに、別の丁が入っているはずである。
つまり、一冊の絵本がばらされ、丁ごとに番号が付けられている。
第十七回で読んだ、本の丁が一枚の版画になる話と同じである。
そして、出所の行は三点とも同じである。
同じ遺産から、同じ年に入っている。
一冊の本として渡されたものを、館が丁ごとに分けた可能性もある。
あるいは、渡された時点ですでにばらされていたのかもしれない。
記録は、そこを書かない。
貝という主題
三点の版画は、いずれも貝を主題にしている。
浜で貝を拾う場面。
貝そのものを並べた頁。
貝を合わせて遊ぶ場面。
これは、一冊の絵本の構成である。
春の潮干狩りを主題にした本が、当時作られていた。
拾う、並べる、遊ぶ。
三つの場面が、順に並ぶ。
そして、貝の頁には和歌が添えられる。
つまり、この本は絵と歌の両方を売り物にしている。
第十七回で扱った、本の丁が一枚の版画になる問題である。
館は、丁ごとに番号を付けた。
その結果、一冊の本が三つ以上の作品になった。
そして、それぞれが別々に扱われる。
展示に出るときも、一枚ずつ出る。
本として見ることは、もうできない。
一方で、丁ごとに番号があるおかげで、一枚ずつ検索できる。
失われたものと、得られたものがある。
相続人たちによる寄贈

胸から上の肖像である。
背景は暗く、右上だけがわずかに明るい。
年配の男性が、正面をやや外して立つ。
髪は白く、後退している。
顔は肉厚で、頬が垂れる。
眉は太く、目は細い。
口は結ばれる。
濃紺の軍服を着ている。
両肩に、金の房が付いた飾り。
胸に、金の釦が二列。
襟は高く、金の縁取りがある。
腰のあたりに、白い手袋らしいものが見える。
姓が同じ、四年違い
この行の姓は、前の七点と同じである。
そして、年は一九一〇年。
前の七点は一九一四年。
四年違いである。
同じ姓の二人が、四年のあいだに、それぞれの遺産から作品を渡している。
血縁があるかどうかは、記録からは分からない。
しかし、姓と時期が近い。
親族である可能性は高い。
そして、書き方が違う。
一方は、遺産による寄贈。
もう一方は、相続人たちによる寄贈。
前者は、財産そのものを主語にする。
後者は、相続した人々を主語にする。
法的な手続きの段階が違うのだろう。
遺言執行の途中か、分割が済んだあとか。
記録は、その語の違いにだけ、その差を残している。

横長の風景画である。
中央よりやや右に、大きな樹木が一本立つ。
幹は太く、枝が上へ広がる。
葉は密で、暗い緑。
その根もとに、低い草地。
右下に、牛が二頭いる。
一頭は赤茶、一頭は白と茶。
左手には、水面が広がる。
対岸に、低い丘と木立。
空には、白い雲が層をなす。
雲の切れ間に、青が見える。
光は左から差している。
名前が、まったく書かれない行
この行には、人名が一つも入っていない。
画家の子孫たち、とだけ書かれている。
そして、その画家の名は、出所の行には書かれない。
作者の欄を見なければ、誰の子孫かも分からない。
館の記録によれば、この画家は一八九四年に亡くなっている。
寄贈は一八九七年。
三年後である。
つまり、亡くなった画家の家に残っていた絵を、家族が館へ渡した。
第三回で読んだ一八七七年の寄贈と、似た形である。
あちらは、画家の妻が贈っていた。
ただし、あちらの行には夫人の名が入っていた。
こちらは、子孫たち、である。
複数だから、名を書ききれなかったのかもしれない。
あるいは、家として渡す意思の表れかもしれない。
遺産という語
遺産という語が、出所の行に置かれるとき、そこには法的な意味がある。
人が亡くなると、その財産は一つの塊として扱われる。
負債も含めて、まとめて処理される。
執行人が選ばれ、目録が作られる。
その手続きが済むまで、財産は誰のものでもない状態に置かれる。
正確には、遺産そのものが権利の主体になる。
だから、遺産による寄贈、という書き方が成り立つ。
人ではなく、手続きの途中にある財産の塊が贈り主になる。
一方、相続人たちによる寄贈は、手続きが済んだあとである。
分割が終わり、それぞれの持ち分が確定している。
そのうえで、相続した人々が館へ渡すことを決めた。
つまり、この二つの語の差は、時期の差である。
館の記録は、その差を語で書き分けている。
もっとも、書き分けが常に厳密かどうかは分からない。
登録した人の語感による部分もあるだろう。
しかし、少なくとも二つの語が使い分けられていることは確かである。
そして、どちらの場合も、渡した人の名前は残らない。
亡くなった人の名だけが残る。
集めた人の名を残す、という点では、遺贈と同じ結果になる。
相続と、館の関係
大きな収集が館へ入るとき、相続は避けて通れない。
集めた本人が亡くなれば、財産は分割される。
そのとき、収集が散らばることが多い。
一点ずつ売られ、別々の持ち主のもとへ行く。
散らばらせないためには、まとめて渡す必要がある。
遺言に書いておくか、相続人が合意するか。
第十九回で読んだ例は、遺族三人が合意して渡していた。
今回の例では、遺産という段階で渡されている。
分割の前に、館へ移した。
そのほうが、まとまりを保ちやすい。
館の側にも、事情がある。
まとまりで受け入れたほうが、体系として使える。
だから、館は相続の段階から交渉に入ることがある。
出所の行に書かれるのは、その結果だけである。
交渉の経緯は、記録に残らない。
三通りの書き方を、並べる
九点の出所の行を、整理したい。
遺産による寄贈。
相続人たちによる寄贈。
子孫たちによる寄贈。
三通りとも、渡した個人の名を書かない。
そして、三通りとも、亡くなった人が起点である。
遺贈との違いは、どこにあるか。
遺贈は、亡くなった人本人の意思による移転である。
遺言に、館へ渡すと書いてある。
一方、これら三つは、残された側の判断による。
遺言に指定がなくても、相続した人が渡すことを決める。
だから、主語が変わる。
本人ではなく、遺産、相続人、子孫。
同じ「死後の移転」でも、意思の出どころが違う。
出所の行は、その違いを語の選択で書き分けている。
定冠詞の揺れ
最後に、細かい点を一つ書いておきたい。
サミュエル・アイシャムの遺産による寄贈という行は、当サイトの公開分で五十点以上ある。
そして、そのうち三点だけ、英語の定冠詞が付いている。
同じ寄贈、同じ年、同じ相手である。
にもかかわらず、書き方が揺れている。
第二回で見た、単数と複数の揺れと同じである。
数十点をまとめて登録するとき、こういう揺れは避けにくい。
そして、館はそれを直していない。
直せば読みやすくなるが、もとの登録に遡れなくなる。
記録は、揺れたまま公開されている。
そのことを繰り返し書いてきたのは、揺れが手がかりになるからである。
同じ揺れを持つ行は、同じ時期に同じ人が書いた可能性が高い。
次の回では、館そのものが消えた例を読みたい。
一つの美術館の所蔵が、まるごと別の館へ移った話である。
そこでは、出所の行の括弧の中に、消えた館の名と、その館が受け入れた年が入っている。
一つの行に、二つの館の受入年が並ぶことになる。
作品が二度、記録されたということである。
同じものが、二つの帳簿に載る。
そして、片方の帳簿は、もう存在しない館のものである。
その二重の記録が、何を伝えているか。
作品は残り、館は消える。
そういうこともある、ということである。
出所の行は、そこまで書き残している。
次の回は、その百七点を九点で読む。
移された作品は、当サイトの公開分だけで百七点ある。
その内訳も、あわせて見ておきたい。








