名画の楽しみ方

本の丁が、一枚の版画になる——喜多川歌麿《絵本四季花》

中央に折り目のある見開きが、木版画として登録されている。文字だけの丁にも番号が付く。一方、ばらされていない絵本は表紙のまま一件である。同じ画家、同じ紙で、記号も分類も分かれる理由を読みたい。折り目の跡だけが、本だったことを示し続けている。

桜と菖蒲、絵本四季花より
喜多川歌麿《桜と菖蒲、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

本の丁が、一枚の版画として登録されている

メトロポリタン美術館の日本版画の目録に、こういう題が並んでいる。

《桜と菖蒲、絵本四季花より》。

《夕立の前、絵本四季花より》。

《橋の上の女たち、絵本四季花より》。

いずれも喜多川歌麿の作で、年はすべて一八〇一年である。

そして、いずれも「絵本より」と書かれている。

つまり、これらはもともと本の丁である。

一冊の絵本を開いた、その中の一枚。

ところが館の分類は「版画」である。

「絵本」ではない。

一冊がばらされ、一丁ずつが版画として数えられている。

桜と菖蒲、絵本四季花より
喜多川歌麿《桜と菖蒲、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.3センチ、横26.2センチ。番号はJP1072。画面の中央に、綴じの折り目が縦に走っている。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《桜と菖蒲、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

まず、この一枚である。

見開きの形をしている。

中央に、縦の折り目がある。

左の頁に、菖蒲が咲いている。

細長い葉が何本も立ち、その間に紫の花。

右の頁には、山吹らしい黄色い花が枝いっぱいに付いている。

そして、その右にも別の枝がある。

左右の頁で、別の植物が描かれている。

つながった一枚の絵ではない。

見開きに二種類を並べる作りである。

写真の下には、色の目盛りと定規が写り込んでいる。

撮影のときに一緒に置かれたものである。

番号が、年を示していない

この一群の番号を見てほしい。

JP一〇七二、JP一〇七三、JP一〇七四と続く。

これまで見てきた番号とは、形が違う。

五三・一八二とか、一九九二・二とか、受入年で始まる番号だった。

ここでは、記号と通し番号である。

館の日本版画には、この形式の番号が使われている。

受け入れた年ではなく、版画の通し番号で管理する。

もっとも、記録には受入年も別に記されている。

九点のうち八点は、一九一四年である。

出所の行は「サミュエル・アイシャム氏の遺産からの寄贈、一九一四年」。

一人の遺産から、まとめて入っている。

そして、番号が連続している。

JP一〇七二から一〇八〇まで、飛びはあるが並んでいる。

同じ本の丁だから、続けて番号を付けたのだろう。

番号の連続が、もとの一冊を示している。

夕立の前、絵本四季花より
喜多川歌麿《夕立の前、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.5センチ、横25.1センチ。番号はJP1073。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《夕立の前、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

この一丁は、人物の場面である。

左に、風にあおられた御簾のようなものが大きく傾いている。

その手前に、二人が身をかがめている。

右には、蚊帳らしい緑の布が垂れ、その中に人がいる。

上の隅から、雨を表す線が斜めに走る。

風で物が飛び、人が身をすくめる場面である。

見開きの折り目は、画面の中央を通っている。

そして、この場面は折り目をまたいで一続きになっている。

前の一丁とは作りが違う。

左右で別のものを描く丁と、左右をつないで一場面にする丁。

同じ本のなかに、両方がある。

折り目が、必ず真ん中を通る

九点のうち八点は、見開きの丁である。

だから、どれも中央に折り目がある。

寸法の欄を見ると、横がおよそ二五センチで揃っている。

縦は一七センチ前後。

この数字は、見開きの寸法である。

一頁ぶんなら、横は半分の一二・五センチほどになる。

橋の上の女たち、絵本四季花より
喜多川歌麿《橋の上の女たち、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.1センチ、横25.1センチ。番号はJP1074。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《橋の上の女たち、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

画面の下に、橋の欄干が横に走っている。

その上に、大勢の人物がいる。

傘を差した人、荷を担いだ人、子どもを抱いた人。

傘が四つ、五つと重なり、画面の上を覆っている。

折り目は、傘のあいだを通っている。

構図が、折り目を意識して作られている。

橋の欄干の線が、折り目のところで一度切れる。

しかし、続きは向こう側にある。

読む人は、それを目でつなぐ。

見開きに描くとは、そういうことである。

花火をする子ども、絵本四季花より
喜多川歌麿《花火をする子ども、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.1センチ、横25.1センチ。番号はJP1075。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《花火をする子ども、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

こちらは、夏の夜の場面である。

左に、柳の枝が垂れている。

その下に、二人の女性が立っている。

一人は縞の着物、一人は格子の着物。

そのそばに、小さな子どもがかがんでいる。

手元に、小さな火の点がある。

線香花火である。

地面には、水の入った鉢が置かれている。

右には、しゃがんだ人物がもう一人。

黄色い地に、人物だけが色を持っている。

前の一丁と同じく、折り目は人物のあいだを通っている。

女たちの一年を、順に描く

九点の題を並べると、季節が巡っているのが分かる。

桜と菖蒲。夕立の前。橋の上の女たち。花火をする子ども。

舟に乗り込む娘たち。青葉を摘む娘たち。芸人に興じる娘たち。

春から夏、そして秋へ。

本の題は《絵本四季花》である。

四季の花、という名のとおり、季節を追って場面が並ぶ。

舟に乗り込む娘たち、絵本四季花より
喜多川歌麿《舟に乗り込む娘たち、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.1センチ、横25.1センチ。番号はJP1076。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《舟に乗り込む娘たち、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

左に、屋根のある大きな舟が横たわっている。

その屋根が、画面の左半分を占めている。

舟べりに、人が何人も腰かけている。

中央に、立ったまま何かを手にした女性。

右に、水辺の建物と、石垣。

奥に、白い橋のような構造がある。

舟遊びの場面である。

折り目は、舟の屋根の上を通っている。

青葉を摘む娘たち、絵本四季花より
喜多川歌麿《青葉を摘む娘たち、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.3センチ、横25.1センチ。番号はJP1077。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《青葉を摘む娘たち、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

黄色い地の上に、人物が六人ほどいる。

左に立つ二人、その足元にかがむ一人。

右に、身を乗り出して枝に手を伸ばす人。

そのそばに、籠を持つ人。

上から、緑の枝が垂れている。

摘んでいるのは、若い葉である。

右下に、小さく座り込んだ姿がある。

人物の配置が、画面の下半分に集まっている。

上は、枝と余白である。

芸人に興じる娘たち、絵本四季花より
喜多川歌麿《芸人に興じる娘たち、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.5センチ、横25.1センチ。番号はJP1079。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《芸人に興じる娘たち、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

室内の場面である。

左に、赤い屏風か襖のようなものが立っている。

その前に、横になった人物がいる。

まわりに、四人ほどが集まっている。

右に、立っている女性と、小さな人物。

右端に、木の枝が見える。

赤と緑が強く効いている。

文字だけの丁も、一枚の版画になる

九点のうち一点だけ、絵がない。

詩、絵本四季花より
喜多川歌麿《詩、絵本四季花より》1801年。館の記録では、木版画、紙に墨と彩色。縦17.3センチ、横24.9センチ。番号はJP1080。画面の全体が、文字だけで埋められている。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《詩、絵本四季花より》メトロポリタン美術館蔵

見開きいっぱいに、仮名まじりの文字が並んでいる。

右の頁から左の頁へ、行が続いている。

絵は、一つもない。

それでも、この一丁は「版画」として登録されている。

題は《詩》である。

館は、内容が文であることを題で示した。

そして分類は、他の八点と同じ「木版画」である。

技法の欄も同じ、「木版画、紙に墨と彩色」。

彩色とあるが、この丁に色は見えない。

同じ本の丁だから、同じ技法の欄が使われているのだろう。

ここに、単位の問題が現れている。

本をばらして一丁ずつ数えると、文字だけの丁も一件になる。

一冊のままなら、序文や跋文は本の一部にすぎない。

ばらせば、それも一枚の紙になる。

紙になれば、番号が要る。

前の回に、線しかない写生帖の表紙裏にも番号が付いていた例を見た。

同じことが、ここでも起きている。

一冊のままの、絵本

比べるために、ばらされていない一冊も見ておきたい。

絵本吾妻遊
喜多川歌麿《絵本吾妻遊》1790年正月。館の記録では、木版摺の本、紙に墨。全体で縦22センチ、横15.8センチ。番号はJIB41。表紙に題箋が貼られ、館の札が添えられている。メトロポリタン美術館蔵。喜多川歌麿《絵本吾妻遊》メトロポリタン美術館蔵

こちらは、一冊で一件である。

写真に写っているのは、表紙である。

灰色の表紙に、雲と鳥の模様が刷られている。

右上に、細長い紙が貼られている。

題箋である。

そこに題と、巻の別が書かれている。

そして、その上に館の札が置かれている。

番号と題を書いた、白い紙である。

つまりこの写真は、本を閉じたまま撮っている。

中身は見えない。

番号はJIB四一である。

前の八点のJPとは、記号が違う。

JIBは、絵入りの本に与えられる記号である。

分類も「絵入り本」となっている。

同じ画家、同じ木版、同じ紙。

それでも、ばらされているかどうかで、記号も分類も変わる。

一丁の大きさは、本の判型で決まる

八点の寸法は、ほとんどそろっている。

縦一七・一センチから一七・五センチ。

横二五・一センチが六点、二四・九センチが一点、二六・二センチが一点。

わずかな差は、断ち落としの違いだろう。

本をばらすとき、綴じ糸を切り、折り目で開く。

そのあと、縁を切りそろえることがある。

切る位置が少しずつ違えば、寸法も少しずつ違う。

そして、この一七センチ掛ける二五センチという数字は、判型で決まっている。

半紙を四つに切った大きさに近い。

絵本の判型は、いくつかに決まっていた。

だから、同じ本の丁はそろい、違う本の丁はそろわない。

寸法の欄を見れば、同じ本の丁かどうかが推せる。

九点目の絵本は、縦二二センチ、横一五・八センチである。

こちらは閉じた状態の寸法だから、比べられない。

開けば、横は三一センチほどになる。

つまり、前の八点より一回り大きい本である。

判型が違えば、本が違う。

寸法の欄は、そういう読み方もできる。

色は、何度も摺って作る

技法の欄には「紙に墨と彩色」とある。

多色摺の木版である。

色ごとに版木を彫り、順に摺り重ねる。

黄、赤、緑、紫、藍。

一色ごとに版を替えるので、色数が増えれば手間も増える。

《花火をする子ども》の画面を見ると、地が薄い黄色になっている。

これも一度摺っている。

背景を紙の白のままにせず、色を敷く。

その上に人物を置くと、人物が浮く。

《青葉を摘む娘たち》も同じ作りである。

黄色い地に、緑の枝と、色の付いた着物。

絵本は、一枚摺の版画に比べれば安い品である。

それでも、これだけの色を使っている。

一丁ずつばらして額に入れれば、一枚の版画として通用する。

ばらされた理由の一つは、そこにあるだろう。

見開きを、どう写すか

八点の写真は、いずれも見開きの全体を写している。

折り目も、両側の余白も入っている。

片頁だけを切り出してはいない。

これは当然の判断である。

一丁が一件なのだから、一丁の全体を写す。

前の回に見たハンティントンの写生帖では、見開きが二つの番号に分かれていた。

こちらでは、見開きが一つの番号である。

同じ「見開き」でも、単位の切り方が違う。

理由は、紙の作りにある。

写生帖は、一枚ずつの紙を綴じる。

だから、見開きは二枚の紙になる。

和装本は、一枚の紙を二つ折りにして重ねる。

だから、見開きは一枚の紙である。

紙が一枚なら、番号も一つ。

紙が二枚なら、番号も二つ。

数え方は、綴じ方に従っている。

そして綴じ方は、その土地の本の作りに従っている。

目録の単位は、こういうところまで遡る。

ばらす理由と、残る理由

なぜ、一方はばらされ、他方は残ったのか。

絵本は、ばらされやすい。

一丁ずつのほうが、額に入れやすく、売りやすい。

十九世紀の終わりから二十世紀のはじめにかけて、多くの絵本がばらされた。

とくに、色の美しい丁は単独で流通した。

一方、まとまったまま残るものもある。

表紙と題箋が付いていれば、書物としての価値がある。

そして、書物として扱う収集家もいた。

九点の受入年を見ると、事情が読める。

ばらされた八点は一九一四年、一冊のままの一点は一九一八年。

四年しか違わないが、来た道は別である。

前者は一人の遺産から、後者は基金による購入である。

名前だけでも、あるとないとでは大きく違う。

名前があれば、同じ本の丁を集められる。

無ければ、ただの一枚になる。

題箋という、小さな紙

《絵本吾妻遊》の表紙に貼られた細長い紙は、題箋と呼ばれる。

書名と、巻の別を書いて貼る。

本の顔にあたる部分である。

ばらされた八点には、これがない。

だから、館は題のなかに本の名を書き足した。

「絵本四季花より」という一句が、題箋の代わりをしている。

紙の上にあった情報が、記録の文字に移っている。

もとの紙が失われても、情報だけは残せる。

ただし、書体も、紙の質も、貼られた位置も残らない。

残るのは、名前だけである。

遺産から、まとめて入る

出所の行にも、目を留めておきたい。

八点は「サミュエル・アイシャム氏の遺産からの寄贈、一九一四年」である。

遺産からの寄贈という書き方は、少し変わっている。

本人が生前に渡したのではない。

亡くなったあと、遺産を管理する側から館へ渡っている。

こういう場合、まとめて大量に入ることが多い。

集めた人が一枚ずつ買い集めたものが、一度に館へ移る。

だから番号も連続する。

そして、同じ本の丁がそろって残る。

もし一枚ずつ売られていたら、八点が同じ館に集まる確率は低い。

集めた人が、同じ本の丁をそろえて持っていた。

そのまとまりが、遺産としてそのまま移った。

ばらされた本が、それでも八丁そろっているのは、そのおかげである。

散らばりかけたものが、途中で一度まとめられた。

出所の行は、そういう経過も示している。

一冊は、いま何丁あるのか

《絵本四季花》は、もともと何丁だったのか。

館の記録には書かれていない。

分かるのは、当サイトで見られる番号がJP一〇七二から一〇八〇までだということである。

そのあいだに、一〇七八が欠けている。

欠けているのは、公開されていないだけかもしれない。

別の場所にあるのかもしれない。

いずれにせよ、九つの番号のうち八つが当サイトにある。

そして、その八つを季節の順に並べ直すことはできる。

桜と菖蒲、夕立、橋、花火、舟、青葉、芸人、そして詩。

順序は、番号の順とおおむね合っている。

もとの一冊の順序が、番号のなかに残っている。

表紙の写真が、教えてくれること

一冊のままの《絵本吾妻遊》の写真を、もう一度見たい。

写っているのは表紙だけである。

中の絵は一枚も見えない。

これは、記録として不足しているのだろうか。

そうとも言えない。

この写真は、他の八点では絶対に写らないものを写している。

表紙の紙の色。刷られた模様。題箋の位置と大きさ。

そして、本としての厚みと、閉じた形。

ばらされた八点からは、これらが完全に失われている。

もとの表紙がどうだったかは、もう分からない。

一冊で残るとは、こういうことである。

中身は見えにくいが、外側が残る。

ばらして残すと、中身は見えるが、外側が消える。

どちらか一方しか選べない。

九点を並べると、その二つの結果が同時に見える。

記号の違いが、扱いの違いを示す

館の日本美術の目録には、いくつかの記号がある。

JPは版画、JIBは絵入りの本。

他にも、絵画や工芸に別の記号がある。

記号が違えば、担当する部署も、保管の仕方も違う。

版画は、一枚ずつ台紙にはさんで、平たい箱に収める。

本は、書物として棚に置く。

保存の方法が違うので、記号で分けておく必要がある。

つまり記号は、分類であると同時に、置き場所の指示でもある。

そして、いったん記号が決まると、それは変えにくい。

もし絵本の丁をあとから一冊に戻したとしても、番号はJPのままだろう。

番号を変えると、これまでの記録との対応が切れる。

だから、記号は最初の判断を保存し続ける。

一九一四年に、誰かが「これは版画である」と判断した。

その判断が、いまも番号の頭に残っている。

ばらされた本を、読み直す

八点を季節の順に並べると、一冊の流れが見えてくる。

春の花から始まり、夏の夕立と花火があり、舟遊びと青葉が続く。

そして、室内の場面と、文字の丁で終わる。

もっとも、これは当サイトにある八点だけの順序である。

欠けている丁がどこに入るかは分からない。

全体で何丁だったかも分からない。

それでも、季節を追うという作りは読める。

歌麿は、四季を通した女性の暮らしを繰り返し描いた画家である。

この絵本も、その系統にある。

一丁ずつ見ると、それぞれが独立した場面に見える。

順に並べると、一年になる。

ばらされたものを並べ直すと、もとの意図が戻ってくる。

番号は、そのための手がかりになる。

JP一〇七二から一〇八〇まで。

数字の順が、季節の順である。

折り目の跡が、本だったことを示す

最後に、いちばん分かりやすい手がかりについて書いておきたい。

八点の画面には、必ず中央に縦の線がある。

紙を折った跡である。

この線があるかぎり、これが本の丁だったことは消えない。

館の題に「絵本より」と書いてなくても、線を見れば分かる。

そして、線があるということは、隣の丁があったということである。

前の丁と、次の丁。

一冊のはじめと、終わり。

一枚の紙が、その全部を思い出させる。

一点という単位は、ここでは一丁である。

一丁は、一枚の紙を二つ折りにしたものである。

つまり、二頁ぶんである。

数え方の単位が、紙の折り方で決まっている。

折り目と、番号と、題の一句。

この三つが残っているかぎり、ばらされた一冊は、まだ読み直せる。

ARTISTS関連する画家

SAME ARTIST同じ画家のコラム

  • 作品を知る

    喜多川歌麿《寛政三美人》の解説——三人は誰で、どこで見られるのか

    喜多川歌麿《寛政三美人》の解説。館の記録では1794年ごろの多色摺の木版画で、クリーヴランド美術館が所蔵する。題は富本豊雛・高島屋おひさ・難波屋おきたの三人を並べる。なぜ顔だけを大きく描いたのか、どこで見られるのかを、館の記録と画像から読む。

  • 美術史・技法

    遺産が、主語になる——「遺産による寄贈」と「相続人たち」と「子孫たち」

    亡くなった人が残した財産の総体が、贈り主として書かれている。似た書き方が三通りあり、いずれも渡した個人の名を書かない。遺贈とどこが違うのか。歌仙図の色紙四枚と歌麿の見開きから読みたい。寸法の欄の数字が入れ替わっている一点にも触れたい。

  • 美術史・技法

    三枚で、一つの絵になる——広重《阿波鳴門之風景》ほか三枚続九点

    同じ大きさの版画を三枚並べ、一つの画面を作る。海の色も波の線も、二本の継ぎ目を越えて続く。番号に枝番を振るものと振らないもの、寸法を三通りに書き分けるもの。記録の揺れごと読みたい。継ぎ目の本数を数えるだけで、そろっているかどうかが分かる。三枚で一件とする判断も読みたい。

  • 作品を知る

    同じ二人が、三度出てくる——喜多川歌麿

    九点の題を読むと、同じ二人の名が三度現れる。芝居から来た男女である。判型も年も違う三点が、同じ主題を扱う。柱絵という細長い紙も含め、題の担う説明の量を見たい。四組の男女が並ぶ。顔の描き分けにも、目を向けたい。

  • 作品を知る

    虫と貝を、狂歌と一緒に摺る——喜多川歌麿の絵本

    九点に人は一人も出てこない。出てくるのは蜂、蝶、蛍、蛇、蝸牛、そして貝である。一枚ずつ売る版画ではなく、狂歌の会が作った本の頁である。夜を暗く摺った見開きと、水の染みを見たい。版元の名が残る奥付の頁にも触れたい。

  • 画家を知る

    同じ題が、三枚並ぶ——喜多川歌麿の母と子

    六枚のうち三枚が、同じ題で登録されている。図は違うのに、記録の上では区別が付かない。母と子を描いた版画は数が多く、後から題を当てるほかなかったのだろう。寸法と来歴の差を手掛かりに、六枚を並べて読み分けたい。

RELATEDあわせて読みたい

名画の楽しみ方の記事一覧