画家を知る

帖の一葉と、扇の面——陳洪綬

十二葉のうちの一葉、十二面の扇のうちの一面。見えているのは全体のごく一部である。明末清初の画家の六点を、画面の形と余白から見ていく。扇の折り目、朱の印、賛の位置。制約と作法が、画面の組み立てを決めている。

山水・人物・花卉図冊
陳洪綬《山水・人物・花卉図冊》メトロポリタン美術館蔵

縦に細長い、一葉

一枚の画帖の葉から始めたい。

山水・人物・花卉図冊
陳洪綬《山水・人物・花卉図冊》1618〜22年在銘。十二葉からなる画帖。紙本墨画淡彩。図の寸法は縦22.2センチ、横9.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。1985年購入。陳洪綬《山水・人物・花卉図冊》メトロポリタン美術館蔵

画像には、二枚の紙が並んでいる。

右が絵、左が文字である。

絵の側は、縦に細長い。

縦22.2センチ、横9.2センチ。

その中に、大きな木が一本立つ。

幹はまっすぐ伸び、上で枝を広げる。

葉は、細かい点の集まりで示される。

木の根元には、低い建物がある。

板壁と、屋根の線が引かれる。

背後には、岩と、遠くの山影。

墨の濃淡だけで描かれ、色はごく薄い。

帖の一葉である

ここで、大事なことを書いておきたい。

この作品は、一枚の絵ではない。

美術館の記録では、十二葉からなる画帖である。

つまり、同じ大きさの絵が十二枚ある。

公開画像に写っているのは、そのうちの一組である。

残りの十枚は、この画像には写っていない。

画帖は、一枚ずつ繰って見るものである。

一度に全部は見られない。

美術館の画像も、その制約を受けている。

画帖という形式

画帖は、絵を綴じた冊子である。

同じ大きさの紙を貼り、開いて見る。

一葉ずつ、別の主題を描くことが多い。

山水、人物、花、虫。

そして、絵の隣の葉に文字を書く。

賛や題辞と呼ばれるものである。

絵と文字が、見開きで対になる。

つまり、本を読むように見る絵である。

掛軸のように、壁に掛けて眺めるものではない。

描いた人について

陳洪綬は、一五九八年か九九年に生まれた。

一六五二年に没している。

明の末から清の初めにかけて生きた画家である。

美術館の記録も、その生没年を記す。

人物画で知られ、版画の下絵も多く手がけた。

書物の挿絵や、遊戯用の札の図案も残る。

つまり、鑑賞の絵と、印刷物の両方に関わった。

その幅の広さが、この画家の特徴である。

明から清へ

この画家が生きたのは、王朝の交代期にあたる。

一六四四年に、明が滅びる。

その前後、各地で戦乱が続いた。

多くの文人が、身の処し方を迫られた。

新しい王朝に仕えるか、退くか。

陳洪綬は、後半生を隠棲して過ごしたと伝えられる。

寺に身を寄せた時期もあったという。

作品の年代を見ると、その激動の時期をまたいでいる。

版画の下絵という仕事

陳洪綬の仕事で、忘れてはならないものがある。

版本の挿絵の下絵である。

戯曲や小説の挿絵、そして遊戯用の札の図案を描いた。

版木に彫られ、大量に刷られる。

つまり、多くの人の目に触れる仕事である。

肉筆の絵は、限られた人しか見られない。

版画なら、遠い土地の読者にも届く。

この画家の様式が広まった背景には、版画がある。

太い線と、誇張された人物の形。

版木に彫るには、この明快さが向いている。

六点は、いずれも組である

今回の六点は、いずれも単独の絵ではない。

十二葉の画帖が二つ。

十一葉の画帖が一つ。

扇を十二面まとめた画帖が一つ。

扇一面を画帖に仕立てたものが一つ。

そして、掛軸が一つ。

つまり、掛軸以外は、すべて組である。

公開画像は、その一部を写している。

見えていないものが、常に背後にある。

扇の形をした画面

二点目は、扇である。

山水花卉図
陳洪綬《山水花卉図》十七世紀前半。折扇十二面を画帖に仕立てたもの。金地の紙に墨画着色。寸法は縦24.1センチ、横52.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ダグラス・ディロン寄贈、1989年。陳洪綬《山水花卉図》メトロポリタン美術館蔵

上が弧を描き、下がすぼまる形である。

折り畳む扇の面を、開いた状態で貼っている。

地は金色で、光を含む。

画面の中央には、大きな岩が横たわる。

その上に、人物が数人いる。

一人は横たわり、一人は座る。

岩の周りには、器や道具が置かれる。

左端には、木の株と草が描かれる。

右下には、朱色の印が並ぶ。

扇に描くという条件

扇の面は、扱いにくい画面である。

上が広く、下が狭い。

そして、折り目が何本も入る。

折り目をまたいで線を引けば、畳んだときに歪む。

だから、構図を折り目に合わせて組む。

主要な要素を、折り目の間に置く。

見る側は、扇を開いた状態で眺める。

当サイトの
巻物、屏風、扇でも、この形式に触れた。

日本の扇絵とも、考え方は近い。

金の地に描く

この扇の地は、金である。

金箔を貼った紙を使っている。

金の上に墨を置くと、独特の効果が出る。

墨は沈まず、表面に載る。

そして、光の当たり方で地が輝く。

高価な仕様である。

扇は、持ち歩き、人に見せる道具でもある。

贈答の品にもなる。

だから、費用をかけた仕様が選ばれた。

人物の描き方

この扇の人物を見たい。

顔は小さく、輪郭だけで示される。

体は、衣の線でほとんど覆われる。

衣の線は太く、うねりが大きい。

直線ではなく、緩やかに曲がる。

この線の質が、陳洪綬の人物画の特徴とされる。

引き伸ばされた体、大きな頭、うねる衣。

写実ではなく、意識的に歪められている。

そこが、後世に高く評価された点である。

折り目という制約

扇の面には、折り目が入る。

畳んだときの山と谷である。

画像でも、放射状の筋として見える箇所がある。

この折り目は、絵具を割る。

だから、厚く塗ると剥がれやすい。

薄く、速く塗るほうが安全である。

そして、細かい描写は折り目を避ける。

顔や重要な形は、折り目の間に置く。

制約が、構図の判断を導いている。

古風を、あえて選ぶ

この画家の様式は、しばしば古風と評される。

同時代の柔らかい描き方とは、方向が違う。

もっと古い時代の絵を、意識的に学んでいる。

古い型を借りて、新しい効果を作る。

こうした態度は、当時の文人の間で珍しくない。

当サイトの
模倣と創造でも、この考え方を扱った。

過去に倣うことが、独創の手段になる。

いまの感覚とは、少し違う理屈である。