帖の一葉と、扇の面——陳洪綬
十二葉のうちの一葉、十二面の扇のうちの一面。見えているのは全体のごく一部である。明末清初の画家の六点を、画面の形と余白から見ていく。扇の折り目、朱の印、賛の位置。制約と作法が、画面の組み立てを決めている。

縦に細長い、一葉
一枚の画帖の葉から始めたい。

画像には、二枚の紙が並んでいる。
右が絵、左が文字である。
絵の側は、縦に細長い。
縦22.2センチ、横9.2センチ。
その中に、大きな木が一本立つ。
幹はまっすぐ伸び、上で枝を広げる。
葉は、細かい点の集まりで示される。
木の根元には、低い建物がある。
板壁と、屋根の線が引かれる。
背後には、岩と、遠くの山影。
墨の濃淡だけで描かれ、色はごく薄い。
帖の一葉である
ここで、大事なことを書いておきたい。
この作品は、一枚の絵ではない。
美術館の記録では、十二葉からなる画帖である。
つまり、同じ大きさの絵が十二枚ある。
公開画像に写っているのは、そのうちの一組である。
残りの十枚は、この画像には写っていない。
画帖は、一枚ずつ繰って見るものである。
一度に全部は見られない。
美術館の画像も、その制約を受けている。
画帖という形式
画帖は、絵を綴じた冊子である。
同じ大きさの紙を貼り、開いて見る。
一葉ずつ、別の主題を描くことが多い。
山水、人物、花、虫。
そして、絵の隣の葉に文字を書く。
賛や題辞と呼ばれるものである。
絵と文字が、見開きで対になる。
つまり、本を読むように見る絵である。
掛軸のように、壁に掛けて眺めるものではない。
描いた人について
陳洪綬は、一五九八年か九九年に生まれた。
一六五二年に没している。
明の末から清の初めにかけて生きた画家である。
美術館の記録も、その生没年を記す。
人物画で知られ、版画の下絵も多く手がけた。
書物の挿絵や、遊戯用の札の図案も残る。
つまり、鑑賞の絵と、印刷物の両方に関わった。
その幅の広さが、この画家の特徴である。
明から清へ
この画家が生きたのは、王朝の交代期にあたる。
一六四四年に、明が滅びる。
その前後、各地で戦乱が続いた。
多くの文人が、身の処し方を迫られた。
新しい王朝に仕えるか、退くか。
陳洪綬は、後半生を隠棲して過ごしたと伝えられる。
寺に身を寄せた時期もあったという。
作品の年代を見ると、その激動の時期をまたいでいる。
版画の下絵という仕事
陳洪綬の仕事で、忘れてはならないものがある。
版本の挿絵の下絵である。
戯曲や小説の挿絵、そして遊戯用の札の図案を描いた。
版木に彫られ、大量に刷られる。
つまり、多くの人の目に触れる仕事である。
肉筆の絵は、限られた人しか見られない。
版画なら、遠い土地の読者にも届く。
この画家の様式が広まった背景には、版画がある。
太い線と、誇張された人物の形。
版木に彫るには、この明快さが向いている。
六点は、いずれも組である
今回の六点は、いずれも単独の絵ではない。
十二葉の画帖が二つ。
十一葉の画帖が一つ。
扇を十二面まとめた画帖が一つ。
扇一面を画帖に仕立てたものが一つ。
そして、掛軸が一つ。
つまり、掛軸以外は、すべて組である。
公開画像は、その一部を写している。
見えていないものが、常に背後にある。
扇の形をした画面
二点目は、扇である。

上が弧を描き、下がすぼまる形である。
折り畳む扇の面を、開いた状態で貼っている。
地は金色で、光を含む。
画面の中央には、大きな岩が横たわる。
その上に、人物が数人いる。
一人は横たわり、一人は座る。
岩の周りには、器や道具が置かれる。
左端には、木の株と草が描かれる。
右下には、朱色の印が並ぶ。
扇に描くという条件
扇の面は、扱いにくい画面である。
上が広く、下が狭い。
そして、折り目が何本も入る。
折り目をまたいで線を引けば、畳んだときに歪む。
だから、構図を折り目に合わせて組む。
主要な要素を、折り目の間に置く。
見る側は、扇を開いた状態で眺める。
当サイトの
巻物、屏風、扇でも、この形式に触れた。
日本の扇絵とも、考え方は近い。
金の地に描く
この扇の地は、金である。
金箔を貼った紙を使っている。
金の上に墨を置くと、独特の効果が出る。
墨は沈まず、表面に載る。
そして、光の当たり方で地が輝く。
高価な仕様である。
扇は、持ち歩き、人に見せる道具でもある。
贈答の品にもなる。
だから、費用をかけた仕様が選ばれた。
人物の描き方
この扇の人物を見たい。
顔は小さく、輪郭だけで示される。
体は、衣の線でほとんど覆われる。
衣の線は太く、うねりが大きい。
直線ではなく、緩やかに曲がる。
この線の質が、陳洪綬の人物画の特徴とされる。
引き伸ばされた体、大きな頭、うねる衣。
写実ではなく、意識的に歪められている。
そこが、後世に高く評価された点である。
折り目という制約
扇の面には、折り目が入る。
畳んだときの山と谷である。
画像でも、放射状の筋として見える箇所がある。
この折り目は、絵具を割る。
だから、厚く塗ると剥がれやすい。
薄く、速く塗るほうが安全である。
そして、細かい描写は折り目を避ける。
顔や重要な形は、折り目の間に置く。
制約が、構図の判断を導いている。
古風を、あえて選ぶ
この画家の様式は、しばしば古風と評される。
同時代の柔らかい描き方とは、方向が違う。
もっと古い時代の絵を、意識的に学んでいる。
古い型を借りて、新しい効果を作る。
こうした態度は、当時の文人の間で珍しくない。
当サイトの
模倣と創造でも、この考え方を扱った。
過去に倣うことが、独創の手段になる。
いまの感覚とは、少し違う理屈である。
緑の濃い扇
三点目も、扇である。

こちらも金地である。
画面の左側に、濃い緑の木立が茂る。
葉は、点を重ねて描かれる。
その中に、屋根の見える建物がある。
窓に、人影らしきものがある。
右へ行くほど、描写が薄くなる。
低い岩が並び、細い線で水面が示される。
右上には、遠くの山が薄墨で入る。
右下に、朱の印が並ぶ。
左右で、密度を変える
この扇の構図を見たい。
左が密で、右が疎である。
木立と建物が左に集まり、右は空いている。
扇は、手に持って開く。
開いたとき、まず目に入るのは中央である。
そこから左右へ視線が動く。
片側に要素を集めると、目の動きが生まれる。
均等に描くと、扇の形が生きない。
形に合わせて、密度を配分している。
山の描き方
右上の遠山を見てほしい。
薄い墨を刷き、輪郭をぼかしている。
近くの木立が濃い墨なのに対し、こちらは淡い。
濃淡の差が、そのまま距離になっている。
中国の山水画では、この方法が長く使われた。
線で描く近景と、面で示す遠景。
その組み合わせで、奥行きを作る。
西洋の空気遠近法と、結果は似ている。
ただし、根拠は違う。
光学の理屈ではなく、筆の使い分けから来ている。
印が、たくさん押されている
画面の隅に、朱の印が並んでいる。
数えると、複数ある。
これは、作者の印だけではない。
所蔵した人が押した印も含まれる。
中国の絵では、この習慣が広く行われた。
持ち主が、自分の印を作品に押す。
代々の所有者の印が、少しずつ増えていく。
つまり、印の集まりが来歴の記録になる。
作品の一部でありながら、後世の付加でもある。
印を、どう考えるか
印が増えることを、汚損と見ることもできる。
しかし、中国の絵ではそう考えない。
由緒ある人物の印があれば、価値が上がる。
鑑賞と所有の歴史が、画面に刻まれていく。
西洋の絵では、こうしたことは起きない。
裏や額に記録が残るだけである。
同じ絵を扱うのでも、文化によって作法が違う。
六点の隅の印を、数えてみてほしい。
墨だけの掛軸
四点目は、形式が違う。

縦125センチの掛軸である。
六点の中で、最も大きい。
中央に、人物が立つ。
長い衣をまとい、両手を胸の前で組む。
顔は面長で、髭が長く垂れる。
頭の後ろに、円い光の輪がある。
手には、細長い杖のようなものを持つ。
衣の裾は、床まで広がる。
墨だけで描かれ、色はない。
左右の余白に、文字が書かれている。
観音を、男性の姿で描く
館の題は、この人物を観音菩薩としている。
しかし、姿は男性に見える。
長い髭があり、体つきも大柄である。
これは、誤りではない。
観音菩薩は、もともと性別が定まっていない。
時代と地域によって、姿が変わる。
中国では、宋のころから女性の姿が増えた。
しかし、それ以前は男性の姿が一般的だった。
つまり、この絵は古い形式に倣っている。
古い形式に倣うこと
先に書いた、古風を選ぶ態度がここにも出ている。
同時代の観音図は、柔和な女性の姿が主流だった。
そこであえて、古い男性の姿を描く。
しかも、線は太く、硬い。
衣の襞は、幾何学的な曲線になる。
やわらかさを、意識的に避けている。
この選択が、絵に緊張を与えている。
一六二〇年、画家は二十歳ほどである。
若い時期から、この方向がはっきりしていた。
線の太さ
この掛軸の線を見てほしい。
衣の輪郭線は、一定の太さで引かれている。
強弱がほとんどない。
始めから終わりまで、同じ幅である。
筆を紙に置き、速度を変えずに引く。
これは、簡単なようで難しい。
手が震えれば、線が揺れる。
速すぎれば、かすれる。
一定の線を引き続けるには、訓練が要る。
古い時代の仏画に倣った線である。
余白と、文字
掛軸の左右には、文字が書かれている。
賛と呼ばれるものである。
内容は、経典の一節か、詩だろう。
字は細く、縦に並ぶ。
絵と文字が、同じ画面の中で場所を分け合う。
余白は、そのために空けられている。
中国の絵では、余白は「何もない場所」ではない。
書き込むための場所であり、後から加わることもある。
つまり、絵は完成後も変わりうる。
絹に描く画帖
五点目は、絹に描かれている。

正方形に近い画面である。
左に、人物が一人座る。
白い衣をまとい、体を横へ向ける。
顔は面長で、口髭と顎髭がある。
視線は、やや上へ向く。
膝の下には、緑の葉を敷いた敷物がある。
その手前に、蓋のついた大きな壺。
さらに手前には、器に盛られた食べ物。
右側の三分の一は、文字で埋まっている。
文字が、画面の三分の一
この一葉では、文字が広い面積を占めている。
行数は十行以上ある。
字の大きさは揃い、行の間隔も一定である。
つまり、はじめから文字の場所が計算されている。
絵を右に寄せ、左に文字を置く。
あるいは、その逆にする。
絵と書は、同格の要素として扱われる。
西洋の絵で、これほど文字が入ることは少ない。
題や署名は、隅に小さく入れるのがふつうである。
賛を、誰が書くか
画帖や掛軸の文字は、作者が書くとは限らない。
友人や、後世の所蔵者が書き加えることもある。
字体が絵の署名と違えば、別人の手だと分かる。
つまり、文字の部分にも複数の時期が混じりうる。
絵を描き、しばらくして誰かが賛を書く。
さらに後年、別の人が跋を加える。
こうして、一つの作品が層になっていく。
完成の時点が、一つに定まらない。
これは、西洋の絵とはかなり違う考え方である。
絹と紙の違い
六点のうち、絹に描かれているのはこの一点だけである。
残りは紙である。
絹は、織り目があり、墨が滲みにくい。
そのため、細い線が引きやすい。
色を重ねることもできる。
一方で、高価である。
紙は安く、滲みが生かせる。
墨の濃淡を作るには、紙のほうが向いている。
主題や用途に応じて、支持体が選ばれる。
人物の顔
この一葉の人物の顔を見たい。
目は細く、切れ長である。
眉は薄く、鼻筋が長い。
口は小さく、髭がその周りを囲む。
顔の輪郭は、面長で、顎が細い。
この顔立ちは、陳洪綬の人物画に共通する。
つまり、型である。
誰を描いても、似た顔になる。
肖像ではなく、人物の類型を描いているからである。
器と、食べ物
人物の周りに置かれた品も見ておきたい。
蓋のついた壺、器に盛られた緑のもの。
そして、敷かれた葉。
いずれも、丁寧に描かれている。
人物の衣が単純な線なのに対し、器は細かい。
つまり、描き込みの配分に差がある。
人物は型で、器は観察で描かれている。
そう見ることもできる。
この差が、画面に変化を作っている。
十七センチ四方の画帖
六点目は、最も小さい。

台紙に、正方形の紙が貼られている。
図は、台紙の中央にある。
描かれているのは、鉢に植えられた植物である。
鉢は、口が広く、下がすぼまる。
側面に、細かい網目の文様が刻まれる。
そこから、細い草が何本も伸びる。
葉は、鋭く、上へ跳ねる。
墨だけで描かれ、色はない。
左には、朱の印が一つ。
右下にも、印がある。
何もない場所
この一葉で目を引くのは、余白である。
図は、紙のごく一部を占めるにすぎない。
上下左右に、白い紙が広がる。
これは、失敗ではない。
意図された配置である。
小さな図を、大きな余白の中に置く。
そうすると、図が際立つ。
そして、静けさが生まれる。
余白の量そのものが、表現になっている。
鉢植えを描く
鉢に植えた草を描くのは、文人の絵の主題である。
蘭、竹、菊、梅。
いずれも、徳や気質の象徴とされてきた。
そして、描くのが難しい。
線が単純なので、腕がそのまま出る。
葉の一本を、どの速さで、どの角度で引くか。
その判断だけで、絵の質が決まる。
だから、腕試しの主題として繰り返し描かれた。
雑画という題
この画帖の題は、雑画である。
つまり、主題を定めていない。
十二図それぞれが、別のものを描いている。
草花、器物、人物、山水。
思いつくままに描き、まとめて綴じる。
こうした画帖は、私的な性格が強い。
売るためではなく、手元に置くために作られる。
友人に見せ、賛を書いてもらうこともある。
そういう交わりの中で、画帖は育っていく。
年記が、一葉だけ
五点目と六点目の記録には、共通の書き方がある。
一葉に年記がある、という表記である。
つまり、十二葉のうち一枚だけに年が書かれている。
残りの葉には、年がない。
これは、画帖がまとめて作られたとは限らないことを示す。
何年かにわたって描きため、後で綴じた可能性がある。
あるいは、後世に別の絵が加えられたかもしれない。
館の記録が慎重なのは、そのためである。
一冊の中に、複数の時期が混じりうる。
二つの王朝にまたがる記録
五点目の時代欄には、二つの王朝名が併記されている。
明と清。
つまり、この画帖の内容が、両方の時期にまたがる可能性がある。
作者の没年は一六五二年で、清の初めである。
その前後の作品が、一冊に含まれているのだろう。
美術館は、そこも幅を持たせて記録している。
一枚の絵の年代でも難しいのに、十二葉ならなおさらである。
綴じられた絵の扱い
画帖は、開いて見る。
だから、扱いに注意が要る。
紙は折れ、貼り付けた部分は剥がれる。
長く開いたままにすれば、光で褪せる。
そのため、展示は一葉ずつ、期間を区切って行われる。
数か月ごとに、開く葉を変える。
つまり、一度に全体を見せることはできない。
美術館の展示でも、公開画像でも、この制約は同じである。
作品の形式が、見え方を決めている。
六点の受け入れ年
六点の来歴を並べてみたい。
一九八五年、一九八九年が二点、一九九二年、一九九九年、二〇〇五年。
つまり、いずれも比較的新しい受け入れである。
二十年ほどの間に集まっている。
購入と寄贈が、半々である。
同じ寄贈者の名が、二点に付いている。
米国の館が中国絵画を体系的に集めたのは、二十世紀後半である。
その動きの中で、この六点が入った。
一部しか見えない、ということ
最後に、もう一度書いておきたい。
六点のうち五点は、組の作品である。
公開画像に写っているのは、その一部である。
十二葉のうち一葉、十一葉のうち一葉。
つまり、私たちが見ているのは、全体の十分の一に満たない。
このことは、忘れないでおきたい。
作品を見たとは、簡単には言えない。
見えている一葉から、全体を推し量るしかない。
六点を、順に見る
見方を提案して、終わりたい。
六点を、画面の形で並べてみてほしい。
縦長の一葉、扇形が二つ、掛軸、正方形が二つ。
同じ画家が、四つの形の画面に描いている。
形が変われば、構図の組み立ても変わる。
扇なら左右の密度、掛軸なら上下の配分。
正方形なら、余白の取り方。
形に応じた解き方が、それぞれにある。
まず形を見て、次に余白を見る。
そして最後に、描かれたものを見る。
その順で見ると、この画家の判断がよく分かる。


