背景に、商品と土地を描く——ラルフ・アール
扉の奥に反物を積み、窓の外に自分の町を描く。英国で学び、コネティカットへ戻った画家の九点。背景の選び方に、注文主が何者でありたかったかが出ている。英国時代の二点も並べ、注文主が変われば絵がどう変わるかを見比べていく。

商品が、絵の中に並んでいる
一枚の大きな肖像から始めたい。

縦が二メートルを超える。
等身大より大きい。
男が一人、机に肘をついて立っている。
淡い色の上着に、白い胴着。
膝下は黒く、白い長靴下をはく。
靴には銀色の留め金が光る。
右手には、丸めた紙を持っている。
机の下には、書物が並ぶ棚がある。
背表紙に文字が読み取れる。
そして、左側の扉が開いている。
その奥に、布地の巻きが何本も積まれている。
赤、青、縞。
店の奥を、見せる
この開いた扉が、この絵の要である。
奥に見えるのは、商品である。
反物が棚に積まれ、色ごとに分かれている。
つまり、この人物は布地を商う人だと分かる。
肖像画に、職業の証拠を描き込む。
これは当時としては珍しい扱いである。
ふつうは、身なりと持ち物で暗示するにとどまる。
ここでは、商品そのものが見えている。
隠さずに、堂々と描く。
新しい国の、新しい階層の自己像である。
描いた人について
ラルフ・アールは、一七五一年に生まれ、一八〇一年に没した。
コネティカットの生まれである。
独立戦争のとき、英国側に付いた。
そのため、一七七八年に英国へ渡る。
ロンドンで数年を過ごし、肖像画を学んだ。
一七八五年ごろに帰国し、コネティカットで肖像画家として働く。
今回の九点には、英国時代の二点も含まれる。
つまり、経歴の前半と後半が、両方見られる。
同じ画家が、環境を変えてどう描いたか。
九点を並べると、それが見えてくる。
書物と紙
イライジャの持ち物を、もう少し見たい。
机の上には、書物と筆記具がある。
棚には、革装の本が並ぶ。
手には巻いた紙を持つ。
商人でありながら、書物に囲まれている。
これは、教養の表明である。
商いだけでなく、学問にも通じている。
そう見せたいという注文主の意向が読める。
肖像画は、注文主との共同作業である。
何を描き込むかは、話し合って決められる。
妹の肖像
二枚目は、同じ年の作である。

若い女性が、屋外で座っている。
緑の衣に、白い胸元の布。
髪は高く結い上げ、白い羽根を挿す。
膝の上に、開いた本を置く。
指で頁を押さえている。
背後には木立があり、その間から風景が見える。
小さな家、道、遠くの丘。
空は薄い橙で、夕方の光に見える。
縦が108センチと、兄の絵の半分ほどである。
寸法の差が、そのまま扱いの差になっている。
兄の肖像
三枚目も、同じ年である。

男が屋外に立っている。
紺の上着に、淡い色の膝下衣。
右手に細い杖を持ち、左手に帽子を抱える。
左には太い木の幹があり、枝が上へ伸びる。
背後には川と橋、遠くに丘が見える。
空は明るく、雲が薄い。
縦が二メートルを超える。
イライジャの絵とほぼ同じ大きさである。
つまり、兄弟の肖像が対になっている。
一方は屋内、他方は屋外。
一七八九年の、三枚
三枚とも、一七八九年の作である。
同じ一族の三人を、同じ年に描いている。
一人は屋内で商品とともに。
一人は屋外で風景とともに。
一人は屋外で本とともに。
三枚が別の館に分かれて所蔵されている。
いまは並べて見ることができない。
しかし公開画像でなら、並べられる。
同じ年、同じ画家、同じ一族。
比較の条件が、これほど揃う例は珍しい。
男と女で、扱いが違う
三枚を比べると、扱いの差が目につく。
男の二枚は、縦二メートル超の全身像である。
女の一枚は、縦一メートル余りの半身像である。
これは、当時の肖像画の慣習に沿っている。
家の当主や跡取りは大きく描かれる。
娘の肖像は、それより小さい。
寸法は、家の中での位置を映している。
絵の内容だけでなく、大きさも情報である。
九点の寸法を並べると、その序列が見えてくる。
当サイトとしては、そこも書いておきたい。
背景の風景
アールの肖像には、風景がよく描かれる。
木立、川、丘、家。
英国の肖像画にも、この型はある。
しかし、アールの風景は具体的である。
実際の土地を描いていると考えられる場面が多い。
橋の形、丘の稜線、家の並び。
その土地に住む人が見れば、どこか分かる。
肖像の背景が、地誌の記録にもなる。
新しく開かれた土地では、この意味は大きい。
自分の町を、絵に残す。
顔の描き方
アールの顔の描き方には、癖がある。
輪郭がはっきりし、影が薄い。
頬の丸みは、明暗ではなく線で示される。
目は大きく、上まぶたの線が濃い。
口は小さく、唇の輪郭が明瞭である。
英国で学んだ画家としては、素朴に見える。
同時代の都会の肖像画家と比べると、なめらかさに欠ける。
しかし、その硬さが独特の存在感を生む。
平らで、まっすぐで、逃げがない。
そこが、この画家の持ち味だと考えている。
帰国後の仕事
一七八五年ごろの帰国後、アールはコネティカットを回った。
町から町へ移り、注文を受ける。
滞在中に数点を仕上げ、次の町へ行く。
こうした働き方については、当サイトの
町から町へ、肖像を描いて回るでも書いた。
土地の名士の家に泊まり、その家族を描く。
紹介が次の注文を生む。
一族三人をまとめて描くのは、その典型である。
一度の滞在で、複数の仕事をこなす。
九点のうち、コネティカット周辺の作が多いのはそのためである。
対になる二枚
四枚目と五枚目は、対をなす。

男が赤い椅子に座り、こちらを向く。
黄土色の上着に、白い襟巻き。
髪は白く、後ろでまとめる。
右手は、机か本の上に置かれる。
背後には、書物の並ぶ棚がある。
赤い椅子の縁には、金色の鋲が並ぶ。
椅子の赤が、画面でいちばん強い色である。
上着の黄土と、背景の暗い緑。
三色でまとまっている。
もう一枚の対

女性が赤い椅子に座り、幼い子を抱く。
女性は、白いレースの帽子をかぶる。
胸元には白い布を重ね、青緑の帯を垂らす。
子は白い衣で、母の腕に体を預ける。
背後の右には、木立と空が見える。
椅子の赤は、対の一枚と同じである。
寸法は、二枚でわずか二ミリしか違わない。
つまり、同じ寸法で注文された対である。
夫婦の肖像を、対で作る。
当時としては、ごく一般的な形式である。
対の肖像という形式
対の肖像には、決まりがある。
二枚を並べたとき、向き合うように描く。
夫が左、妻が右に掛かるなら、夫は右を向く。
視線が、内側で交わるようにする。
この二枚も、その原則に従っている。
寸法をそろえ、背景の調子をそろえる。
家具も同じものを使う。
同じ赤い椅子が二枚に出るのは、そのためである。
工房に置かれた椅子を、そのまま使ったのだろう。
対の絵は、一組で意味を持つ。
家具が、繰り返される
赤い椅子は、他の作品にも現れる。
金色の鋲が並ぶ、同じ形の椅子である。
肖像画家は、こうした小道具を持っていた。
椅子、卓、書棚、緞帳。
注文主の家に、それらがあるとは限らない。
だから、画家が用意する。
同じ家具が繰り返し現れるのは、そのためである。
見る側から見れば、統一感が出る。
研究する側から見れば、帰属の手がかりになる。
小道具の一致は、作者を推し量る材料になる。
二枚の椅子の向き
対の二枚を、もう一度見比べたい。
夫は、体をやや左へ向けている。
妻は、体をやや右へ向けている。
つまり、二枚を並べると背中合わせになる。
向き合う形ではない。
この配置は、対の原則から外れている。
掛ける向きを入れ替えれば、向き合う形になる。
もとはそう掛けられていた可能性がある。
館の展示や画像の並びが、当時の配置とは限らない。
対の絵を見るときは、そこも考えたい。
夫婦の持ち物
対の二枚には、持ち物の差もある。
夫の背後には、書物の並ぶ棚がある。
妻の背後には、木立と空がある。
夫は屋内、妻は屋外に置かれている。
これも、当時の型に沿った配分である。
学識と職業は男に、自然と子は女に。
現代の目には、窮屈な割り当てに見える。
しかし当時は、それが標準だった。
絵は、その標準をそのまま写している。
見る側は、そこを踏まえて読むほかない。
六人の家族
六枚目は、九点で最も大きい。

横が二メートル十七センチある。
母と五人の子が、横一列に並ぶ。
右端に母が座り、膝に赤子を抱く。
その左に、娘が二人、息子が二人。
いちばん左の少年は、細い鞭のようなものを持つ。
隣の少年は、緑の衣を着る。
中央の子は赤い衣で、帽子を持つ。
背後には、赤い緞帳が垂れる。
床には、青と白の花模様の敷物が敷かれる。
その模様が、平らに正面から描かれている。
敷物の模様
この敷物の描き方に注目したい。
模様が、遠近に従って縮んでいない。
奥へ行っても、花の大きさが変わらない。
つまり、遠近法が使われていない。
これは技術の不足とも言える。
しかし、結果として床が模様の面になる。
人物の足元に、平らな帯が広がる。
その平らさが、群像を横一列に見せる効果を持つ。
正確さと、見やすさ。
この画家は、後者を選んでいる。
大人数を、どう並べるか
六人を横に並べるには、工夫が要る。
高さをそろえると、単調になる。
そこで、座る人と立つ人を混ぜる。
母は座り、子は立つ。
背の高さは、年齢順に並ぶ。
いちばん左が高く、右へ行くほど低い。
そして右端で、母が座って高さが戻る。
つまり、山の形に近い並びである。
視線は左から右へ流れ、右端で止まる。
構図として、よく整理されている。
緞帳という道具
赤い緞帳は、肖像画の常連である。
画面の上部から斜めに垂れ、隅を埋める。
役割は三つある。
一つは、背景の空白を埋めること。
二つは、赤という強い色を入れること。
三つは、格式を示すことである。
緞帳は、宮廷肖像画から受け継がれた道具である。
王侯の肖像に使われた装置を、市民の肖像が借りている。
新しい国の家族が、古い型を身にまとう。
その借用のしかたにも、時代が出ている。
一七九八年という年
この絵は、九点の中で最も遅い。
アールが没する三年前の作である。
この時期、アールはニューイングランド各地で仕事をしていた。
大きな家族の群像は、注文としては高価である。
人数が多いほど、値も上がる。
この一枚を注文できた家は、相応の財を持っていた。
新しい共和国で、財を成した家である。
肖像は、その事実の記録でもある。
絵を見るときは、注文主の側にも目を向けたい。
誰が、なぜ、これだけの絵を求めたのか。
子どもの服
五人の子の服にも触れておきたい。
赤い衣の子は、幼い男児である。
当時、幼児は男女とも似た衣を着た。
ある年齢で、男児は膝下衣に切り替わる。
左の二人が、すでにそうなっている。
つまり、服装で年齢の段階が示されている。
いちばん右の赤子は、白い産着である。
一枚の絵の中に、成長の段階が並ぶ。
家族の肖像は、そういう情報も含んでいる。
服の形を読むと、絵の年代も絞れる。
指さす軍人
七枚目は、姿勢が特徴的である。

縦が二メートル三十センチを超える。
九点の中で最も高い。
男が屋外に立ち、右腕をまっすぐ横へ伸ばす。
人差し指で、画面の外を指している。
紺の上着に金の肩章、白い胴着と膝下衣。
腰には剣を下げる。
黒い三角帽をかぶる。
背後には木立と、その向こうに水面が見える。
水面には小さな舟が浮かぶ。
遠くの丘は、青灰色に沈む。
指さす、という所作
腕を伸ばして指さす姿勢は、肖像画の型である。
指の先に、何かがあることを示す。
戦った場所、治めた土地、達成した事業。
つまり、画面の外の出来事を呼び込む所作である。
この絵では、指の先は画面の外である。
何を指しているかは、絵からは分からない。
館の記録にも、明示はない。
だから当方でも、断定しない。
分かるのは、指さす姿勢が選ばれたことである。
行動する人として描く、という選択である。
英国時代の一枚
八枚目は、渡英中の作である。

女性が座り、幼い子を膝の脇に立たせる。
女性の衣は白で、絹の光沢がある。
髪は高く結い上げ、白い布を巻く。
子は白い衣に、青緑の帯を締める。
手には、紙のようなものを持つ。
左には小卓があり、その上に筆記具が置かれる。
背景は暗く、右奥に青い布が垂れる。
先のコネティカットの作品と比べてほしい。
衣の質感が、はるかに丁寧である。
絹の襞に、細かい階調が入っている。
英国で学んだこと
この一枚には、英国の肖像画の作法が濃く出ている。
絹の光沢、やわらかい影、抑えた色。
こうした描き方は、当時のロンドンの主流だった。
英国肖像画の型については、当サイトの
注文帳を、埋めていくで書いた。
アールは、その環境で数年を過ごした。
技術を吸収し、注文もこなしている。
つまり、都会の水準を知っていた。
帰国後の作品が素朴に見えるのは、技術がなかったからではない。
土地の好みに合わせた結果とも考えられる。
若い男の肖像
九枚目も、英国時代である。

少年が、屋外の岩に腰かけている。
黄土色の上着と膝下衣。
脚を組み、片手を膝に置く。
もう片方の手は、背後の何かに添えられる。
背景は木立で、全体に暗い。
空は、右上にわずかに見える。
顔は白く、髪は肩まで垂れる。
構図は落ち着いており、姿勢は自然である。
英国の肖像画の型に、忠実に従っている。
帰国後との違い
英国時代の二点と、帰国後の七点。
並べると、違いがはっきりする。
英国時代は、背景が暗く、輪郭がやわらかい。
帰国後は、背景が明るく、輪郭が硬い。
英国時代は、絹の質感を描く。
帰国後は、模様や商品を描く。
つまり、描く対象が変わっている。
質感から、事物へ。
これは、注文主の関心の違いを映していると考えられる。
誰のための肖像か
英国の注文主は、代々の財を持つ家である。
自分たちの品位を示せばよい。
だから、絹と姿勢が主題になる。
コネティカットの注文主は、新しく財を得た層である。
何によって成功したかを示したい。
だから、商品と書物と土地が描かれる。
同じ画家が、同じ技術で、違うものを描く。
注文主の求めが変われば、絵も変わる。
肖像画は、注文主の自己像の記録である。
九点は、その変化を一人の画家の中で見せている。
大きな絵を、どこに掛けたか
寸法をもう一度見ておきたい。
縦二メートルを超えるものが三点ある。
こうした絵は、天井の高い部屋が要る。
当時のコネティカットの住宅で、それが可能だったか。
実際には、天井が低い家も多かった。
絵の上部が梁に近づくこともあっただろう。
それでも、大きく描かせた。
大きさそのものが、価値の表明だったからである。
いま美術館の壁で見ると、そこは伝わりにくい。
もとの部屋の寸法を、想像しながら見たい。
署名と年記
アールの作品には、署名と年記が入るものがある。
画面の下部や、家具の脇に小さく記される。
年が入っていれば、制作年が確定する。
今回の九点のうち、多くは年が特定されている。
一七八三年、八四年、八八年、八九年、九一年、九八年。
これだけ年が押さえられているのは、資料としてありがたい。
年が分かれば、画風の変化を年代順に追える。
署名のない作品でも、様式から年代を推定できるようになる。
一枚の年記が、周辺の作品の年代を決める土台になる。
小さな文字だが、研究上の意味は大きい。
九点を、順に見る
最後に、見方を提案したい。
九点の背景だけを、順に見比べてほしい。
書棚と商品、木立と川、赤い緞帳、暗い室内。
背景は、人物より雄弁である。
何を背後に置くかで、その人の立場が決まる。
顔は似せるほかないが、背景は選べる。
だから背景には、注文主の意思が濃く出る。
アールは、その注文に丁寧に応じた画家だった。
商人には商品を、軍人には土地を、母には子を。
背景から人を読む。
そういう見方をすると、九点はずいぶん饒舌になる。


