美術史・技法

注文帳を、埋めていく——ロムニー、ホプナー、レイバーン、ローレンス

縦二メートル四十センチの画布に、白い衣の女性が立つ。十八世紀イギリスの肖像画は、型がほぼ固まっていた。その内側で四人の画家がどう差をつけたのかを、五十年分の九点から読む。型を壊すのではなく、型の内側で工夫する。それが注文仕事の宿命だった。

トマス・スコット・ジャクソン夫人
ジョージ・ロムニー《トマス・スコット・ジャクソン夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

白い衣の女性が、木の前に立っている

一枚の絵から始めたい。

トマス・スコット・ジャクソン夫人
ジョージ・ロムニー《トマス・スコット・ジャクソン夫人》1770年から73年ごろ。油彩・画布。縦239センチ、横147センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョージ・ロムニー《トマス・スコット・ジャクソン夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

まず、寸法である。縦239センチ。

二メートル四十センチ近い。人の背丈をはるかに超える。

その画面に、女性が一人立っている。

白い衣を着て、緑の帯を肩から掛けている。

衣は足元まで長く、裾が地面に広がる。

右手を胸の前に上げ、布を持っている。

顔はやや斜めを向き、こちらを見ている。

背景は、屋外である。

左に木の幹が立ち、その上に葉が茂る。

右奥は明るく、空が見える。

等身大を超える

なぜ、これほど大きいのか。

答えは、掛けられる場所にある。

十八世紀のイギリスの邸宅には、大きな広間があった。

天井が高く、壁も広い。

そこに掛ける絵は、大きくなければ釣り合わない。

そして、来客はその絵を見上げることになる。

見上げる位置に描かれた人物は、実際より大きく感じられる。

つまり、寸法そのものが地位の表明である。

制作の手順

大きな肖像画は、どう作られたのか。

まず、依頼主が画室に来て、顔を描かせる。

この時間は、できるだけ短く済ませたい。

依頼主は忙しく、長く座っていられない。

そこで、顔だけを数回の面会で仕上げる。

残りは、助手や弟子が進めることが多かった。

衣装は、人形に着せて描くこともあったと伝えられる。

背景の風景は、型どおりに描き足す。

つまり、一枚の絵に複数の手が入る。

これは、当時の肖像画の標準的な作り方である。

需要が多ければ、分業しなければ回らない。

画家の工房

そうなると、画家の仕事は経営に近くなる。

注文を受け、日程を組み、助手を管理する。

そして、要所だけを自分で描く。

顔と、手と、最後の仕上げ。

この構造は、当サイトで扱った
ルーベンスの工房とも共通する。

大量の注文をさばく仕組みは、時代と地域を超えて似てくる。

もっとも、どこまで本人が描いたかは作ごとに違う。

美術館の記録でも、その点は慎重に扱われる。

肖像画の国

十八世紀のイギリスでは、肖像画が絵画の中心だった。

歴史画や神話画も描かれたが、需要は限られていた。

一方、肖像画には安定した注文があった。

土地を持つ層が、家族の肖像を次々に注文する。

その結果、肖像を専門とする画家が多数生まれた。

当サイトでも
レノルズの大様式や
ゲインズバラの競争で、
その世代を扱った。

今回は、その次の世代を見ていく。

展覧会という場

もう一つ、当時の仕組みについて書いておきたい。

十八世紀の後半、ロンドンには公開の展覧会があった。

画家たちは、そこに作品を出して評判を得る。

肖像画も、展示されることを前提に描かれた。

つまり、依頼主のためだけの絵ではない。

多くの人の目に触れ、次の注文につながる。

大きな画面が好まれたのも、それと関係がある。

展示室の壁は、絵で埋め尽くされていた。

小さな絵は、埋もれてしまう。

目立つためには、大きく、明るく、際立つ必要がある。

九点の派手さには、そういう事情もある。

四人の画家

九点の作者は、四人である。

ジョージ・ロムニー、ジョン・ホプナー。

ヘンリー・レイバーン、トマス・ローレンス。

ロムニーは1734年に生まれ、1802年に没した。

ホプナーは1758年に生まれ、1810年に没した。

レイバーンは1756年に生まれ、1823年に没した。

ローレンスは1769年に生まれ、1830年に没した。

つまり、およそ三十五年の幅に生まれた四人である。

前の世代のあとで

彼らが仕事を始めたころ、前の世代はまだ現役だった。

その大家たちが確立した形式を、受け継ぐことになる。

屋外に立たせる。衣を大きく描く。木を背景に置く。

型はすでにできあがっている。

その中で、どう差をつけるか。

九点を見ていくと、それぞれの答えが見えてくる。

木を背景に置く理由

屋外の背景についても、少し考えておきたい。

肖像画の背景に木を置くのは、いくつか理由がある。

一つは、垂直の線が得られることである。

木の幹が、人物の縦の姿勢と呼応する。

もう一つは、暗い面が作れることである。

葉の塊は暗く、その前に置いた顔が明るく見える。

そして、土地の含みもある。

屋外に立つ人物は、その土地の持ち主に見える。

イギリスの肖像画で屋外が好まれたのは、
所有する土地を暗示できるからだとも説明される。

衣の面積

もう一つ、衣の描写に注目したい。

最初の一枚では、白い衣が画面の大部分を占めている。

顔の面積より、はるかに広い。

つまり、絵の大半は布の描写である。

白い布を白く見せるには、影に色を入れる必要がある。

灰色、青、黄土色。それらが襞の奥に置かれている。

近づいて見れば、白の中に多くの色があるはずである。

離れて見れば、ただの白い衣に見える。

その往復ができることが、この分野の技術である。

肖像画家の腕は、顔よりも布で測られた面がある。

麦わら帽子の少女

二点目は、子どもの肖像である。

ジュリアナ・ウィロビー嬢
ジョージ・ロムニー《ジュリアナ・ウィロビー嬢》1781年から83年。油彩・画布。縦92.1センチ、横71.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョージ・ロムニー《ジュリアナ・ウィロビー嬢》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

少女が、こちらを向いて立っている。

白い衣を着て、腰に桃色の帯を巻いている。

その帯の端が、右へ長く垂れている。

頭には、大きな白い帽子をかぶる。

帽子の縁は広く、顔の周りを囲んでいる。

顎の下で、桃色のリボンが結ばれている。

背景は屋外で、淡い青と桃色の空が広がる。

下部には、緑の草地と木が見える。

白と桃色

この絵の配色は、単純である。

白い衣、桃色の帯とリボン、淡い青の空。

強い色は使われていない。

その中で、桃色が唯一の暖色として効いている。

子どもの肖像に、この配色はよく使われた。

柔らかく、清らかな印象を作れるからである。

同時に、衣装そのものが当時の流行を示している。

薄い生地の白い衣は、十八世紀後半に広まった型である。

大きな帽子

帽子の役割にも触れておきたい。

まず、顔を囲む枠になる。

白い縁が、顔の輪郭を強調する。

次に、画面の上部を埋める。

子どもは背が低いので、上に空白ができやすい。

帽子があれば、その空白が処理される。

そして、頭部の形を大きく見せる。

小さな体とのつり合いを取る効果もある。

装飾でありながら、構図の道具でもある。

赤い椅子の女性

三点目は、室内である。

アレクサンダー・ブレア夫人
ジョージ・ロムニー《アレクサンダー・ブレア夫人》1787年から89年。油彩・画布。縦127センチ、横101.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョージ・ロムニー《アレクサンダー・ブレア夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が、椅子に座っている。

黄みがかった白い衣を着ている。

袖はふくらみ、胸元に薄い布が重なる。

髪は結い上げられ、大きな黒い帽子をかぶる。

帽子には、黒い羽根飾りが付いている。

椅子は赤く、背もたれが高い。

背景の右には、赤い布が垂れている。

つまり、赤と白と黒の三色で画面ができている。

黒い羽根

この絵で最も強いのは、黒い帽子である。

明るい白の衣と、赤い椅子。

その上に、大きな黒い塊が載っている。

明度の差が極端なので、視線がそこへ行く。

そして、その下に顔がある。

つまり、帽子は顔への案内でもある。

同時に、羽根飾りは動きを作る。

固い椅子と、柔らかい衣と、揺れる羽根。

質感の違いが、画面に変化を与えている。

室内という選択

この一枚だけが、室内に置かれている。

椅子と、赤い布と、暗い壁。

屋外の風景は描かれていない。

室内の肖像には、別の効果がある。

まず、人物との距離が近く感じられる。

屋外だと、どこか公の場に見える。

室内なら、私的な空間に招かれた感じになる。

次に、家具や布で豊かさを示せる。

赤い椅子と垂れ幕は、それ自体が高価な調度である。

つまり、背景の選択も注文主の意向を反映している。

座る姿勢

姿勢についても触れておきたい。

九点のうち、座っているのは二点だけである。

残りは、立っているか、幼児が抱き合っている。

立ち姿は、全身を見せられる。

衣の全体も、姿勢の良さも伝わる。

座ると、体が椅子に隠れ、脚が見えなくなる。

その代わり、くつろいだ印象になる。

つまり、姿勢の選択も演出の一部である。

改まった記念か、親しみのある記録か。

その方向によって、姿勢が決まる。

舞台の人

四点目は、動きのある肖像である。

エリザベス・ファレン
トマス・ローレンス《エリザベス・ファレン》1790年。油彩・画布。縦238.8センチ、横146.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。トーマス・ローレンス《エリザベス・ファレン》メトロポリタン美術館蔵

これも大きい。縦238.8センチ。

女性が、屋外に立っている。

白い衣を着て、その上に毛皮の付いた外套を羽織る。

外套は肩から流れ、右手で前を押さえている。

顔は左を向き、こちらへ視線を送っている。

口元がわずかに開き、笑みに近い。

背景は、雲の多い空と、遠くの風景である。

足元には、緑の草と小さな花がある。

静止していない肖像

この一枚は、これまでの絵と違う。

人物が、歩いているように見える。

体はやや傾き、外套が後ろへ流れている。

視線も、正面ではなく振り向いた角度である。

つまり、動きの途中を捉えている。

肖像画では、ふつう静止した姿勢を取る。

その前提を外すと、絵に活気が出る。

制作は1790年。ローレンスがまだ二十代前半である。

若い画家が、型を崩して注目を集めた例と言える。

毛皮の描写

この一枚の外套には、毛皮が付いている。

白と灰色の毛が、細かく描き分けられている。

一本ずつではなく、束の流れとして描かれている。

その上に、細い白い線が数本置かれている。

その線が、毛の光沢になる。

毛皮は、肖像画で好まれた素材である。

高価であり、質感の描写が見せ場になる。

しかも、輪郭を柔らかくする効果がある。

硬い衣だけだと、人物が板のように見える。

毛皮が加わると、輪郭がふわりとほどける。

白い衣の流行

九点のうち六点で、人物が白い衣を着ている。

これは偶然ではない。

十八世紀の後半、薄手の白い衣が流行した。

古代の彫刻を思わせる、簡素な形である。

それ以前の、硬く飾り立てた衣装とは対照的だった。

流行が変われば、肖像画の見え方も変わる。

白い衣は、光をよく受け、影が青みを帯びる。

画面が明るくなり、色数が減る。

つまり、絵の調子は服飾の流行にも左右される。

子どもたち

五点目と六点目は、子どもの群像である。

ホプナー家の子どもたち
ジョン・ホプナー《ホプナー家の子どもたち》1791年。油彩・画布。縦152.5センチ、横127センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョン・ホプナー《ホプナー家の子どもたち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

屋外である。木が茂り、上部が赤褐色に染まる。

右に、赤い服の子どもが立っている。

白い襟の付いた服で、こちらを見ている。

その左下に、二人の幼児がいる。

いずれも裸に近く、白い布の上に座っている。

一人は正面を向き、一人は横を向く。

手前には、水面らしきものが見える。

背景の左奥は、明るい空である。

サックヴィル家の子どもたち
ジョン・ホプナー《サックヴィル家の子どもたち》1796年。油彩・画布。縦152.4センチ、横124.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・ホプナー《サックヴィル家の子どもたち》メトロポリタン美術館蔵

こちらも屋外である。

三人の子どもが、並んで立っている。

左に、白い衣の年長の少女。

中央に、青い上着と黄土色のズボンの少年。

右に、白い衣の幼児。

三人は手をつなぐか、寄り添っている。

背景は、木立と、遠くの丘である。

空は淡い灰色で、雲が広がる。

子どもを、屋外に置く

十八世紀後半のイギリスでは、子どもの肖像が多く描かれた。

そして、その多くが屋外に置かれている。

自然の中の子ども、という主題である。

背景の木や空は、実際の場所とは限らない。

型として付け足されることが多い。

つまり、屋外は舞台装置である。

当サイトでも
インマンの子どもの肖像で、
この型がアメリカへ渡ったことに触れた。

群像の難しさ

複数の人物を一枚に収めるのは、難しい。

まず、全員の顔が見えなければならない。

次に、序列が生じないようにする必要がある。

親が注文する以上、どの子も等しく扱いたい。

しかし画面には、必ず前後左右がある。

《サックヴィル家の子どもたち》では、三人が横に並んでいる。

高さを変え、姿勢を変えることで、平坦さを避けている。

《ホプナー家の子どもたち》では、上下に配置されている。

こちらは、動きのある構成になっている。

同じ画家が、二つの解き方を示している。

子どもの肖像という需要

なぜ、子どもの肖像がこれほど多いのか。

一つには、記録の必要である。

子どもは、数年で姿が変わる。

いまの姿を残しておきたい、という動機は強い。

写真のない時代、それができるのは絵だけだった。

もう一つ、当時の死亡率の高さもある。

幼くして亡くなる子が、いまよりずっと多かった。

肖像は、その記憶を留める手立てでもあった。

明るく、愛らしく描かれた絵の背後には、
そういう切実さがあったかもしれない。

もっとも、これは推測にとどまる。

注文の動機を記した資料を、当方は確認していない。

立ち姿の男性

七点目は、男性の全身像である。

デイヴィッド・アンダーソン
ヘンリー・レイバーン《デイヴィッド・アンダーソン》1790年。油彩・画布。縦152.5センチ、横107.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヘンリー・レイバーン《デイヴィッド・アンダーソン》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男性が、屋外に立っている。

黒い上着と、淡い色のズボンを着ている。

左手に帽子を持ち、体の脇に下げている。

顔は正面を向き、こちらを見ている。

髪は白く、後ろで束ねられている。

背景は、金色に染まった空である。

雲が厚く、光が横から差している。

足元は暗く、地面の形は判別しにくい。

逆光の肖像

この絵の光は、背後から来ている。

そのため、人物の輪郭が明るく縁取られる。

一方、顔と体は影の側になる。

肖像画としては、やや珍しい照明である。

ふつうは、顔に光を当てる。

背後を明るくすると、顔が沈んでしまう。

それを承知で使うのは、劇的な効果のためだろう。

この画家は、こうした強い明暗をよく用いたとされる。

白い衣の若い女性

八点目は、寸法が小さい。

エレノア・アーカート嬢
ヘンリー・レイバーン《エレノア・アーカート嬢》1793年ごろ。油彩・画布。縦75センチ、横62センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヘンリー・レイバーン《エレノア・アーカート嬢》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

胸から上の肖像である。

若い女性が、こちらを向いている。

白い衣を着て、襟元に薄い布が重なる。

髪は明るく、ふんわりと結われている。

顔は色白で、頬に赤みがある。

背景は屋外で、右上に黄褐色の空がある。

左は暗く、木の幹らしき形が見える。

九点の中で、最も小さい一枚である。

大きさと値段

寸法が小さいのは、注文の内容による。

先に触れたとおり、肖像画の値段は寸法と範囲で決まる。

全身の大画面は、最も高い。

胸から上なら、その何分の一かで済む。

つまり、九点の寸法の差は、注文主の予算の差でもある。

縦239センチの絵と、縦75センチの絵。

同じ「肖像画」でも、まったく別の商品である。

二人の子ども

最後の一点である。

カルマディ家の子どもたち
トマス・ローレンス《カルマディ家の子どもたち》1823年。油彩・画布。縦78.4センチ、横76.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。トーマス・ローレンス《カルマディ家の子どもたち》メトロポリタン美術館蔵

ほぼ正方形の画面である。

二人の幼児が、抱き合っている。

左の子は、白い衣を着て、片手を上げている。

右の子は、こちらへ顔を向け、笑っている。

肌は明るく、頬が赤い。

背景は暗く、青灰色の空と雲が見える。

下部には、赤い布が敷かれている。

動きの中の子ども

この絵は、これまでの子どもの肖像と違う。

まず、立ってポーズを取っていない。

抱き合い、体をひねり、腕を上げている。

次に、背景が簡素である。

木も、風景も、ほとんど描かれていない。

つまり、装置を減らして人物に集中している。

制作は1823年。九点で最も新しい。

十八世紀の型から、はっきり離れた作である。

九点を通して

九点を年代順に並べる。

1770年から73年ごろ、1781年から83年、1787年から89年、1790年が二点。

そして1791年、1793年ごろ、1796年、1823年。

五十年ほどの幅がある。

寸法は、縦75センチから縦239センチまで。

主題は、女性の肖像、男性の肖像、子どもの群像。

いずれも、注文を受けて描かれた絵である。

型の中で、差をつける

最後に、この九点の共通点を書いておきたい。

まず、白い衣が多い。九点のうち六点である。

次に、屋外の背景が多い。八点までがそうである。

そして、木か空が必ず入っている。

つまり、型はほぼ固定されている。

その中で、画家は細部で差をつけている。

帽子の形、光の向き、姿勢の角度、背景の色。

型を壊すのではなく、型の内側で工夫する。

これは、注文で成り立つ仕事の宿命でもある。

依頼主は、見慣れた形式を求める。

大きく外れた絵は、受け取ってもらえない。

その制約の中で、どこまでやれるか。

九点を並べると、その勝負がよく見える。

そして最後の一枚で、型が緩みはじめる。

五十年かけて、少しずつ枠が動いていく。

その動き方は、遅く、目立たない。

しかし九点を順に見れば、確かに動いている。

型が緩むのは、たいてい若い画家の手からである。

そして緩んだ型が、次の世代の標準になっていく。

SAME ARTIST同じ画家のコラム

  • 画家を知る

    顔だけが、仕上がっている——ジョン・ホプナー

    顔は完成し、衣は白く塗られただけ。未完成の一枚は、どこから描き始めるかを教えてくれる。もう一枚は裏に子どもの頭部があるが、裏打ちの布に隠れて見えない。保存と公開のあいだの判断まで、六枚の記録が残している。

  • 画家を知る

    ロンドンへ行かなかった肖像画家——ヘンリー・レイバーン

    十八世紀の英国で、肖像の注文はロンドンに集まった。それでもエディンバラに留まり、地元の顔を描き続けた画家がいる。赤い軍服の塗り方、子どもの手、幅のある制作年。九点で、その仕事の質を確かめる。地方に残るという選択が、何を可能にしたかを考えたい。

RELATEDあわせて読みたい

美術史・技法の記事一覧
  • 美術史・技法

    印象派とは何か——特徴・代表画家・作品の見方をやさしく解説

    印象派とは何かを、特徴・代表画家・見方の順にやさしく解説します。モネ、ルノワール、ドガ、モリゾ、カイユボットの実作六点を、当サイトが公開しているCC0の図版と所蔵館の記録から読みます。影の色をどう見るか、という一点からの入り方も示します。

  • 美術史・技法

    形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺

    ヒュドリア、クラテル、キュリクス。呪文のようなカタカナの名前は、実はそのまま使い方の名前である。水汲み、宴会、化粧道具。シカゴ美術館の九つの壺の形と把手を読むだけで、二千五百年前の暮らしの一日が家の中まで見えてくる。

  • 美術史・技法

    色を、塗らずに入れる——ルイス・C・ティファニーのガラス

    ティファニーのガラスは、模様を塗っていない。色は素材の内側にあり、熔けたガラスを動かした痕跡が葉や羽根の形になる。値札が残る底、工数を書き込んだ図案、白黒写真しか残らない八点。自然を写すという言葉の中身を十点から考える。