画家を知る

大画面と、手のひらの板——ルーベンスと工房

横三メートル三十センチの画布に、実物大のライオンが九頭。かたや縦五十センチの小さな板は、大画面のための下絵である。工房を構え注文をさばいた人の仕事を、寸法の幅から九点で見ていく。晩年、この人は自分のために小さな板へ森を描いた。

ライオンの穴のダニエル
ピーテル・パウル・ルーベンス卿《ライオンの穴のダニエル》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

三メートルを超える画面

まず、大きさの話から始めたい。

ライオンの穴のダニエル
ペーテル・パウル・ルーベンス《ライオンの穴のダニエル》1614年から16年ごろ。油彩・画布。縦224.2センチ、横330.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピーテル・パウル・ルーベンス卿《ライオンの穴のダニエル》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横が三メートル三十センチある。縦は二メートル二十四センチ。

畳にすると、五枚分ほどの面積になる。

画面には、ライオンが九頭いる。

手前に横たわる者、こちらを向く者、あくびをする者。

一頭ずつ、姿勢も毛並みも違う。

その中央やや右に、人が一人座っている。

裸に近い姿で、両手を組み、顔を上へ向けている。

赤い布が体に掛かっている。

岩窟の中である。奥は暗く、上のほうに開口部が見える。

そこから光が差し込み、人物の体を照らしている。

床には、白い骨が散らばっている。

実物大のライオン

このライオンたちは、ほぼ実物大である。

体長二メートル前後の獣が、九頭並んでいる。

絵の前に立つと、視界がライオンで埋まる。

これは、寸法によって作られる効果である。

同じ構図を小さな板に描いても、こうはならない。

大きな絵には、大きな絵にしかできないことがある。

見る人の身体を、画面の中に巻き込むことだ。

十七世紀の宗教画や神話画が大きいのは、そのためでもある。

ライオンを、どこで見たか

九頭のライオンについても、少し考えたい。

十七世紀のヨーロッパで、ライオンを見る機会は限られていた。

とはいえ、宮廷には動物を集めた施設があった。

記録によれば、この画家もそうした場所で実物を写生したとされる。

絵のライオンの姿勢は、そのことを裏づけるように見える。

あくびをする口の中、寝そべった前肢の畳み方、耳の向き。

想像では、こうは描けない。

一方、九頭を一つの穴に集めるのは、絵の都合である。

観察した個体を、構図に合わせて並べ直している。

写生と構成が、ここでも同時に働いている。

画家について

ペーテル・パウル・ルーベンスについて、記録から書く。

1577年に生まれ、1640年に没した画家である。

いまのベルギーにあたる地域を拠点に活動した。

若い頃にイタリアへ渡り、数年間を過ごしたと伝えられる。

帰国後、アントウェルペンに大きな工房を構えた。

そこで多数の弟子と職人を抱え、注文をさばいた。

外交の使者としても働いたと記録されている。

つまり、画家であると同時に、経営者であり、公人でもあった。

工房という仕組み

大きな絵を数多く作るには、一人では足りない。

そこで、工房が組織される。

親方が構図を決め、下絵を描く。

弟子や職人が、下地を作り、大きな面を塗る。

親方は最後に手を入れ、要所を仕上げる。

だから、一枚の絵に複数の手が入っている。

この仕組みは、当時としては珍しくない。

当サイトでも
クラーナハの工房で扱った。

問題は、どこまでが本人の手かを判別できないことである。

美術館の記録でも、帰属は慎重に扱われる。

九点の寸法を並べる

今回の九点は、寸法の幅が大きい。

最も大きいのが、いま見た《ライオンの穴のダニエル》。

横330.5センチである。

最も小さいのが、後で見る《聖母の戴冠》。

縦49.8センチ、横40.6センチ。

面積にすると、およそ三十六倍の差がある。

同じ画家の作でありながら、これだけ違う。

そして、支持体も違う。

大きな作は画布、小さな作は板が多い。

その理由も、順に見ていきたい。

銀の衣の肖像

その前に、もう一点だけ大きな絵を見ておきたい。

マルケーザ・ブリジダ・スピノラ・ドーリア
ペーテル・パウル・ルーベンス《マルケーザ・ブリジダ・スピノラ・ドーリア》1606年。油彩・画布。縦152.5センチ、横99センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピーテル・パウル・ルーベンス卿《マルケーザ・ブリジダ・スピノラ・ドーリア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

若い女性が立っている。

銀白色の衣を着ている。表面が光を強く返す。

絹の織物だろう。硬く張り、鋭い襞を作っている。

首の周りには、大きく開いた襞襟が立つ。

その襟が、顔を額縁のように囲んでいる。

頭には、赤と金の飾りを載せている。

背景の左には石の柱、右には赤いカーテンが垂れる。

顔は正面を向き、こちらを見ている。

切り詰められた画面

この絵について、記録は重要なことを伝えている。

もともとは、いまより大きな画面だったとされる。

全身が描かれていたものが、後に切り詰められたと考えられている。

つまり、私たちが見ているのは絵の一部である。

足元も、床の広がりも、失われている。

こういうことは、古い絵にしばしば起きる。

家の壁の寸法に合わせて切る。傷んだ部分を落とす。

売りやすい大きさに直す。理由はさまざまである。

いま美術館にある絵が、制作時のままとは限らない。

布を描く技術

この肖像の見どころは、衣の質感である。

銀白色の絹は、光の当たる面がほとんど白く飛ぶ。

一方、襞の陰は灰色から褐色まで沈む。

その落差が大きいほど、布は硬く輝いて見える。

しかも、色は白と灰色だけではない。

反射で、桃色や淡い黄が入り込んでいる。

近くで見れば、白い部分に何色も置かれているはずだ。

こうした布の描写は、肖像画の値打ちに直結した。

依頼主が誇示したいのは、まず衣装だからである。

当サイトでも
宮廷肖像が伝えたことで、その事情を扱った。

板に描くということ

九点のうち、五点が板に描かれている。

板は、画布より硬く、平らである。

絵具を薄く伸ばしても、織目が出ない。

そのため、細かい描写がしやすい。

一方、板には大きさの限界がある。

一枚板で取れる幅には限りがある。

大きくするには、板を接ぎ合わせる必要がある。

接いだ部分は、時間とともに反ったり割れたりしやすい。

つまり、大きな絵には画布のほうが向いている。

九点の中でも、大きな二点は画布である。

材料の選択は、寸法によって決まっている。

一枚の板の絵

板に描かれた作を見てみたい。

聖エリサベツと聖ヨハネと鳩のいる聖家族
ペーテル・パウル・ルーベンス《聖エリサベツと聖ヨハネと鳩のいる聖家族》1608年から09年ごろ。油彩・楢板。縦66センチ、横51.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ペーテル・パウル・ルーベンス《聖エリサベツと聖ヨハネと鳩のいる聖家族》メトロポリタン美術館蔵

縦66センチ、横51.4センチ。持ち運べる大きさである。

中央に、赤い衣の女性が座っている。

膝の上に、裸の幼児がいる。

その左に、もう一人の幼児がいて、手を伸ばしている。

背後には、年配の女性と、髭のある男性が立つ。

上のほうに、白い鳥が飛んでいる。

人物は五人と、鳥が一羽。

これだけの要素が、六十センチ余りの画面に収まっている。

密度の高さ

小さな画面に人物を詰めると、密度が上がる。

顔と顔の距離が近く、腕と腕が重なる。

そのぶん、絵に熱がこもる。

大きな画面なら、人物の間に空間ができる。

見る人の目は、その空間で休める。

小さな画面では、休む場所がない。

この一枚も、余白がほとんどない。

背景は暗く、人物の間を埋めている。

つまり、寸法が絵の緊張度を決めている。

もう一枚の聖家族

似た主題の、少し大きい作も見たい。

聖エリサベツと洗礼者ヨハネのいる聖家族
ペーテル・パウル・ルーベンス《聖エリサベツと洗礼者ヨハネのいる聖家族》1615年ごろ。油彩・板。縦114.5センチ、横91.5センチ。シカゴ美術館蔵。ペーテル・パウル・ルーベンス《聖エリサベツと洗礼者ヨハネのいる聖家族》シカゴ美術館蔵

縦114.5センチ、横91.5センチ。

先ほどの絵の、およそ三倍の面積である。

中央に、赤い衣の女性が座っている。

膝の上に幼児がおり、こちらへ体を向けている。

その左下に、もう一人の幼児がいる。

右奥に年配の女性、左奥に髭のある男性。

構成は、先ほどの絵とよく似ている。

ただし、人物の間に少し余裕がある。

右手前には、籠と白い布が置かれている。

同じ主題を、繰り返す

同じ主題を繰り返し描くことは、当時ふつうだった。

需要があり、構図の型があり、工房が回っている。

一度成功した構図は、注文のたびに使い回される。

そのつど、寸法や細部を変えて作り直す。

この二点も、その関係にあると考えられる。

もっとも、まったく同じ絵ではない。

人物の配置も、光の当て方も違う。

型を使いながら、そのつど作り直している。

赤という基準色

二点に共通するのは、中央の赤い衣である。

聖母の衣を赤と青で描くのは、古くからの約束事である。

その赤が、画面の中心に置かれ、色の基準になる。

周囲の褐色や暗緑色は、その赤を引き立てる役目を負う。

肌の色も、赤との関係で決まってくる。

赤い布のそばの肌は、反射でわずかに赤みを帯びる。

この画家の肌の色が温かく見えるのは、その扱いによる。

冷たい灰色を混ぜて肌を作る画家もいる。

どちらが正しいということはない。

ただ、赤を基準に組み立てると、画面全体が暖かくなる。

九点のうち、暖色でまとまった作が多いのは偶然ではないだろう。

幼児の体

もう一つ、幼児の描き方にも触れておきたい。

腕と脚に、はっきりした肉づきがある。

関節のくびれ、手首の皺、腹のふくらみ。

大人を小さくしたのではなく、幼児の比率で描かれている。

頭が大きく、手足が短く、体幹が丸い。

観察にもとづいた形である。

中世の絵では、幼児が小さな大人のように描かれることも多かった。

十七世紀に入ると、その扱いが変わっていく。

この二点は、その変化の後にある。

二人の横顔

四点目は、変わった構図である。

アグリッピナとゲルマニクス
ペーテル・パウル・ルーベンス《アグリッピナとゲルマニクス》1614年ごろ。油彩・板。縦66.4センチ、横57センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピーテル・パウル・ルーベンス卿《アグリッピナとゲルマニクス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

二人の頭部だけが描かれている。

手前に女性の顔、その後ろに男性の顔。

どちらも横顔で、左を向いている。

女性の髪は明るい金色で、結い上げられている。

真珠の飾りが、髪に編み込まれている。

男性の顔は、女性の後ろから覗いている。

肌は褐色を帯び、髭がある。

下に石の台のようなものが見え、その上に置かれた形になっている。

背景は暗く、緑がかった灰色である。

古代の彫刻を、絵にする

この構図には、下敷きがあると考えられる。

古代ローマの彫刻や貨幣に、こうした二人の横顔の像がある。

夫婦や親子を並べて刻む形式である。

その形式を、絵に置き換えたのがこの一枚だろう。

石の台の上に置かれているように見えるのも、その名残かもしれない。

つまりこれは、彫刻を模した絵である。

十七世紀の画家にとって、古代は共通の教養だった。

イタリアで数年を過ごした画家なら、なおさらである。

誰を描いたのか

題にある二人は、古代ローマの人物とされる。

夫婦であり、政治的な立場から悲劇的な結末を迎えたと伝えられる。

そうした人物を描くことには、当時の意味があった。

古代の物語は、教養であると同時に、現在への言及にもなる。

権力と没落の話は、どの時代にも読み替えられる。

もっとも、この一枚に強い政治的意図があったかは分からない。

古代の主題を扱った作の一つ、として見ておきたい。

板の小ささ

この作は板に描かれ、縦66.4センチである。

古代の主題を扱いながら、寸法は小さい。

大画面の歴史画とは、性格が違う。

個人の収集家が、書斎や部屋に置くための絵だろう。

大きな注文とは別に、こうした市場も存在した。

工房を維持するには、小さな仕事も要る。

九点の中に大小が混ざっているのは、そのためでもある。

落ちていく人物たち

五点目は、動きの絵である。

パエトンの墜落
ペーテル・パウル・ルーベンス《パエトンの墜落》1604年から05年ごろ、1606年から08年ごろに加筆か。油彩・画布。縦98.4センチ、横131.2センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピーテル・パウル・ルーベンス卿《パエトンの墜落》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画面全体が、混乱している。

中央から右にかけて、馬が四頭、宙で暴れている。

前肢を上げ、首をねじり、口を開けている。

その周りに、人物が何人も落下している。

体は逆さになり、腕と脚が四方に伸びる。

左には、車輪と車の破片らしきものが散る。

上部には、青と灰色の雲がうねる。

雲の切れ目から、光が差している。

下部は暗く、地上らしき緑が見える。

落下を、どう描くか

落ちる場面は、絵にするのが難しい。

静止した画面で、動きを示さなければならない。

この絵の解決は、体の向きをばらばらにすることである。

上を向いた顔、下を向いた顔、横向きの背中。

方向がそろっていないと、目は落ち着かない。

その落ち着かなさが、混乱として伝わる。

さらに、画面の対角線に沿って人物が並んでいる。

左上から右下への流れができ、それが落下の方向になる。

加筆された絵

記録によれば、この作は制作後に手が加えられた可能性がある。

最初の制作は1604年から05年ごろ。

その後、1606年から08年ごろに描き直されたと考えられている。

つまり、二つの時期の筆が同じ画面にある。

こうした例は珍しくない。

売れなかった絵に手を入れて、売り直すこともある。

自分の技量が上がったので、直したくなることもある。

いずれにせよ、絵は一度で完成するとは限らない。

洞窟の宴

六点目は、細部の量が異様である。

アケローオスの饗宴
ペーテル・パウル・ルーベンス《アケローオスの饗宴》1615年ごろ。油彩・板。縦108センチ、横163.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ペーテル・パウル・ルーベンス《アケローオスの饗宴》メトロポリタン美術館蔵

左半分は、岩に囲まれた洞窟である。

その中で、人々が食卓を囲んでいる。

裸の人物が数人、卓の周りに集まる。

給仕をする者、杯を持つ者、身をかがめる者。

卓の上には、器と果物が並ぶ。

右半分は、開けた風景である。

木々が茂り、その間から青い空と水面が見える。

岩には蔦が絡み、葉の一枚ずつが描かれている。

上部の枝には、鳥が止まっている。

二つの手

この絵を見ると、描写の質が場所によって違う。

人物は、大きく、なめらかな筆で描かれている。

一方、植物や岩や鳥は、きわめて細かい。

葉脈や羽毛まで描き分けられている。

こうした違いは、共同制作でしばしば起きる。

人物を得意とする画家と、風景を得意とする画家が組む。

当時のアントウェルペンでは、そうした分業が行われていた。

この一枚についても、複数の手が指摘されている。

ただし、当方が確認できた所蔵館の記録には、作者としてルーベンスの名のみが記されている。

そのため、ここでは断定を避け、描写の差だけを指摘するにとどめたい。

小さな下絵

七点目は、九点の中で最も小さい。

聖母の戴冠
ペーテル・パウル・ルーベンス《聖母の戴冠》1632年から33年ごろ。油彩・板。縦49.8センチ、横40.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ペーテル・パウル・ルーベンス《聖母の戴冠》メトロポリタン美術館蔵

縦49.8センチ、横40.6センチ。

中央に、青い衣の女性が浮かんでいる。

手を胸に当て、顔を伏せている。

その上に、赤い衣の人物と、白い髭の人物がいる。

二人が、冠を女性の頭上に差し伸べている。

上部には、光を放つ形と、白い鳥が見える。

下部には、幼児の姿が幾人も群れている。

筆づかいは速い。輪郭が曖昧で、絵具が薄い。

記録では、この作は「下絵」に分類されている。

下絵という段階

大きな絵を注文で描くとき、まず小さな下絵を作る。

構図を決め、注文主に見せ、承認を得るためである。

この下絵を、油彩で描くのがこの画家の習慣だった。

鉛筆や木炭ではなく、絵具で。

そのため、下絵そのものが完成した作品のように見える。

しかも、本人が一人で描いている可能性が高い。

工房の手が入るのは、本番の大画面のほうである。

そう考えると、下絵のほうが「本人の絵」に近い。

小さな板の一枚に、その事情が詰まっている。

朝の森

最後の一点を見たい。

夜明けの森と鹿狩り
ペーテル・パウル・ルーベンス《夜明けの森と鹿狩り》1635年ごろ。油彩・板。縦61.5センチ、横90.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ペーテル・パウル・ルーベンス《夜明けの森と鹿狩り》メトロポリタン美術館蔵

森の中である。全体が暗い。

左右から、大きな木が中央へ枝を伸ばしている。

その葉が、画面の上部を覆っている。

中央には、木々の間から明るい空間が抜けている。

朝の光が、そこから差し込んでいる。

手前の地面には、下草と倒木がある。

そして、その暗がりに動物と人の姿が小さく見える。

鹿狩りの場面だろう。

しかし、細部は闇に沈んで判別しにくい。

晩年の風景

この一枚は、九点の中で最も遅い時期の作である。

制作は1635年ごろ。画家が没する五年ほど前にあたる。

記録によれば、彼は晩年に領地を購入し、そこで風景を描いた。

注文の仕事ではなく、自分のための絵である。

大画面の宗教画や神話画とは、性格がまったく違う。

人物は小さく、物語も薄い。

描かれているのは、木と光と空気である。

そして、板に描かれている。

大きくする必要のない絵だったのだろう。

九点を通して

九点を年代順に並べる。

1604年から05年ごろ、1606年、1608年から09年ごろ。

そして1614年ごろが二点、1615年ごろが二点、1632年から33年ごろ、1635年ごろ。

三十年の幅がある。

寸法は、縦49.8センチから横330.5センチまで。

支持体は、板が五点、画布が四点。

主題は、宗教画、神話画、肖像、風景。

大きさが、絵を決める

最後に、寸法の話に戻りたい。

大きな絵は、教会や宮殿のためのものである。

見る人は立って見上げ、体ごと巻き込まれる。

小さな板は、家の部屋や手元のためのものである。

近づいて、細部を確かめながら見る。

同じ画家が、その両方を作っていた。

そして、どちらも手を抜いていない。

三メートル超のライオンの毛並みも、五十センチの下絵の筆も。

九点を並べると、その幅の広さがよく見える。

工房を構え、注文をさばき、外交にも出た人が、
晩年には自分のために森を描いていた。

その最後の一枚が、小さな板であることに、当方は少し感じ入る。

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