技法の欄に、窯の名が括弧で入る——野々村仁清《水指》ほか
京焼。宜興窯。磁州窯。備前。材料と作り方を書いたあと、括弧で産地の名が入る。産地の名が、そのまま作り方の名でもあるからだ。作者の欄に工房の名が入る件もある。名の順序を読みたい。受入の年は、百二十年に散らばる。

技法の欄に、窯の名が括弧で入る
器と漆器を九件、記録の欄で並べてみる。
技法の欄が、二段構えになっている件が多い。
まず材料と作り方を書く。
そのあとに、括弧で窯の名が入る。
京焼。宜興窯。磁州窯。備前。
材料の説明が先、産地の名があと。
前の回の記事で、合金の名が括弧に入る例を見た。
同じ書き方が、ここでも使われている。
読む人がどの言語を使っていても、材料なら分かる。
窯の名は、その土地の言葉である。
説明を先に、固有の名をあとに。
産地の名が、作り方の名でもある
窯の名は、単に場所を指すのではない。
その窯で確立された作り方を指す。
土の質、釉の調合、焼き方。
それらの組み合わせに、産地の名が付いている。
だから、技法の欄に入る。
出来上がった品を見れば、産地が推定できる。
推定できるということは、作り方が共有されていたということだ。
一人が思いつきで作ったものに、産地の名は付かない。
九件の技法の欄は、そういう共有の記録である。

円筒形の器である。
胴はまっすぐで、上下がわずかにすぼまる。
上に、平たい金属の蓋が載る。
蓋の中央に、小さな輪のつまみが立つ。
胴の両側に、小さな耳が付く。
耳は三角形で、上下に穴がない。
地は白く、なめらかである。
胴の中ほどに、横に走る細い筋がいくつか見える。
轆轤の跡だろう。
下部の三分の一は、褐色の土がそのまま出る。
釉が、その手前で止まっている。
止まった縁が、波打って見える。
作者の欄に、工房の名が入る
九件のうち一件は、作者の欄が個人の名でない。
ある家の工房、と書かれている。
生没年の欄は、空である。
いつの人か分からないから、書けない。
同じ家が何代も続けば、個人を特定できない。
そこで、工房の名を置く。
前の回の記事で、窯の名や製造所の名が作者の欄に入る例を見た。
考え方は同じである。
分かる粒度で書き、それ以上は書かない。
年の欄には、十二世紀から十三世紀とある。
二百年の幅だ。
工房が続いた期間を書いているのかもしれない。

横長の箱のような形である。
角が丸く、上面がわずかにくぼむ。
上面は白く、周囲に太い黒の輪郭が回る。
その内側に、鳥が一羽描かれる。
鳥は枝に止まり、右を向く。
体は黒く、翼の線が細い。
枝からは、細い葉が数枚のびる。
側面には、黒い唐草が連なる。
渦を巻く形が、繰り返される。
白と黒の二色しか使われていない。
底に近い部分は、釉がかからず土が出る。
同じ人の名が、二件に出る
九件の作者の欄を並べると、同じ名が二度現れる。
十七世紀なかばに活動した、京の陶工の名である。
一件は水指、もう一件は香合。
用途も大きさも、まるで違う。
水指は高さ16.1センチ、香合は高さ3.2センチ。
五倍の差がある。
同じ人が、これだけ違う品を作っている。
技法の欄も違う。
一方は釉をかけた陶器、他方は色絵と金を加えた炻器。
作り方も変えている。
館の記録は、その幅をそのまま並べる。
作者ごとにまとめて見せる欄はない。
こちらで並べて、はじめて幅が見える。
受入の年が、百二十年に散らばる
九件の出所の行を並べてみる。
いちばん古い受入が1891年。
いちばん新しい受入が2015年。
百二十四年の幅がある。
前半に入った四件は、いずれも日本の器である。
十九世紀の終わりから二十世紀の初めにかけて、日本の工芸が集められた。
中国の漆器の二件は、2011年と2015年の受入である。
同じ寄贈者の名が、その二件に出てくる。
近年になって、中国の漆器がまとめて入った。
館の関心が動いた時期が、番号の頭に残っている。
前の回の記事で、中国絵画の受入年について同じことを書いた。
分野ごとに、集められた時期が違う。
題に、款という一字が入る
九件のうち二件は、漢字の題に款という字がある。
作者の名の直後に置かれる。
もう一件には、製という字が同じ位置に入る。
款とは、器に記された銘のことだ。
つまり、この品には作者の名が刻まれている、という意味である。
そこまでを題に書く。
なぜ書くのか。
款があるからこそ、作者が分かるからだ。
款がなければ、作者の欄は空になる。
館は、根拠を題の中に埋め込んでいる。
前の回の記事で、刀の銘について同じことを書いた。
名が残る条件は、名を記す習慣があったかどうかである。

円い皿である。
全面が、朱色の漆で覆われる。
その表面が、深く彫り込まれる。
中央に、鳥が二羽いる。
どちらも尾が長く、細く垂れる。
一羽は上を向き、一羽は下を向く。
鳥のまわりに、大きな花が開く。
花弁は幾重にも重なる。
そのあいだを、葉が埋める。
葉の一枚ずつに、葉脈が刻まれる。
彫りの底には、細かい線が刻まれる。
縁は立ち上がり、そこにも彫りが続く。
厚さが、三ミリしかない
いま見た一件の寸法の欄には、高さ0.3センチとある。
直径は32.4センチである。
つまり、直径の百分の一の厚みしかない。
漆を何十層も塗り重ね、そこを彫っている。
三ミリの中に、何層もの漆がある。
館は、層の数を書かない。
書かないが、彫りの深さから想像はつく。
もう一件の彫漆は、高さ0.6センチ。
こちらは直径17センチである。
小さいほうが、厚い。
比で見れば、三十分の一だ。
大きな皿ほど、薄く作るのが難しいはずである。
それでも薄い。

花の形をした小皿である。
縁が、六つほどの弧に分かれる。
弧と弧の境が、内側へ切れ込む。
全面が朱の漆で覆われる。
中央に、牡丹の花が大きく開く。
花弁は厚く、重なりが深い。
その左右に、葉が大きく広がる。
葉の縁は、細かく波打つ。
葉脈が、一本ずつ彫り込まれる。
地の部分は、ほとんど残らない。
縁の立ち上がりにも、彫りが続く。
生没年が、活動期で書かれる
九件の作者の生没年を見てみる。
はっきりした年で書かれるのは、三件だけである。
残りは、活動期で書かれる。
十四世紀なかばに活動、十八世紀に活動。
あるいは、1646年ごろから1694年ごろに活動。
生まれた年も、死んだ年も分からない。
分かるのは、作品に残った年から推定した範囲だけだ。
職人の生没年は、記録に残りにくい。
家の系図が残る例は、限られている。
前の回の記事で、代を継ぐ金工の家を見た。
あちらは、代ごとの年が分かっていた。
こちらは、活動期しか分からない。
同じ職人でも、記録の残り方が違う。

円い蓋物の、蓋の面が写る。
地は淡い黄で、細かい貫入が走る。
貫入とは、釉の表面に入る細い罅である。
その上に、秋の草が描かれる。
右上から左下へ、細い枝が流れる。
枝には、細かい葉が密に付く。
その周囲に、小さな花が散る。
花は赤、青、白、黄に塗り分けられる。
下部には、菊らしい花が三つ並ぶ。
金が、花の中心と葉の一部に置かれる。
面の右下に、大きな欠けの跡がある。
継いだ線が、白く走る。
番号の枝が、蓋と身を分ける
九件のうち三件は、番号の末尾に小文字が付く。
aとbの二つ。
蓋と身である。
蓋物は、二つの部品でできている。
だから、分けて数える。
一方、蓋のない器には小文字が付かない。
さらに一件では、小文字がaからnまで続く。
十四の部品がある。
硯箱である。
蓋、身、硯、水滴、筆を置く台。
そういうものが、一つの箱に収まる。
館は、その全部を数えている。
前の回の記事で、甲冑や三所物の枝番を見た。
分けられるものは、分けて数える。

平たい箱である。
上から見ると、正方形に近い。
蓋と身の合わせ目が、側面に一本走る。
全面が、金色に覆われる。
蓋の上面に、風景が描かれる。
中央に、低い丘のような形がある。
その手前に、細かい草花が散る。
草の一本ずつが、金の細い線で表される。
右のほうに、水の流れらしい線がある。
金の濃淡だけで、遠近が作られている。
側面にも、同じ草花の文様が続く。
角の部分は、丸く仕上げられる。
寸法の欄が、四つの数字を持つ
九件の寸法の欄は、書き方が揃っていない。
高さだけの件が二つ。
高さと直径の件が三つ。
高さと幅と長さの件が二つ。
そして、四つの数字を持つ件が一つある。
高さ、直径、口の直径、そして高台の直径。
七センチの小さな器に、四つの数字が並ぶ。
口と高台を別に測るのは、器の形を示すためだ。
口が狭く、高台が広ければ、安定した形になる。
数字を並べれば、輪郭が想像できる。
館は、なぜこの一件だけ細かいのかを書かない。
記録した人の判断だろう。

公開画像は、白黒である。
丸くふくらんだ器が、正面から写る。
胴は球に近く、上へ向かってすぼまる。
口は短く、外へ少し開く。
肩の部分に、葉の文様が並ぶ。
葉は細長く、先が尖る。
胴の中央から下に、鱗のような文様が広がる。
半円が幾重にも重なる形だ。
地は暗く写り、文様が明るい。
技法の欄には、金と鉄砂とある。
しかし白黒では、色が分からない。
金の輝きも、赤の濃さも、灰色になる。
記録が色を書き、画像が色を伝えない
いま見た一件では、記録と画像が食い違って見える。
記録には、白磁に金と赤とある。
画像では、器全体が黒く見える。
白黒写真では、色が明暗に置き換わる。
赤は暗く、金は明るく写る。
だから、赤い部分が黒く見える。
矛盾ではなく、写真の性質である。
しかし、記録を読まずに画像だけを見れば、黒い器だと思う。
前の回の記事で、白黒写真の銃について同じことを書いた。
記録と画像は、たがいの欠けを補い合う。
どちらか一方では、必ず足りない。
文化の欄に、フランスとある
九件のうち一件は、文化の欄が奇妙である。
フランス、と書かれている。
しかし、この品はアジア美術の部門にある。
なぜか。
材料が玉だからである。
玉の彫刻は、東アジアの伝統的な技術だ。
その材料を使った品は、部門としてアジアに置かれる。
作られた場所が、どこであっても。
十九世紀の終わり、ヨーロッパでも玉が彫られた。
館は、それをアジア美術の部門に収めている。
分類の基準が、材料になっている。
前の回の記事で、部門の分け方に複数の原理が混ざる話を書いた。
ここでは、その混ざり方がとくにはっきり出ている。

黒い額に収められた、緑の板である。
板は濃い緑で、濃淡の斑がある。
その面に、男性の横顔が浮き彫りされる。
顔は左を向く。
額が広く、髪は後ろへ撫でつけられる。
口ひげと顎ひげをたくわえる。
首もとに、襟と結び目が見える。
上着の肩の線が、下辺で切れる。
彫りは浅く、輪郭がなだらかである。
緑の地との明暗で、形が読み取れる。
額の上部に、小さな赤い数字が書かれる。
館の番号だろう。
肖像の主が、寄贈者である
いま見た一件の出所の行を読むと、名が一致する。
彫られている人物と、寄贈した人が同じ名である。
自分の肖像を作らせ、それを館に寄贈した。
そして、その人は玉の大きな収集を館に贈っている。
つまり、この肖像はその収集の一部として入った。
館の記録は、この関係を書かない。
出所の行に名があり、題にも同じ名がある。
二つを見比べれば、分かる。
前の回の記事で、描かれた人が寄贈者でもある例を見た。
そのときも、記録は関係を明示していなかった。
同じ名が二つの欄にあるという事実だけが、置かれている。
断定はできないが、無関係とも考えにくい。
器の形が、古い青銅器を写す
九件のうち一件の題には、古い青銅器の形に倣う、とある。
つまり、意図的に古い形を写している。
材料は陶である。
青銅で作られた形を、土で作り直した。
十八世紀の作である。
写された元の形は、三千年前のものだ。
前の回の記事で、十六世紀の様式による兜を見た。
古い形を後の時代に写すのは、どこでも起きる。
館は、題にそう書くことで、これを写しと判断している。
同時代の作ではない、という判断だ。
写しであることが、価値を下げているわけではない。
写すこと自体が、一つの技術として認められている。

背の高い器である。
上部が、朝顔のように大きく開く。
そこから下へ、細くすぼまる。
中ほどが、いちばん細い。
さらに下で、また広がって台になる。
全体が、褐色の土のままである。
釉はかかっていない。
胴の部分に、縦の稜が四本立つ。
稜と稜のあいだに、細かい文様の帯がある。
帯は上下に三段ほど重なる。
文様は、渦や角ばった線でできている。
表面は、つやを抑えた質感である。
年の欄が、一年に定まる二件
九件の年の欄を、細かさで分けてみる。
世紀だけで書かれるものが四件。
世紀をまたぐものが一件。
活動期から推定した範囲が二件。
そして、一年か二年に定まるものが二件ある。
1820年。1648年から1649年ごろ。
なぜ、この二件だけ細かいのか。
器に年が記されているのだろう。
あるいは、注文の記録が残っている。
館は、根拠を書かない。
書かれるのは、結論としての数字だけである。
前の回の記事で、年の欄の根拠について何度も書いてきた。
書かれない根拠を、推測で埋めない。
推測するときは、推測だと明示する。
品名が、用途をそのまま書く
九件の品名を並べてみる。
水指。香合。蓋物。皿が二件。
枕。花瓶。硯箱。そして浮彫。
八件までが、用途の名である。
何を入れるか、何に使うかが、そのまま名になっている。
絵画の題とは、性格が違う。
前の回の記事で、家具や器の品名について同じことを書いた。
道具は、道具の名で呼ばれる。
そして、同じ用途の品は同じ名で呼ばれる。
だから、品名だけでは区別できない。
区別は、作者と年と番号でつける。
一件だけ、用途の名でないものがある。
浮彫と書かれた、玉の肖像である。
これは道具ではない。
飾るために作られている。
品名の欄の一語で、その差が出ている。
一件に、何人が関わったか
九件の作者の欄には、八つの名がある。
うち二つは、個人ではなく工房の名だ。
そして一つの名は、二件に繰り返し出てくる。
土を掘る人、こねる人、轆轤を引く人。
釉を調合する人、窯を焚く人。
漆を採る人、塗る人、彫る人。
いずれの名も、記録にはない。
器や漆器は、工程が多い。
多いほど、関わる人も増える。
記録に残るのは、款を記した一人だけである。
前の回の記事で、鐔や刀について同じことを書いた。
材料が違い、地域が違っても、この構造は変わらない。
名を残す資格を持つ人が、作者になる。
九件を閉じて、技法の欄の括弧に戻ってみたい。
京焼、宜興窯、磁州窯。
その三つの名は、いずれも地名から来ている。
土がそこにあり、窯がそこにあった。
材料が動かせないから、産地が名になる。
作る人は代わっても、土は代わらない。
窯の名が技法の欄に入るのは、そのためだ。
人の名より、土地の名のほうが長く続く。
九件の大きさを、もう一度並べておく。
いちばん小さいのは、高さ3.2センチの香合。
いちばん大きいのは、高さ25.7センチの花瓶。
直径でいえば、8.3センチから32.4センチまで。
いずれも、手で持てる大きさに収まる。
屏風や巻物とは、そこが決定的に違う。
手に取り、まわして見ることが前提になっている。
だから、底にも側面にも文様が入る。
公開画像は、たいてい一方向からの一枚だけだ。
底の銘は、写真では確かめられない。
款があると題に書かれていても、その字は見えない。
記録の言葉を信じるほかない箇所が、必ず残る。
信じるときには、信じたと分かるように書く。
それが、記録を扱う最低限の作法だと思う。
最後に、九件の材料を数えておく。
陶と炻器が四件、漆が三件、玉が一件、白磁が一件。
土、木、石。いずれも自然から採るものである。
採れる場所が、作れる場所を決めている。
技法の欄の括弧が指しているのは、結局そのことだ。
材料が動かせないことは、産地が動かせないことでもある。
だから、名がそこに残る。
人の名より、その名のほうが古い。


