箱ごと撮影された自画像——ヘンリー・B・ブーヌトー
肖像は、革の箱に収まったまま撮影されている。港町チャールストンで描かれた九点を、台紙の色、髪型が示す年代、そして一九四六年の受け入れ記録まで含めて見る。都市の成り立ちにも触れる。妻と子どもを描いた作品も含まれ、家族の記録にもなっている。

箱に収まった自画像
一枚の細密画から始めたい。

画像には、開いた箱が写っている。
左側は、赤い天鵞絨が張られた蓋である。
右側に、金色の枠に収まった絵がある。
その中に、男の胸像がある。
髪は薄く、額が広い。
口髭を蓄え、頬に髭が伸びる。
首元には、黒い襟巻きを巻く。
上着は暗い色で、内側に赤茶の胴着が見える。
背景は緑がかった灰である。
顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。
箱ごと、撮影する
九点は、いずれも箱に収まった状態で撮影されている。
赤や緑の天鵞絨が、蓋の内側に張られる。
そして、絵は反対側に固定される。
つまり、開いて見る品である。
閉じれば、光も埃も遮られる。
細密画の保管に、この形式は適している。
館が箱ごと撮影しているのは、その使い方を示すためだろう。
作品だけを切り出すと、この情報が失われる。
描いた人について
ヘンリー・デュプレ・ブーヌトーは、米国南部の画家である。
サウスカロライナ州チャールストンで活動した。
九点の年代は、一八三三年ごろから一八六七年である。
つまり、三十年以上にわたる。
細密画のほか、肖像画も手がけたとされる。
そして、地元の文化団体に関わったと伝えられる。
九点は、いずれも同じ受け入れ番号の系列に属する。
つまり、まとまって館に入っている。
一九四六年の受け入れ
九点の受け入れ番号は、いずれも同じ年のものである。
一九四六年である。
画家の没後、七十年ほど経っている。
つまり、遺族か、その関係者が保管していたものだろう。
自画像、妻の肖像、自身の別の肖像。
こうした家族の品が含まれている。
家に伝わった一群が、まとめて館へ渡った。
九点の性格は、そこから理解できる。
妻の肖像
二点目は、大きめの一枚である。

黄土色の台紙の中央に、楕円の画面がある。
その中に、女性の胸像がある。
髪は中央で分け、両側で耳を覆う。
顔は正面を向き、目はこちらを見る。
首元には、白い襟が立つ。
胸には、丸い飾りが留められる。
衣は暗い青灰で、袖が膨らむ。
背景は暗く、平らである。
箱の縁が、四辺に見える。
台紙という要素
この一枚では、楕円の画面が黄土色の台紙に嵌まっている。
つまり、二重の構造である。
画面そのものは楕円だが、収まっているのは長方形の箱である。
その差を、台紙が埋めている。
こうした仕立ては、細密画によく見られる。
画面の形と、箱の形が合わないためである。
台紙の色も、絵の調子に合わせて選ばれる。
黄土なら暖かく、白なら涼しく見える。
髪型が示す年代
この女性の髪型に注目したい。
中央で分け、両側で耳を覆う。
そして、後ろでまとめる。
十九世紀半ばに広まった形である。
十八世紀の大きく盛る髪型とは、正反対である。
服飾の流行は、二、三十年で入れ替わる。
九点の女性像を並べると、その変化が見える。
一八三〇年代の作と、一八五〇年ごろの作。
髪型が、はっきり違う。
子どもの肖像
三点目は、小さい。

赤い天鵞絨の箱に、楕円の絵が収まる。
金色の縁が、絵を囲む。
中には、幼い子どもの胸像がある。
髪は明るい茶で、肩まで垂れる。
顔は丸く、頬に赤みがある。
衣は深い緑で、白い襟が付く。
背景は暗い灰である。
館の題は、画家と同じ名を記している。
つまり、同名の子どもだろう。
家族を、描く
自画像、妻、そして同名の子ども。
九点のうち三点が、家族に関わる。
細密画家にとって、家族は身近な模特である。
そして、練習にもなる。
さらに、家に残す記録にもなる。
売るためではないので、自由に描ける。
九点の中で、この三点はとくに私的な性格が強い。
館へ入ったのも、家に伝わったからだろう。
帽子の女性
四点目は、色が鮮やかである。

女性が、こちらを向いて座る。
頭には、白いレースの帽子をかぶる。
帽子には、黄色いリボンが付く。
首元には、赤いリボンが結ばれる。
その下に、白い襟飾りが重なる。
衣は黒で、肩に暗い布が掛かる。
背景は、緑と青の空である。
雲が描かれ、屋外を示す。
九点の中で、最も色数が多い。
空を、背景に置く
この一枚の背景は、屋外である。
緑の丘と、青い空。
雲も描かれている。
細密画では、屋外の背景は珍しくない。
明るくなり、人物が引き立つからである。
そして、色数が増える。
黒い衣と、赤いリボンと、青い空。
三つの色が、小さな画面で対比される。
大きな肖像画と同じ配色の考え方である。
白い衣の女性
五点目は、年代が近い。

赤い天鵞絨の箱に、楕円の絵が収まる。
女性の胸像である。
髪は黒く、頭の上で巻かれる。
顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。
衣は白く、胸元が大きく開く。
袖は膨らみ、肩から下がる。
背景は、細かい縦線で埋められる。
その線が、画面全体に走る。
縦線で、背景を埋める
背景の縦線に注目したい。
細い線が、等間隔に並んでいる。
これは、象牙の上に絵具を乗せる工夫である。
象牙は水を弾くので、平らに塗りにくい。
だから、線を並べて面を作る。
前回の記事でも、同じ方法に触れた。
点で埋める場合と、線で埋める場合がある。
九点を拡大すると、この違いが見える。
袖の膨らみ
この一枚の袖に注目したい。
肩から肘にかけて、大きく膨らむ。
一八三〇年代に流行した形である。
一八四〇年代に入ると、袖は細くなる。
つまり、この袖は年代の手がかりになる。
館の年代は一八四〇年ごろとされる。
流行の終わりごろにあたるだろう。
服飾の細部は、こうして年代の推定に使われる。
肖像画の研究では、服飾史の知識が欠かせない。
二人の名字が同じ
四点目と五点目は、同じ姓の女性である。
そして、年代も同じ一八四〇年ごろ。
つまり、同じ一族の二人だろう。
チャールストンの有力な家である。
細密画家は、一つの家から複数の注文を受けることが多い。
一人を描けば、親族が続く。
九点のうち、同じ姓の組み合わせが二組ある。
紹介で仕事が広がる仕組みが、そこに見える。
三十年の幅
九点の年代を並べたい。
一八三三年ごろ、一八四〇年ごろが二点。
一八四二年ごろ、一八四九年ごろ、一八五〇年ごろが三点。
そして、一八六七年。
つまり、三十四年に散っている。
画家の活動期のほぼ全体を覆う。
初期の作は線が細く、後年の作は面が柔らかい。
その変化も、九点で追える。
物語の場面
六点目は、肖像ではない。

九点の中で、最も大きい。
縦16.2センチ。
暗い箱の中に、楕円の画面がある。
中には、老人の上半身がある。
白い髪が、風に乱れて広がる。
髭も白く、豊かである。
顔は上を向き、口を開ける。
赤い布が、肩から胸へかかる。
背景は暗い灰で、雲が渦を巻く。
演劇の場面を、描く
主題は、英国の戯曲の一場面である。
嵐の荒野に立つ老いた王の姿である。
つまり、文学に由来する主題である。
肖像画家が、こうした主題を描くことがある。
理由はいくつか考えられる。
まず、注文に頼らず自分で選べる主題である。
次に、展覧会に出しやすい。
そして、腕を見せられる。
肖像より、表現の幅が広いからである。
大きさの意味
この一枚が最も大きいのは、偶然ではないだろう。
肖像は、身に着けるか、手元に置く。
だから、小さい。
物語の場面は、見せるためのものである。
だから、大きくなる。
九点の中で、肖像は縦八センチから十二センチ。
物語の場面は、十六センチと十二センチである。
用途の差が、寸法に表れている。
女優の肖像
七点目は、実在の人物である。

緑の天鵞絨の箱に、絵が収まる。
横長の画面である。
女性が、体を斜めにして座る。
髪は黒く、頭の上でまとめる。
顔は右を向き、目を伏せる。
肩は露わで、白い布が体に掛かる。
背景は明るく、白に近い。
九点の中で、これだけが横長である。
舞台の人を、描く
この人物は、当時の著名な女優である。
英国の生まれで、米国を巡演した。
一八三〇年代の初めに、大きな評判を得た。
つまり、この一枚はその時期の作である。
有名人の肖像には、需要がある。
本人からの注文とは限らない。
版画や別の肖像をもとに描くこともある。
館の記録には、その事情は書かれていない。
横長という選択
この一枚だけが横長である。
理由は、姿勢だろう。
体を斜めに倒し、肩と腕を見せる。
縦長では、この姿勢が収まらない。
つまり、姿勢が画面の形を決めている。
肖像の細密画は、たいてい縦長である。
胸像を収めるには、その形が合う。
横長にするのは、例外的な扱いである。
帽子の軍人
八点目は、よく知られた顔である。

横長の楕円である。
男が、こちらを向いて立つ。
黒い二角帽をかぶる。
帽子には、金色の飾りが付く。
灰色の外套を着て、襟を立てる。
その内側に、赤と金の襟が見える。
顔は青白く、目は前を見る。
背景は灰色で、下部に雪原らしき白がある。
実物を見ずに描く
この人物は、一八二一年に没している。
つまり、この絵が描かれた一八五〇年ごろには、すでにいない。
画家が実物を見たことはない。
では、何をもとに描いたのか。
版画である。
有名な肖像は、版画になって広く流通した。
それを見て、細密画に写す。
つまり、これは複製の複製である。
英雄の顔が、商品になる
十九世紀の欧米では、この人物の肖像が大量に作られた。
版画、彫像、陶器、そして細密画。
つまり、顔が商品として流通していた。
当サイトの
フランスが刻んだ独立の記念でも、顔の複製について書いた。
有名な顔は、繰り返し作られ、売られる。
この一枚も、その一つである。
注文で描かれたのか、店に並べたのかは分からない。
横たわる女性
九点目は、主題が特殊である。

横長の楕円である。
女性が、横たわって眠っている。
頭は右にあり、腕を頭の上へ回す。
髪は黒く、枕の上に広がる。
上半身には、白い布が掛かる。
その布は肩から落ち、胸の一部が露わになる。
腰から下は、青い布が覆う。
背後には、赤い布が敷かれる。
背景は暗い黄土である。
主題と、扱い
この主題について、書いておきたい。
題は、物語に由来する。
眠り続ける女性の話である。
しかし、描かれているのは眠る裸体である。
つまり、物語が裸体を描く口実になっている。
十九世紀の絵では、この仕組みがよく使われた。
神話や物語を主題にすれば、裸体が許される。
当サイトでも、繰り返しこの点に触れてきた。
事実として記し、扇情的な記述はしない。
見る側の立場
もう一つ、書いておきたいことがある。
眠る人物は、見られていることを知らない。
つまり、見る側が一方的に見る構図である。
そして、それが小さな画面に収められ、箱に納められる。
私的に、繰り返し開いて見る品である。
この構図には、非対称がある。
描く側、買う側、見る側は、当時いずれも男性が中心だった。
作品の質とは別に、その関係も見ておきたい。
布の描き分け
技術の面も見ておきたい。
この一枚には、三種類の布が描かれる。
白い薄布、青い厚手の布、赤い布。
いずれも、質感が違う。
白は透け、青は襞が深く、赤は光沢がある。
その差を、色と影の付け方で示している。
象牙の上に水彩で、これを描き分ける。
細密画としては、高度な仕事である。
眠りという主題
眠る人物を描く絵は、古くからある。
死との近さ、無防備さ、時間の停止。
さまざまな意味が読まれてきた。
そして、動かない対象なので、描きやすくもある。
もっとも、この一枚は実際の眠りを写生したものではないだろう。
姿勢が整いすぎている。
腕の角度も、布の掛かり方も、絵として組まれている。
つまり、構成された場面である。
楕円と、長方形
九点の画面の形を数えたい。
長方形が四点、楕円が五点である。
そして、箱はいずれも長方形である。
つまり、楕円の絵は台紙で長方形に合わせられる。
なぜ楕円が使われるのか。
顔を中心に置くのに、都合がよいためだろう。
四隅がないので、余分な空間が生まれない。
一方、物語の場面では長方形が向く。
背景を広く使えるからである。
九点の主題
九点の主題を整理したい。
肖像が六点。
物語や歴史の場面が三点。
つまり、三分の一が肖像以外である。
細密画家としては、幅が広い。
多くの細密画家は、肖像だけを描く。
注文がそこにあるからである。
この画家が物語の場面も描いたのは、なぜか。
展覧会や、自らの関心のためだろう。
副業としての細密画
この画家については、もう一つ伝えられていることがある。
生涯の多くを、別の職に就いていたという話である。
つまり、専業の画家ではなかった可能性がある。
もっとも、当サイトが確認できる館の記録には、その記載がない。
だから、断定はしない。
ただ、九点の主題の幅は、そういう推測と矛盾しない。
注文に縛られない画家ほど、主題を自由に選べる。
南部の都市で描く
チャールストンは、米国南部の港町である。
十八世紀から十九世紀にかけて、綿と米の交易で栄えた。
裕福な家が多く、肖像の需要もあった。
そのため、多くの肖像画家が滞在している。
当サイトの
チャールストンの細密画でも、この土地に触れた。
一方、その繁栄は奴隷制の上に成り立っていた。
九点に描かれた人々の暮らしも、その仕組みの中にある。
絵の美しさと、社会の条件は分けて書いておきたい。
描かれなかった人々
肖像画に描かれるのは、注文できる人だけである。
つまり、財のある層に限られる。
その土地に暮らしていた大多数は、描かれない。
とくに、奴隷とされた人々の顔は残らない。
九点を見るとき、その不在を思い出しておきたい。
美術館に残る肖像は、当時の社会の一部を写している。
全体ではない。
見えているものと、見えていないもの。
その両方を、同じだけ意識したい。
箱の色
九点の箱の内張りを見比べてほしい。
赤い天鵞絨が六点。
緑が一点。
そして、色の判別しにくいものが二点。
赤が主流である。
理由は、肌の色との相性だろう。
赤い布の上に置くと、肌が暖かく見える。
そして、金色の枠とも合う。
箱の色も、絵の見え方を左右している。
開いて、見る
箱の形式について、もう少し書きたい。
蓋を開けると、絵が現れる。
閉じれば、隠れる。
つまり、見ることが行為になる。
壁に掛かった絵は、常にそこにある。
箱に入った絵は、開いたときだけ現れる。
その差は、大きい。
細密画が私的な品だというのは、この構造による。
写真の時代へ
九点の年代は、一八三三年から一八六七年である。
この間に、写真が普及している。
一八四〇年代には、金属板の写真が広まった。
そして、細密画の需要は減っていく。
九点の後半の作は、その時期にあたる。
つまり、写真と並んで存在していた。
興味深いのは、箱の形式が同じことである。
初期の写真も、同じような箱に収められた。
細密画の器を、写真が引き継いだ形になる。
器が、受け継がれる
このことは、技術の交代を考えるうえで面白い。
新しい技術が古い技術を置き換えるとき、器はしばらく残る。
赤い天鵞絨を張った箱、金色の枠、開いて見る形式。
これらは、細密画のために作られた。
そして、写真がその中に収まった。
中身は変わっても、扱い方は変わらない。
持ち歩き、開いて見て、閉じてしまう。
九点の箱は、その連続性を示している。
九点を、順に見る
見方を提案して、終わりたい。
九点を、箱を含めて見比べてほしい。
蓋の色、枠の形、台紙の色、絵の形。
そして、絵の中の顔。
つまり、四つの層がある。
いちばん外が箱、次が枠、次が台紙、いちばん内が絵。
見る人は、外から内へ順に入っていく。
蓋を開け、枠を越え、台紙を過ぎて、顔に至る。
その順序が、細密画の見方である。
画像の上でも、その順で目を動かしてほしい。



