美術史・技法

フランスが刻んだ独立の記念——オーギュスタン・デュプレ

議会のメダルを、パリの職人が彫った。自由の寓意、月桂の冠、そして同じ横顔の繰り返し。原物と複製が混じる七点から、型と複製の関係を見る。電気鋳造の複製が一点混じる。記録の一行が、原物と複製の判断を支えている。

ジョン・ポール・ジョーンズとセラピス号のメダル
《ジョン・ポール・ジョーンズとセラピス号のメダル》メトロポリタン美術館蔵

軍服の横顔

一枚のメダルから始めたい。

ジョン・ポール・ジョーンズとセラピス号のメダル
オーギュスタン・デュプレ《ジョン・ポール・ジョーンズとセラピス号のメダル》1779年。銅。直径5.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。《ジョン・ポール・ジョーンズとセラピス号のメダル》メトロポリタン美術館蔵

円い銅の板である。

直径5.7センチ。

面に、男の横顔が浮き彫りにされている。

右を向いている。

髪は後ろでまとめ、耳の上で巻く。

軍服の襟は高く、肩に房飾りが載る。

胸には、二列の飾りが並ぶ。

周囲に沿って、名前が円形に刻まれる。

下部にも、別の文言が入る。

読むと、アメリカの議会を意味する語である。

議会が贈るメダル

下部の文言に注目したい。

これは、合衆国の議会が贈るメダルであることを示す。

独立戦争の功労者に、議会の決議で授与された。

一連のメダルは、同じ文言を共有している。

つまり、制度としての一組である。

ただし、当時の合衆国には、これを彫れる職人が少なかった。

そこで、フランスの彫刻師に発注した。

デュプレは、その一人である。

フランスが、彫る

なぜ、フランスなのか。

独立戦争で、フランスは合衆国側に立った。

軍事的にも、外交的にも深く関わっている。

戦後、記念のメダルを作る際にも、その関係が働いた。

パリには、優れた彫刻師と造幣の設備があった。

新しい国には、まだそれがない。

だから、記念の品を外国で作る。

そういう時期の産物が、今回の七点である。

作った人について

オーギュスタン・デュプレは、一七四八年に生まれた。

フランス中部の町の出身である。

一八三三年に没した。

彫刻師として名を上げ、革命後には造幣の要職に就いた。

つまり、王政の時代から共和政の時代にかけて働いている。

その間に、政体は何度も変わった。

貨幣に刻む図柄も、そのたびに変わる。

一人の職人が、複数の政体の顔を彫ったことになる。

戦いの場面

二点目は、人物が二人いる。

ダニエル・モーガン将軍のメダル
オーギュスタン・デュプレ《ダニエル・モーガン将軍のメダル》1770〜1800年。銅。直径5.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。《ダニエル・モーガン将軍のメダル》メトロポリタン美術館蔵

円の中に、二人の人物が立つ。

左の人物は、羽根飾りのついた頭飾りをかぶる。

体には、飾りのついた衣をまとう。

右の人物は、軍服を着ている。

左の人物が、右の人物の頭に輪を載せようとしている。

月桂の冠である。

背後には、旗と武器が束ねられている。

足元には、地面と草が示される。

上部の縁に、文字が円形に並ぶ。

寓意の人物

左の人物は、実在の人ではない。

新大陸を人の姿で示した寓意像である。

羽根の頭飾りは、そのための記号として使われた。

十八世紀の欧州では、大陸を女性像で表す習慣があった。

欧州、アジア、アフリカ、そして新大陸。

それぞれに、決まった持ち物と衣装が割り当てられる。

新大陸には、羽根飾りと弓矢が当てられた。

つまり、先住民の装いを借りて大陸を示している。

記号としての、他者の姿

この表し方については、書いておきたいことがある。

先住民の実際の装いとは、ほとんど関係がない。

欧州の人が想像した「新大陸らしさ」の記号である。

そして、その記号を使うのは欧州の側である。

描かれる人々の意思は、そこに入っていない。

十八世紀から十九世紀にかけて、この図像は広く使われた。

いまの目で見れば、問題のある表現である。

当サイトとしては、その事実を書き添えておく。

冠を授ける、という構図

構図そのものは、古代からの型である。

勝利者に、月桂の冠を授ける。

古代ローマの浮き彫りや貨幣に、繰り返し現れる。

新しい共和国が、古代の型を借りている。

これは、他の記事でも触れた話である。

王のいない国が、権威の形式をどこから借りるか。

古代ローマが、その答えの一つだった。

図像も、言語も、そこから引かれている。

自由の寓意

三点目は、よく知られた図柄である。

独立宣言記念のメダル
オーギュスタン・デュプレ《独立宣言記念のメダル》1782年。青銅。直径4.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。《独立宣言記念のメダル》メトロポリタン美術館蔵

上部に、吊るすための輪が付いている。

円の中に、若い女性の横顔がある。

左を向いている。

髪は結わず、後ろへ大きく流れる。

風になびいているように見える。

顔の後ろには、細長い棒が斜めに立つ。

その先に、柔らかい帽子が載る。

上部の縁には、自由を意味する語と、大陸を示す語が並ぶ。

下部には、一七七六年七月四日の日付が刻まれる。

帽子と、棒

女性の背後の棒と帽子には、意味がある。

これは、古代ローマに由来する記号である。

奴隷が解放されるとき、この形の帽子をかぶった。

だから、帽子は自由の徴になる。

棒の先に帽子を掲げる図は、その象徴として使われた。

フランス革命でも、同じ記号が使われる。

つまり、この図柄は大西洋の両岸で共有されていた。

一枚のメダルに、その共通の語彙が刻まれている。

髪を、なびかせる

この横顔の髪に注目したい。

結い上げず、後ろへ大きく流している。

当時の肖像では、髪はふつう整えられる。

なびく髪は、規範から外れた姿である。

その乱れが、自由の状態を示している。

浮き彫りとしても、効果が大きい。

顔の輪郭は硬く、髪は柔らかい。

その対比が、円の中で動きを作る。

吊り輪という細部

この一点には、吊るすための輪が付いている。

つまり、身に着けるか、掛けるための品である。

七点のうち、輪が付いているのはこれだけである。

輪は後から付けられた可能性もある。

館の記録には、そこまでの記載はない。

いずれにせよ、この一点だけ扱いが違っていたことになる。

飾って見る品として、誰かが加工した。

そういう履歴も、物には残る。

学者の横顔

四点目からは、同じ人物が続く。

メダイヨン
オーギュスタン・デュプレ《メダイヨン》1786年。青銅。直径4.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。《メダイヨン》メトロポリタン美術館蔵

館の題は、単にメダイヨンとある。

人物の名は記されていない。

しかし、縁の銘文が読める。

姓と、ボストンで生まれたという意味の語、そして日付らしき数字が並ぶ。

つまり、十八世紀の著名な人物を指していると分かる。

横顔は左を向く。

髪は薄く、後頭部から肩へ長く垂れる。

眼鏡はかけていない。

首元には、布を巻いている。

衣は簡素で、飾りがない。

名前を、記録に書かないこと

館の題に人物名がないのは、なぜか。

理由はいくつか考えられる。

古い受け入れ記録の書き方が、そのまま残っている。

あるいは、同定に確証がないため、慎重にしている。

いずれにせよ、当サイトは館の記録を超えない。

銘文にこう読める、とだけ書く。

推測で名を補うことは、しない方針である。

見えているものと、記録にあること。

その二つを分けて書く。

簡素な衣

この人物の衣は、飾りがない。

軍服でも、宮廷の衣装でもない。

襟のない上着に、首に布を巻くだけである。

十八世紀の欧州で、これは異例だった。

宮廷では、鬘と刺繍の入った衣が標準である。

その中で、簡素な装いを通した人物がいた。

そして、その簡素さ自体が評判になった。

新しい国の代表としての自己演出でもある。

装いは、政治的な表明になりうる。

眼鏡を、描かない

この人物は、眼鏡と結びつけて語られることが多い。

しかし、この横顔に眼鏡はない。

肖像では、眼鏡を外して描くのがふつうだった。

顔の造作が隠れるからである。

そして、眼鏡は当時、老いの徴でもあった。

記念の肖像には、ふさわしくないと考えられた。

つまり、実際の姿と、記録される姿は違う。

何を描き、何を省くか。

その判断が、肖像には必ず入る。

大きな青銅の板

五点目は、七点の中で最も大きい。

メダイヨン
オーギュスタン・デュプレ《メダイヨン》1776〜1883年。青銅。直径7.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。《メダイヨン》メトロポリタン美術館蔵

直径7.6センチ。

先の一枚の一・五倍以上である。

円の中に、同じ人物の横顔がある。

右を向いている。

先の一枚とは、向きが逆である。

髪は肩まで垂れ、うねりが大きい。

肩には、衣が大きくかかる。

表面の色は、暗い緑がかった褐色である。

縁には、文字がない。

地の部分が広く残っている。

年代の幅が、大きい

この一点の年代欄には、注意すべき記載がある。

一七七六年から一八八三年、とある。

百年以上の幅である。

つまり、制作年が特定できていない。

一八八三年は、館への受け入れの年である。

その年より前、としか言えない。

こうした記載は、古い受け入れ品にしばしば見られる。

購入や寄贈の際に、詳しい記録が残らなかった場合である。

分からないことを、幅として書く。

なぜ、年代が分からないか

メダルやメダイヨンには、年代を特定しにくい事情がある。

同じ型から、何度でも作れるからである。

原型が残っていれば、百年後にも鋳造できる。

だから、図柄が十八世紀でも、物が十八世紀とは限らない。

刻まれた年は、原型の年である。

物の年ではない。

この区別が、メダルを見るときの要点になる。

前の記事でも、同じことを書いた。

原型の年と、鋳造の年は別である。

表面の色の違い

四点目と五点目の色を比べたい。

四点目は、明るい褐色である。

五点目は、暗く、緑がかっている。

同じ青銅でも、表面の状態で色が違う。

保管の環境、手に触れた頻度、磨いたかどうか。

こうした条件が、色を変える。

つまり、色は年代の手がかりにはならない。

古そうに見えるものが、新しいこともある。

その逆もある。

鋳鉄のメダイヨン

六点目は、材質が違う。

メダイヨン
オーギュスタン・デュプレ《メダイヨン》1776〜1883年。鋳鉄。直径7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。《メダイヨン》メトロポリタン美術館蔵

材質欄に、鋳鉄とある。

青銅ではない。

図柄は、五点目とよく似ている。

同じ人物の横顔が、右を向く。

髪の流れ、肩の衣、顔の輪郭。

いずれも重なる。

つまり、同じ原型から作られた可能性が高い。

違うのは、材料である。

色は、黒に近い灰色である。

上部に、小さな穴が開いている。

鉄で作る、ということ

なぜ、鉄で作るのか。

理由の一つは、費用である。

鉄は、青銅より安い。

もう一つは、技術の流行である。

十九世紀の初め、欧州では鋳鉄の装飾品が流行した。

とくに、戦争のために金属を供出した時期に広まった。

貴金属の代わりに、鉄で装飾品を作る。

黒く、硬く、しかし細部まで鋳造できる。

その技術が、こうした複製にも使われた。

同じ図で、材料を変える

五点目と六点目は、同じ図で材料が違う。

青銅と鋳鉄。

大きさも、7.6センチと7センチで近い。

つまり、同じ原型から複数の材料で作られている。

これは、記念品としてはふつうのことである。

高価な材料と、安い材料。

配る相手や用途に応じて、使い分ける。

いまの記念品でも、同じ発想がある。

穴が開いている

六点目の上部には、小さな穴がある。

吊るすため、あるいは留めるための穴だろう。

つまり、飾るために加工されている。

三点目の吊り輪と、目的は同じである。

メダルは、しまわれるだけの品ではない。

壁に掛け、身に着け、人に見せる。

そのための加工が、後から施される。

こうした痕跡も、物の履歴の一部である。

電気で作った複製

七点目は、技法が特殊である。

メダイヨン
オーギュスタン・デュプレ《メダイヨン》1786年。電気鋳造による複製。直径5.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。《メダイヨン》メトロポリタン美術館蔵

技法欄に、電気鋳造による複製とある。

つまり、原物ではない。

複製として作られた品である。

図柄は、四点目と同じである。

縁に銘文があり、姓と生地と日付が読める。

横顔は左を向き、髪が肩へ垂れる。

色は、銀色がかった灰色である。

縁の部分が広く、平らである。

電気鋳造とは何か

電気鋳造は、十九世紀に実用化された技術である。

原型に導電性の処理をし、金属の溶液に浸す。

そこへ電気を流すと、金属が原型の表面に薄く積もる。

その層を剥がせば、原型そっくりの複製ができる。

鋳造と違って、熱を使わない。

そのため、細部が非常に忠実に写る。

一八四〇年代以降、博物館で盛んに使われた。

貴重な品の複製を作り、各地へ配る。

そういう目的の技術である。

複製を、収蔵する

美術館が複製を持つことには、理由がある。

原物が手に入らない場合の代用になる。

比較研究のための資料にもなる。

そして、教育や展示に使える。

十九世紀の博物館では、複製の収集が広く行われた。

彫刻の石膏取り、金属品の電気鋳造。

これらが、原物と並んで展示された。

いまの感覚とは、少し違う。

現在は、原物とその複製をはっきり区別する。

薄いか、厚いか

電気鋳造の複製には、もう一つの特徴がある。

薄いことである。

金属の層を積もらせて作るので、厚くするには時間がかかる。

だから、多くは薄い板になる。

裏側は空洞か、別の金属で埋められる。

手に取れば、軽さで気づくだろう。

しかし、写真では分からない。

画像だけを見て判断できることには、限りがある。

だから、記録の記述が重要になる。

記録に、複製と書く

重要なのは、館がそれを記録していることである。

技法欄に、複製であると明記されている。

隠していない。

だから、私たちも複製として扱える。

もし記録がなければ、原物と見誤ったかもしれない。

電気鋳造の複製は、精度が高い。

見ただけでは、区別が難しい。

記録の一行が、判断を支えている。

縁の広さ

七点目の縁に注目したい。

図柄の周りに、平らな面が広く残っている。

電気鋳造では、金属の層が板全体に積もる。

だから、縁の部分も同じ厚さになる。

打刻したメダルとは、縁の作りが違う。

打刻では、圧力で金属が外へ広がる。

縁がわずかに盛り上がり、断面が丸くなる。

電気鋳造では、そうならない。

縁を見れば、作り方の違いが分かることがある。

小さな手がかりだが、判別の助けになる。

七点のうち、何が原物か

七点を整理してみたい。

議会のメダルが二点。

独立宣言の記念メダルが一点。

肖像のメダイヨンが四点。

そのうち、材質が青銅のものが二点、鋳鉄が一点。

そして、電気鋳造の複製が一点。

つまり、七点の中に、原物と複製が混じっている。

さらに、原物とされるものも、鋳造の年は特定できない。

厳密に言えば、七点すべての年代に幅がある。

一八八三年の、一括寄贈

七点は、いずれも同じ人物からの寄贈である。

一八八三年である。

前の記事で扱ったメダルも、同じ寄贈だった。

つまり、この収集家は、大量のメダルを集めていた。

その中に、原物も複製も混じっている。

収集の目的が、素材ではなく図柄だったのだろう。

誰の顔が、どんな図柄で刻まれたか。

それを集めることが、目的だった可能性が高い。

図柄を集める、という収集

図柄を集める収集は、版画の収集に近い。

同じ図の別の刷りを、並べて比べる。

材料や状態の違いより、図柄の系統が重要になる。

メダルも、同じように扱える。

原型が一つあれば、そこから多数の物が生まれる。

その広がりを追うのが、この種の収集である。

美術館の分類でも、メダルは貨幣と同じ部門に入る。

一点物の美術品とは、扱いが違う。

顔が、繰り返される

七点のうち四点が、同じ人物の横顔である。

向きが違い、大きさが違い、材料が違う。

しかし、顔立ちは共通する。

薄い頭髪、肩まで垂れる髪、簡素な衣。

同じ原型か、それに近い型が繰り返し使われている。

一人の顔が、これほど繰り返し金属になった。

その理由は、その人物の名声にある。

十八世紀後半の欧州で、この人物は非常に有名だった。

肖像は、版画や陶器にも用いられている。

顔が、商品になる

有名な人物の顔は、商品になる。

メダル、版画、陶器の飾り板、彫像。

同じ顔が、さまざまな材料で作られる。

十八世紀の欧州で、この現象は広く見られた。

とくに、遠い国から来た著名人は好まれた。

異国から来た賢人という物語が、顔に付随する。

そして、その物語ごと売られる。

いまの言葉でいえば、肖像の商品化である。

二百五十年前に、すでに起きていた。

メダルという媒体

メダルの特徴を、まとめておきたい。

小さく、丈夫で、複製できる。

図柄と文字を同時に載せられる。

そして、贈ることも、身に着けることもできる。

つまり、情報を運ぶ道具である。

肖像画は、一点しかない。

メダルは、何百枚も作れる。

同じ顔と同じ言葉を、多くの人に届けられる。

十八世紀の情報の広め方として、これは有力な手段だった。

銘文の言語

七点の銘文は、ラテン語が中心である。

議会を示す語も、自由を示す語も、ラテン語である。

日付だけは、フランス語の月名で記されている。

つまり、複数の言語が混じっている。

作られた場所と、贈られる先が違うからである。

彫ったのはフランスの職人。

受け取るのは新大陸の人々。

その間をつなぐ共通語が、ラテン語だった。

小さな円盤の上で、三つの言語が並んでいる。

七点を、順に見る

最後に、見方を提案したい。

七点を、材質の順に並べてみてほしい。

銅が二点、青銅が三点、鋳鉄が一点、電気鋳造が一点。

同じ図柄が、材料を変えて何度も現れる。

そして、材料が変われば、色も重さも変わる。

しかし、図柄は変わらない。

原型に刻まれた線が、材料を越えて残る。

彫刻師が彫ったのは、その線だけである。

あとは、複製の連なりである。

七点は、その連なりを目に見える形で示している。

一つの型から、これだけの物が生まれる。

そのことを確かめるのに、よい組み合わせである。

RELATEDあわせて読みたい

美術史・技法の記事一覧
  • 美術史・技法

    印象派とは何か——特徴・代表画家・作品の見方をやさしく解説

    印象派とは何かを、特徴・代表画家・見方の順にやさしく解説します。モネ、ルノワール、ドガ、モリゾ、カイユボットの実作六点を、当サイトが公開しているCC0の図版と所蔵館の記録から読みます。影の色をどう見るか、という一点からの入り方も示します。

  • 美術史・技法

    形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺

    ヒュドリア、クラテル、キュリクス。呪文のようなカタカナの名前は、実はそのまま使い方の名前である。水汲み、宴会、化粧道具。シカゴ美術館の九つの壺の形と把手を読むだけで、二千五百年前の暮らしの一日が家の中まで見えてくる。

  • 美術史・技法

    色を、塗らずに入れる——ルイス・C・ティファニーのガラス

    ティファニーのガラスは、模様を塗っていない。色は素材の内側にあり、熔けたガラスを動かした痕跡が葉や羽根の形になる。値札が残る底、工数を書き込んだ図案、白黒写真しか残らない八点。自然を写すという言葉の中身を十点から考える。