寸法の欄に、形の名が書かれる——スミソニアンの細密肖像
楕円。長方形。八角形。数字のあとに、画面の形が記録される。同じ形式の作品でも、館が変われば欄が変わる。裏面まで写す写真もある。二つの館の記録を並べて読みたい。一人の作者が、九点のうち五点を占める。大きさは、五倍に散らばる。

寸法の欄に、形の名が書かれる
細密の肖像を九点、別の館の記録で並べてみる。
寸法の欄に、数字のあとに一語が付く。
楕円。長方形。八角形。
つまり、画面の形が記録されている。
前の回の記事で、同じ形式の作品を見た。
あちらの記録には、形の欄がなかった。
寸法は、縦と横の数字だけである。
こちらは、そこに形の名を足している。
館が違えば、書く項目も違う。
同じ種類の品でも、記録の設計が揃わない。
形を書くと、何が伝わるか
縦と横の数字だけでは、輪郭が分からない。
縦7.3センチ、横5.7センチと書かれても、四角か楕円か決まらない。
細密の肖像では、楕円が多い。
しかし、長方形も八角形もある。
形が違えば、見え方も、飾り方も変わる。
だから、書く価値がある。
九点のうち、形が書かれているのは八点だ。
一点だけ、書かれていない。
書き忘れたのか、判断できなかったのか。
館は、そこに注記を置かない。
前の回の記事で、欄の抜けについて何度も書いてきた。
抜けていることも、記録の一部である。

二つ折りの箱が、開いた状態で写る。
左の面には、布が張られる。
布は薄い茶色で、花の模様が織り出される。
花は白く、茎と葉が広がる。
右の面に、金色の枠がある。
枠の内側が、八角形に抜かれる。
上下の辺が長く、四隅が斜めに切れる。
その中に、女性が胸から上で描かれる。
顔は正面をやや外れ、こちらを見る。
髪は中央で分けられ、両側で丸くまとまる。
衣は黒く、首もとに細い襟がある。
背景は淡い緑で、平らである。
見え掛かりという語
九点のうち七点の寸法には、見え掛かりという語が付く。
覆いの窓から見える範囲を測った、という意味だ。
前の回の記事で、同じ語を見た。
別の館の記録でも、同じ考え方が使われている。
細密の肖像は、枠に嵌められている。
だから、外から測れるのは窓の内側だけだ。
枠を外さなければ、絵そのものは測れない。
そして、外すのは危険である。
象牙は薄く、割れやすい。
だから、見えている範囲だけを測る。
残る二点には、この語がない。
枠から外して測ったのか、枠がないのか。
記録は、そこまで書かない。
形の内訳を、数えてみる
九点の形を数えてみる。
楕円が五点、長方形が三点。
八角形が一点、記載なしが一点。
楕円が半分を超える。
これは、九点だけの傾向ではない。
同じ館の同じ技法の作品を見ても、楕円が多い。
前の回の記事で、楕円が選ばれる理由について書いた。
顔を描くのに、余白が少なくて済む。
身に着けるときに、角が当たらない。
八角形は、その中間だろう。
角を落としつつ、直線を残している。
一点しかないから、傾向は言えない。
言えないことは、言わない。
保護の覆いが、写真に入る
九点のうち一点の画像には、透明な膜が写り込む。
作品を包む袋か、覆いだろう。
外さずに撮影したのである。
そのため、光が反射し、皺の影が入る。
館の記録には、当然書かれていない。
撮影の都合が、画像に残っている。
前の回の記事で、撮影用の目盛りが写り込む例を見た。
こちらは、保護材である。
いずれも、作品の一部ではない。
しかし、その館がどう扱っているかは伝わる。
外さずに撮るのは、外すのが危険だからだ。
象牙は薄く、割れやすい。
写真が、裏面まで写す
九点のうち三点の画像は、二つの面を並べて写している。
表と裏である。
裏には、何が写っているか。
一点では、枠の裏に紙の札が貼られている。
札には、手書きの文字がある。
被写体の名と、描いた人の名らしい。
つまり、作者の名は絵の裏に書かれている。
絵の表には、署名がない。
館の作者の欄に名があるのは、この札のおかげだろう。
前の回の記事で、名が残る条件を何度も見てきた。
ここでは、後から貼られた札が名を伝えている。

黒い地に、二つの面が並ぶ。
左が表、右が裏である。
表は、楕円の金の枠に囲まれる。
枠の縁に、細かい葉の模様が彫られる。
上端に、金色の輪が立つ。
輪の付け根が、二つに割れる。
楕円の中に、男性が胸から上で描かれる。
顔は正面を向き、こちらを見る。
髪は赤褐色で、耳の上でうねる。
黒い上着に、白い襟と黒い結び。
背景は褐色で、上が明るい。
右の裏面は、平らな金の板である。
その中央に、細長い紙の札が縦に貼られる。
札には、手書きの文字が縦に並ぶ。
対の肖像が、同じ形で残る
いま見た一点には、対がある。
番号も、点のあとの数字が一つ違いだ。
被写体は、その人の妻である。
そして、裏の札の書き方も同じである。
被写体の名と、描いた人の名。
二点とも、同じ人が描いた。
寸法もほぼ同じで、縦は7.3センチで一致する。
横だけが、5.7センチと6.0センチで違う。
三ミリの差である。
対でありながら、完全には揃っていない。
前の回の記事で、対の品の寸法差について何度も書いた。
手で切った象牙は、揃いきらない。

黒い地に、二つの面が並ぶ。
左が表、右が裏である。
表の枠は、前の一点と同じ作りだ。
楕円で、縁に葉の模様がある。
上端に、金色の輪が立つ。
楕円の中に、女性が胸から上で描かれる。
顔はやや右を向く。
髪は中央で分けられ、両側で細かく巻く。
衣は濃い青で、肩が広く開く。
胸もとに、白い襞の布が重なる。
背景は緑がかった灰色である。
裏面には、紙の札が縦に貼られる。
裏に、番号と札が集まる
もう一点の画像も、表と裏を並べて写している。
こちらの裏には、紙の札が三枚も貼られる。
いずれも手書きで、文字が読み取りにくい。
そして、右上に大きく数字が書かれている。
館の番号である。
つまり、裏面は記録の場所になっている。
作品の表には何も書けない。
だから、裏に書く。
持ち主の覚え書き、売買の札、館の番号。
それが層になって重なる。
前の回の記事で、番号が現物に書かれる例を見た。
ここでは、裏面がその役目を果たしている。

黒い地に、二つの面が並ぶ。
左が表、右が裏である。
表は、金色の額に収まる。
額の縁に、細かい葉の模様が連なる。
内側は長方形で、角が直角である。
その中に、男性が胸から上で描かれる。
顔はやや左を向く。
髪は黒く、額の上で乱れる。
黒い上着に、白い襟が高く立つ。
背景の左に、赤い布が見える。
裏面は、淡い灰色の板である。
紙の札が三枚と、金色の金具が付く。
右上に、数字が手書きで大きく書かれる。
同じ人物を、二度描く
九点のうち二点は、題が同じである。
同じ人物の肖像だ。
そして、作者も同じである。
年の欄は、1815年ごろと1820年ごろ。
五年の差がある。
ところが、大きさがまるで違う。
一方は縦3.2センチ、他方は縦15.9センチ。
五倍の差だ。
小さいほうは、手のひらに載る。
大きいほうは、壁に掛けられる大きさである。
同じ人を、二つの用途で描いたのだろう。
館の記録は、その事情を書かない。
二つの数字が、そのまま並んでいる。

黒い地に、円い金の枠が写る。
枠は厚く、二重の輪になる。
その内側に、膨らんだ硝子が嵌まる。
硝子の下に、白い網目の地が広がる。
網目の中央に、楕円の絵がある。
男性が胸から上で描かれる。
顔はやや右を向く。
髪は褐色で、額の上でふくらむ。
上着は濃い赤で、襟が広い。
その下に、白い布が幾重にも巻かれる。
絵の高さは、三センチほどしかない。

四角い台紙の中央に、楕円の絵がある。
台紙は淡い緑褐色で、細い金の線が縁を囲む。
楕円の中に、男性が腰から上で描かれる。
顔はやや右を向く。
髪は褐色で、前へ流れる。
上着は濃い赤で、袖がゆったりする。
袖口から、白い布が出る。
右腕を、椅子の背に置く。
その手に、本を持つ。
背景は暗く、輪郭が沈む。
画面の周囲に、透明な覆いの縁が写り込む。
保護のための袋だろう。
作者と被写体の姓が、同じである
いま見た二点では、作者と被写体の姓が同じだ。
家族だろう。
しかし、館の記録は関係を書かない。
作者の欄に名があり、題にも同じ姓がある。
二つを見比べれば、気づく。
前の回の記事で、描かれた人と寄贈者の名が一致する例を見た。
そのときも、記録は関係を明示しなかった。
同じ姓が二つの欄にある、という事実だけがある。
断定はできないが、無関係とも考えにくい。
そして、九点のうち五点が、この人の作である。
一つの群としてまとめて館に入ったのだろう。
番号が、年と群と点で作られる
九点の番号を並べてみる。
1945.6.1。1946.3.2。1946.3.3。
1946.3.10。1946.3.17。1946.3.19。
1946.3.21。1953.7.1。1953.7.2。
頭の四桁が、受け入れた年である。
つぎの数字が、その年の何番目の群か。
最後が、群の中の何点目か。
前の回の記事で、別の館の番号を何度も見てきた。
年、群、点という三段の作りは、共通している。
館が違っても、番号の考え方は近い。
そして、九点のうち五点が同じ群に属する。
1946年の三番目の群である。

九点でいちばん大きい一点である。
金色の細い額に収まる。
内側の台紙は、淡い褐色である。
その中央に、長方形の絵がある。
男性が、全身で立つ。
顔はやや右を向く。
白い髪を後ろで束ねる。
上着は濃い青で、襟と折り返しが黄褐色。
金の釦が、胸に二列並ぶ。
下は淡い黄の脚衣である。
右手を腰に当て、左手に帽子を持つ。
背景は淡い青で、雲が広がる。
大きさが、五倍に散らばる
九点の寸法を並べてみる。
いちばん小さいのが縦3.2センチ。
いちばん大きいのが縦17.8センチ。
五倍以上の差がある。
前の回の記事で見た別の館の九点は、3.2センチから13.3センチだった。
こちらのほうが、幅が広い。
大きいものは、細密の肖像と呼ぶには大きすぎる。
しかし、技法は同じである。
象牙に水彩。
技法で分類すれば、同じ種類に入る。
大きさで分類すれば、別のものになる。
館は、技法で分類している。

九点のうち、形が書かれていない唯一の一点である。
金色の細い額に収まる。
内側の台紙は、灰色である。
その中央に、長方形の絵がある。
女性が、腰から上で描かれる。
顔は正面を向き、こちらを見る。
髪は黒く、両側で細かく巻く。
頭に、細い飾りを巻く。
衣は白く、肩が広く開く。
その上に、濃い赤の布を掛ける。
右手に、黒い仮面を持つ。
背景の右に、柱と花が見える。
題が、場面を示す一点
いま見た一点の題は、人の名ではない。
短い一語で、状態を示している。
仮面を外した、という意味の語である。
九点のうち、人名でない題はこの一点だけだ。
ほかの八点は、被写体の名か、婦人の肖像といった書き方である。
つまり、この一点は特定の人を描いていない。
あるいは、誰かを描きつつ、主題を持たせている。
館の記録は、そこまで説明しない。
題の一語だけが置かれる。
写真を見れば、手に仮面がある。
題と絵が、たがいを説明し合っている。
寸法の数字が、絵と合わない一点
九点の寸法を写真と見比べると、一点だけ合わない。
縦11.1センチ、横3.6センチとある。
縦横の比が、三対一に近い。
しかし写真の絵は、ふつうの楕円である。
比は、四対三ほどに見える。
つまり、横の数字が誤りだろう。
一桁、あるいは分数の部分を写し違えたと思われる。
前の回の記事で、寸法の欄の傷を何度も見てきた。
数字は、意味を持たないぶん誤りに気づかれにくい。
九点を並べ、写真と突き合わせて、はじめて浮いて見える。

金色の額に収まる。
額の内側に、押し模様のある金の縁がある。
その内側が、楕円に抜かれる。
楕円の中に、男性が胸から上で描かれる。
顔は正面をやや外れ、こちらを見る。
髪は褐色で、額の上で分かれる。
黒い上着に、白い襟と黒い結び。
背景は灰色で、右に本棚らしい形が見える。
左下に、赤い椅子の背が入る。
輪郭のまわりが、暗く沈む。
一人の作者が、五点を占める
九点のうち五点は、同じ人の作である。
いずれも、同じ群としてまとめて入った。
1946年の三番目の群である。
その人自身が細密の肖像を描き、かつ収集していたのだろう。
家に残っていた作品が、まとめて館へ渡った。
だから、同じ人の作が集中する。
館の記録は、その事情を書かない。
しかし、番号の頭と作者の欄を突き合わせれば見えてくる。
前の回の記事で、群の性格を番号から読む話を何度も書いた。
同じ群に同じ作者が集まっていれば、家からの受入である可能性が高い。
可能性が高い、という以上のことは言えない。
主題が、二つに分かれる
九点の題を並べてみる。
七点は、実在の人の肖像である。
一点は、歴史上の人物の肖像だ。
その人物は、被写体として直接会って描いたのではない。
すでに世を去ってから、七十年ほど後の作である。
つまり、別の肖像をもとにした複製である。
前の回の記事で、皿に写された肖像について書いた。
そこでは、元の肖像の作者が作者の欄に入っていた。
こちらでは、入っていない。
写した人の名だけが書かれる。
同じ複製でも、館によって書き方が違う。
二つの館を、並べて読む
九点を並べ終えて、前の回の記事と比べてみたい。
同じ技法、同じ時代、同じ地域の作品である。
しかし、記録の欄の顔ぶれが違う。
こちらには、形の名がある。
あちらには、なかった。
あちらには、箱を技法の欄に書く例があった。
こちらには、それがない。
館ごとに、何を書くかの判断が違う。
同じ品を扱っていても、記録は揃わない。
そして、揃わないことは悪いことではない。
それぞれの館が、必要と考えたものを書いている。
読む側は、二つを突き合わせて補い合えばよい。
年の欄が、九点ともおよそである
九点の年の欄を並べてみる。
いずれも、ごろ、という語が付く。
1815年ごろ。1820年ごろ。1835年ごろが二点。
1840年ごろが三点、1845年ごろ、1850年ごろ。
一年に定まる件が、一つもない。
署名も年も、絵に書かれていないからだ。
裏の札にも、年は書かれていない。
では、どうやって年を出すのか。
衣の様式、髪の結い方、枠の作り。
そして、被写体が分かれば、その人の年齢から絞れる。
館は、根拠を書かない。
書かれるのは、結論としての年だけである。
前の回の記事で、年の根拠について何度も書いてきた。
書かれない根拠を、推測で埋めない。
一点に、何人が関わったか
九点の作者の欄には、四つの名がある。
うち一人が、五点を描いている。
しかし、細密の肖像は絵だけではない。
象牙を薄く削る人がいる。
金の枠を作る人がいる。
箱を作り、布を張る人がいる。
膨らんだ硝子を作る人もいる。
その名は、どこにもない。
そして、裏に札を貼った人も記録にない。
札には、作者の名が書かれている。
書いた人の名は、書かれていない。
記録を残す人の名は、たいてい残らない。
最後に、この館の記録の書き方をまとめておく。
寸法の欄に、形の名を足す。
見え掛かりであることを、明記する。
そして、写真で表と裏の両方を見せる。
三つとも、細密の肖像に固有の必要から来ている。
形が多様で、枠に嵌まっていて、裏に情報がある。
記録の設計が、その品の性質に合わせて作られている。
どの館も、扱う品に合わせて欄を増やしていく。
欄の顔ぶれを見れば、その館が何を扱ってきたか分かる。
九点の記録は、そのことをよく示している。
九点を閉じて、寸法の欄の一語に戻ってみる。
楕円、長方形、八角形。
たった二、三文字が足されているだけである。
それでも、その一語があるだけで輪郭が決まる。
数字だけでは決まらないものが、一語で決まる。
記録の欄を増やすことには、手間がかかる。
数万点を測り直すことは、できない。
だから、増やすなら早いうちがよい。


