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運河の前に、どこにいたか——アンドリュー・フィッシャー・バナー

ヴェネツィアの素描で知られる画家の、その前の五年である。ドイツの城、バイエルンの湖、ロング・アイランドの木。紙の余白には地名と頭文字と年が書き込まれ、記録の年を一年で確定させている。紙の色と種類の使い分けにも触れたい。

アルテ・ブルク、ドイツ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《アルテ・ブルク、ドイツ》メトロポリタン美術館蔵

運河の前に、どこにいたか

この画家の名は、ヴェネツィアの素描で知られている。

当サイトが公開している作品も、大半が水の都の運河と教会である。

ここに並べる九点には、その運河が一つも出てこない。

ドイツの城、バイエルンの湖、ロング・アイランドの木、そしてニューヨーク州の水車小屋である。

年は1876年から1880年。ヴェネツィアの素描の多くは、これより後になる。

つまり九点は、よく知られた仕事の前の時期にあたる。

同じ人が、同じ道具で、別の土地を描いている。

道具が同じなら、線の癖も同じである。並べると、そのことがよく分かる。

場所と年が、紙に書いてある

九点の画像を見ると、いずれも右下か下の余白に文字がある。

地名と、頭文字と、年である。手で書き込まれている。

たとえば、東ハンプトン、頭文字、七九。あるいは、ヒエム湖、七七。

つまり、いつどこで描いたかを、紙の上に本人が残している。

館の題も、その書き込みに沿っている。地名がそのまま題になっている。

題を読むだけでは、何が描かれているか分からない。城なのか木なのか、地名からは決まらない。

かわりに、どこにいたかは正確に分かる。旅の順に並べられる。

九点の題は、絵の内容ではなく、場所の索引になっている。

頭文字の署名

書き込みには、たいてい三文字の頭文字が入る。

姓名の頭を並べたものである。署名としては簡素な形である。

売るための絵なら、姓を大きく書く。素描にはその必要がない。

自分のための覚え書きだから、頭文字で足りる。誰の紙かが分かればよい。

その簡素さが、この九点の性格を示している。展示のための紙ではない。

記録の順を、書き込みが決める

書き込みがあると、記録は楽になる。

年を推定する必要がない。地名を調べる必要もない。

九点の年の欄は、いずれも一年で確定している。幅も疑問符もない。

同じ時代の素描でも、年が幅で書かれるものは多い。書き込みの有無が、記録の精度を分ける。

一本の線を書き足すかどうかが、百年後の記録を左右する。

もっとも、書き込みが常に正しいとは限らない。あとから思い出して書けば、ずれることもある。

九点については、書き込みと題が一致している。館もそれを疑っていない。

疑う材料がないときは、そのまま採るしかない。記録はそうやって作られる。

アルテ・ブルク、ドイツ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《アルテ・ブルク、ドイツ》1876年。生成りの簀の目紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦24.8センチ、横33センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《アルテ・ブルク、ドイツ》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。左に大きな塔が立つ。

塔は円筒形で、上に円錐形の屋根が載る。屋根の先に細い棒がある。

塔の壁には、小さな窓が数か所開く。石積みの線が細かく入る。

塔の右下に、木が茂る。葉は短い線の集まりで示される。

中景には、小さな尖塔が二つ並ぶ。教会だと思われる。

右へ行くほど線が薄くなり、丘が平らに伸びる。

空はほとんど白い。細い横線が数本引かれるだけである。

右下の余白に、地名と年らしい文字がある。

画像では細部まで読めない。ただし、位置と分量は確かめられる。

館の題にある地名は、この書き込みから採られたと考えられる。

古い城の名を意味する言葉が、そのまま題になっている。固有名ではなく、種類の名かもしれない。

ペンで描くということ

九点はいずれも、黒インクのペンで描かれている。

技法の欄には、鉛筆の跡、とも書かれる。下描きが残っているということである。

ペンの線は消せない。引いた線がそのまま残る。

だから、鉛筆で位置を決めてからペンを入れる。手順が決まっている。

九点の画像を拡大すると、線の上や外に薄い鉛筆の跡が見える箇所がある。

館がその跡まで記録するのは、素描の作り方を残すためである。

インクだけと書けば、一発で描いたように読める。実際は違う。

技法の欄は短いが、こうした情報を含んでいる。読み飛ばすと、手順が見えない。

紙の種類が、二つある

技法の欄には、紙の種類も書かれている。

簀の目紙と、平らな紙の二つが使い分けられている。

簀の目紙は、漉くときの簀の跡が残る紙である。光にかざすと縞が見える。

九点のうち三点が簀の目紙、六点が平らな紙である。

同じ旅のあいだでも、手に入る紙が変わったのだろう。買った場所が違えば、紙も違う。

紙の色も二通りある。生成りと、淡い黄褐色である。

黄褐色の紙は三点にあり、いずれも湖と水車小屋の画面である。

地名と紙の色が、ゆるやかに対応している。同じ束を使い続けたのだろう。

旧城館、ドイツ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《旧城館、ドイツ》1876年。生成りの紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦24.8センチ、横32.7センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《旧城館、ドイツ》メトロポリタン美術館蔵

大きな建物が、画面の中央を占める。

正面の破風が階段状に立ち上がり、その上に丸屋根の塔が載る。

窓は縦に三段並ぶ。窓枠の線が細かく引かれる。

屋根には小さな窓が突き出る。屋根裏の明かり取りである。

建物の手前に、低い塀と門がある。門柱の上に飾りが載る。

右奥には、別の低い建物が続く。

線の密度は、建物の部分だけ高い。周りは省かれる。

右下に、地名と頭文字と年が書き込まれる。

この建物が何に使われていたかは、題からは分からない。

古い館という意味の語が入るだけである。所有者も、建てられた年も書かれない。

素描は、建物の記録ではない。画家が見た形の記録である。

建物ばかりを描く

九点のうち六点に、建物が描かれる。

城、館、門、街並み、小屋、水車小屋。いずれも人の作ったものである。

建物は、ペンの線と相性がよい。直線が多く、面が平らである。

木や水は、線で描くと手数がかかる。面を線の集まりで作らなければならない。

それでも九点のうち二点は、木だけを描いている。あえて難しいほうを選んでいる。

ローデン門、ドイツ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ローデン門、ドイツ》1876年。生成りの簀の目紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦33.3センチ、横24.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ローデン門、ドイツ》メトロポリタン美術館蔵

九点で最初の縦長の画面である。

中央に、高い門がある。上に時計が付いた塔が載る。

塔の上部には、丸屋根と細い尖塔がある。旗のような棒も立つ。

門の左右に、木組みの家が並ぶ。柱と梁の線が壁に現れる。

門の下は暗く、線が密に引かれる。その先に、別の建物が小さく見える。

手前は道である。石畳の線が斜めに走る。

右下の隅に、書き込みがある。

門をくぐった先が見えるのは、ペンの線でも奥行きが作れるからである。

屋根と壁の線

建物を描くとき、線の種類が使い分けられている。

輪郭は一本の強い線で取る。迷いがない。

壁の面は、細い斜線の集まりで陰を作る。斜線の向きは一定である。

屋根の瓦や板は、短い平行線で示す。数はきちんと数えていない。

近くで見ると記号の集まりだが、離れると材質に見える。素描の常套手段である。

密度で、奥行きを作る

色を使わない素描では、奥行きは線の密度で作る。

手前は線を詰め、奥は線を空ける。それだけで距離が生まれる。

九点のどれを見ても、この使い分けが徹底している。

手前の建物は壁の目地まで引かれ、遠くの丘は輪郭だけになる。

慣れた手つきである。何百枚も描いた人の線である。

ローテンブルク、ドイツ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ローテンブルク、ドイツ》1876年。生成りの簀の目紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦24.9センチ、横33.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ローテンブルク、ドイツ》メトロポリタン美術館蔵

街の一角を描いている。

左に、崩れかけた建物がある。壁の上部が欠け、木の骨組みが見える。

その右に、家が三軒ほど連なる。屋根は急な傾斜で、瓦の線が並ぶ。

道は手前から奥へ、ゆるく曲がる。

道の上に、人影が二つほど小さく描かれる。輪郭だけである。

奥には、別の家並みが薄く続く。

紙の縁が不揃いで、波打っている。手漉きの紙の耳である。

右下に書き込みがある。前の三点と同じ地方の名である。

同じ街を、二度

九点のうち二点は、同じ街の名を持つ。

門を描いた一点と、街角を描いた一点である。どちらも1876年である。

同じ街に滞在し、場所を変えて描いている。旅の途中の数日だろう。

こうした重なりは、書き込みがあるからこそ確かめられる。

題に地名がなければ、二点が同じ街のものだとは分からない。

ヒエム湖、ドイツ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヒエム湖、ドイツ》1877年。淡い黄褐色の簀の目紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦24.4センチ、横32.7センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヒエム湖、ドイツ》メトロポリタン美術館蔵

湖のほとりである。

中央に、板張りの小屋が立つ。屋根が片側へ大きく傾く。

板の一枚ずつが、縦の線で示される。傷んだ部分は線が乱れる。

小屋の右に、木が茂る。葉は丸い塊として置かれる。

手前は水である。水面には短い横線が並ぶ。

右下に、細長い舟が一艘つながれる。

背景の湖は、線がほとんどない。白いまま残される。

下部の余白に、地名と年が書き込まれる。

湖という場所

九点のうち二点は、南ドイツの大きな湖で描かれている。

同じ年、同じ湖で、別の場所を選んでいる。

一点は小屋と舟、一点は葦と家である。どちらも水際の暮らしが主題である。

観光の名所ではない。地元の人が使っている場所である。

旅の素描でありながら、名所を避けている。九点全体にその傾向がある。

縦と横の使い分け

九点のうち三点が縦長、六点が横長である。

縦長になるのは、高いものを描くときである。門の塔と、二本の木がそれにあたる。

横長になるのは、広がりを描くときである。丘、湖、街並みがそうである。

紙の向きは、対象を見た瞬間に決まる。あとから変えられない。

九点の向きの分かれ方は、その判断の記録でもある。

白いままにする

水面や空を白く残すのは、ペンの素描でよく使われる手である。

線を引かなければ、紙の白がそのまま光になる。

九点のうち、空を線で埋めた画面はない。どれも上部が空いている。

かわりに、手前の草や水際に線を集める。目は下半分へ引き寄せられる。

構図の重心が低い。地面に近いところで見ている。

漁師の家、ヒエム湖、ドイツ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《漁師の家、ヒエム湖、ドイツ》1877年。淡い黄褐色の紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦24.3センチ、横32.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《漁師の家、ヒエム湖、ドイツ》メトロポリタン美術館蔵

九点のなかで、最も線の薄い一点である。

画面の右に、家が二軒ほど見える。屋根の輪郭だけが引かれる。

家の周りには、木が茂る。細い線が斜めに重なる。

手前は葦の原である。細長い線が縦に並ぶ。

水面はほとんど描かれない。左半分が白い。

全体に、線が均一で軽い。強い黒がどこにもない。

未完のようにも見えるが、書き込みは入っている。仕上げたつもりなのだろう。

同じ湖の別の一点と比べると、手の入れ方に差がある。

仕上げの度合い

九点を並べると、描き込みの量に幅がある。

最も密なものは、壁の目地や屋根の瓦まで引かれる。

最も薄いものは、輪郭と葦だけで終わる。

どちらにも書き込みがあり、館は同じように一点として登録している。

つまり、記録の上では下描きと仕上げの区別がない。すべて素描である。

東ハンプトン、ロング・アイランド
アンドリュー・フィッシャー・バナー《東ハンプトン、ロング・アイランド》1879年。生成りの紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦38.6センチ、横28.1センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《東ハンプトン、ロング・アイランド》メトロポリタン美術館蔵

場所が海を渡る。ドイツから、ニューヨーク州の島へ移る。

縦長の画面で、九点のなかでは最も大きい。

中央に、一本の木が立つ。幹は太く、下から上へまっすぐ伸びる。

枝は左右に大きく広がり、画面の上端まで届く。

葉は短い線の集まりで、房ごとにまとめられる。

木の左奥に、風車が小さく見える。羽根の骨組みが線で描かれる。

地面は低く、草の線が横に走る。

下の余白に、地名と頭文字と年が書き込まれる。

木を、主役にする

前半の六点では、建物が主役だった。

後半では、木が主役になる。二点とも、一本の木を画面の中心に置く。

建物と違い、木には正面がない。どこから見ても同じようで、同じではない。

線で描くとき、木は難しい。葉を一枚ずつ描けば埋まり、省けば形が消える。

九点の後半は、その難しさに向き合っている。

杉、ベルポート、ロング・アイランド
アンドリュー・フィッシャー・バナー《杉、ベルポート、ロング・アイランド》1880年。生成りの紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦34.6センチ、横24.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《杉、ベルポート、ロング・アイランド》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面に、木が一本立つ。

幹は途中で二つに分かれる。片方は右へ大きく傾く。

枝は水平に伸び、葉が丸い塊として並ぶ。

幹の下には、低い草と細い枝が散らばる。

背景は白い。空も地面の奥も、線がない。

木の右下に、小さな灌木がある。

下の余白に、地名と年が書き込まれる。ドイツの地名とは書式が変わり、島の略称が入る。

木だけを描いた画面は、この一点と前の一点だけである。

書き込みの書式も、変わる

書き込みを見比べると、書き方が一定ではない。

地名だけのもの、地名と年のもの、月日まで入るものがある。

略し方も違う。島の名を頭文字で略した一点がある。

これは、その場で書いたものだからである。清書ではない。

館の題は、その揺れをある程度そろえている。地名を正式な形に直している。

カナジョハリー、ニューヨーク
アンドリュー・フィッシャー・バナー《カナジョハリー、ニューヨーク》1880年。淡い黄褐色の紙に黒インク、鉛筆の跡。館の記録では、縦27.8センチ、横37.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。バナー夫人の寄贈、1899年。アンドリュー・フィッシャー・バナー《カナジョハリー、ニューヨーク》メトロポリタン美術館蔵

九点の最後は、水車小屋である。

中央に、木造の建物がある。屋根は板葺きで、片側が長い。

建物の下に、大きな水車が見える。輻が放射状に並ぶ。

水車の周りには、木の枠組みが組まれる。柱と梁が交差する。

手前は水で、短い線が並ぶ。石がいくつか転がる。

右には、低い小屋が続く。屋根が地面近くまで下がる。

背景の木は、輪郭だけで示される。

右下の書き込みには、地名のほかに月日が入る。九点で最も詳しい書き込みである。

大きさが、変わる

九点の寸法を並べると、後半で大きくなる。

ドイツで描いた六点は、縦24センチ前後、横33センチ前後である。

島で描いた二点は、縦34センチと38センチある。二割から五割大きい。

最後の水車小屋の一点は、横が37.9センチある。九点で最も横に長い。

旅先では小さな紙を使い、帰ってからは大きな紙を使う。持ち運びの都合が寸法に出ている。

五年で、三つの土地

九点の年と地名を並べてみる。

1876年はドイツの中部、1877年はバイエルンの湖、1879年と1880年はニューヨーク州である。

五年のあいだに、大西洋を越えている。

そのあいだに、ヴェネツィアの素描は一点も入っていない。運河の仕事は、このあとに集中する。

つまり九点は、よく知られた仕事の手前にある。準備の期間にあたる。

人が、ほとんどいない

九点に描かれた人の数を数えてみる。

はっきり人と分かるのは、街角の一点に二人だけである。

ほかの八点には、人がいない。建物も木も、無人で描かれる。

人を入れれば、大きさの目安になる。それでも入れていない。

形そのものを見ることが目的だったのだろう。物語を作る気はない。

手の癖は、変わらない

土地は変わっても、線の引き方は変わらない。

輪郭を細い線で取り、面は短い線の集まりで埋める。空は白く残す。

ドイツの城でも、島の木でも、同じ手つきである。

その一貫性は、ヴェネツィアの素描にも続く。運河の水の描き方は、湖の水の描き方と近い。

九点を先に見ておくと、後の仕事の見え方が変わる。

一人の寄贈から

九点はすべて、同じ人からの寄贈である。

年は1899年で、番号も同じ大きな番号の下に並ぶ。

寄贈者は、画家の配偶者として記録されている。画家が没した二年後にあたる。

つまり、これらの素描は売られずに手元に残っていた。まとめて館へ渡っている。

運河の素描については、ペンとインクで、運河を引く——アンドリュー・フィッシャー・バナーに書いた。同じ寄贈から来た紙である。

一枚に一点、という数え方

同じ画家の紙には、一枚に複数の図が入るものもある。

そうした紙の数え方については、一枚の紙に、何点あるか——アンドリュー・フィッシャー・バナーで扱った。

九点はいずれも、一枚に一つの図である。数え方に迷う余地がない。

だから題も一つで済む。地名を一つ書けば終わる。

複数の図が入る紙では、題が長くなる。書き込みも増える。

場所の名が、束をつくる

最後に、題の働きをもう一度確かめておきたい。

九点の題は、いずれも地名である。何を描いたかは書かれない。

門も、木も、水車小屋も、題からは分からない。

それでも地名があるから、九点は旅の順に並べられる。

一枚の紙に書かれた地名が、百二十年後に束を作っている。書き込みは、そういう働きをする。

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