画家を知る

同じ題が、二度出てくる——アンドリュー・フィッシャー・バナー

同じ運河の名を持つ二点が、二組ある。年は1883年と1885年。一組は判型から違い、もう一組はほぼ同じ構図である。同じ地名に別の語が付く二点もある。題が場所しか書かないことの帰結を読みたい。技法の欄が崩れた一点もある。

ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ》メトロポリタン美術館蔵

同じ題が、二度出てくる

九点の題を並べると、同じ題が二組ある。

一組目は、ある運河の名。1883年と1885年の二点。

二組目も、別の運河の名。やはり1883年と1885年の二点。

つまり、同じ場所を二年おいて二度描いている。

さらに、もう一組ある。

同じ地名を持ちながら、頭に付く語が違う二点である。

九点のうち六点が、こうした対を作っている。

同じ場所を二度描くと、何が変わるのか。

九点を並べて見たい。

ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ》1883年。淡い黄白色の織り紙に、黒インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦32.7センチ、横46.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ》メトロポリタン美術館蔵

九点の内訳

先に、九点の中身を確かめておく。

九点とも、紙にインクで描かれた素描である。

九点とも、題にヴェネツィアの地名が入る。

年は1871年、1883年、1885年の三つに分かれる。

寸法は、縦24.3センチから33センチ。

九点とも、同じ館に収まっている。

ペンで描くということ

九点は、いずれもインクで描かれている。

ペン先にインクを付け、線を引く。

一度引いた線は、消せない。

鉛筆なら消しゴムで直せるが、インクは紙に染みる。

だから、線を引く前に形を決めておく必要がある。

下描きという段取り

そのために、鉛筆で当たりを付ける。

建物の輪郭、屋根の傾き、水面の位置。

大まかな位置を決めてから、インクで本番の線を引く。

技法の欄に鉛筆の跡が記録されているのは、その段取りの証しである。

三つの年

九点の年を数えると、1883年が五点、1885年が三点、1871年が一点。

つまり、二度の滞在があったことになる。

1871年に一度。1883年から1885年にかけてもう一度。

十二年の間が空いている。

十二年の空白

1871年の一点と、1883年の五点のあいだには十二年ある。

そのあいだ、この画家がヴェネツィアにいなかったのか。

いたが、紙が残っていないのか。

九点からは分からない。

分かるのは、二つの時期に紙が集まっているということだけである。

一組目の二点

まず、一組目の対を見る。

同じ運河の名を持つ二点である。

1883年の一点は、縦32.7センチ、横46.4センチ。横長である。

1885年の一点は、縦31.4センチ、横23.5センチ。縦長である。

つまり、判型そのものが違う。

面積で比べる

一組目の二点を面積で比べる。

横長の一点は、およそ1517平方センチ。

縦長の一点は、およそ738平方センチ。

倍以上の差がある。

同じ題でありながら、大きさもそろっていない。

横長と縦長

同じ場所を描くのに、なぜ向きが変わるのか。

立つ位置が変われば、見える範囲が変わる。

運河に沿って立てば、水面が奥へ伸びる。縦長が向く。

運河を横切る位置に立てば、対岸の建物が横に並ぶ。横長が向く。

同じ運河でも、どこに立つかで画面の形が決まる。

紙の在庫

判型が違うのは、持っていた紙によるのかもしれない。

旅先で描くなら、あるものを使うことになる。

大判の紙を切って使えば、いろいろな寸法が出る。

九点の寸法がそろわないのは、そうした事情だろう。

二点の内容

横長の一点では、左に橋があり、右に建物が並ぶ。

水面は画面の下三分の一を占める。

縦長の一点では、運河が奥へ伸び、その先に橋が架かる。

両岸の建物が、画面の左右を挟む。

同じ題でありながら、共通する形はほとんどない。

題は、場所しか示さない

題が示すのは、運河の名だけである。

どこに立ち、どちらを向いたかは書かれていない。

だから、同じ題の二点が似ているとは限らない。

読む側は、題だけでは二点の関係を判断できない。

ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ》1885年。淡い黄白色の織り紙に、インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦31.4センチ、横23.5センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デル・エルベ》メトロポリタン美術館蔵

建物の描き込み

いま見た一点では、左の建物が細かく描かれている。

窓の縁、露台の手すり、屋根の煙突。

一つ一つが線で追われている。

その上に、木の枝が広がる。

右の建物は、輪郭だけで済まされている。

技法の欄が、崩れている

いま見た一点の技法の欄は、他の八点と書き方が違う。

八点では、黒インクと、鉛筆の跡と、紙の種類が順に並ぶ。

この一点では、その語順が崩れている。

インクと鉛筆をつなぐ語が落ち、意味の取りにくい並びになっている。

読めなくはない

もっとも、何を言おうとしているかは分かる。

インクで描き、鉛筆の跡が残り、淡い黄白色の織り紙に描かれている。

八点と同じ内容である。

語順の崩れは、入力の途中で起きたものだろう。

崩れは、一箇所だけ

他の欄には、崩れが見当たらない。

題も、年も、寸法も、八点と同じ形で書かれている。

技法の欄だけが、語順を失っている。

記録の誤りを、どう扱うか

こうした崩れを見つけたとき、こちらが直して読むこともできる。

しかし、記録としては、書かれた通りに残っている。

ここでは、崩れがあるとだけ書いておく。

九点のうち、この崩れがあるのは一点だけである。

鉛筆の跡

技法の欄にある鉛筆の跡という語は、下描きの残りを指している。

インクで描く前に、鉛筆で当たりを付ける。

インクが乾いた後、鉛筆を消しても、跡は完全には消えない。

九点のうち八点で、この語が記録されている。

一点だけ、鉛筆がない

残る一点には、この語がない。

インクだけ、と書かれている。

つまり、下描きなしで直接インクを引いたことになる。

その一点は、九点で最も古い1871年の作である。

ヴェネツィア、リオ・デッラ・ヴェローナ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デッラ・ヴェローナ》1883年。淡い黄白色の簀の目紙に、黒インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦33センチ、横24.4センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デッラ・ヴェローナ》メトロポリタン美術館蔵

紙が、一点だけ違う

いま見た一点の紙は、他の八点と違う。

簀の目紙と記録される。

紙を漉くときの簀の跡が、細い線になって残る紙である。

八点は、織り紙と記録される。

網目の細かい金網で漉いた紙で、簀の跡が出ない。

二種類の紙

九点の紙は、二種類に分かれる。

織り紙が八点、簀の目紙が一点。

どちらも、淡い黄白色と記録される。

つまり、真っ白ではない。

インクの黒が、紙の色の上で少し和らぐ。

紙の違いは、見えるか

公開されている画像では、紙の目までは見えない。

拡大すれば、光の当たり方で見えるかもしれない。

記録がなければ、この違いに気づくことはない。

技法の欄が、画像の見えない部分を伝えている。

写真に写り込んだ番号

この一点の画像の下には、手で書かれた数字が見える。

紙の外、台紙の上に書かれている。

作品の一部ではない。

整理のための番号だろう。

九点のうち、こうした写り込みはこの一点だけである。

二人の乗る舟

この一点の水面には、二人の乗る細長い舟が浮かぶ。

一人が立って櫂を操り、もう一人が座る。

橋の下には、もう一艘の舟が留められている。

小さな人物が入ることで、橋の大きさが分かる。

二組目の二点

この一点と、次に見る一点が、二組目の対である。

同じ運河の名を持つ二点。

年は1883年と1885年。

一組目と同じ、二年の間隔である。

ヴェネツィア、リオ・デッラ・ヴェローナ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デッラ・ヴェローナ》1885年。淡い黄白色の織り紙に、黒インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦33センチ、横24.9センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デッラ・ヴェローナ》メトロポリタン美術館蔵

寸法が、ほぼ同じ

二組目の二点は、寸法が近い。

どちらも縦33センチ。

横は24.4センチと24.9センチ。差は5ミリである。

一組目の二点が判型から違ったのとは、対照的である。

構図も、近い

画面を見比べると、構図も近い。

どちらも縦長で、奥に橋が架かる。

両岸の建物が、画面の左右を挟む。

水面には、細長い舟が浮かぶ。

つまり、同じ場所を、ほぼ同じ位置から描いている。

舟の位置

二点とも、水面に細長い舟が描かれている。

1883年の一点では、舟が橋の手前にいる。

1885年の一点では、舟が橋の下に入りかけている。

舟は動くものなので、位置は描いたときによる。

同じ場所でも、時間が違えば画面は変わる。

何が違うのか

では、二点の違いはどこか。

左岸の建物の描き方が違う。

1883年の一点では、左の建物が高く、屋根まで入る。

1885年の一点では、左の建物が近く、画面の外へ切れる。

つまり、立つ位置がわずかに前後している。

二年後に、また来る

同じ場所へ二年後に戻り、ほぼ同じ構図で描く。

そこには、意図があったはずである。

前の紙が気に入らなかったのか。

売れて手元になくなったのか。

記録には、そうした事情が書かれていない。

対として扱われていない

館の記録では、二点が対だとは書かれていない。

それぞれ別の番号を持ち、別々に登録されている。

同じ題であることは、題を読めば分かる。

しかし、記録がそれを結びつけてはいない。

ヴェネツィア、フォンダメンタ・デル・フォルネル
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、フォンダメンタ・デル・フォルネル》1871年。淡い黄白色の織り紙に、黒インク。館の記録では、縦24.3センチ、横32.2センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、フォンダメンタ・デル・フォルネル》メトロポリタン美術館蔵

三組目の、片方

いま見た一点は、九点で最も古い。

1871年。他の八点より十二年以上前である。

題を読むと、後の一点と同じ地名が入っている。

ただし、頭に付く語が違う。

二つの語の違い

一方は、水際の道を指す語である。

他方は、運河そのものを指す語である。

同じ地名に、別の語が付いている。

つまり、同じ場所の道と水路を、それぞれ別に題にしている。

同じ場所か、別の場所か

この二点が同じ場所を指すのかどうかは、記録からは決められない。

地名が同じなら、近い場所ではあるだろう。

しかし、道と運河は違うものである。

題の語を読み分けなければ、同じ場所の二点だと思い込むことになる。

横長の画面

この一点は横長で、縦24.3センチ、横32.2センチ。

画面には、広い石畳の岸と、その上の人々が描かれる。

運河は、右の奥に細く見えるだけである。

つまり、水路ではなく、道が主題である。

題の語が、そのことを正しく示している。

生活の場として

人物が描かれると、そこが暮らしの場だと分かる。

運河だけを描けば、風景になる。

人を入れれば、街になる。

九点のうち八点は、風景として描かれている。

人が、多く描かれる

この一点には、十人近い人物が描かれている。

岸に腰かける人、歩く人、荷を担ぐ人。

九点の中で、人物がこれだけ描かれるのはこの一点だけである。

残る八点では、舟に乗る人が数人いる程度である。

下描きなしで描く

先に触れたように、この一点だけ鉛筆の跡が記録されていない。

インクだけで描いている。

人物のいる場面を、下描きなしで引くのは難しい。

しかし、線を見る限り、迷いは少ない。

ヴェネツィア、リオ・デル・フォルネル
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デル・フォルネル》1885年。淡い黄白色の織り紙に、黒インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦31.1センチ、横23.3センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、リオ・デル・フォルネル》メトロポリタン美術館蔵

二艘の舟

この一点の手前には、舟が二艘留められている。

先端が高く反り上がった、この街の舟である。

奥には橋が架かり、その向こうにも建物が続く。

十四年後の同じ地名

いま見た一点は、1885年である。

先の一点から、十四年たっている。

同じ地名を、今度は運河として描いている。

画面は縦長で、運河が奥へ伸びる。

両岸に建物が並び、手前に舟が二艘浮かぶ。

水面の描き方

この一点の水面には、短い横線が並んでいる。

建物の影が映り、そこだけ線が密になる。

明るいところは、紙の白のまま残る。

インクの線の密度だけで、明暗を作っている。

二点の性格の違い

先の一点は、人のいる岸を横長に描いた。

この一点は、人のいない運河を縦長に描いた。

同じ地名でありながら、まったく違う絵である。

題の頭の語が、その違いを示している。

ヴェネツィア、鐘楼とリオ・ディ・サン・ポーロ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、鐘楼とリオ・ディ・サン・ポーロ》1883年。淡い黄白色の織り紙に、黒インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦33センチ、横24.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、鐘楼とリオ・ディ・サン・ポーロ》メトロポリタン美術館蔵

二つの要素を、題にする

いま見た一点の題は、二つの部分でできている。

建物の種類と、運河の名である。

そのあいだを、つなぎの語が結ぶ。

九点のうち、この形の題は二点ある。

何を目印にするか

運河の名だけでは、どの場所かが絞りにくい。

目立つ建物の名を添えれば、場所が決まる。

塔があれば、それが目印になる。

画面でも、その塔が中央に高く立っている。

二点の題の形

つなぎの語で二つの要素を結ぶ題は、九点のうち二点である。

残る七点は、地物の名一つと都市の名だけである。

題が長くなるのは、場所を絞る必要があったときだろう。

塔の描き方

この一点の塔は、細かい線で描かれている。

段になった窓、屋根の傾き、頂の飾り。

一方、手前の建物は線が粗い。

遠くを細かく、近くを粗く描いている。

逆の描き分け

普通は、近くを細かく、遠くを粗く描く。

この一点では、それが逆になっている。

主題である塔に手数をかけた結果だろう。

見せたいものに、線を集めている。

ヴェネツィア、ポンテ・デイ・ミラコリ
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、ポンテ・デイ・ミラコリ》1883年。淡い黄白色の織り紙に、黒インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦30.8センチ、横24.8センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、ポンテ・デイ・ミラコリ》メトロポリタン美術館蔵

橋の名

いま見た一点の題は、橋の名である。

運河でも、道でもない。

九点の題に出てくる地物は、三種類ある。

運河が五点、道が一点、橋が一点、建物と運河の組み合わせが二点。

台紙に入れて撮る

この一点の画像は、他の八点と違う。

灰色の台紙に窓を開け、その中に紙を収めた状態で撮られている。

紙の縁は、台紙に隠れて見えない。

つまり、記録の寸法と、画像に見える範囲が一致しない。

台紙の役割

素描を保管するとき、台紙に収めるのは普通の扱いである。

紙の縁が傷まず、扱いやすくなる。

ただし、縁が隠れるので、紙の形は分からない。

九点のうち八点では、縁がそのまま見える。

縁が見えるということ

紙の縁が見えると、その紙がどこまでかが分かる。

台紙に隠れていれば、それが分からない。

記録の寸法と画像を照らし合わせるとき、縁は手掛かりになる。

手で切った縁

八点の縁を見ると、まっすぐではない。

波打ち、細かくほつれている。

手で漉いた紙を、折って裂いた縁である。

機械で断ち切った縁とは、見え方が違う。

ヴェネツィア、運河とサンタ・マリア・デイ・ミラコリ聖堂
アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、運河とサンタ・マリア・デイ・ミラコリ聖堂》1883年。淡い黄白色の織り紙に、黒インクと鉛筆の跡。館の記録では、縦29.7センチ、横41.6センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・フィッシャー・バナー《ヴェネツィア、運河とサンタ・マリア・デイ・ミラコリ聖堂》メトロポリタン美術館蔵

丸屋根と、側面

いま見た一点には、聖堂の丸屋根と側面が描かれている。

壁面には、細かい飾りの区画が並ぶ。

その手前に運河が流れ、右に橋が架かる。

横長の画面に、建物と水路の両方が入っている。

最も長い題

いま見た一点の題は、九点で最も長い。

運河と、聖堂の名と、都市の名が並ぶ。

聖堂の名だけで四つの語がある。

先に見た橋の題と、地名の一部が共通している。

つまり、近い場所を描いた二点である。

同じ地区の二点

橋の名と聖堂の名に、同じ語が含まれている。

その語は、奇跡という意味である。

聖堂の名から、そばの橋の名が付いたのだろう。

九点の中で、こうした関係が読み取れるのは、この二点だけである。

横長の三点

この一点は横長で、縦29.7センチ、横41.6センチ。

九点のうち、横長は三点である。

その三点は、いずれも横に広がる場面を描いている。

聖堂の側面、岸の広がり、対岸の家並み。

縦長の六点は、いずれも奥へ伸びる運河を描く。

判型と、主題

つまり、判型は主題によって選ばれている。

奥行きを見せるなら縦長。

広がりを見せるなら横長。

九点の判型は、その原則に従っている。

同じ題の二組を、もう一度

最後に、対の話に戻る。

同じ題の一組目は、判型も構図もまったく違った。

同じ題の二組目は、判型も構図もよく似ていた。

同じ地名を持つ三組目は、頭に付く語が違い、中身も違った。

つまり、題が同じでも、絵が同じとは限らない。

題に、何を書くか

題が場所の名だけを書くとき、こうしたことが起きる。

どこに立ったか。どちらを向いたか。何を主にしたか。

そのどれも、題には入らない。

読む側は、題で場所を知り、画像で構図を知ることになる。

二つを、合わせて読む

九点の題は、いずれも短い。

地名と、都市の名。それだけである。

しかし、その短い題に、対の関係が畳み込まれている。

同じ題が二度出てくること。同じ地名に別の語が付くこと。

題を並べるだけで、そこまでは読める。

同じ画家の運河の素描については、ペンとインクで、運河を引く——アンドリュー・フィッシャー・バナーで扱った。

ヴェネツィアの前にどこにいたかについては、運河の前に、どこにいたか——アンドリュー・フィッシャー・バナーも参照されたい。

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