美術史・技法

書く人と、描く人——伊藤若冲《豌豆図》ほか

九件の作者の欄には、二人以上の名がある。役割の欄は画家と書家に分かれ、順序は点によって入れ替わる。寸法は画面、表装、軸先の三段で書かれる。二人の仕事をどう数えるかを読みたい。五人の名が、一つの掛軸に並ぶ件もある。

豌豆図
伊藤若冲《豌豆図》メトロポリタン美術館蔵

役割の欄が、書く人と描く人に分かれる

書と絵が同居する作品を、九件並べてみる。

作者の欄には、いずれも二人以上の名がある。

そして、役割の欄が二つに分かれる。

一方は画家、他方は書家。

絵を描いた人と、文字を書いた人が別なのだ。

九件のうち五件で、この区別が明示されている。

残る四件では、二人とも画家と書かれる。

書いた人まで、画家として扱われている。

同じ館の記録の中で、扱いが揃っていない。

順序が、点によって入れ替わる

役割が分かれている五件を、順に見てみる。

書家が先に来る件が三つ。

画家が先に来る件が二つ。

順序が一定でない。

前の回の記事で、銃や刀の作者の欄でも同じ揺れを見た。

作者の欄の順序には、明確な規則がないらしい。

その品でどちらが主役かを見て、決めているのかもしれない。

記録を作った時期や担当の差かもしれない。

館は、理由を書かない。

九件を並べれば、揺れているという事実だけが残る。

豌豆図
無染浄善賛、伊藤若冲画《豌豆図》18世紀なかば。館の記録では、掛軸、紙に墨。画面は縦125.7センチ、横47.9センチ。表装を含めて縦192.1センチ、横61.6センチ。番号は1985.97。メトロポリタン美術館蔵。伊藤若冲《豌豆図》メトロポリタン美術館蔵

褐色の裂に、縦長の白い紙が貼られる。

紙の上部に、賛の文字が四行ほど並ぶ。

草書で、細く速い線である。

その左に、朱の印が二つ押される。

紙の下半分に、豆の蔓が描かれる。

葉は大きく、墨の濃淡で表と裏が分かれる。

蔓は細く、上へ巻きながら伸びる。

莢が二つ、下に垂れる。

莢の中の豆が、輪郭でうっすら見える。

根もとに、岩と細い草がある。

画面の左外に、細長い目盛りが写り込む。

撮影のときに置く、寸法と色の基準だろう。

撮影の道具が、写り込んでいる

いま見た一件の画像には、白黒の目盛りが写る。

これは作品の一部ではない。

館が撮影のときに置いたものだ。

大きさと色を後から確かめるために使う。

九件のうち、写り込んでいるのはこの一件だけである。

館の記録に、写真の撮り方を書く欄はない。

だから、なぜ写り込んだのかは分からない。

急いで撮ったのかもしれない。

内部の資料用の写真が、そのまま公開されたのかもしれない。

いずれにせよ、記録を読むうえでは無関係な情報だ。

しかし、目盛りがあることで、画面の大きさが実感できる。

無関係なものが、思わぬ手がかりになることがある。

寸法が、三段で書かれる

九件のうち六件は、掛軸である。

その寸法の欄は、三段になっている。

画面の大きさ。

表装を含めた大きさ。

そして、軸先を含めた大きさ。

三つとも違う数字になる。

画面が縦125.7センチ、表装込みで192.1センチ。

六十七センチの差がある。

表装は、上下の裂と紙で作られる部分だ。

軸先は、下の棒の両端に付く飾りである。

館は、その三つを別々に測っている。

どこまでが作品かという問いに、答えを出していない。

前の回の記事で、写真の箱について同じことを書いた。

白鶏図
長澤蘆雪画、皆川淇園賛《白鶏図》1780年代後半。館の記録では、掛軸、紙に墨。画面は縦124.8センチ、横27.3センチ。表装を含めて縦206.4センチ、横30.2センチ。番号は1975.268.74。メトロポリタン美術館蔵。長澤蘆雪《白鶏図》メトロポリタン美術館蔵

黒い地に金の文様がある裂で、表装される。

その中央に、細長い画面が縦に入る。

画面の上部に、賛の文字が三行ほど。

その左に、朱の印が二つ押される。

下半分に、白い鶏が一羽立つ。

首を伸ばし、上を向く。

尾は短く、後ろへ跳ね上がる。

体は白く、輪郭の線だけで描かれる。

その足もとに、大きな塊がある。

網目の文様が、全面に広がる。

籠のようにも、岩のようにも見える。

墨は薄く、線が細い。

表装の裂も、記録に入る

九件の技法の欄は、いずれも短い。

紙に墨。絹に墨と彩色。

表装の裂については、何も書かれない。

しかし写真を見れば、裂は大きな面積を占める。

掛軸では、表装が全体の半分以上になる。

色紙の三件では、九割近くが表装である。

その裂の材質も、文様も、記録には入らない。

寸法の欄には、表装込みの数字がある。

つまり、大きさとしては数えている。

数えているのに、材料としては書かない。

欄の設計が、絵画を前提にしているからだろう。

絵画には、額はあっても表装はない。

前の回の記事で、額の寸法を書く例を見た。

考え方は近いが、扱いの細かさが違う。

軸先という部品

寸法の三段目に、軸先を含めた数字がある。

軸先は、下の棒の両端に付く飾りだ。

木や象牙や陶で作られる。

その部分だけで、数センチ幅が増える。

九件のうち一件では、三次元の数字が並ぶ。

縦、横、そして奥行き。

奥行きは、巻いたときの太さだろう。

掛軸は、巻いて仕舞う。

仕舞ったときの大きさも、館は測っている。

保管の都合から必要な数字である。

記録の欄は、鑑賞のためだけにあるのではない。

色紙を、掛軸に仕立てる

九件のうち三件は、成り立ちが変わっている。

もとは、色紙と呼ばれる小さな四角い紙である。

一辺が二十センチほどしかない。

その色紙に、絵を描き、上から文字を書く。

そして後年、掛軸として表装された。

技法の欄に、色紙を掛軸に仕立てたもの、とある。

寸法の欄を見れば、その事情が分かる。

画面は縦20.2センチ、表装込みで134.6センチ。

百十四センチが、後から足された部分である。

作品の大部分が、仕立てによる。

館は、その比まで数字にしている。

桜下絵和歌色紙
俵屋宗達下絵、本阿弥光悦書《桜下絵和歌色紙》1606年。館の記録では、色紙を掛軸に仕立てたもの、紙に墨と金と銀。色紙は縦20.2センチ、横17.8センチ。表装を含めて縦134.6センチ、横37.5センチ。番号は1975.268.59。メトロポリタン美術館蔵。本阿弥光悦《桜下絵和歌色紙》メトロポリタン美術館蔵

灰褐色の絹に、白い色紙が貼られる。

色紙には、桜の花が描かれる。

花の塊が、黒い墨で丸く置かれる。

そのまわりに、金の輪郭が広がる。

金は薄く、にじんだように広がる。

下部には、幹らしい太い線がある。

その上に、かな文字が散らして書かれる。

文字は右上から左下へ流れる。

太い線と細い線が、交互に現れる。

一字だけ、極端に大きく書かれる箇所がある。

左下に、小さな朱の印が押される。

下絵という言葉

いま見た一件の題には、下絵という語が入る。

絵が先にあり、その上に文字を書いた、という意味だ。

つまり、絵は文字のための地である。

主役は文字のほうだ、という位置づけになる。

ところが、館の役割の欄では二人とも画家である。

書家という語が使われていない。

題では絵を下と呼び、役割の欄では両者を同格に扱う。

欄によって、扱いが違っている。

前の回の記事で、欄ごとに書けることが違う例を見た。

ここでは、欄ごとに評価が違って見える。

そのずれは、館が意図したものではないだろう。

記録を作った時期の違いが、そのまま残っている。

鉄線下絵和歌色紙
松花堂昭乗、俵屋宗達《鉄線下絵和歌色紙》17世紀初め。館の記録では、掛軸、色紙に墨と金と銀。画面は縦20.2センチ、横17.6センチ。表装を含めて縦134.6センチ、横45.6センチ。番号は1979.407.2。メトロポリタン美術館蔵。松花堂昭乗《鉄線下絵和歌色紙》メトロポリタン美術館蔵

淡い桃色の裂に、小さな色紙が貼られる。

色紙には、鉄線の葉が描かれる。

葉は黒い墨で、丸く大きい。

そのあいだを、金の蔓が細く走る。

蔓は巻きながら、上へ伸びる。

その上に、かな文字が三行に書かれる。

文字は右から左へ、次第に下がる。

一行目の最初の一字が、太く大きい。

表装の裂には、金の花文様が並ぶ。

文様は等間隔で、規則正しい。

上下の端に、黒と金の細い帯が走る。

ほぼ同じ二件が、並んでいる

九件のうち二件は、きわめてよく似ている。

どちらも色紙を掛軸にしたもの。

どちらも、同じ二人の名が作者の欄にある。

画面の寸法も、縦20.2センチ、横17.6センチで同じ。

表装込みの寸法だけが、わずかに違う。

134.6センチと135.3センチ。

七ミリの差である。

同じ組から出た二枚だろう。

館は、それぞれ別の番号で数えている。

しかも、受け入れた経路が違う。

一方は交換による購入、他方は別の寄贈を原資とした購入。

同じ年、1979年である。

同じ年に、別々の経路で二枚が入った。

和歌色紙
松花堂昭乗書、伝俵屋宗達下絵《和歌色紙》17世紀初め。館の記録では、色紙を掛軸に仕立てたもの、色紙に墨と金と銀。画面は縦20.2センチ、横17.6センチ。表装を含めて縦135.3センチ、横52.4センチ。番号は1979.407.1。メトロポリタン美術館蔵。松花堂昭乗《和歌色紙》メトロポリタン美術館蔵

淡い桃色の裂に、色紙が貼られる。

色紙には、葵らしい葉が描かれる。

葉は金と墨で表され、丸く大きい。

葉脈が、細い線で描き込まれる。

その上に、かな文字が二行書かれる。

文字は太く、間隔が広い。

表装の裂は、左右で柄が違って見える。

右側には、細かい格子の文様がある。

左側には、まばらな花の文様がある。

上部にも、別の文様の裂が使われる。

仕立て直したときに、裂を継いだのだろう。

伝、という一字

いま見た一件の題には、伝という語が付く。

下絵を描いたのは宗達と伝えられる、という意味だ。

確実ではない、という留保である。

もう一件には、この語がない。

同じ二人の名が並ぶ二件で、一方だけに留保が付く。

つまり、館は二件を別々に判断している。

一方は確実、他方は伝承。

その根拠は、記録に書かれない。

前の回の記事で、帰属の語の段階を見た。

日本の作品では、この一字がその役目を果たす。

一字あるかないかで、確からしさが変わる。

百年以上離れた二人が、一つの屏風に

九件のうち一件は、二人の生没年が大きく離れている。

一方は十六世紀の終わりから十七世紀前半の人。

他方は十八世紀の人である。

百年以上の隔たりがある。

同時に仕事をしたはずがない。

技法の欄を読むと、事情が分かる。

八枚の紙を、八曲の屏風に貼ったもの、とある。

つまり、古い書の紙が先にあった。

それを後の時代に屏風へ貼り、絵を加えた。

年の欄には、十八世紀後半とだけある。

貼った時期を書いているのだろう。

書かれた時期は、書かれていない。

書画貼交屏風
松花堂昭乗書、円山応挙画《書画貼交屏風》18世紀後半。館の記録では、八枚を八曲屏風に貼ったもの、紙に墨、紙に金。縦109.2センチ、横327.7センチ。番号は56.116。メトロポリタン美術館蔵。円山応挙《書画貼交屏風》メトロポリタン美術館蔵

八つの面が、横に連なる。

地は淡い黄で、金が薄く敷かれる。

その上に、薄が横に長く流れる。

穂は金で、細い線を束ねて描かれる。

葉は緑がかった墨で、鋭く伸びる。

薄のあいだに、小さな鳥が数羽いる。

いずれも黒く、飛ぶ姿である。

上部の何か所かに、文字が縦に書かれる。

文字は小さく、まばらに置かれる。

面と面の境に、細い縁が入る。

全体が横に長く、低い。

五人の名が、一つの掛軸に並ぶ

九件のうち一件は、作者の欄に五人の名がある。

いずれも禅僧である。

役割は、五人とも画家と書かれる。

しかし、実際には五人が賛を書いたのだろう。

題にも、五人の名を挙げて賛とある。

一枚の絵に、五人が文章を寄せている。

こういう作りは、禅の絵に多い。

絵を描いた人の名は、記録にない。

書いた五人の名だけが残っている。

前の回の記事で、名が残る条件を何度か見てきた。

ここでは、書く人のほうが記録に残っている。

東坡笠屐図
九淵龍賝ほか四名賛《東坡笠屐図》1460年以前。館の記録では、掛軸、紙に墨。画面は縦108.6センチ、横33.3センチ。表装を含めて縦189.2センチ、横44.8センチ。番号は1975.268.39。メトロポリタン美術館蔵。九淵龍賝《東坡笠屐図》メトロポリタン美術館蔵

金襴の裂で、周囲が縁取られる。

その中央に、縦長の画面がある。

上部の三分の二を、文字が埋める。

漢字が縦に、幾行も並ぶ。

行の高さがそろわず、段になっている。

書いた人ごとに、区切られているのだろう。

朱の印が、数か所に押される。

下部に、人物が一人立つ。

大きな笠をかぶり、衣を長く垂らす。

足もとが、高い履物で持ち上がる。

線は細く、墨は薄い。

人物の周囲は、何も描かれない。

賛が、絵より大きい

いま見た一件では、文字の占める面積が絵より広い。

画面の三分の二が文字である。

絵は、下の三分の一に小さく描かれる。

書と絵の比が、逆転している。

館の記録は、この比を書かない。

画面の寸法しか書かないからだ。

写真を見れば、一目で分かる。

記録と画像で、伝わることが違う。

前の回の記事で、その差について何度も書いてきた。

欄が書かないことは、欄の外にある。

外にあるものを、写真が拾うことがある。

美人図
式亭三馬書、歌川豊国画《美人図》1795年ごろ。館の記録では、掛軸、絹に墨と彩色。縦88.3センチ、横26.7センチ。番号は36.100.86。メトロポリタン美術館蔵。歌川豊国《美人図》メトロポリタン美術館蔵

緑の地に、丸い文様の裂で表装される。

その中央に、縦長の画面がある。

画面の上部に、和歌が数行書かれる。

かな文字で、細く連なる。

下半分に、女性が二人立つ。

右の一人は背が高い。

黒い着物に、赤と白の襟が見える。

髪を高く結い、櫛を挿す。

左の一人は小さく、白い着物を着る。

手に、赤い提灯を提げる。

提灯の紙が、丸くふくらむ。

二人の足もとは、何も描かれない。

屏風に貼る、という形

九件のうち二件は、屏風である。

いずれも、紙を貼り付けて作られている。

一件では、書の紙と絵の紙が交互に並ぶ。

もう一件では、八枚の紙に絵が広がる。

前者の技法の欄には、こうある。

書と絵の紙を、六曲一双の屏風に貼ったもの。

一双とは、二つで一組という意味だ。

つまり、この一件には屏風が二つある。

番号も、点のあとの数字が二つ並ぶ。

寸法の欄には、各隻の大きさが書かれる。

縦158.4センチ、横354.6センチ。

一隻でこの大きさが、二つある。

書画押絵貼屏風
長澤蘆雪画、指津宗琅書《書画押絵貼屏風》1785年二月。館の記録では、書と絵の紙を六曲一双の屏風に貼ったもの、紙に墨。各隻は縦158.4センチ、横354.6センチ。番号は1975.268.72と.73。メトロポリタン美術館蔵。長沢芦雪《書画押絵貼屏風》メトロポリタン美術館蔵

金の地に、六つの面が連なる。

面ごとに、別の紙が貼られる。

書の面と、絵の面が交互に並ぶ。

書の面には、大きな漢字が三行ほど。

太い筆で、勢いよく書かれる。

絵の面には、それぞれ別の主題がある。

左から、月と水鳥。

中央に、白い衣の人物が立つ。

その右に、蓮の葉と花。

いずれも墨だけで描かれる。

金の地が、絵と書の背景になる。

年の欄に、月が入る

いま見た一件の年の欄は、1785年の二月とある。

月まで書かれている。

九件のうち、月が書かれるのはこの一件だけだ。

書か絵に、年月が記されているのだろう。

館は、根拠を書かない。

しかし、月まで特定できるのは、記載があるからだ。

前の回の記事で、写真の年の欄でも同じことを見た。

細かく書けるのは、細かい記載が残っている場合だけである。

分からないものは、世紀で書く。

九件のうち四件は、世紀か十年単位でしか書かれていない。

二つの手が、同じ紙に重なる

九件のうち五件では、書と絵が同じ紙の上にある。

絵の上に、文字が書かれている。

つまり、後から書いた人が絵を消しかねない。

書く位置を選び、絵を避けて書く。

あるいは、絵を計算して書く。

そういう共同作業である。

一方、屏風の二件では、紙が別々である。

書の紙と絵の紙を、隣り合わせに貼る。

こちらは、たがいに干渉しない。

同じ作品でありながら、関わり方が違う。

館の記録は、その違いを技法の欄で示す。

同じ紙か、別の紙か。

短い一句が、二つの作り方を分けている。

出所の行に、同じ収集の名が三度出る

九件の出所の行を並べると、六つの経路になる。

同じ収集の名が、三件に出てくる。

ある人が集めたアジア美術の収集で、寄贈と購入を組み合わせた形だ。

行そのものが長く、複数の基金の名が続く。

一人の寄贈だけでは足りず、館が買い足している。

前の回の記事で、家具の購入の行が長い例を見た。

大きな収集をまとめて受け入れるときは、こうなる。

残る六件は、寄贈が二件、購入が三件、購入と寄贈の組み合わせが一件。

受入の年は、1936年から1985年まで。

半世紀のあいだに、九件が集まった。

日本の絵画が館に入るのは、比較的近年である。

二人の仕事を、どう数えるか

九件を並べ終えて、作者の欄に戻ってみたい。

書く人と描く人が、同じ欄に並ぶ。

同じ紙の上で、二つの仕事が重なっている。

どちらが先か、どちらが主か。

題の語は、それを示すことがある。

下絵、賛、書。

しかし、作者の欄は順序でしか示さない。

そして、その順序は揺れている。

館は、優劣を決めないという態度を取っている。

決めれば、片方が従属することになる。

決めないから、読む側が判断できる。

判断の材料は、九件すべてに揃っている。

書と絵を、別々のものとして数えることもできた。

文字の作品と、絵の作品に分ける方法である。

館は、そうしなかった。

一枚の紙に両方あるなら、一件として数える。

その判断が、作者の欄を二人にしている。

数え方が先にあり、欄の形はそれに従う。

最後に、寸法の欄をもう一度見比べておく。

画面の縦が、いちばん小さいもので20.2センチ。

いちばん大きいもので158.4センチ。

八倍近い差がある。

しかし表装を含めると、掛軸六件は134センチから206センチに収まる。

画面の大きさが違っても、掛けたときの高さは近づく。

表装が、その差を吸収しているのだ。

小さな色紙ほど、上下の裂を長く取る。

床の間に掛けるという用途が、寸法を決めている。

館の記録は、その事情を書かない。

書かないが、二段目の数字が揃っていることがそれを示す。

数字を並べれば、書かれていない習慣まで見えてくる。

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