美術史・技法

画中の貼り紙に、署名する——カナレット、サーンレダムほか九点

端がわずかにめくれ、下に影が落ちている。本当に貼ってあるように見えるが、これは描かれた紙である。その上に名を書けば、署名は絵の外の行いではなく絵の中の出来事になる。三百三十年使われたこの工夫を読みたい。

聖ヒエロニムス
フランチェスコ・ベナリオ《聖ヒエロニムス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

画面に、紙が貼ってある

絵画を九点、銘記の欄で並べてみる。

九点とも、画面の中に紙が描かれている。

小さな紙片であることが多い。

端がめくれ、影が落ちる。

本当に貼ってあるように見える。

しかし、貼っていない。

描いてある。

その紙の上に、文字が書かれる。

館の記録は、貼り紙の上に、と位置を書く。

紙を描く、という工夫

なぜ、わざわざ紙を描くのか。

署名を置く場所が要るからである。

絵の中に文字を書くと、浮いてしまう。

石や壁に彫ったように見せる方法もある。

前の回で、台座や欄干の例を見た。

もう一つの方法が、紙を描くことだ。

紙なら、どんな絵にも置ける。

石の建物がなくても、紙は貼れる。

しかも、紙は絵とは別の平面である。

絵の中の空間と、文字の平面が分かれる。

いつから、どこで

描かれた紙片は、十五世紀のイタリアで広まった。

とりわけ、ヴェネツィアの絵に多い。

板に描く宗教画の下のほうに、小さく置かれる。

やがて、肖像画にも使われる。

十六世紀には、北の国々にも伝わる。

そして、十八世紀の都市風景にも現れる。

九点の年を見ると、その広がりが分かる。

いちばん古いのが1470年代。

いちばん新しいのが1800年ごろ。

三百三十年にわたって、同じ工夫が使われている。

だまし絵としての、紙

描かれた紙は、しばしば凝っている。

端が丸まる。

釘や封蝋で留められる。

影が斜めに落ちる。

紙の白さが、周囲より明るい。

つまり、腕の見せ場でもある。

見る人は、思わず近づく。

近づけば、文字が読める。

うまい仕掛けである。

聖ヒエロニムス
フランチェスコ・ベナリオ《聖ヒエロニムス》1470年から1475年ごろ。館の記録では、樅の板にテンペラ。縦102.7センチ、横39.5センチ。銘記の欄には、右下、柱型の上の貼り紙に画家の名と父の名と職が、下の中央の段に聖人の名が書かれているとある。番号は1952.5.51。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランチェスコ・ベナリオ《聖ヒエロニムス》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

細長い縦の板である。

中央に、頭巾をかぶった老人が立つ。

褐色の長い衣を着る。

裸足で、足の甲が見える。

右手に、細い杖を握る。

顔は伏せ気味で、白い髭が長い。

背後に、金の唐草模様の壁がある。

その両脇に、灰色の柱型が立つ。

上には、暗い天井が見える。

足もとは、白い石の段である。

段の縁に、小さな文字が並ぶ。

板の木は、何か

この一点の技法の欄には、木の名がある。

樅の板である。

イタリアの絵では、ポプラが多い。

北の国々では、樫や菩提樹が使われる。

樅は、山地で採れる木だ。

北イタリアの、山に近い土地でよく使われた。

つまり、木の種類が産地を示す。

館が木の名まで書くのは、そのためである。

一語の情報が、絵の生まれた場所を語る。

父の職業まで、書く

この一点の貼り紙には、変わった内容がある。

画家の名。

父の名。

そして、父の職業である。

穀物を扱う商人だった、と書かれている。

なぜ父の職業を書いたのか。

同じ姓の人と区別するためかもしれない。

あるいは、家の格を示したかったのかもしれない。

どちらとも決めがたい。

館は、内容をそのまま写し、括弧で訳を添える。

理由は、書かない。

縦長の板と、細長い聖人

この一点は、極端に細長い。

縦102.7センチ、横39.5センチ。

高さは幅の二倍半以上ある。

こういう形の板は、たいてい祭壇画の一部である。

大きな祭壇画の、脇の柱の部分。

あるいは、扉の内側。

もとは、もっと大きな構造の一部だった。

いまは、その一枚だけが残っている。

館の記録には、そこまでは書かれない。

寸法の比率が、それを匂わせるだけである。

二つの文字が、同じ絵にある

いま見た一点には、もう一か所文字がある。

下の段の中央に、聖人の名が書かれている。

つまり、誰を描いたかを示す文字だ。

貼り紙の文字は、誰が描いたかを示す。

二つは、性質が違う。

一つは作者の情報。

もう一つは主題の情報。

同じ絵に、二種類の文字が同居する。

館は、位置を分けて書くことで、それを区別している。

頭文字だけを、紙に置く

九点のうち一点は、貼り紙に三文字だけがある。

名の頭文字と、作ったという語の頭文字。

点で区切られている。

つまり、極端に縮めた署名だ。

なぜここまで縮めたのか。

紙が小さいからだろう。

大きく描けば、絵の邪魔になる。

小さく描けば、書ける文字が減る。

その折り合いが、三文字になった。

モーロからのカナル・グランデ入口、ヴェネツィア
カナレット《モーロからのカナル・グランデ入口、ヴェネツィア》1742年から1744年。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦114.5センチ、横153センチ。銘記の欄には、左下の石壁の貼り紙に頭文字が、裏打ちの布の裏に購入の記録があるとある。番号は1945.15.4。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。カナレット《モーロからのカナル・グランデ入口、ヴェネツィア》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、運河の入口が広がる。

右奥に、丸屋根の聖堂が立つ。

その手前に、白い石の建物が並ぶ。

中央から左に、水面が広がる。

大きな帆船が、帆を畳んで停まる。

小舟が何艘も浮かぶ。

手前は石畳の岸である。

人が十数人、思い思いに立つ。

犬が一匹、歩く。

空は明るく、雲が薄く流れる。

左下の石壁に、白い紙片が見える。

来歴を、絵に書く

裏に購入の記録を書く習慣は、いまはない。

いまは、書類で管理する。

しかし、書類は紛れる。

火事で焼ける。

引っ越しで捨てられる。

絵に直接書けば、絵がある限り残る。

その代わり、絵を傷める。

裏打ちをすれば、隠れてしまう。

この一点の記録も、裏打ちの布の裏にある。

つまり、二重の裏である。

見るには、二度めくらなければならない。

裏には、買った記録がある

この一点には、裏にも文字がある。

裏打ちの布の裏である。

誰から買ったか、そして年が書かれている。

貴族の名と、1825年という年。

つまり、来歴が絵そのものに書いてある。

いまなら、目録や領収書に書く内容だ。

当時は、絵に直接書いた。

書いておけば、離れない。

紙は失くすが、絵は失くさない。

大きな板に、小さな紙

この一点は、大きい。

縦166.5センチ、横161.5センチ。

ほぼ正方形である。

その画面の右下に、小さな紙が描かれる。

画面全体からすれば、ごく小さい。

大きな絵ほど、署名は相対的に小さくなる。

前の回でも、同じことを見た。

理由は簡単で、書く道具が同じだからだ。

細い筆で、一息に書く。

画面が大きくても、筆は大きくならない。

消えかけた文字

九点のうち一点は、貼り紙の文字がほとんど消えている。

読めるのは、名の前半だけである。

館は、ほとんど消えた文字で、と書く。

そして、読めた部分に点を続ける。

前の回で見た、読めない年と同じ扱いだ。

消えた文字を、消えたまま書く。

貼り紙は、画面の中でも薄い層にある。

白い絵具の上に、細い線で文字を書く。

洗えば、真っ先に減る。

キリストの哀悼
アンドレア・ソラーリオ《キリストの哀悼》1505年から1507年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦166.5センチ、横161.5センチ。銘記の欄には、右下の貼り紙にほとんど消えた文字で名の前半があるとある。番号は1961.9.40。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アンドレア・ソラーリオ《キリストの哀悼》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

正方形に近い大きな板である。

中央下に、横たわる人物がいる。

上半身が裸で、白い布が腰を覆う。

その頭を、青い衣の女性が支える。

女性の顔は、下を向く。

左に、緑の衣の女性がひざまずく。

右に、赤い衣の人物が身をかがめる。

奥に、数人が立ち並ぶ。

いずれも黄や赤の衣を着る。

背後は緑の丘と、青い空である。

地面は褐色で、平らである。

測って描く、という方法

この画家は、建物を実際に測って描いた。

現場で寸法を取り、下絵を引く。

そのうえで、板に描く。

だから、線が正確である。

同時に、少しよそよそしくもある。

人の姿は小さく、脇役に回る。

署名の置き方も、几帳面だ。

平らな台の面に、長方形の紙を貼る。

紙は傾かず、まっすぐである。

絵の性質と、署名の置き方が揃っている。

方尖塔の台に、紙を貼る

九点のうち一点は、紙が石の台に貼られている。

方尖塔の根もとである。

そこに、名と作ったという語と年が書かれる。

この画家は、教会の内部を精密に描いた人だ。

建築を測り、図面のように描く。

その几帳面さが、署名の置き方にも出ている。

台の面という、平らで目立つ場所を選ぶ。

紙の形も、きちんとした長方形である。

ローマ、サンタ・マリア・デッラ・フェッブレ聖堂
ピーテル・ヤンス・サーンレダム《ローマ、サンタ・マリア・デッラ・フェッブレ聖堂》1629年。館の記録では、板に油彩。縦37.5センチ、横71.5センチ。銘記の欄には、下の中央、方尖塔の台に貼られた紙に名と作ったという語と年があるとある。番号は1961.9.34。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ピーテル・ヤンス・サーンレダム《ローマ、サンタ・マリア・デッラ・フェッブレ聖堂》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の小さな板である。

中央に、低い建物が横たわる。

壁は白く、窓が並ぶ。

屋根は平らで、小さな塔が載る。

建物の上に、木が数本生える。

左に、細い方尖塔が高く立つ。

塔は先が尖り、影を落とす。

手前は、明るい砂色の地面である。

小さな人と馬車が、左に見える。

空は淡い青で、雲が薄い。

塔の根もとに、白い紙片がある。

折りたたまれた紙に、書く

九点のうち二点は、紙が折られている。

平らに貼るのではない。

折り目が付き、影が複雑になる。

一点は、人物の左に置かれる。

そこに、名と齢と年と場所が書かれる。

つまり、貼り紙が肖像の説明を担う。

前の回で見た、年齢を書き込む型と同じ内容である。

置き場所だけが違う。

小姓を伴うアレッサンドロ・アルベルティ
北イタリア、16世紀《小姓を伴うアレッサンドロ・アルベルティ》おそらく1544年から1545年。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦169センチ、横139センチ。銘記の欄には、中央左の折られた紙に名と齢と年と場所が四行で書かれているとある。一部は読めない。番号は1952.5.80。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。北イタリア、16世紀《小姓を伴うアレッサンドロ・アルベルティ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の大きな画面である。

中央に、男性が立つ。

赤い絹の上着を着る。

袖に、細かい切り込みが並ぶ。

胸元に、白い刺繍の衣が見える。

左手を腰に当てる。

右手を下げ、指を開く。

その右下に、幼い小姓が立つ。

黄色い服を着て、こちらを見る。

背後は暗い緑で、平らである。

左下に、白い紙と布が見える。

場所を書く、という習慣

紙に場所が書かれる例は、多くない。

しかし、あるにはある。

どこで描かれたかは、あとで重要になる。

画家がその町にいた証拠になるからだ。

滞在の記録と照らせば、年も絞れる。

この一点の場合、場所と年が同じ紙にある。

年の後半は読めないが、場所は読める。

読めるほうから、調べを進めることができる。

一つの紙に書かれた四つの情報が、互いを支えている。

三十歳、ヴェネツィアにて

この紙に書かれた内容を、順に見る。

まず、人物の名。

次に、その人の三十年目である、という言い方。

そして、描かれた年。

最後に、ヴェネツィアにて、と場所。

四つの要素が、四行に分かれる。

年の後半は読めない。

だから、館の年の欄には、おそらく、が付く。

紙に書かれた文字が、年の欄の形を決めている。

枢機卿の絵に、二つの紙

九点のうち一点は、紙に年だけが書かれる。

そして、その近くに署名がある。

署名は、名の最後の一文字と、作っていたという語だけ。

前半が読めない。

さらに、この絵には別の文字もある。

小さな鈴の上に、二か所。

一つは短い略語。

もう一つは、人物の名と称号の略である。

つまり、一枚の絵に四か所の文字がある。

バンディネッロ・サウリ枢機卿、その秘書と二人の地理学者
セバスティアーノ・デル・ピオンボ《バンディネッロ・サウリ枢機卿、その秘書と二人の地理学者》1516年。館の記録では、板に油彩。縦121.8センチ、横150.4センチ。銘記の欄には、右下の折られた紙に年と署名の一部、鈴の上に二か所の文字があるとある。番号は1961.9.37。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。セバスティアーノ・デル・ピオンボ《バンディネッロ・サウリ枢機卿、その秘書と二人の地理学者》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、四人が並ぶ。

中央左に、赤い帽子と衣の人物が座る。

肩に、白い毛皮が広がる。

右手を、机の上に置く。

その左に、黒い衣の男性が立つ。

右に、二人の男性が並ぶ。

一人は指を立て、話す身振りをする。

机には、赤い織物が掛かる。

その上に、大きな本が開く。

奥は緑の壁である。

机の手前に、白い紙が置かれる。

持ち物に名を彫る

道具や器に名を彫る習慣は、古い。

銀の匙、指輪、印章、鈴。

小さな物ほど、名が彫られる。

理由は、失くしやすいからだろう。

そして、盗まれやすいからでもある。

名があれば、戻ってくる可能性が上がる。

絵の中の持ち物にその名を描くのは、写実である。

実際にそうなっていたから、そう描く。

同時に、人物が誰かを示す働きもする。

一つの文字が、二つの役目を持っている。

鈴の上の、文字

この絵の鈴の文字は、変わっている。

鈴は、机の上に置かれた小さな道具だ。

呼び鈴だろう。

その表面に、文字が刻まれている。

上のほうに、短い略語。

下のほうに、人物の名と称号の略。

つまり、持ち主の名を刻んだ持ち物である。

こういう物は、実際に存在した。

銀器や道具に、名を彫る習慣があった。

絵は、その習慣をそのまま写している。

条約の名が、経歴を語る

肖像画に文書を描く例は、十八世紀に多い。

その人の業績を示すためである。

軍人なら地図。

学者なら書物。

外交官なら条約。

言葉で説明せず、物で示す。

見る人は、その物を見て、その人の仕事を知る。

ただし、それには知識が要る。

条約の名を知らなければ、ただの紙である。

だから、書いておく。

書けば、知らない人にも伝わる。

文書を、紙として描く

九点のうち一点は、紙が公文書である。

条約の名と、その年が書かれている。

肖像の人物は、外交に関わった。

その仕事を示すために、条約が置かれる。

つまり、この紙は署名ではない。

人物の経歴を示す道具である。

館は、それも銘記の欄に写す。

書かれた文字であれば、性質を問わず写す。

オッスン侯爵
セザール・ヴァン・ローに帰属《オッスン侯爵》1780年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦129.5センチ、横97.2センチ。銘記の欄には、中央左の文書に条約の名と1762年の年が四行で書かれているとある。番号は1955.7.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。セザール・ヴァン・ローに帰属《オッスン侯爵》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の画面に、男性が椅子に座る。

白い鬘をかぶる。

金の刺繍の入った青い上着を着る。

胸に、赤と白の勲章が付く。

膝から下は、白い長靴下である。

黒い靴に、留め具が光る。

右手前の机に、大きな本が開く。

机の脚は、金で飾られる。

左奥に、書物の並ぶ棚がある。

その上に、白い胸像が載る。

背後は暗い赤の布である。

札に書かれた、分類の名

書類の束に付いた札には、分類が書かれている。

一方は、いろいろな書簡。

他方は、いろいろな下書き。

つまり、受け取ったものと、書きかけのもの。

事務のやり方が、そのまま見える。

十六世紀の机の上が、こうだったということだ。

絵は、思わぬところで暮らしを記録する。

館の記録は、その札の文字も写す。

署名ではないが、書かれた文字だからである。

束ねた書類が、壁に下がる

九点のうち一点は、紙が大量にある。

人物の背後の壁に、書類の束が掛かる。

束は左右に四つほど並ぶ。

その上に、それぞれ札が付く。

札には、書類の種類が書かれている。

雑多な書簡。

雑多な下書き。

つまり、この人は書類を扱う仕事をしていた。

紙が、職業を示している。

男性の肖像、おそらくヤン・スノック
ヤン・ホッサールト《男性の肖像、おそらくヤン・スノック》1530年ごろ。館の記録では、板に油彩。縦46.3センチ、横34.5センチ。銘記の欄には、上の左右の紙に書類の種類が、指輪と帽子の留め具に頭文字があるとある。番号は1967.4.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヤン・ホッサールト《男性の肖像、おそらくヤン・スノック》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の小さな板である。

男性が、机に向かって座る。

黒い帽子をかぶる。

赤い上着に、黒い襟が広がる。

右手に、羽根の筆を持つ。

左手を、開いた帳面に添える。

机の上に、小さな道具が並ぶ。

黒い蓋の付いた壺がある。

背後の壁に、書類の束が四つ下がる。

束は白く、紐で括られる。

上に、細長い札が付く。

指輪と留め具にも、文字

この一点には、さらに小さな文字がある。

指にはめた指輪の上。

そして、帽子に付けた留め具の上。

どちらも、頭文字である。

指輪のほうは二文字。

留め具のほうは三文字を組み合わせた形だ。

つまり、この絵には四か所に文字がある。

いずれも、持ち物の上である。

人物の名を、身につけた物が語っている。

巻いた紙の、そばに書く

最後の一点は、紙が巻かれている。

その右に、画家の名がある。

紙の上ではない。

紙の隣である。

つまり、紙は署名の台ではない。

場面の中の道具として、そこにある。

画家の仕事場を描いた絵だから、紙があって当然だ。

その傍らに、名を置いた。

自然に見せるための、控えめな置き方である。

画家の仕事場
ルイ=レオポルド・ボワイー《画家の仕事場》1800年ごろ。館の記録では、カンヴァスに油彩。縦45.7センチ、横55.2センチ。銘記の欄には、下の中央、巻いた紙の右に画家の名があるとある。番号は1943.7.1。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ルイ=レオポルド・ボワイー《画家の仕事場》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面に、薄暗い仕事場が広がる。

中央に、白い服の女性が立つ。

画架に向かい、筆を持つ。

画架には、白い紙が留められる。

その足もとに、幼い子が座る。

黄色い布をまとう。

右に、小さな石膏の像が並ぶ。

台の上に、頭部の像が載る。

左奥に、彫像と布が積まれる。

床に、壺と本と道具が転がる。

手前に、巻いた紙が置かれる。

紙は、絵の中の別の平面

九点を並べて分かることがある。

描かれた紙は、絵の中で特別な扱いを受ける。

風景でも、室内でも、人物でも、紙だけが平面である。

奥行きのある空間の中で、紙は手前に張り付く。

だから、文字を置いても矛盾しない。

文字は平面のものだからだ。

もし空中に文字を書けば、浮いてしまう。

紙という平面を用意すれば、文字が居場所を得る。

貼り紙が、教えてくれること

貼り紙の文字は、画家の考えを示す。

署名を、どう見せたかったか。

隠したいなら、紙を描く必要はない。

隅に小さく書けば済む。

紙を描くのは、見せたいからである。

しかも、絵の一部として見せたい。

外から貼ったのではなく、はじめからそこにある。

そう見せるための工夫が、めくれた端であり、影である。

手間をかけた署名だ、と言ってよい。

消えやすい場所に、置かれる

ただし、貼り紙は消えやすい。

明るい絵具の上に、細い線で書く。

洗浄で、真っ先に薄くなる。

九点のうち一点は、ほとんど消えていた。

もう一点は、年の後半が読めない。

見せるために選んだ場所が、失われやすい場所でもあった。

そういう皮肉が、ここにもある。

館の欄は、消えかけた文字を写して残している。

いつか完全に消えても、言葉としては残る。

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