寸法が、三つの数字になる——十九世紀アメリカの椅子
高さ、幅、奥行き。絵画は二つで足りるが、椅子は前後の深さがなければ形が伝わらない。ところが座面の高さは書かれない。同じ会社の三点を並べ、立体の記録の限界を読みたい。幅と奥行きが、同じ数字になる一点もある。

寸法が、三つの数字で書かれる
椅子を九点、記録の欄で並べてみる。
寸法の欄には、いずれも三つの数字がある。
高さ、幅、奥行き。
絵画の寸法は、縦と横の二つで足りる。
椅子は、立体である。
前後の深さがなければ、形が伝わらない。
そして、その三つの数字は用途と結びついている。
高さは、背もたれの上端まで。
幅は、肘掛けの外側まで。
奥行きは、脚の前後まで。
置く場所を決めるには、この三つが要る。
品名が、二種類しかない
九点の品名を並べてみる。
肘掛け椅子が八点、背もたれ椅子が一点。
つまり、肘掛けの有無だけで分けられている。
形も、大きさも、材料も違う。
それでも、品名は二種類しかない。
前の回の記事で、道具の品名が用途で決まる話を何度も書いた。
椅子では、座るという用途がすべて同じである。
だから、区別は肘掛けの有無になる。
そして、その区別は使われ方に対応する。
肘掛け付きは、上座に置かれる。
肘掛けなしは、それ以外に置かれる。
短い品名が、席次まで含んでいる。
座面の高さは、書かれない
九点の寸法の欄には、全体の高さがある。
しかし、座面の高さはない。
座るためには、座面の高さがいちばん重要である。
高すぎれば足が浮き、低すぎれば立ちにくい。
それでも、書かれていない。
なぜか。
館の欄が、外形を測るためにできているからだろう。
置き場所を決めるには、外形が要る。
座り心地を知るには、座面の高さが要る。
館は、展示のために測っている。
使うために測っているのではない。
欄の顔ぶれが、その目的を映している。
高さが、椅子の性格を示す
九点の高さを並べてみる。
80センチから131.4センチまで。
五十センチ以上の差がある。
高いものは、背もたれが頭より上まである。
低いものは、肩のあたりで終わる。
背が高ければ、儀礼的な椅子に見える。
低ければ、くつろぐための椅子に見える。
館の記録は、その差を書かない。
品名の欄には、肘掛け椅子、あるいは背もたれ椅子とあるだけだ。
しかし、高さの数字が性格を示している。
前の回の記事で、数字から性格を読む話を何度も書いてきた。

九点でいちばん背の高い椅子である。
背もたれが、頭より高く立ち上がる。
上端の左右に、丸い柱が立つ。
柱の頂は、円い形で終わる。
背もたれの中央に、織物が張られる。
織物には、盾の形の紋章が織り出される。
その周囲を、青い布が囲む。
肘掛けは低く、水平に伸びる。
座面にも、同じ織物が張られる。
座面の下に、房飾りが並ぶ。
脚は太く、下へ向かって細くなる。
前の脚には、彫った文様が回る。
同じ会社の三点
九点のうち三点は、作者の欄が同じ会社である。
十九世紀後半の、家具の製造会社だ。
年の欄も近い。
1870年から1876年のあいだである。
そして、二点は番号が連番だ。
同じ日に、同じ経路で入っている。
残る一点は、およそ八十年後の受入である。
つまり、同じ会社の製品が、別々の時期に集まった。
前の回の記事で、同じ作者の作品が別経路で入る例を何度も見た。
館の収蔵品は、そうやってできている。

白黒の写真で写される。
背もたれが高く立ち上がる。
上端の左右に、丸い柱がある。
背もたれの中央に、織物が張られる。
織物には、盾の形の紋章が見える。
前の一点と、同じ図柄である。
肘掛けはなく、側面が板で塞がれる。
座面にも、織物が張られる。
座面の下に、房飾りが並ぶ。
脚は太く、旋盤で削られた形をしている。
前の一点と、同じ組の椅子だろう。
一方に肘掛けがあり、他方にはない。
揃いの椅子は、二種類で作られる
いま見た二点は、同じ組である。
一方は肘掛け付き、他方は肘掛けなし。
食卓の椅子は、こういう組み合わせで作られる。
上座に肘掛け付きを置き、ほかを肘掛けなしにする。
だから、一組の中で二種類になる。
館の記録は、その関係を書かない。
品名の欄が違い、番号が連番であることだけが手がかりだ。
前の回の記事で、対の品について何度も書いてきた。
椅子の組は、対ではなく、階層を持つ揃いである。
寄贈者の名が、会社の名に含まれる
いま見た二点の出所の行を読むと、寄贈者の名がある。
そして、その名は会社の名の一部である。
つまり、会社の経営者が自社の椅子を館に贈った。
年を見ると、作られたのが1875年ごろ。
寄贈が1888年である。
十三年しか経っていない。
前の回の記事で、作られて三年で館に入った硝子を見た。
こちらも、近い時期の受入である。
同時代の家具を、作った本人が館に贈る。
館の記録は、その関係を説明しない。
出所の行の名と、作者の欄の名を見比べれば、分かる。

この一点の写真には、椅子が二脚写る。
左が肘掛けのない椅子、右が肘掛け付きである。
記録が指しているのは、右の一脚だろう。
左の一脚は、別の番号を持つはずだ。
二脚とも、座面と背もたれに織物が張られる。
織物は淡い黄で、赤い文様が入る。
肘掛けの先に、金色の獣の頭が付く。
脚も金色で、渦を巻く。
脚の下に、小さな車輪がある。
移動しやすいようにするためだろう。
脚と脚のあいだに、横木が渡る。
横木の中央に、丸い飾りがある。
写真が、二脚を写す
いま見た一点の画像には、二脚が写る。
記録は、一脚についてのものである。
つまり、画像に余分なものが含まれている。
なぜか。
組で撮影したのだろう。
そして、その一枚を両方の記録に割り当てた。
前の回の記事で、群の写真が共有される例を何度も見た。
家具でも、同じことが起きている。
寸法の欄を読めば、どちらか判断できる。
高さ94センチ、幅69.9センチ、奥行き69.9センチ。
幅と奥行きが同じ数字である。
肘掛け付きなら、そうなるだろう。
幅と奥行きが、同じ数字
いま見た一点では、幅と奥行きが69.9センチで一致する。
上から見れば、正方形に近い。
九点のうち、この一点だけである。
ほかの八点では、幅のほうが広い。
奥行きが幅と同じということは、深く座れるということだ。
背にもたれて、脚を伸ばす姿勢に向く。
前の回の記事で、数字の一致から読む話を何度も書いた。
館の記録は、座り方について何も書かない。
しかし、三つの数字がその手がかりになる。

背の高い肘掛け椅子である。
背もたれは四角く、上端が波打つ。
背もたれと座面に、織物が張られる。
織物は淡い黄で、赤い文様が縦に走る。
文様は、大きな葉と花の形をしている。
肘掛けは、なだらかに曲がって下りる。
肘掛けの先が、丸く巻く。
脚は角材で、まっすぐ床に下りる。
脚と脚のあいだに、横木が渡る。
木の色は、赤みの強い褐色である。
背景が青いのは、撮影の布だろう。
技法の欄に、木が二つ以上並ぶ
九点の技法の欄を並べてみる。
一種類の木だけの件が三点。
二種類の件が三点。
三種類の件が二点。
そして、木ではない件が一点。
なぜ、複数の木を使うのか。
見える面と、見えない面で木を変える。
前の回の記事で、家具の材料について同じことを書いた。
高価な木を、表だけに使う。
内部や裏には、安い木を使う。
館の記録は、その使い分けを書かない。
木の名を並べるだけである。
しかし、名の順序が使われた量の順かもしれない。
そこは、書かれていないので判断できない。

背の高い肘掛け椅子である。
背もたれの上端が、波形に彫られる。
その中央に、二つの渦がある。
背もたれの中央に、板が一枚立つ。
板は上が広く、下がすぼまる。
輪郭が、瓶のような形になる。
座面には、藺草を編んだものが張られる。
編み目が、細かく見える。
肘掛けは、外へ大きく張り出す。
肘掛けの先が、丸く巻く。
脚は旋盤で削られ、玉と輪が重なる。
前の脚の先が、獣の足の形になる。
奥行きが、いちばん浅い一点
いま見た一点の奥行きは、43.2センチである。
九点でいちばん浅い。
いちばん深い一点は、76.2センチ。
一・七倍以上の差がある。
浅い椅子は、まっすぐ座る。
深い椅子は、もたれて座る。
姿勢が違う。
そして、姿勢は時代によって変わる。
浅い一点は十八世紀前半、深い一点は十八世紀後半。
四十年ほどの差がある。
九点だけでは、傾向とまでは言えない。
言えないことは、言わないでおく。
木でない椅子
九点のうち一点は、技法の欄に木がない。
鋳鉄、とだけ書かれている。
つまり、鉄を溶かして型に流し、形を作った。
木を削るのとは、まったく違う作り方である。
型を一つ作れば、何脚でも作れる。
前の回の記事で、型による量産について何度も書いてきた。
家具でも、十九世紀の後半には量産が始まる。
作者の欄には、会社の名がある。
個人の名はない。
型を作った人の名も、鋳た人の名も残っていない。

白黒の写真で写される。
全体が黒く、光沢がある。
背もたれは、透かしの文様で埋まる。
渦と葉が組み合わさり、地がほとんどない。
上端に、細い飾りが三つ立つ。
座面にも、透かしの文様がある。
丸い穴が、規則正しく並ぶ。
肘掛けは大きく渦を巻く。
渦の中心が、外へ突き出る。
脚は細く、曲線を描いて床に下りる。
脚の先が、渦を巻いて終わる。
鋳物だから、細い部分も作れる。
量産の椅子と、一脚ずつの椅子
九点を、作り方で分けてみる。
会社の名が作者の欄にある件が四点。
個人の名がある件が五点。
会社の四点は、いずれも十九世紀後半から二十世紀初めである。
個人の五点は、十八世紀から十九世紀初めだ。
つまり、時代で分かれている。
手で作る時代から、工場で作る時代へ。
その移り変わりが、作者の欄に表れている。
前の回の記事で、意匠と製造の分業について書いた。
九点では、意匠の人の名は一つもない。
会社の名だけである。
同じ館の同じ部門でも、書き方が揃わない。

九点でいちばん背の低い椅子である。
背もたれは低く、板を縦に並べた形だ。
板は五枚ほどで、幅が狭い。
背もたれの左右から、肘掛けが伸びる。
肘掛けは、板を曲げた形である。
外側が大きな弧を描く。
その下に、三角形の空きができる。
座面は木の板で、張り地がない。
脚は角材で、外へ広がる。
後ろの脚の先に、小さな車輪がある。
木の色は、明るい褐色である。
装飾らしい装飾は、ほとんどない。
装飾の量が、時代で変わる
九点の写真を並べてみる。
十八世紀の椅子には、彫刻と曲線がある。
十九世紀後半の椅子には、彫刻と織物が重なる。
そして、二十世紀初めの一点には、装飾がない。
直線と板だけで組み立てられている。
百七十年のあいだに、装飾が増え、そして消えた。
館の記録は、装飾について何も書かない。
技法の欄には、木の名があるだけだ。
寸法の欄にも、装飾は出てこない。
写真を並べなければ、この変化は見えない。
前の回の記事で、記録と画像の役割分担について何度も書いてきた。

背もたれの低い肘掛け椅子である。
背もたれの上端に、横木が渡る。
横木の表面に、細かい彫りが入る。
その下に、二本の横木が並ぶ。
横木は、細い斜めの棒で結ばれる。
棒が交差する点に、小さな輪がある。
肘掛けは、なだらかに曲がって下りる。
肘掛けを支える柱は、旋盤で削られる。
座面には、淡い色の織物が張られる。
前の脚は、細く削られて床に下りる。
後ろの脚は、外へ反る。
木の色は、明るい赤褐色である。
同じ作者の、三十年離れた二点
九点のうち二点は、作者が同じである。
年の欄は、1765年から1775年と、1794年。
三十年近い差がある。
そして、形がまるで違う。
古いほうは、背もたれが高く、脚が太い。
新しいほうは、背もたれが四角く、脚が細い。
同じ人が、様式の変化に合わせて作り方を変えた。
館の記録は、その変化を書かない。
二つの年と、二組の寸法を並べるだけである。
前の回の記事で、同じ作者の作品を並べる話を何度も書いた。
作者ごとにまとめる欄は、記録にはない。
まとめるのは、読む側の仕事である。

白黒の写真で写される。
背もたれは四角く、上端がまっすぐである。
背もたれと座面に、濃い色の張り地がある。
張り地の縁に、細かい鋲が並ぶ。
鋲は等間隔で、輪郭をなぞる。
肘掛けは、なだらかに曲がって下りる。
肘掛けの上にも、張り地が巻かれる。
座面の前縁に、小さな札が付く。
脚は角材で、まっすぐ床に下りる。
脚の外側に、細い溝が縦に走る。
九点のうち、いちばん形が簡素な木の椅子である。
出所の行が、七つに分かれる
九点の出所の行を並べると、七つになる。
同じ寄贈が二点。
基金による購入が二点。
遺贈が二点。
そして、匿名を含む個別の受入が三点。
受入の年は、1888年から1986年まで。
百年近い幅がある。
いちばん早い1888年の二点は、作った会社の人からの寄贈だ。
いちばん遅い1986年の一点は、購入である。
つまり、館は百年にわたって椅子を集め続けている。
そして、集める理由も変わったはずだ。
同時代の製品としてか、歴史の資料としてか。
館の記録は、そこには触れない。
白黒の三点
九点のうち三点は、公開画像が白黒である。
いずれも、受入が比較的古い。
1888年、1944年、1950年である。
そして、彩色の六点は、1959年以降の受入が多い。
つまり、受入の時期と画像の色が、おおむね対応している。
前の回の記事では、対応しない例も見てきた。
九点では、比較的きれいに分かれている。
白黒では、木の色が分からない。
技法の欄に桃花心木とあっても、その赤みは伝わらない。
張り地の色も、模様の色も分からない。
記録と画像の、どちらか一方では足りない。
一脚に、何人が関わったか
九点の作者の欄には、九つの名がある。
うち四つは、会社の名である。
残る五つが、個人の名だ。
しかし、椅子は一人では作れない。
木を挽く人、削る人、彫る人。
組む人、磨く人、仕上げる人。
そして、張り地を裁ち、詰め物を入れ、留める人。
織物を織った人もいる。
前の回の記事で、意匠と製作を分ける記録を見た。
九点では、その区別すらない。
会社の名か、工房の主の名。
そのどちらかが、作者の欄を占めている。
最後に、九点の年の欄をまとめておく。
1735年から1743年。1765年から1775年。1794年。
1810年ごろ。1870年から1876年が三点。
1877年から1897年。1904年ごろ。
百七十年の幅がある。
そのあいだに、椅子の作り方が大きく変わった。
手で削るものから、型で鋳るものへ。
そして、装飾を削ぎ落とした形へ。
寸法の欄の三つの数字は、その全部を同じ形式で扱えている。
高さ、幅、奥行き。
座るものである以上、この三つは変わらない。
九点の幅を、もう一度並べておく。
51.8センチから71.8センチまで。
二十センチの幅に収まる。
高さは五十センチ以上散らばったのに、幅は狭い範囲に落ち着く。
座る人の体の幅が、決まっているからだろう。
広すぎれば、肘掛けに手が届かない。
狭すぎれば、座れない。
身体が、この数字を決めている。
高さは、様式で自由に変えられる。
幅は、変えられない。
どの数字が動き、どの数字が動かないか。
九点を並べると、それがはっきり見えてくる。
前の回の記事で、規格と自由の幅について何度も書いてきた。
椅子では、身体がその境目になっている。
身体は、百七十年では変わらない。
変わらないものが、寸法の一つを固定する。
固定された数字は、比べるときの物差しになる。
物差しがあるから、ほかの数字の変化が読める。


