等身大から、四センチまで——チャールズ・ウィルソン・ピール
二メートルの全身像と、四センチの象牙の細密画。同じ画家が、二十倍以上ちがう寸法を手がけている。壁に掛ける絵と、身に着ける絵。九点を並べ、公と私という用途の差を見る。三点は色のない記録写真である。撮影の条件が、いまの見え方を決めている。

舟の上の二人
一枚の横長の絵から始めたい。

横長の画面である。
左に、男性が体を横たえる。
そして、右に女性が座る。
男性は、白い上着に緑の外套。
長い棒のようなものを抱える。
女性は、白い衣に青い帯。
手に、桃らしき果実を持つ。
背後には、木立と水面が見える。
横たわる姿勢
男性の姿勢に注目したい。
肘をついて、体を斜めに倒す。
そして、脚を伸ばす。
つまり、くつろいだ姿勢である。
正面を向いて立つ肖像とは、まったく違う。
抱えている棒
男性が抱える細長いものを見たい。
先が細く、根元が太い。
そして、赤みがかった色である。
長い筒か、道具だろう。
館の記録に、説明はない。
だから、形の説明にとどめる。
白い衣
男性の上着を見たい。
白に近い明るい色である。
そして、細かい刺繍が散る。
暗い外套との対比で、上着が浮かぶ。
明るい面が、画面の中央にある。
果実という持ち物
女性の手には、丸い果実がある。
橙色で、表面がなめらかである。
そして、その隣に緑の葉。
肖像で果実を持たせるのは、当時の型である。
豊かさや、季節を示す。
屋外という設定
背景を見たい。
左に、水面と空。
そして、右に木立と道。
つまり、屋外である。
十八世紀の肖像には、屋外の設定が多い。
女性の帯
女性の腰を見たい。
青い帯が結ばれる。
そして、端が垂れる。
白い衣の中で、その青が一点だけ強い。
一点目の色の配置は、そこで決まっている。
二人を、一枚に
夫婦の肖像には、二つの方法がある。
一つは、二枚を対にする方法。
もう一つは、一枚に二人を描く方法。
この絵は、後者である。
だから、横長になる。
触れる手
二人の手を見たい。
男性の右手が、女性の腕に触れる。
そして、女性の手が果実を持つ。
つまり、二人が接している。
関係が、手で示される。
舟の縁
画面の左下を見たい。
木の縁のようなものがある。
そして、緑と赤に塗られている。
つまり、舟の一部だろう。
二人は、舟に乗っているのかもしれない。
もっとも、館の記録に説明はない。
空の色
背景の空を見たい。
淡い青と、桃色。
そして、雲が薄く広がる。
つまり、朝か夕方である。
時刻が、色で示されている。
一七八八年という年
制作年は、一七八八年である。
九点の中では、後半にあたる。
そして、最も早いものとは十八年の差がある。
視線の向き
二人の顔を見たい。
いずれも、こちらを向く。
そして、口元がわずかに緩む。
つまり、微笑んでいる。
十八世紀の肖像では、珍しい表情である。
大きな寸法
寸法を見たい。
縦106センチ、横152.5センチ。
つまり、横が一・四倍ある。
二人を横に並べるには、この形が要る。

二メートルの全身像
二点目は、きわめて大きい。
縦200.8センチ、横147.4センチである。
つまり、人物がほぼ等身大で描かれる。
男性が、屋外に立つ。
暗い赤茶の上着に、白い靴下。
右手を、横へ伸ばして指す。
左手に、開いた本を持つ。
木という支え
背後の木を見たい。
太い幹が、画面を縦に貫く。
そして、人物の背後に立つ。
つまり、構図の支柱になっている。
垂直の線が、立ち姿を安定させる。
指さす手
右手に注目したい。
人差し指を伸ばし、右を指す。
つまり、何かを示している。
視線は、その指の先へ向かう。
指の先にあるもの
指の先を見たい。
木の幹があり、その向こうに石の台がある。
そして、台の上に人物の像が立つ。
つまり、彫像である。
指は、その像を示している。
石の台
指の先にある台を見たい。
四角い石の台である。
そして、その上に像が立つ。
つまり、庭に置かれた彫像だろう。
十八世紀の庭園には、こうした像があった。
本という持ち物
左手の本を見たい。
開かれており、白い頁が見える。
つまり、読んでいる途中である。
本は、学識を示す持ち物である。
足元の紙
足元を見たい。
白い紙が、いくつか落ちている。
そして、丸められたものもある。
つまり、書類である。
意図して置かれたものだろう。
靴と、留め金
足元を見たい。
黒い靴に、四角い留め金が付く。
そして、白い靴下。
つまり、当時の男性の装いである。
細部まで描き込まれている。
背景の風景
背景を見たい。
左奥に、水面と小さな人影。
そして、右に木と彫像。
つまり、広い屋外である。
全身像という格
全身を描く肖像は、格が高い。
そして、値段も高い。
画布も大きく、手間もかかる。
つまり、注文主の地位を示す。
大きな絵の費用
二メートルの画布は、高価である。
そして、描く時間もかかる。
つまり、注文主の負担は大きい。
それでも注文するのは、示したいものがあるからである。
一七七〇年という年
制作年は、一七七〇年である。
九点の中で、最も早い。
そして、最も遅いものとは二十年ほどの差がある。

椅子に座る男
三点目は、座った姿である。
赤茶の上着に、同じ色の胴衣。
そして、白い靴下。
椅子に深く腰かける。
左手に、白い布を持つ。
卓には、緑の布が掛かる。
背後に、額に入った絵が見える。
赤茶という色
上着と胴衣の色を見たい。
いずれも、暗い赤茶である。
つまり、同じ色で揃えている。
そして、白い靴下と襟が対比される。
卓の上の道具
卓を見たい。
三角形の器具がある。
そして、その脇に何かが置かれる。
つまり、測るための道具だろう。
館の記録に、説明はない。
椅子の張り
椅子を見たい。
赤い布が張られる。
そして、縁に鋲が並ぶ。
つまり、上等な家具である。
家具の意匠も、記録として残る。
腰の剣
右腰に、細長いものが見える。
そして、赤い房が下がる。
剣の柄だろう。
つまり、軍務に関わる人物である。
左の柱
画面の左を見たい。
明るい石の柱がある。
そして、その脇に赤い幕。
つまり、建築の要素が背景にある。
肖像の背景として、よく使われる型である。
背後の絵
背景の右上に、額が見える。
そして、その中に風景らしきものがある。
つまり、室内に絵が掛かっている。
絵の中の絵である。
白い布
左手の白い布を見たい。
指のあいだから垂れる。
手巾だろう。
手に何かを持たせると、手の置き場が決まる。
交差した脚
脚の組み方を見たい。
右脚を、左脚の上に重ねる。
つまり、くつろいだ姿勢である。
一点目の横たわる姿勢と、方向が同じである。
五十インチ掛ける四十インチ
寸法を見たい。
縦127センチ、横101.6センチ。
つまり、五十インチ掛ける四十インチである。
膝から上を描く規格の寸法である。
祖母と孫
四点目は、二人の肖像である。

右に、年配の女性が座る。
白い被り物をかぶる。
そして、白い衣に茶色の外衣。
左に、少女が座る。
淡い色の衣に、青い上着。
二人の手が、膝の上で重なる。
背景は、暗い。
被り物の白
祖母の頭を見たい。
白い布が、髪を包む。
そして、縁に細かい襞がある。
暗い背景の中で、その白が明るい。
顔を囲む枠になっている。
手が、重なる
二人の手を見たい。
祖母の手が、孫の手に重なる。
そして、その下に紙のようなものがある。
つまり、何かを教えているのかもしれない。
館の記録に、説明はない。
二人の年齢差
顔を見比べたい。
一方は、目の下に影があり、口元が下がる。
他方は、頬が丸く、目が大きい。
つまり、年齢の差が描き分けられている。
三点目と同じ寸法
寸法を比べたい。
三点目が127センチ掛ける101.6センチ。
四点目が127センチ掛ける101.8センチ。
つまり、ほぼ同じである。
規格の画布が使われている。
二世代を、一枚に
祖母と孫を、一枚に描く。
一点目が夫婦、四点目が祖母と孫。
つまり、家族の関係を一枚に収める仕事である。
対の肖像を二枚描くのとは、性格が違う。
茶色の外衣
祖母の外衣を見たい。
暗い茶色である。
そして、光沢がある。
つまり、絹だろう。
孫の青い衣と、質感が違う。
青い衣
少女の上着を見たい。
明るい青である。
そして、光沢がある。
暗い背景の中で、その青が目立つ。
一九二二年の購入
来歴を見たい。
館の記録では、一九二二年に基金で購入された。
つまり、寄贈ではない。
館が資金を投じて買っている。
制作年の幅
年代は、一七七七年から八〇年とされる。
つまり、三年の幅がある。
この時期、北米は戦時下にあった。
肖像は、そうした時期にも描かれ続ける。

五センチの肖像
五点目から、寸法が変わる。
縦5.7センチ、横4.6センチである。
つまり、手のひらに載る。
技法も違う。
油彩ではなく、水彩である。
そして、支持体は象牙の薄板。
水彩という技法
技法にも触れたい。
水で溶いた絵の具を、細い筆で置く。
そして、点を重ねて色を作る。
油彩のように、厚く塗ることはできない。
薄く、何度も重ねる。
象牙という材料
象牙について、触れておきたい。
薄く削ると、半透明になる。
そして、光を通す。
その透過が、肌の色を明るくする。
もっとも、現在は取引が厳しく規制されている。
髪の白
髪を見たい。
白く、側面が巻かれる。
つまり、粉を打っているか、鬘だろう。
当時の男性の装いである。
金の枠
画像には、金色の枠が写る。
そして、縁に葉の形の彫りがある。
上部に、吊るすための輪。
つまり、身に着けるための仕立てである。
五センチに、何が入るか
画面の中身を数えたい。
顔、首、肩、そして衣の胸元。
つまり、胸から上である。
大きな肖像と、切り取る範囲は同じである。
描かれた人
題によれば、画家の妻である。
つまり、身内の肖像である。
注文ではなく、自分のために描いたのだろう。
背景の色
背景を見たい。
淡い青灰色である。
そして、平らに塗られる。
つまり、風景も家具もない。
小さな画面では、背景を単純にする。
髪の描き方
髪を見たい。
大きく膨らみ、白い羽飾りが挿される。
そして、細い線で一本ずつ描かれる。
五センチの画面で、この細かさである。
青い衣
衣は、薄い青である。
そして、白い縁飾りが胸元にある。
小さな画面でも、装いが分かる。

色のない画像
六点目の画像には、注意が要る。
灰色の階調だけでできている。
そして、周囲が灰青色の余白である。
つまり、古い記録写真とみられる。
白い余白
画像の周囲を見たい。
灰青色の平らな面である。
つまり、撮影の台紙だろう。
作品の一部ではない。
色が、分からない
この一枚の色は、分からない。
衣が何色か、背景が何色か。
だから、当サイトも色を語らない。
描かれた人
題は、人名である。
そして、その姓は画家と同じである。
つまり、身内の肖像だろう。
館の記録は、関係までは示さない。
顔の描き込み
顔を見たい。
髪の一本ずつが、線で描かれる。
そして、目に光の点がある。
四センチの画面で、この細かさである。
拡大すれば、点の集まりに見えるだろう。
四センチの画面
寸法は、縦4センチ、横3.1センチ。
つまり、九点の中で最も小さい。
そこに、顔と上半身が入る。
顔の実寸は、一センチほどだろう。
明暗で、読む
色がなくても、分かることはある。
髪の形、衣の襟、首元の白い布。
そして、明暗の配置。
つまり、構図は読める。
もう一枚の、色のない画像
七点目も、記録写真である。

灰色の階調だけの画像である。
そして、背景が青灰色の余白。
つまり、六点目と同じ形式で撮影されている。
楕円という形
楕円が使われる理由を考えたい。
まず、顔の形に近い。
次に、角がないので視線が中心へ集まる。
そして、身に着ける品として収まりがよい。
楕円に、切り抜かれる
画像を見ると、絵が楕円である。
そして、その外は無地の余白。
つまり、楕円の枠に嵌めて撮影されている。
細密画は、楕円の枠に収めることが多い。
描かれた人
題は、人名である。
そして、館の記録では一七七八年の制作とされる。
当時、北米は戦時下にあった。
軍務に就いた人物の肖像だろう。
一七七八年という年
制作年は、一七七八年である。
北米が戦時下にあった時期である。
軍務の人物の肖像が、この時期に集中する。
八点目も、同じ年である。
軍装らしき衣
画像を見たい。
暗い上着に、金色らしき釦。
そして、首元に白い布。
肩に、飾りらしきものが見える。
つまり、軍装だろう。
もっとも、色が分からないので断定はしない。
一九二四年の遺贈
来歴を見たい。
館の記録では、一九二四年の遺贈である。
つまり、九点の中では早く館へ入った。

白い襟
首元の白い布を見たい。
大きく膨らみ、顎の下まで届く。
そして、暗い上着と接する。
その境が、顔の位置を決める。
色のある細密画
八点目は、色がある。
青い上着に、赤い襟。
そして、金の釦が並ぶ。
首元に、白い布が膨らむ。
髪は、白く整えられる。
背景は、淡い青灰色。
金の枠
画像には、金色の楕円の枠が写る。
そして、縁に月桂の葉の形が彫られる。
つまり、装飾の施された枠である。
六点目、七点目にも枠があるはずだが、白黒では分からない。
青と赤
上着の青と、襟の赤。
そして、金の釦。
つまり、軍装である。
題にも、階級が入る。
七センチの画面
寸法を見たい。
縦7.3センチ、横5.2センチ。
つまり、五枚の細密画の中で最も大きい。
そのぶん、細部が読める。
背景の淡さ
背景を見たい。
淡い青灰色で、平らである。
五点目の背景と、同じ調子である。
つまり、細密画では背景を単純にする。
五枚の細密画
細密画の寸法をまとめたい。
4センチ、4.4センチ、4.5センチ、5.7センチ、7.3センチ。
つまり、四センチから七センチのあいだである。
いずれも、手のひらに載る。

硝子越しに、撮る
九点目の画像は、変わっている。
灰色の階調だけである。
そして、丸い硝子らしきものが写る。
その内側に、楕円の絵がある。
つまり、覆いを付けたまま撮影されている。
覆いという保護
細密画には、硝子の覆いが付くことが多い。
表面が傷つきやすいためである。
そして、湿気からも守る。
その覆いごと、撮影されている。
反射が、写り込む
画像の上部に、明るい弧が見える。
つまり、硝子の反射である。
撮影の条件が、そのまま残っている。
横顔
描かれた人物は、横を向く。
つまり、横顔である。
八枚の中で、これだけが横顔である。
二〇〇六年の購入
来歴を見たい。
館の記録では、二〇〇六年の購入である。
つまり、九点の中で最も新しく館へ入った。
一九二二年から二〇〇六年まで、八十四年の幅がある。
九点の年代
年代をまとめたい。
一七七〇年、七二年、七七から八〇年。
七八年が二枚、八四から八六年ごろ。
八八年が二枚、そして九〇年ごろ。
つまり、二十年ほどに分布する。
二つの仕事
九点を、二つに分けたい。
大きな油彩が四枚。
そして、小さな細密画が五枚。
つまり、寸法が二十倍以上違う。
同じ人が、両方を描く
大きな肖像と、小さな細密画。
技法も、道具も、用途も違う。
しかし、同じ画家が両方を手がけている。
用途の違い
大きな絵は、壁に掛ける。
そして、家に来た人が見る。
小さな絵は、身に着ける。
そして、持ち主だけが見る。
つまり、公と私の違いである。
誰を描いたか
九点の人物を整理したい。
夫婦が一組、祖母と孫が一組。
画家の妻が一人、同姓の人物が一人。
そして、軍務の人物が三人。
つまり、身内と、公的な人物が混ざる。
収蔵の年
館へ入った年も並べたい。
一九二二年、一九二四年、一九六八年が三枚。
そして、二〇〇六年。
つまり、八十四年かけて集まっている。
記録の残り方
九点とも、名が記録されている。
つまり、誰を描いたか分かっている。
十八世紀の肖像としては、良いほうである。
画像の質の差
最後に、画像について触れたい。
九点のうち、三点が色のない記録写真である。
そして、六点は色のある写真である。
つまり、同じ館の中でも差がある。
差が生じる理由
差の理由は、撮影の時期だろう。
古い写真が残り、撮り直されていない。
小さな品は、展示の機会も少ない。
そして、撮影の順番が後になる。
見えるものと、見えないもの
美術館の公開画像は、作品そのものではない。
作品を撮った写真である。
だから、撮影の条件が見え方を決める。
色のない三枚では、色が失われている。
硝子越しの一枚では、反射が写る。
それも含めて、いまの記録である。





