美術史・技法

作者の欄に、頭文字と年だけ——ニコラス・ヒリアードほか細密画九点

名も生没年もなく、組み合わせた二文字と一つの年しか記されていない。それでも館はそれを一人の作り手として登録し、作品をその下にまとめる。記録として成り立つ最小の形を、九点の欄から読みたい。二文字だけの作者名を読みたい。

男性の肖像
組み合わせ文字の画家(フランドル)《男性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

作者の欄に、頭文字だけが入る

細密画を九点、記録の欄で並べてみる。

九点とも、手のひらに収まる小さな絵である。

そして九点とも、年が分かっている。

ところが、作者の欄が揃っていない。

七点には、名がある。

残る二点には、名がない。

代わりに、組み合わせた二文字だけが入る。

つまり、頭文字が名の代わりになっている。

分からない、と書かない

作者が分からないとき、書き方はいくつかある。

作者不詳、と書く。

国と時代で書く。

仮の名を付ける。

そして、頭文字で呼ぶ。

四つの中で、頭文字はいちばん具体的である。

現物に書かれた文字を、そのまま使うからだ。

前の回で、記録が現物に寄せて作られる話をした。

こちらは、その最も直接な形である。

頭文字を、名として使う

絵に頭文字だけが書かれている。

そして、誰か分からない。

そういうとき、館はその頭文字で呼ぶ。

組み合わせ文字の画家、という言い方をする。

前の回で、仮の名で呼ぶ話をした。

こちらは、仮の名ですらない。

書かれた文字を、そのまま名にしている。

つまり、記録が現物に最も近づいた形である。

同じ呼び方でも、別人

組み合わせ文字の画家、という呼び方は一つではない。

頭文字が違えば、別人である。

そして、同じ頭文字でも、時代が違えば別人だろう。

だから、館は土地と年を添える。

つまり、三つの情報で一人を特定する。

頭文字、土地、年。

前の回で、複数の手がかりを重ねる話をした。

こちらでも、同じ方法が使われている。

二人の、別の画家

九点のうち二点は、それぞれ別の頭文字を持つ。

一人は、ある地方の画家。

一人は、北のほうの画家である。

年も、九年ほど離れている。

つまり、別人である。

館は、それぞれ別の作者として扱う。

同じ呼び方でも、頭文字が違えば別人だ。

そして、活動した土地も書き分けられる。

男性の肖像
組み合わせ文字の画家(フランドル)《男性の肖像》1621年。館の記録では、銅板に油彩。楕円で、縦105ミリ、横91ミリ。作者の欄には、組み合わせた二文字と、この年が記される。番号は15.43.291。メトロポリタン美術館蔵。組み合わせ文字の画家(フランドル)《男性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな絵である。

金の枠に収まる。

男性が、胸から上で描かれる。

顔は、やや右を向く。

髪は短く、額が広い。

顎に、短い髭がある。

首に、青みを帯びた襞襟をつける。

黒い衣に、細かい模様が入る。

胸に、金の飾りが下がる。

背後の左に、赤い布が垂れる。

右上に、緑の布が見える。

支持体が、四種類ある

九点の支持体を並べてみる。

羊皮紙が六点。

銅が一点。

象牙が一点。

そして、羊皮紙を木に貼ったものが一点。

つまり、四種類ある。

時代が下ると、象牙が増える。

前の回で、象牙の細密画をまとめて見た。

こちらは、その前の段階にあたる。

材料が、時代を分けている。

銅板に、油で描く

いま見た一点は、支持体が銅である。

象牙でも、羊皮紙でもない。

銅は、表面がなめらかである。

だから、細い線がそのまま出る。

そして、油絵具が使える。

前の回で、銅板の絵を見た。

細密画でも、同じ材料が使われる。

館の技法の欄が、それを一語で示す。

年が、名の一部になる

作者の欄に年が入るのは、変わっている。

普通、年は別の欄にある。

しかし、名がなければ年で区別するしかない。

つまり、年が名の一部として働く。

前の回で、番号が名の代わりになる話をした。

こちらでは、年がその役目を果たしている。

分からないことを補うために、別の情報が使われる。

年が、作者の欄に入る

いま見た一点の作者の欄には、年が入る。

つまり、その年の作として知られている、という意味だ。

名がないので、年で特定するしかない。

同じ頭文字の別の絵が出てきたら、比べる。

そして、同じ手かどうかを判断する。

前の回で、仮の名がまとまりを作る話をした。

こちらでは、頭文字と年がその役目を果たす。

旅回りの一座
組み合わせ文字の画家(北ヨーロッパ)《旅回りの一座》1630年ごろ。館の記録では、羊皮紙を木に貼り、その上に描く。縦70ミリ、横90ミリ。番号は38.50.333。メトロポリタン美術館蔵。組み合わせ文字の画家(北ヨーロッパ)《旅回りの一座》メトロポリタン美術館蔵

横長の小さな絵である。

金の細い枠に収まる。

左に、大きな建物が立つ。

窓が、規則正しく並ぶ。

窓から、旗が垂れる。

その前に、大勢の人が群れる。

いずれも小さく、色とりどりの衣を着る。

右に、木の舞台が組まれる。

舞台の上に、人物が立つ。

背後に、絵を掛けた幕がある。

空は、淡い色である。

小さな画面に、群衆を描く

いま見た一点には、数十人が描かれる。

画面は、縦七十ミリ、横九十ミリしかない。

つまり、一人の大きさは数ミリである。

顔は、点にしかならない。

それでも、衣の色で人が分かれる。

そして、動きも見える。

前の回で、小さな画面に多くを収める話をした。

こちらは、その中でも密度が高い。

肖像ではない、細密画

いま見た一点は、肖像ではない。

町の場面である。

つまり、細密画は肖像だけではない。

風景も、群像も描かれる。

ただし、数は少ない。

九点のうち、肖像でないのはこの一点だけだ。

館の題も、場面の名で書かれる。

人物の名ではない。

貼らなければ、反る

羊皮紙は、湿気で伸び縮みする。

だから、平らに保つには貼る必要がある。

厚紙に貼る。

木に貼る。

そうすれば、反らない。

館の技法の欄は、そこまで書き分ける。

羊皮紙、とだけ書く場合もある。

貼っていない、ということだろう。

前の回で、材料の欄が状態を示す話をした。

羊皮紙という、支持体

九点のうち六点は、羊皮紙に描かれる。

獣の皮を薄く削り、なめらかにしたものだ。

紙より丈夫で、伸び縮みが少ない。

そして、細い線が引ける。

だから、細密画に向く。

館の技法の欄は、羊皮紙、と書く。

そして、厚紙や木に貼ってある場合も書き分ける。

薄い皮だけでは、反ってしまうからだ。

女性の肖像
ニコラス・ヒリアード《女性の肖像》1590年ごろ。館の記録では、羊皮紙を厚紙に貼り、その上に描く。楕円で、縦27ミリ、横22ミリ。番号は32.100.311。メトロポリタン美術館蔵。ニコラス・ヒリアード《女性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

たいへん小さな楕円の絵である。

金の細い枠に収まる。

枠の上に、輪が付く。

女性が、胸から上で描かれる。

髪は明るく、高く盛り上がる。

頭に、細かい飾りが載る。

首の周りに、白い襞襟が大きく開く。

襞襟は、幾重にも重なる。

胸元に、黒い衣が見える。

首に、真珠の連が二重に掛かる。

背景は、深い青である。

手に載せて、見る

二十七ミリの絵は、手に載せて見る。

壁に掛けても、何も見えない。

つまり、見る距離が決まっている。

顔から二十センチほどだろう。

そして、一人か二人でしか見られない。

前の回で、見る距離の話を何度かした。

細密画は、いちばん近い距離の絵である。

そのぶん、私的な絵でもある。

二十七ミリの、絵

いま見た一点は、縦二十七ミリである。

つまり、指の第一関節ほどしかない。

その中に、顔と襞襟と真珠が収まる。

真珠の一粒は、髪の毛の太さだろう。

前の回で、細かい仕事の話を何度もした。

こちらは、その中でも極端である。

そして、館の寸法の欄はミリで書く。

センチでは、細かすぎるからだ。

楕円は、縦と横で測る

楕円の寸法は、二つの数字で書かれる。

長いほうと、短いほう。

そして、館は楕円、という語を先に置く。

つまり、形を明示してから数字を書く。

もし形を書かなければ、長方形と誤解される。

前の回で、形と寸法の関係を書いた。

細密画では、楕円が多い。

だから、この書き方が定着している。

単位が、ミリになる

九点の寸法の欄は、ミリで書かれる。

前の回まで見てきた作品は、センチだった。

つまり、単位が一段細かい。

小さい物ほど、細かい単位で測る。

当たり前のようだが、意味がある。

センチで書けば、二.七センチとなる。

小数点以下が続き、読みにくい。

ミリなら、二十七で済む。

読みやすさが、単位を決めている。

記録に、写されない文字

この画家の金の文字は、有名である。

しかし、館の欄には写されていない。

前の回で、部門によって欄が違う話をした。

こちらの部門には、銘記の欄がない。

だから、文字があっても記録に現れない。

読みたければ、拡大した画像を見るしかない。

そして、金の上の金は読みにくい。

前の回で、同じ難しさを光輪の文字で見た。

青い背景に、金の文字

九点のうち二点は、同じ画家の作である。

その画家は、背景を深い青で塗った。

そして、その上に金で文字を書くことで知られる。

年や、短い句を、円弧に沿って入れる。

つまり、絵の中に文字がある。

前の回で、円に沿って文字を並べる話をした。

こちらは、楕円の縁に沿って書かれる。

館の記録には、その文字が写されていない。

女性の肖像
ニコラス・ヒリアード《女性の肖像》1597年。館の記録では、羊皮紙。楕円で、縦47ミリ、横39ミリ。番号は35.89.2。メトロポリタン美術館蔵。ニコラス・ヒリアード《女性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

小さな楕円の絵である。

金の飾りの付いた枠に収まる。

枠には、白い石が点々と嵌まる。

枠の外周に、渦の飾りが回る。

女性が、胸から上で描かれる。

髪は暗く、頭の上でまとめる。

頭に、小さな飾りが載る。

首の周りに、白い襞襟が広がる。

襞襟には、細かい透かしがある。

黒い衣を着る。

背景は、深い青である。

装身具として、伝わる

細密画は、装身具として扱われた。

だから、枠が凝る。

金、真珠、色石。

そして、時代の好みで作り替えられる。

つまり、枠は絵より新しいことが多い。

館は、枠を寸法に含めない。

絵だけを測る。

前の回で、額を含めるかどうかの話をした。

細密画では、含めないのが普通である。

飾り枠が、後から付く

いま見た一点の枠は、豪華である。

金の渦と、白い石が並ぶ。

つまり、装身具として仕立てられている。

ただし、この枠が当初のものとは限らない。

後の時代に付け替えられることが多い。

前の回で、額が付け替えられる話をした。

細密画でも、同じことが起きる。

館の寸法の欄は、絵だけを測る。

枠の大きさは、書かれていない。

黒鉛で、描く

九点のうち四点は、色がない。

黒鉛で、羊皮紙に描かれている。

つまり、鉛筆に近い材料である。

ただし、鉛筆ほど硬くない。

粉を練って、棒にしたものだろう。

濃淡だけで、髪も衣も肌も描き分ける。

館の技法の欄は、その材料の名を書く。

前の回で、技法の名が作り方を示す話をした。

男性の肖像
ロバート・ホワイト《男性の肖像》1690年。館の記録では、羊皮紙に黒鉛。楕円で、縦106ミリ、横85ミリ。番号は44.36.6。メトロポリタン美術館蔵。ロバート・ホワイト《男性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな絵である。

黒い木の枠に収まる。

枠の内側に、金の細い線が回る。

枠の上に、輪が付く。

男性が、胸から上で描かれる。

大きな巻き毛の鬘をかぶる。

毛は、肩まで垂れる。

顔は、こちらを向く。

首元に、白い布を巻く。

衣は、なめらかな布で表される。

全体が、灰色の濃淡で描かれる。

三点が、同じ画家である

九点のうち三点は、同じ画家の作である。

年は、1700年、1701年、1705年。

つまり、五年のあいだの作だ。

そして、いずれも黒鉛で描かれる。

寸法も近い。

つまり、同じやり方を続けている。

前の回で、同じ型を繰り返す話をした。

こちらでも、同じことが確かめられる。

男性の肖像
トマス・フォスター《男性の肖像》1700年。館の記録では、羊皮紙に黒鉛。楕円で、縦112ミリ、横92ミリ。番号は44.36.2。メトロポリタン美術館蔵。トマス・フォスター《男性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな絵である。

赤褐色の木の枠に収まる。

枠の内側に、金の線が回る。

男性が、胸から上で描かれる。

大きな巻き毛の鬘をかぶる。

毛は、左右に広がる。

顔は、やや左を向く。

首元に、白い布を垂らす。

衣は、光沢のある布である。

肩から、襞が流れる。

背景は、白く残される。

女性の肖像
トマス・フォスター《女性の肖像》1701年。館の記録では、羊皮紙に黒鉛。楕円で、縦107ミリ、横82ミリ。番号は44.36.1。メトロポリタン美術館蔵。トマス・フォスター《女性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな絵である。

赤褐色の木の枠に収まる。

女性が、胸から上で描かれる。

髪は巻いて、頭の左右に広がる。

顔は、やや右を向く。

目は、大きく描かれる。

首から胸へ、布が広がる。

布は、光沢がある。

肩に、襞が寄る。

背景は、白く残される。

線は、細く柔らかい。

男性の肖像
トマス・フォスター《男性の肖像》1705年。館の記録では、羊皮紙に黒鉛。楕円で、縦130ミリ、横102ミリ。番号は44.36.4。メトロポリタン美術館蔵。トマス・フォスター《男性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

楕円の小さな絵である。

白黒の写真で写される。

黒い枠に収まる。

枠の上に、輪が付く。

男性が、胸から上で描かれる。

大きな巻き毛の鬘をかぶる。

毛は、肩の下まで垂れる。

顔は、やや右を向く。

首元に、白い布を巻く。

衣は、なめらかな布である。

背景は、白く残される。

三点の大きさが、増えていく

三点の寸法を、年の順に並べる。

1700年が、縦112ミリ。

1701年が、縦107ミリ。

1705年が、縦130ミリ。

つまり、少しずつ大きくなる。

もっとも、三点だけでは何とも言えない。

注文の内容で変わっただけかもしれない。

館の記録は、数字を並べるだけである。

読む側が、比べることになる。

題に、頭文字が入る

九点のうち一点は、題に頭文字が入る。

頭文字を記した男性、という言い方だ。

つまり、絵の中に二文字が書かれている。

そして、その二文字が誰を指すか分からない。

だから、題にそのまま入れる。

前の回で、書かれた文字が題を決める話をした。

こちらでは、読めない頭文字が題になっている。

頭文字を記した男性の肖像
ヴィリエ《頭文字を記した男性の肖像》1790年。館の記録では、象牙。直径62ミリ。番号は25.106.21。メトロポリタン美術館蔵。ヴィリエ《頭文字を記した男性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

円形の小さな絵である。

金の細い枠に収まる。

枠の上に、輪が付く。

男性が、胸から上で描かれる。

白い鬘をかぶる。

耳の上が、巻いて膨らむ。

顔は、やや左を向く。

首元に、白い布を巻く。

胸に、青い上着が見える。

その上に、濃紺の外套を羽織る。

背景は、暗い緑である。

円形の細密画

いま見た一点は、円形である。

九点のうち、円は一点だけだ。

残りは、楕円か長方形である。

円形は、蓋の飾りに使われることが多い。

嗅ぎ煙草入れの蓋などである。

つまり、用途が形を決める。

館の寸法の欄は、直径を書く。

楕円なら、縦と横の二つを書く。

描かれた人の名は、分からない

九点のうち七点の題は、男性の肖像、女性の肖像である。

つまり、誰か分からない。

画家の名は分かるのに、描かれた人の名がない。

前の回で、逆の例を見た。

こちらは、画家のほうが残った。

理由は、署名があるからだろう。

そして、描かれた人の名は裏に書かれる。

裏の紙が失われれば、消える。

二つの名の、片方だけが残る

肖像には、二つの名がある。

描いた人と、描かれた人。

九点では、七点で描いた人の名だけが残る。

二点では、描いた人の名すら分からない。

つまり、頭文字だけである。

そして、描かれた人の名は、九点とも分からない。

前の回で、二つの名のどちらが残るかを書いた。

こちらでは、画家のほうが強い。

年だけは、九点とも分かる

一方、年は九点とも分かっている。

そして、七点は一年で確定している。

つまり、絵に年が書かれているのだろう。

前の回で、日付ありという語の話をした。

こちらの部門には、その欄がない。

しかし、年の欄に幅がないことが、それを示す。

名がなくても、年は残る。

数字は、文字より小さくて済むからかもしれない。

頭文字と、年で呼ぶ

作者の欄に、頭文字と年が並ぶ。

これは、記録としては最小限の形である。

名前がない。

生没年もない。

分かるのは、二文字と一つの年だけだ。

それでも、館は一人の画家として登録する。

そして、その名で作品をまとめる。

前の回で、まとめることの意味を書いた。

二文字でも、まとまりは作れる。

九点の年を、並べておく

九点の年を、順に並べる。

1590年ごろ。1597年。1621年。1630年ごろ。

1690年。1700年。1701年。1705年。1790年。

つまり、二百年に散らばる。

そして、幅を持つのは二点だけである。

残る七点は、一年で確定している。

つまり、年が書かれている作品が多い。

前の回で、日付の根拠の話をした。

細密画は、年が残りやすい分野である。

二百年で、材料が変わる

十六世紀の二点は、羊皮紙である。

十七世紀の二点は、銅と羊皮紙。

十七世紀末から十八世紀初めの四点は、羊皮紙に黒鉛。

十八世紀末の一点は、象牙。

つまり、材料が順に移っている。

そして、材料が変われば描き方も変わる。

色を重ねる絵から、濃淡だけの絵へ。

そして、また色の絵へ。

館の技法の欄を年の順に並べると、その流れが見える。

濃淡だけの、四十年

九点のうち四点は、黒鉛だけで描かれる。

年は、1690年から1705年である。

つまり、十五年ほどのあいだに集まる。

この時期、この描き方が流行したのだろう。

版画の下絵として描かれることもあった。

そして、彫って刷れば版画になる。

前の回で、下絵と製品の話をした。

黒鉛の細密画は、その中間にある。

絵でもあり、下絵でもある。

小さいことが、残る理由

細密画は、小さい。

だから、しまいやすい。

引き出しの奥に、何十年も眠る。

光にも当たらない。

つまり、傷みにくい。

そのかわり、忘れられやすい。

前の回で、大きな絵が失われる話をした。

小さな絵は、別の理由で残る。

大きさは、保存の条件を変えている。

記録の最小の単位

作者の欄に、二文字と年だけ。

これが、記録として成り立つ最小の形かもしれない。

名も、生没年も、生地もない。

それでも、一人の作り手として数えられる。

そして、作品がその名でまとめられる。

前の回まで、記録の細かさを何度も見てきた。

こちらは、その反対の端である。

分からないことばかりでも、記録は始められる。

始めておけば、あとで足せる。

いつか名が分かる日が来るかもしれない。

そのときのために、二文字が置かれている。

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