画家を知る

金属に、顔を刻む——モーリッツ・フュルスト

直径六センチの円盤に、海戦と横顔が浮き彫りにされている。議会が贈るメダルから、大統領の銀メダル、産業の賞牌まで。九点で、円という枠の中の仕事を見る。顔を彫るか、木を彫るか。小さな円盤に、新しい共和国の考え方が刻まれている。

エリー湖の海戦のメダル
モーリッツ・フュルスト《エリー湖の海戦のメダル》メトロポリタン美術館蔵

直径六センチの、海戦

一枚のメダルから始めたい。

エリー湖の海戦のメダル
モーリッツ・フュルスト《エリー湖の海戦のメダル》十九世紀。青銅。直径5.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。モーリッツ・フュルスト《エリー湖の海戦のメダル》メトロポリタン美術館蔵

円い金属の板である。

直径は5.9センチ。

五百円玉より、ひと回り大きい程度である。

その面に、海戦の場面が浮き彫りにされている。

帆船が何隻も並ぶ。

手前の一隻は大きく、帆柱が三本立つ。

奥には、小さな船影が水平線まで続く。

上空には、翼を広げた鷲がいる。

上下の縁に沿って、文字が刻まれる。

下段には、日付を含む一文が入る。

一八一三年九月十日、とある。

浅い彫りで、遠近を出す

このメダルの厚みを考えたい。

浮き彫りの高さは、数ミリしかない。

その範囲で、手前の船と遠くの船を描き分ける。

手前の船は高く盛り上げる。

奥へ行くほど、平らにする。

いちばん遠い船影は、線刻に近い。

つまり、彫りの深さが距離になっている。

絵の遠近法とは、まったく別の手段である。

金属という材料の性質を、そのまま使っている。

光を斜めから当てると、この差がよく見える。

作った人について

モーリッツ・フュルストは、一七八二年に生まれた。

美術館の記録は、合衆国での活動期を一八〇七年から一八四〇年ごろとする。

欧州の生まれで、米国へ渡った彫刻師である。

首都の造幣局に関わり、多くのメダルの型を彫った。

つまり、公的な仕事を担った人物である。

美術館の分類でも、作品は貨幣・メダルの部門に入る。

絵画や彫刻とは別の扱いである。

しかし、やっていることは肖像彫刻に近い。

顔を写し、金属に刻む。

表と裏で、一組になる

二枚目を見ると、関係が分かる。

オリヴァー・H・ペリー大尉のメダル
モーリッツ・フュルスト《オリヴァー・H・ペリー大尉のメダル》1813〜15年。青銅。直径5.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。モーリッツ・フュルスト《オリヴァー・H・ペリー大尉のメダル》メトロポリタン美術館蔵

軍人の横顔が、右を向いて浮き彫りにされる。

髪は巻き毛で、耳の上で広がる。

軍服の襟は高く、肩には房のついた飾りが載る。

胸には二列の飾りが並ぶ。

周囲に沿って、文字が円形に刻まれる。

名と、短いラテン語の句である。

下部にも、別の一文が入る。

直径は、先の一枚と同じ5.9センチである。

つまり、この二枚は表と裏の関係にある可能性が高い。

同じ型から、複数の打ち出し

メダルは、鋳造か打刻で作られる。

型を彫り、金属を挟んで圧力をかける。

一つの型から、何枚でも作れる。

だから、同じメダルが各地の館に存在する。

表だけ、裏だけが別々に収蔵されることもある。

今回の九点も、表と裏が別の作品番号で登録されている。

もとは一枚の両面だったものが、記録上は二点になる。

こうした事情は、メダルの収蔵ではよくある。

館の記録は、それぞれを独立した品として扱っている。

記録としてのメダル

メダルは、出来事を記録する道具である。

戦の勝利、条約の締結、建物の落成。

そうした出来事を、金属に刻んで残す。

紙は燃え、朽ちる。

金属は残る。

だから、後世に伝えたい事柄が選ばれる。

つまり、メダルに刻まれたものは、当時の人が残したかったことである。

何が刻まれ、何が刻まれなかったか。

そこを読むと、時代の価値観が見えてくる。

議会が贈るメダル

米国では、議会がメダルを贈る制度がある。

功績のあった人物に、決議によって授与する。

一八一二年からの戦争では、多くの軍人が対象になった。

海軍の艦長、陸軍の将軍。

その一人ひとりに、専用のメダルが作られる。

顔を彫り、名を刻み、功績の場面を裏に置く。

フュルストは、この仕事を数多く手がけた。

今回の九点のうち、少なくとも五点はその系統に属する。

顔を、横顔で刻む

九点のうち、人物の顔はすべて横顔である。

正面の顔は一つもない。

これは、古代の貨幣からの伝統である。

横顔は、輪郭だけで人を示せる。

鼻筋、額の傾き、顎の線。

浅い浮き彫りでは、この輪郭が最も効く。

正面の顔は、鼻と頬の関係が難しい。

浅い彫りでは、平らに潰れてしまう。

だから横顔が選ばれる。

技法が、表現の型を決めている。

顔と権力

顔を金属に刻む行為には、意味がある。

貨幣に君主の顔を入れる習慣は、古代からある。

その顔を持つことが、権威の徴になる。

当サイトの
権力の顔でも、この主題を扱った。

共和国である米国も、この型を受け継いだ。

王ではなく、将軍と大統領の顔が刻まれる。

主題は変わっても、形式は同じである。

古い器に、新しい中身を入れている。

三枚目の横顔

ジェームズ・ローレンス大尉のメダル
モーリッツ・フュルスト《ジェームズ・ローレンス大尉のメダル》1800〜1830年。青銅。直径6.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。モーリッツ・フュルスト《ジェームズ・ローレンス大尉のメダル》メトロポリタン美術館蔵

こちらも、軍人の横顔である。

右を向き、髪は短く巻く。

軍服の襟が高く立ち、肩に房飾りが付く。

先のメダルより、直径が少し大きい。

6.5センチである。

周囲には、ラテン語の句が刻まれる。

祖国のために、といった趣旨の文言である。

顔の下、縁の近くに、彫刻師の名が小さく入る。

拡大すると読み取れる。

彫刻師の署名

メダルにも、署名がある。

肖像の下、縁の内側の目立たない位置に入る。

数ミリの大きさである。

これがあるおかげで、作者が分かる。

美術館の記録も、この署名を根拠のひとつにしている。

署名のないメダルは、作者が不明のままになる。

小さな文字が、帰属を決めている。

九点のうち、いくつかには署名が確認できる。

画像を拡大して探してみてほしい。

青銅と銀

九点の材質は、二種類である。

青銅が七点、銀が二点。

同じ型から、材質を変えて作ることがある。

銀は高価で、贈答用に使われる。

青銅は、記念や配布用に多く作られる。

つまり、材質が用途を示している。

保存の面でも違いが出る。

青銅は緑青が出やすく、銀は黒く曇る。

九点の表面の色の差には、材質と時間の両方が写っている。

記念碑を、金属に彫る

四枚目は、人物ではない。

ウィリアム・バローズ中尉追悼のメダル
モーリッツ・フュルスト《ウィリアム・バローズ中尉追悼のメダル》1800〜1830年。青銅。直径6.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。モーリッツ・フュルスト《ウィリアム・バローズ中尉追悼のメダル》メトロポリタン美術館蔵

円の中央に、記念碑のような構築物がある。

台座の上に、蓋のついた壺が載る。

台座の側面には、名が刻まれている。

左右には、旗と武器が斜めに立てかけられる。

左には、輪になった枝が掛かる。

月桂の冠だろう。

下には、砲弾らしき球が並ぶ。

上部の縁には、ラテン語の句が回る。

追悼のメダルである。

追悼という主題

戦死者を記念するメダルは、少なくない。

生きている人を讃えるのとは、扱いが違う。

顔ではなく、記念碑を刻む。

壺は、遺骨を納める器を示す。

月桂は、名誉を示す。

旗と武器は、その人の職務を示す。

いずれも、古代から使われてきた徴である。

具体的な出来事は描かれない。

抽象的な形で、死を扱う。

その節度が、この種のメダルの作法である。

将軍の肖像

五枚目は、陸軍の将である。

アンドリュー・ジャクソン少将のメダル
モーリッツ・フュルスト《アンドリュー・ジャクソン少将のメダル》1800〜1830年。青銅。直径6.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。モーリッツ・フュルスト《アンドリュー・ジャクソン少将のメダル》メトロポリタン美術館蔵

右を向いた横顔である。

髪は多く、頭の上で立ち上がる。

額は広く、鼻筋が通る。

軍服には、縦に並んだ飾り紐が入る。

肩の房飾りは、粒が細かく刻まれる。

首元には襟が立ち、その内側に布が巻かれる。

顔の彫りは深く、頬の面が明瞭である。

周囲の文字は、階級と名を示す。

肖像の下に、彫刻師の署名が入る。

髪の彫り方

このメダルで注目したいのは、髪である。

一本ずつ彫られているわけではない。

束ごとに、溝を彫って向きを示す。

その溝の深さと間隔で、量感を作る。

近くで見ると、抽象的な模様に見える。

離れると、巻き毛に見える。

浮き彫りの基本的な技である。

肩の房飾りも、同じ方法で作られる。

小さな粒を並べ、光の当たり方で立体にする。

材料が硬いほど、この省略が効く。

二枚の将軍を、並べる

五枚目と六枚目は、比較に向いている。

直径は、どちらも6.4センチ。

顔の向きも、位置もほぼ同じ。

したがって、違いは顔そのものに絞られる。

こういう並びは、肖像の腕を測るのに使える。

型が同じなら、差は観察の質から出る。

もう一人の将軍

六枚目も、同じ形式である。

ウィンフィールド・スコット少将のメダル
モーリッツ・フュルスト《ウィンフィールド・スコット少将のメダル》1818年。青銅。直径6.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。モーリッツ・フュルスト《ウィンフィールド・スコット少将のメダル》メトロポリタン美術館蔵

右向きの横顔、高い襟、房飾り。

構成は先の一枚とほぼ同じである。

違うのは、顔立ちである。

こちらは顎が丸く、頬の肉が厚い。

髪はやや短く、うねりが少ない。

軍服の飾り紐の数も違う。

つまり、型は同じで、中身だけを変えている。

同じ寸法、同じ配置、同じ文字組み。

その中で、顔と階級だけが差し替えられる。

同じ型で、量産する

これは、意図された統一である。

議会のメダルは、一組の制度である。

だから、形式をそろえる必要がある。

大きさが違えば、贈られる側に序列が生じる。

配置が違えば、比べにくくなる。

だから、寸法も構成も固定する。

彫刻師は、その枠の中で仕事をする。

自由は少ないが、腕は顔に集中できる。

九点を並べると、この統一がよく分かる。

縁と、厚み

メダルの縁にも、作りがある。

九点の縁は、いずれもわずかに盛り上がっている。

これは、面を守るためである。

重ねて置いたとき、彫りが擦れない。

厚みは、直径の十分の一ほどだろう。

画像では、斜めから撮られたものがある。

そこで、縁の断面がわずかに見える。

平らな板ではなく、中央がやや膨らむ。

打刻の圧力で、金属が中央へ寄るためである。

作り方の痕跡が、断面に残っている。

表面の色

九点の色は、一枚ずつ違う。

明るい茶、赤みの強い茶、緑がかった茶。

青銅は、時間とともに表面が変化する。

空気に触れ、手に触れ、拭かれる。

その履歴が、色になって残る。

収集家が磨いた品は、明るい。

放置された品は、暗く沈む。

美術館は、ふつう磨き直さない。

表面の層も、来歴の一部だからである。

九点の色の差を見比べると、扱われ方の差が想像できる。

制度としてのメダル

こうした制度は、共和国の必要から生まれた。

王がいないので、勲章の体系がない。

その代わりに、議会が決議で顕彰する。

決議、鋳造、贈与。

一連の手続きが、制度として整えられていった。

メダルはその物証である。

金属の円盤が、国家の意思の形になっている。

近代の勲章制度は、この延長線上にある。

小さな円盤に、制度の起源が刻まれている。

造幣局という職場

フュルストの仕事場は、造幣局と関わっていた。

貨幣を作る国家の施設である。

そこには、金属を扱う技術が集まる。

型を彫る職人、圧力をかける機械、材料の管理。

メダルの製作には、この設備が要る。

つまり、彫刻師は工場の中で働いていた。

芸術家というより、技術者に近い立場である。

作品が美術館の貨幣部門に入るのも、その名残である。

分類は、その物の出自を映している。

銘文の言語

九点の銘文には、ラテン語が使われている。

祖国のために勝った、といった句である。

なぜ、当時の言葉ではないのか。

ラテン語は、権威の言語だったからである。

古代ローマの記念碑や貨幣に倣っている。

新しい国が、古い言語で自らを飾る。

同時に、実務的な理由もある。

ラテン語は短い。

限られた円周に収めるには、都合がよい。

権威と実務が、ここでも重なっている。

銀の大統領メダル

七枚目は、材質が変わる。

ジョン・クインシー・アダムズ
モーリッツ・フュルスト《ジョン・クインシー・アダムズ》1825年。銀。直径5.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。フレデリック・S・ウェイト夫妻の寄贈、1907年。モーリッツ・フュルスト《ジョン・クインシー・アダムズ》メトロポリタン美術館蔵

銀の円盤である。

表面は、白く冷たい光を返す。

右を向いた横顔が浮き彫りにされる。

髪は薄く、額が広い。

肩には、布が斜めにかけられている。

軍服ではなく、古代風の衣である。

周囲の文字は、合衆国大統領の名と職を示す。

下部には、一八二五年三月の日付が入る。

就任の日付だと考えられる。

もう一枚の大統領メダル

八枚目も、同じ型である。

マーティン・ヴァン・ビューレンのメダル
モーリッツ・フュルスト《マーティン・ヴァン・ビューレンのメダル》1837年。青銅。直径6.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・H・ハンティントン寄贈、1883年。モーリッツ・フュルスト《マーティン・ヴァン・ビューレンのメダル》メトロポリタン美術館蔵

こちらは青銅で、直径6.2センチ。

右向きの横顔、後退した髪、丸い顎。

肩に布をかけた古代風の姿である。

周囲の文字は、やはり大統領の名と職。

下部に、就任の年が刻まれる。

先の一枚と、構成がそろっている。

大統領が替わるたびに、同じ型で新しいメダルが作られた。

顔と年だけが変わる。

制度としての連続性が、形に表れている。

大統領メダルの用途

この形式のメダルには、用途が知られている。

十九世紀の合衆国では、先住民の諸国との交渉の場で贈られた。

大統領の肖像を刻んだ銀のメダルを、首長に手渡す。

大きさに三段階があり、相手によって使い分けたとされる。

館の記録には、そこまでの記載はない。

だから断定はしない。

ただ、直径5.1センチと6.2センチという寸法は、その系統の規格に近い。

用途を知ると、メダルの見え方が変わる。

顕彰の品ではなく、外交の道具になる。

外交の道具として

この用途については、書いておきたいことがある。

メダルを贈る行為は、対等な儀礼のように見える。

しかし、当時の関係は対等ではなかった。

土地の割譲や移住を伴う交渉が、並行して進んでいた。

贈られた側にとって、メダルが何を意味したか。

それは、贈った側の記録だけでは分からない。

当サイトとしては、双方の立場を書き分ける。

金属に刻まれているのは、贈った側の言い分である。

そのことを踏まえて見たい。

賞のメダル

九枚目は、性格が違う。

アメリカン・インスティテュート賞牌
モーリッツ・フュルスト《アメリカン・インスティテュート賞牌》1838年ごろ。銀。直径5.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・フォーブズ二世の寄贈、1952年。モーリッツ・フュルスト《アメリカン・インスティテュート賞牌》メトロポリタン美術館蔵

銀の小さな円盤である。

上部に、吊るすための輪が付いている。

つまり、身に着けるための品である。

面には、座った人物が浮き彫りにされる。

槍のようなものを持ち、片手を前へ出す。

背後には、機械や道具らしい形が並ぶ。

足元には、束ねた穀物と車輪がある。

周囲には、団体の名と都市の名が刻まれる。

産業を讃える賞のメダルである。

産業を、寓意で示す

この一枚の図像は、寓意である。

座る人物は、産業や技芸を示す女神とされる型である。

道具や機械は、その分野を示す。

穀物は農業、車輪は運輸、といった具合である。

つまり、抽象的な概念を、物の集まりで示している。

当サイトの
九人の女神でも、寓意の型を扱った。

賞のメダルは、この方法をよく使う。

受賞の理由を、絵で説明するためである。

短い文字と、少数の図像で伝える。

古代風の衣

大統領の二枚には、共通の特徴がある。

軍服ではなく、布を肩にかけた姿である。

古代ローマの胸像に倣った表現である。

なぜ、当時の服を着せないのか。

理由の一つは、時代を超えさせるためである。

流行の服は、すぐに古びる。

古代風の布は、いつの時代にも属さない。

もう一つは、権威の借用である。

古代の共和国と、新しい共和国を重ねる。

その意図が、衣の形に込められている。

同じ発想は、当時の建築や彫像にも見られる。

展覧会と賞

十九世紀の米国では、産業の展覧会が盛んだった。

新しい機械や製品を並べ、賞を与える。

受賞は、商売の宣伝になる。

だから、メダルには実用的な価値があった。

賞牌に吊り輪が付くのは、そのためである。

飾り、見せ、示す。

同じ彫刻師が、議会のメダルと賞牌の両方を手がけた。

公的な顕彰と、民間の商業。

その両方に、同じ技術が使われている。

一八八三年の、まとめての寄贈

九点のうち七点は、同じ寄贈による。

一八八三年、ある人物からの寄贈である。

つまり、収集家が集めたものが、まとめて館に入った。

メダルは、集めやすい品である。

小さく、丈夫で、種類が多い。

十九世紀には、こうした収集が広く行われた。

その集積が、いまの美術館の収蔵品になっている。

残る二点は、一九〇七年と一九五二年の受け入れである。

七十年かけて、九点がそろった。

触れないものを、どう見るか

メダルは、本来は手に取る品である。

重さがあり、縁に指がかかる。

裏返せば、もう一つの面がある。

美術館では、そのどれもできない。

硝子越しに、片面だけを見る。

公開画像も、同じ制約を受ける。

だから、寸法と重さの記載が手がかりになる。

直径5.9センチ、6.4センチ、5.1センチ。

数字を頼りに、手の中の大きさを想像する。

そこから始めるのが、メダルの見方である。

九点を、順に見る

最後に、見方を提案したい。

九点を、縁の文字だけ追ってみてほしい。

円周に沿って、文字が並んでいる。

始まりの位置と、終わりの位置がある。

その間隔は、文字数によって変わる。

長い名前は詰まり、短い名前は広がる。

彫刻師は、そこを調整している。

顔の大きさも、文字数に応じて変えられる。

つまり、円という枠が、すべてを規定している。

限られた円の中で、顔と文字を成立させる。

その按配を見るのが、メダルを見る楽しみである。

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