同じ一行が、九つの番号に散る——ガービッシュ夫妻の寄贈
九点の出所の行は一字も違わない。ところが番号の頭は1953年から1980年まで散らばる。二十七年にわたる繰り返しの寄贈である。変わらない一行と、動く四桁。二つを並べて、米国の素朴な絵が館に入るまでを読みたい。

同じ一行が、九つの番号に散る
九点の出所の行は、一字も違わない。
エドガー・ウィリアム・アンド・バーニス・クライスラー・ガービッシュ夫妻の寄贈。
長い一行だが、九点ともまったく同じである。
ところが番号のほうは、九つとも違う。
1953.5.1、1955.11.1、1956.13.11、1957.11.1、1958.9.1。
1966.13.1、1967.20.1、1971.83.1、1980.62.1。
先頭の四桁が、1953年から1980年まで散らばっている。
同じ夫妻が、二十七年のあいだに何度も贈ったということだ。
一度きりの大口ではない。繰り返しの寄贈である。
回数を数える
館の公開データで、この夫妻の名を持つ番号を数えてみる。
未使用の作品だけでも、十を超える受入番号に分かれている。
1953.5は、提供元のデータで145点。
1980.62にも、三十点以上が残る。
そのあいだにも、二十二点、十五点、十一点、十点といった塊がある。
一年に一度、あるいは数年おきに、まとまって贈られている。
この形は、収集と寄贈が並行していたことを示す。
集めながら贈り、また集めては贈る。
手もとに置いてから手放すまでの間隔が、短い。

若い女性が、上半身で描かれる。
髪は高く結い上げられ、額の上で丸くまとまる。
耳もとには、細い飾りが下がる。
首には二重の首飾りが回る。
衣は褐色で、袖が肩から大きく膨らむ。
胸のあたりに、白い飾りが横に渡る。
その中央に、留め具のような形が置かれる。
顔は正面を向き、目はまっすぐこちらを見る。
眉は細く、口は小さい。
左には、緑の垂れ幕が斜めに掛かる。
右には、青い空と雲が見える。
室内と屋外が、一つの画面に同居している。
右下には署名と、1801年という年が読める。
この番号1953.5.1は、夫妻からの最初の受入の一点目である。

横長の画面に、家畜が並ぶ。
左に納屋があり、板の壁と扉が描かれる。
その前に、馬が二頭。褐色と黄土色である。
右へ進むと、白と褐色の牛が立つ。
さらに右に、黒と白の牛が二頭。
手前には、黒と白の犬が伏せる。
奥には白い家があり、緑の鎧戸が並ぶ。
家の煙突は赤く塗られる。
家の前には白い柵が横に長く伸びる。
木は葉を落としかけ、細い枝が空へ出る。
空は淡く、雲がほとんどない。
動物は一頭ずつ、横向きに並べられている。
重なりを避けた配置である。
一頭ずつ数えられるように描かれている。
寄贈者の名は、なぜ二人ぶんか
出所の行には、二人の名が並ぶ。
夫の名と、妻の名である。
妻の名には、生家の名が挟まれている。
米国の記録では、結婚後も生家の名を残す書き方が広く使われる。
館の記録は、その書き方をそのまま採る。
二人の名を並べるのは、共同の寄贈だからだ。
どちらか一方の名にすれば、もう一方が消える。
出所の行は、贈った側の申告に従って書かれる。
だから長くなる。
長くても、縮めない。
これは記録の原則である。
呼びやすさより、正確さを取る。
九点の行が一字も違わないのは、その原則の結果でもある。
何を集めた寄贈だったのか
九点を見渡すと、共通する性格がある。
いずれも米国で描かれた絵である。
そして多くが、専門の訓練を受けたとは言い難い描き方をしている。
遠近が正確でない。人体の比が不自然である。
かわりに、輪郭がはっきりし、色が明るい。
一つずつの物が、重ならないように並べられる。
こういう絵は、長らく美術館の対象ではなかった。
肖像画家として名の残らない人の仕事だからである。
夫妻の寄贈は、そうした絵を美術館の記録に載せた。
館の側は、それを受け入れ、番号を与えた。
番号を与えるということは、館の責任の範囲に入れるということだ。
作者の名が分からなくても、番号は付く。

室内の場面である。壁は木の板張りに見える。
中央に、女性が寝台の端に腰かける。
衣は朱色で、裾が足もとに広がる。
上半身は白い下着で、肩が出る。
片足を前に出し、盥に入れようとする。
手前の床に、大きな金色の盥が置かれる。
その左に、脚のついた台がある。
寝台の上には、青い布と枕が積まれる。
右には扉が開き、そこに男が立つ。
男は青い上着と赤い脚衣をまとう。
手には何かを持ち、女性のほうを見る。
女性の膝の上には、小さな犬がいる。
作者の欄には「に帰される」という語が付く。
確実ではないが、その人だと考えられている、という意味だ。

技法の欄が、九点の中でひとつだけ変わっている。
カンヴァスではなく、寝具用の縞織に描かれている。
布団の側などに使う、丈夫な織物である。
画材屋の布が手に入らないときに使われた。
画面には、年配の男が上半身で描かれる。
白い鬘が耳の上で膨らみ、後ろへ流れる。
顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。
頬は赤く、口の周りに影が落ちる。
衣は暗い灰褐色で、前を留める釦が並ぶ。
袖口から白い布が折り返される。
左手は腰のあたりに置かれ、右腕は台にもたれる。
台は暗い青で、渦を巻いた飾りが彫られる。
背景は褐色一色である。
裏面には文字が書かれている。
生まれた年月日と、両親の名が記されている。
肖像が誰かを、絵の裏で保証する仕組みである。

横長の画面に、風景が広がる。
手前に緑の土手があり、その下に線路が走る。
線路の上を、機関車と客車が右へ進む。
車体は赤く、煙突から黒い煙が出る。
その上に、白い家が二軒建つ。
家には緑の鎧戸と、白い柵がある。
中景には水が広がり、汽船が浮かぶ。
汽船からも黒い煙が上がる。
奥には岩の山が横たわり、頂は灰色である。
空は淡い黄と青で、上のほうに雁の列が飛ぶ。
雁は小さな点が斜めに並ぶ形で描かれる。
汽車と汽船と雁が、同じ画面に並ぶ。
新しい乗り物と、昔からの渡り鳥が同居している。
船体には地名らしい文字が読める。
作者の欄が、四通りに分かれる
九点の作者の欄を並べると、四つの形がある。
一つ目は、名がはっきり書かれるもの。
ルーサー・アレン、ジョーゼフ・バジャー、トマス・チェンバーズ。
二つ目は、姓に頭文字だけが付くもの。
レイラ・T・バウマン、そしてT・デイヴィス。
下の名が分からず、頭文字しか残っていない。
三つ目は、「に帰される」が付くもの。
ヘラルドゥス・ダイキンクに帰される、という書き方だ。
四つ目は、名がまるごと分からないもの。
この九点には入っていないが、同じ寄贈の中には多くある。
作者不詳と書かれた絵が、番号を持って並んでいる。
名の残り方に、四つの段階がある。
そして名が薄くなるほど、出所の行の重みが増す。
誰が描いたか分からない絵でも、誰が贈ったかは分かる。
記録は、その一点で作品をつなぎとめている。
一頭ずつ、重ねずに描く
九点のうち何点かに、共通する描き方がある。
物を重ねない、という描き方だ。
納屋の庭の絵では、馬と牛と犬が一頭ずつ横に並ぶ。
前後に重ねれば、奥行きは出る。
しかし数えにくくなる。
この絵は、数えられることを選んでいる。
家畜の絵は、しばしば持ち主の依頼で描かれた。
何頭いるかを示すのが目的なら、重ねないほうがよい。
湖の絵でも、建物が一軒ずつ離れて建つ。
船の絵では、船が真横を向く。
真横は、船の形がいちばんよく分かる向きである。
これらの絵は、見せるべきものを正面から見せる。
絵画の約束より、対象の説明を優先している。
美術の訓練を受けていないから、そう描いたのではない。
そう描くことが求められていたから、そう描いた。
九点を並べると、その事情が見えてくる。
番号の枝は、いつも1から
九点のうち七点は、枝番が1である。
1953.5.1、1955.11.1、1957.11.1、1958.9.1。
1966.13.1、1967.20.1、1971.83.1、1980.62.1。
これは偶然ではない。各受入の一点目を選んだからである。
一点目は、その受入の先頭に置かれた作品だ。
多くの場合、作者名のアルファベット順で並べられる。
だから一点目は、名の頭が早い作者になりやすい。
九点のうち、アレン、バウマン、バード、チェンバーズ。
いずれも名の頭が早い。
番号の並びが、作者名の並びを写している。
つまり枝番は、受け入れた順ではない。
受け入れたあとで並べ替えた順である。

横長の画面に、湖と丘が描かれる。
手前は褐色の斜面で、道が斜めに下る。
その先に、白い建物が並ぶ。
尖った塔が一つ、空へ突き出る。
建物の周りには濃い緑の木立がある。
湖は青灰色で、白い帆が二つ浮かぶ。
対岸には低い丘が連なり、遠くほど薄くなる。
空は上部が赤みを帯び、下は黄に近い。
雲は横に長く伸び、輪郭がはっきりしている。
木の葉は、丸い塊として描かれる。
一枚ずつの葉は描かれない。
色の面を重ねる描き方である。

屋外の場面である。背後に丸太を組んだ小屋が建つ。
その前に、二人の男が腰かける。
左の男は赤い上着に白い脚衣。英国の軍装である。
右の男は暗い青の上着で、白い脚衣をはく。
二人のあいだに、切り株の台が置かれる。
台の上に、焼いた芋らしいものが載る。
左手前には、黒人の男が膝をついて火の番をする。
右にも、黒人の少年が立ち、器を持つ。
上には大きな木が三本、幹を伸ばす。
葉は上部で丸く広がる。
地面は褐色で、草がまばらに生える。
題に名が書かれているのは、二人の白人だけである。
給仕する人々の名は、題にも記録にもない。
十八世紀の南部を描いた画面であり、そこには奴隷にされた人々がいる。
その人たちの名を、当時の記録は残さなかった。
館の記録も、そこを埋めることはできない。
書かれていないという事実だけが残っている。

横に非常に長い画面である。縦の二倍近い。
中央に、白い汽船が真横を向いて浮かぶ。
船体は水平に長く、上部に二層の甲板が載る。
中央の煙突は黒く、細く高い。
前後に旗が二本立ち、船名が書かれる。
船体の側面にも、同じ船名が読める。
水は青灰色で、波が細かく立つ。
背後には低い丘が並び、薄い青で描かれる。
空には雲が広がり、下のほうが明るい。
船の輪郭は定規で引いたように直線である。
窓の一つずつ、手すりの一本ずつが数えられる。
右下には署名と、住所らしい文字がある。
絵を描いた人の所番地まで、画面に書き込まれている。
見えなくなった文字が、写真で残る
九点のうち二点には、こういう注記がある。
裏面に文字があったが、いまは見えない、というものだ。
そのうえで、館の記録は写真が残っていると書く。
学芸の記録ファイルに、その写真が保管されているという。
つまり、いま実物を見ても読めない文字が、記録には残っている。
裏張りや額装のときに、覆われてしまったのだろう。
保存の処置が、情報を隠してしまうことがある。
館は、隠す前に写しておいた。
そして、隠したことを記録に書いた。
書いておかなければ、後の人は文字の存在を知らない。

深い緑の海に、大きな帆船が浮かぶ。
帆はすべて張られ、白く膨らむ。
三本の柱に、それぞれ四段の帆が並ぶ。
帆の一枚ずつに、細い綱が描かれる。
船体は黒く、側面に窓が二段に並ぶ。
窓の列は、砲門を示している。
船尾に旗が翻る。星と縞の旗である。
先端からは、赤い細い旗が長く伸びる。
海面は白い筋で波が示される。
空は上部が濃い青で、下へ行くほど淡い。
雲は灰色の塊として置かれる。
裏面には、地名と1827年という年が書かれていた。
いまは見えず、記録の写真にだけ残る。
描かれた物が、日付を語る
九点のうち何点かは、描かれた物から時代が読める。
汽車と汽船が並ぶ画面は、その典型である。
蒸気の乗り物が、まだ珍しかった時期の絵だ。
年の欄には「1850年またはそれ以降」と書かれている。
これは、描かれた物から下限を決めた書き方である。
その汽車が走り始めた年より前ではありえない。
だから「またはそれ以降」と幅を開けておく。
曳船の絵は、船名が画面に書かれている。
船名が分かれば、進水した年も追える。
年の欄が1854年と一つに決まっているのは、そのためだろう。
絵の中の情報が、記録の年を確定させる。
逆に、何も書かれていない風景画は幅が広い。
「十九世紀中ごろ」「十九世紀後半」といった書き方になる。
年の欄の幅は、画面の中に手がかりがあるかどうかで決まる。
二十七年ぶんの、一行
九点の出所の行が同じであることには、意味がある。
館は、寄贈者が同じであれば同じ表記を使う。
二十七年のあいだに、表記は一度も変わっていない。
夫妻の名の順も、綴りも、そのままである。
これは当たり前のようでいて、簡単ではない。
途中で片方が亡くなれば、表記を変える館もある。
追悼の語を添える例もある。
ここでは、最初に決めた一行が最後まで使われている。
そのおかげで、九点は一つの群として拾える。
出所の行で検索すれば、二十七年ぶんが一度に出てくる。
番号はばらばらでも、行が同じなら束ねられる。
寸法が、そろっていない
九点の寸法を並べると、規格らしいものが見えない。
縦51.6センチから91.7センチまで。
横45.7センチから133センチまで。
正方形に近いものも、横に長いものもある。
いちばん横長の曳船の絵は、縦の1.75倍ある。
いちばん縦長の肖像は、横の1.29倍である。
寸法がそろわないのは、注文ごとに描かれたからだ。
置く場所や、掛ける壁に合わせて決まる。
規格の布を使う画家なら、寸法は揃いやすい。
そうでなければ、その都度違う。
九点の寸法の散らばりは、その事情を映している。
同じ理由で、支持体も一定しない。
カンヴァスが七点、寝具用の縞織が一点。
もう一点は、記録に額の寸法がない。
そろわないことが、この群の性格である。
受入番号が、贈り物の間隔を示す
九つの番号の頭を、間隔で見てみる。
1953年から1955年まで、二年。
1955年から1956年、1957年、1958年と、一年ずつ続く。
そこから1966年まで、八年あく。
1966年、1967年と続き、また1971年まで四年あく。
そして1980年まで、九年あく。
前半は毎年、後半は数年おきである。
寄贈の速さが、途中で落ちている。
集める側の事情によるものだろう。
記録には理由が書かれていないので、断定はできない。
しかし番号の間隔は、そのままの形で残る。
四桁の数字を並べるだけで、二十七年の呼吸が読める。
これは、出所の行では分からないことだ。
行が同じである以上、行からは時間が出てこない。
時間は番号の側にある。
行と番号は、別々のことを記録している。
集める人と、館の役割
この九点を見ていると、二つの仕事が見えてくる。
一つは、誰も見向きしなかった絵を買い集める仕事である。
もう一つは、それを記録し、番号を与える仕事である。
前者がなければ、絵は残らなかった。
後者がなければ、絵はまとまりを持たなかった。
夫妻は、二十七年かけて前者をやった。
館は、受け取るたびに後者をやった。
その往復が、番号の並びに残っている。
1953年の受入から1980年の受入まで。
番号の頭の四桁を並べるだけで、その往復が読める。
出所の行は変わらず、番号だけが動く。
変わらない一行と、動く数字。
二つが組になって、繰り返しの寄贈を記録している。
一行だけを見ても、番号だけを見ても足りない。
二つを並べて、はじめて二十七年が見えてくる。


