釉は、覆いながら見せる——尾形光琳・カリエール・パプティほか九点
焼き物の釉も、絵に薄く重ねる透明な層も、下を見せながら覆う。釉の九点を数えると、七点までは隠さずに透かし、錫を混ぜた一点だけが土を消していた。四百年あとに加えられた赤い市松も、題にあって材料の欄にない布の艶出しもある。覆う層をめぐる記録である。

黒い杯が、光を丸くはね返している
小さな杯である。
9.2×11.7×10.2センチしかない。
胴は丸く、下がすぼまる。
口は広く、縁が外へ反る。
横に、輪の形の把手が一つ付く。
把手は太く、指が二本入るほどである。
全体が黒い。
黒は一様で、むらがない。
面には強い艶がある。
光が当たった一点だけが、白く抜ける。
その白は、丸い形をしている。
面が丸いので、光も丸く映る。
胴の下のほうに、細いひび割れが走る。
ひびは縦に伸び、途中で止まる。
いちばん下の輪だけが、黒くない。
そこは赤褐色である。
土の色である。
底の縁は、削って平らにしてある。
把手の付け根には、指で押した跡が残る。
貼り付けてから、なじませたらしい。
口の縁の内側にも、艶がある。

館の記録では、材料はテラコッタと黒釉である。
黒釉とは、土を細かく水に溶いたものである。
それを塗って焼くと、黒く艶のある面になる。
塗った部分だけが黒くなる。
塗らなかった部分は、土のままである。
だから底の輪が赤い。
そこには、釉が塗られていない。
塗り分けは、刷毛か、浸けるかで決まる。
浸ければ、持った場所だけが残る。
この杯では、下の輪が残っている。
古代の器の形と用途については、器の形と用途で扱った。
釉は、九つの場所に現れる
この一つを出発点に、釉にまつわる九点を数えていく。
釉には、二つの意味がある。
一つは、焼き物の表面を覆う硝子の層である。
もう一つは、絵の上に薄く重ねる透明な色の層である。
どちらも、下にあるものを見せながら覆う。
英語では、二つとも同じ語で呼ばれる。
日本語では、釉と、透明な重ね塗りに分かれる。
しかし働き方は、よく似ている。
先に言ってしまうと、九点のうち、焼き物の釉は四点である。
三点では、釉は絵の上の透明な層である。
一点では、釉は布の艶出しである。
そして一点では、釉は後の時代に加えられている。
透明な釉が、絵を守る
二点目は、角皿である。

四角い皿である。
全体は22×22×2.7センチしかない。
厚みが薄く、平たい。
四辺に、低い縁が立つ。
縁の内側は、黒く塗られている。
黒の上に、白い唐草の線が走る。
底の面は、灰色がかった白である。
そこに、褐色の線で波が描かれる。
波は横に流れ、上下にうねる。
波の上に、小さな鳥が数羽いる。
翼を広げ、体は丸い。
鳥は、褐色の面として塗られている。
輪郭の線はない。
面全体に、薄い艶がある。
縁の黒い帯にも、同じ艶がある。
つまり釉は、全面にかかっている。
色の違いは、下の層で作られている。
館の記録では、二人の兄弟がしばしば焼き物で協力した。
この皿は、菓子を出すための組物の一つである。
弟が皿を成形し、そのあとに兄が酸化鉄で千鳥の文様を描いた。
そして弟が透明な釉をかけて焼いたという。
兄は自分の文様の脇に署名し、弟は裏に署名した。
館の記録は、そう説明している。
つまり釉は、絵の上にかけられている。
絵と土のあいだではなく、絵の上である。
だから絵は、こすれても落ちない。
釉は、透明なので絵を隠さない。
隠さずに守るという役目だけを負う。
そのぶん、釉そのものは目立たない。
見えるのは、艶だけである。
この弟の筆と窯については、筆と窯で扱った。
白い釉が、土を隠す
三点目では、釉は不透明である。

大きな皿である。
高さは37センチある。
縁は波打ち、細かい山と谷が続く。
地は、青みがかった白である。
皿の中央に、円い区画がある。
その中に、建物が描かれる。
建物は塔のような形で、屋根が丸い。
まわりに、木と草がある。
色は、黄と橙と青である。
中央の区画の外には、花が並ぶ。
花は円く、黄色い。
そのまわりに、青い葉が付く。
縁のいちばん外には、細かい点の帯が回る。
線は太く、筆の跡が残る。
塗り残しが、ところどころにある。
白い地が、線の隙間から出る。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
材料は、錫を混ぜた釉の陶器である。
錫を入れると、釉が白く濁る。
下の土が、完全に隠れる。
先の角皿では、釉は透明だった。
ここでは、釉が絵の地になっている。
同じ釉でも、役目が正反対である。
一方は下を見せ、他方は下を消す。
違いは、錫を入れたかどうかだけである。
材料の一つが増えると、働きが逆になる。
九点のうち、釉が下を隠しているのは、この一点である。
色のついた釉が、絵の具になる
四点目では、釉に色がある。

背の高い花瓶である。
全体は25.1×14×10.9センチしかない。
胴は四角い柱の形である。
四つの角は、細い金の線で縁取られる。
口の縁も、金である。
底の四隅にも、金の脚がある。
地は白い。
正面に、大きな鳥が描かれる。
鳥は首を伸ばし、上を向く。
尾は長く、下へ垂れる。
尾の羽は、金と灰緑である。
その脇に、細い草が伸びる。
草の先には、桃色の花がある。
色は淡く、輪郭がぼける。
面と面の境で、文様が続く。
角のところで、線が折れる。
折れても、途切れてはいない。
館の記録では、この作者がある窯のために考えた磁器は、この様式でこの材料で作られたもののうち、おそらく最も優れている。
この花瓶がとくにすぐれているのは、美しい釉と金彩によるという。
そして館は、この作者について書いている。
かなりの力量を持つ画家であり版画家で、当時の二つの様式のうちで仕事をした。
千九百年ごろには、ある商人に雇われ、その店のために工芸品を供給した。
家具と陶磁器を意匠したという。
館の記録は、そう説明している。
つまり色釉は、絵の具として使われている。
焼く前に塗り、焼くと定着する。
輪郭がぼけるのは、釉が焼くときに流れるからである。
九点のうち、釉が絵の具そのものなのは、この一点である。
金彩だけは、焼いたあとに塗られる。
金は高い温度に耐えないためである。
つまり一つの器の上で、焼く前の色と焼いたあとの色が重なっている。
後の時代に、赤い釉が塗られる
五点目では、釉が後から加わっている。

縦長の板絵である。
全体は145.1×81.3センチある。
上端は尖ったアーチの形である。
背景は、一面の金である。
その金の上に、赤い四角が規則正しく並ぶ。
赤と金が、市松に交互する。
画面の中央に、聖母が座る。
衣は濃い青で、金の星が散る。
膝の上に、幼子がいる。
幼子は白い布に包まれる。
聖母の左右に、天使が一人ずついる。
天使の衣は、桃色と赤である。
聖母の頭の後ろに、金の輪がある。
輪には、細かい打ち出しの文様がある。
画面の下の隅に、小さな人物がいる。
手を合わせ、ひざまずく。
大きさは、天使の半分ほどしかない。
館の記録では、材料は板にテンペラと金地である。
そして括弧の中に、こう書かれている。
一部は近代の赤いグレーズで市松に塗られている。
館の記録は、そう書いている。
つまり赤の市松は、十五世紀のものではない。
後の時代に、誰かが加えた。
しかし館は、それを消していない。
材料の欄に書き込んだうえで、そのまま展示している。
消せば、下の金がどうなっているか分からない。
残せば、加えられたことが見えたままになる。
館は、後者を選んでいる。
九点のうち、釉の年代が本体と違うのは、この一点である。
金地の板絵については、散らばった金地の板で扱った。
油の層が、テンペラの上に重なる
六点目では、釉は油である。

縦長の板絵である。
156.2×92.1センチある。
画面は、上下二段に分かれる。
上の段には、岩山がある。
岩は灰色で、面が角ばる。
その手前に、大きな人物が立つ。
まわりに、馬に乗った兵士が数人いる。
兵士は槍を持ち、鎧を着る。
下の段には、建物がある。
建物は塔の形で、窓が並ぶ。
その前に、人物が集まる。
中央の人物は、赤い衣である。
床は、四角い石で市松に敷かれる。
上下の段の境には、細い帯がある。
画面の縁には、細かい文様の枠が回る。
枠は赤と金で、幅が狭い。
上端は、直線で切られている。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
材料は、板にテンペラ、そして油のグレーズである。
テンペラは、卵で顔料を練ったものである。
乾くと不透明で、艶が少ない。
その上に、油で溶いた色を薄く重ねる。
重ねると、下の色が透けたまま、深みが出る。
九点のうち、二種類の技法が重ねられているのは、この一点である。
テンペラは速く乾く。
油は遅く乾く。
乾きの速さが違うものを重ねると、剥がれることがある。
それでも重ねるのは、深みが得られるからである。
透明な層が、顔を暗がりから出す
七点目では、釉は絵の全体を覆う。

小さな肖像である。
額なしで46×38センチしかない。
画面全体が、暗い褐色である。
色の差が、ほとんどない。
中央に、男の顔がある。
顔は正面を向き、こちらを見る。
目は大きく開いている。
目のまわりだけが、明るい。
鼻と唇は、輪郭がぼける。
髪は暗く、背景と溶ける。
首から下は、黒に近い。
胸元に、白い襟の先が見える。
襟は三角に尖り、上を向く。
形がはっきりしているのは、この一か所だけである。
その白が、画面で最も明るい。
背景には、何も描かれていない。
上の隅も下の隅も、同じ暗さである。
光の来る方向が、分からない。
輪郭の線は、どこにもない。
館の記録では、この作者は当時の運動と結びつき、ほとんど単色に近い色づかいを作り上げた。
夢の世界を思わせる色づかいである。
この肖像は、耳の聞こえない友人の画家を描いている。
色を抑えたことで、描かれた人の心のほうに目が向く。
そして館は、こう書いている。
透明なグレーズが、この人の顔を影の中から浮かび上がらせる。
館の記録は、そう説明している。
つまりグレーズは、画面の全体に薄くかけられている。
暗い層を何度も重ね、明るい部分だけを残す。
顔が浮かぶのは、まわりを暗くしたからである。
明るい部分を足しているのではない。
暗い層を重ねて、残した場所が明るく見える。
これも、引くことで白を作る方法である。
ゴムの層が、部分だけを光らせる
八点目では、釉は部分に置かれる。

横長の水彩である。
紙は25.4×35.7センチしかない。
画面の中央に、男が踊る。
片脚を上げ、跳ねている。
白い上着に、赤い帯を締める。
その右に、女が立つ。
女は白い上着と赤い巻き布である。
手を打ち、腰をひねる。
左には、女が二人座る。
一人は、丸い太鼓を叩く。
一人は、子どもを抱く。
子どもは布に包まれ、顔だけが出る。
もう一人の脇には、水差しが置かれている。
奥には、葡萄の蔓が屋根のように渡る。
蔓には、緑の葉と紫の実が付く。
右の隅には、老人が座る。
地面は明るく、影が短い。
奥には、石の柱が二本立つ。
柱の向こうは、明るい空である。
館の記録では、この踊りは十五世紀に流行した宮廷の踊りである。
跳ねる足の運びから、その名が付いた。
十九世紀には、ある都市の祭りで踊られた。
そして館は、こう付け加えている。
その祭りを見たある作曲家が、この踊りを自作の終楽章に取り入れたという。
館の記録は、そう説明している。
材料の欄には、部分にゴムのグレーズとある。
ゴムを塗ると、その部分だけ艶が出る。
色は変わらない。
変わるのは、光の返り方だけである。
どこに置かれたかは、図版では分かりにくい。
おそらく、衣の白と葡萄の実である。
館の記録も、場所までは書いていない。
九点のうち、釉が部分にだけ置かれているのは、この一点である。
布にも、艶が掛けられる
最後の一点で、釉は布に移る。

四角い布である。
全体は71.4×63.9センチある。
地は、薄い褐色である。
その上に、文様が隙間なく並ぶ。
大きな花が、いくつも咲く。
花は白く、中心が桃色である。
花びらは細かく裂ける。
そのまわりに、青緑の葉が広がる。
葉は細長く、縁が鋸の歯のようである。
葉のあいだに、鳥がいる。
鳥は長い尾を持つ。
尾には、細かい横縞が入る。
鳥は下を向き、首を曲げる。
体は白く、羽の縁だけが褐色である。
脚は細く、枝をつかむ。
数は、少なくとも三羽ある。
色は、白、桃、青緑、褐色の四色である。
ローラーで刷るので、文様は縦に繰り返す。
繰り返しの継ぎ目は、見つけにくい。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
題に、艶出しという語がある。
材料の欄には、それがない。
書かれているのは、ローラーで捺染した木綿だけである。
つまり艶出しの層は、材料として記録されていない。
布の艶は、糊や蝋を塗って押し固めて出す。
熱した円筒で押すこともある。
繊維が寝て、光を返すようになる。
洗えば落ちる。
だから材料に数えられないのかもしれない。
館の記録は、その理由を書いていない。
書かれているのは、題の中の一語だけである。
題と材料の欄が、食い違っている。
数えてみると
九点を並べ直す。
焼き物の釉は、四点である。
黒釉の杯、透明な釉の角皿、錫釉の大皿、そして色釉の花瓶。
絵の上の透明な層は、三点である。
油のグレーズ、暗いグレーズ、そしてゴムのグレーズ。
布の艶出しが、一点。
後の時代に加えられた赤いグレーズが、一点である。
もう一つ数える。
九点のうち、釉が下を隠しているのは二点である。
錫釉の大皿と、赤い市松のグレーズ。
残る七点では、釉は下を透かしている。
透かす釉のうち、色が付いているのは二点である。
花瓶の色釉と、油のグレーズ。
残る五点は、色を持たない。
さらに数える。
館の記録の材料の欄に釉という語があるのは、八点である。
書かれていないのは、艶出しの布だけである。
題にはあり、材料の欄にはない。
九点のうち、その食い違いがあるのは一点だけである。
言えることと、言えないこと
言えるのは、釉が「覆いながら見せる層だ」ということである。
透明であれば、下の絵が見える。
しかも、こすれから守る。
油のグレーズも、下の色を透かしながら深みを足す。
ゴムのグレーズは、色を変えずに艶だけを変える。
九点のうち七点で、釉は隠さずに覆っていた。
覆うことと隠すことは、同じではない。
覆えば、下は守られる。
隠せば、下は見えなくなる。
釉は、その二つを別々に選べる材料である。
言えないのは、釉がつねに作者のものだという話である。
赤い市松は、四百年あとに加えられた。
布の艶出しは、材料として記録されていない。
角皿の釉は、絵を描いた人ではなく、成形した人がかけている。
同じ一つの面が、複数の人の手を経ている。
成形した人、絵を描いた人、釉をかけた人。
角皿では、その三つが二人に分かれていた。
館の記録は、どこを誰がしたかまで書いている。
最後に、はじめの一つへ戻る。
黒い杯の底だけが、赤い。
そこに釉を塗らなかったからである。
塗らなかった理由は、記録にない。
窯の中で棚に触れる場所だから、という説明はできる。
釉は焼くと溶けて流れる。
流れて棚に付けば、器と棚が固まってしまう。
だから底には塗らない。
しかし館は書いていない。
書かれているのは、材料の名と寸法だけである。
理由は、記録の外にある。
技術の常識は、わざわざ書かれない。
書かれないことのほうが、多い。
九点を数え終えて残るのは、塗られなかった一輪の赤である。
覆われなかった場所だけが、土の色を見せている。
釉が何であるかは、そこがいちばんよく分かる。


