画家を知る

背景を消して、人だけを残す——フランシスコ・デ・ゴヤ

初期の二枚には庭があり、山があり、犬がいる。ところが一八〇〇年代の六枚では、背景がただ暗い。人物だけが闇から浮かぶ。三十年の八枚を並べ、何が消え、何が残ったのかを見る。手が何を持つかにも注目したい。注文の絵という条件の中の工夫が、そこに表れている。

ポンテホス侯爵夫人
フランシスコ・デ・ゴヤ《ポンテホス侯爵夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

庭に立つ、灰色の人

一枚の大きな肖像から始めたい。

ポンテホス侯爵夫人
フランシスコ・デ・ゴヤ《ポンテホス侯爵夫人》1786年ごろ。油彩、カンヴァス。縦210.3センチ、横127センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《ポンテホス侯爵夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦2メートルを超える画面である。

そこに、一人の女性が立つ。

つまり、ほぼ等身大である。

衣は、灰色がかった銀色。

裾が大きく広がり、床まで届く。

頭には、幅の広い白い帽子。

背景には、木立と空が見える。

足元に、小さな犬がいる。

灰色という選択

この絵で目を引くのは、色の少なさである。

衣は、ほとんど灰色である。

そして、背景は淡い緑と青。

強い赤や黄は、ほとんど使われない。

つまり、色を抑えた画面である。

その中で、帯の薄紅と、髪の飾りだけが色を持つ。

布の質感

灰色の衣を、細かく見たい。

上半身は、細かい襞が寄る。

そして、裾は縦の筋が並ぶ。

さらに、透けた布が上に重なる。

つまり、複数の布が層になっている。

薄い布、厚い布、レースのような縁。

一つの衣に、いくつもの質感がある。

帽子の大きさ

頭の帽子を見たい。

つばが広く、顔より大きい。

そして、白い羽と布の飾りが載る。

つまり、装いの中心である。

顔の上に、明るい面が置かれる。

その明るさが、視線を上へ引く。

手にした花

右手に、小さな花がある。

そして、腕には輪のような飾り。

左手は、裾に添えられる。

つまり、両手が別の仕事をしている。

一方は持ち、一方は支える。

姿勢に、わずかな動きが生まれる。

足元の犬

足元の犬に注目したい。

小さく、鼻が短い。

そして、首に飾りを付けている。

つまり、飼い犬である。

肖像に動物を入れるのは、当時の作法である。

身分と、暮らしを示す。

帯のひとつの色

腰には、細い帯がある。

淡い紅色である。

そして、前で結ばれて垂れる。

灰色の衣の中で、この一本だけが色を持つ。

面積は小さい。

しかし、画面全体の印象を決めている。

屋外という設定

背景は、庭である。

木立があり、その奥に空が見える。

つまり、屋外に立っている。

もっとも、実際に外で描いたわけではないだろう。

背景は、室内で描き足される。

人物と背景は、別の作業である。

等身大の意味

寸法にもう一度触れたい。

縦210.3センチである。

つまり、見る人が絵の前に立つと、描かれた人物と目線が近い。

これは、意図された効果だろう。

大きな肖像は、壁を占める。

そして、家の格を示す。

背景の木

背後の木立を見たい。

葉は、青緑の塊として描かれる。

一枚ずつは描かない。

そして、幹は暗い線で示される。

つまり、人物とは描き方が違う。

主役と背景で、筆の細かさを変えている。

一七八六年という年

制作年は、一七八六年ごろとされる。

作者は、この時期に宮廷の仕事を得ている。

つまり、注文が増えていく段階である。

大きな肖像を任されるのは、その表れである。

もっとも、館の記録は経緯までは示さない。

だから、当サイトは年だけを伝える。

サバサ・ガルシア夫人
フランシスコ・デ・ゴヤ《サバサ・ガルシア夫人》1806〜11年ごろ。油彩、カンヴァス。縦71センチ、横58センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《サバサ・ガルシア夫人》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな画面

二点目は、寸法が小さい。

縦71センチ、横58センチである。

一点目の九分の一ほどの面積になる。

そこに、胸から上だけが描かれる。

背景は、暗い茶色である。

そして、人物が浮き上がる。

薄い布を、かぶる

女性は、頭から薄い布をかぶる。

布は透けており、髪が見える。

そして、顔の輪郭に沿って落ちる。

つまり、顔を隠さない被り物である。

これは、当時の女性の装いである。

背景を、塗り分けない

背景の茶色を見たい。

上下でわずかに明るさが違う。

しかし、境目はない。

つまり、ぼかしてある。

平らな一色ではなく、緩やかな変化がある。

その変化が、空間の気配を作る。

黄と黒の布

肩には、大きな布が掛かる。

黄色と黒の、太い縞である。

そして、体の前で交差する。

一点目の灰色とは、対照的である。

強い色を、大きな面で使っている。

目が、こちらを見る

顔を見たい。

大きな目が、正面を向く。

そして、まっすぐこちらを見る。

眉は太く、口は結ばれる。

つまり、緊張した表情である。

微笑んでいない。

布の縞を、描く

肩の布の縞を細かく見たい。

黄と黒が、太い帯で交互に並ぶ。

そして、体の丸みに沿って曲がる。

つまり、縞の曲がり方で立体を示す。

平らな布は、まっすぐな縞になる。

曲がっていれば、そこに厚みがある。

制作年に幅がある

年代は、一八〇六年から一一年ごろとされる。

つまり、五年の幅がある。

確定していない。

肖像の制作年は、記録が残らないことが多い。

衣装や画風から推定するしかない。

館も、幅を持たせて記している。

バルトロメ・スレーダ・イ・ミセロル
フランシスコ・デ・ゴヤ《バルトロメ・スレーダ・イ・ミセロル》1803〜04年ごろ。油彩、カンヴァス。縦119.7センチ、横79.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《バルトロメ・スレーダ・イ・ミセロル》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

帽子を、持つ

三点目は、男性の肖像である。

膝から上が描かれる。

灰色の上着に、暗い色のズボン。

左手に、黒い帽子を提げる。

帽子の内側は、赤い。

右手は、腰に当てられる。

背景は、暗い茶色である。

灰色の上着

上着の色を見たい。

明るい灰色である。

そして、袖と裾に影が落ちる。

背景の暗い茶色との差で、輪郭が出る。

線ではなく、明暗で形を作っている。

姿勢に、崩れがある

この人物の姿勢を見たい。

体は正面を向かない。

そして、腰に手を当てる。

つまり、くつろいだ構えである。

肩が下がり、首がわずかに傾く。

改まった肖像とは、印象が違う。

帽子の赤

黒い帽子の内側が、赤く見える。

つまり、裏地の色である。

暗い画面の中で、その赤だけが強い。

小さな面積でも、色が効く。

視線を引きつける点になる。

髪の乱れ

頭髪にも触れたい。

短く、額に落ちている。

そして、整えられていない。

つまり、改まった髪ではない。

姿勢の崩れと、同じ方向を向いている。

一枚の絵の中で、細部が揃っている。

白い襟

首元には、白い布が巻かれる。

そして、大きく膨らむ。

暗い上着との対比で、顔の下が明るくなる。

つまり、顔へ視線を導く。

肖像でよく使われる手である。

対になる、もう一枚

四点目は、三点目と対をなす。

テレーズ・ルイーズ・ド・スレーダ
フランシスコ・デ・ゴヤ《テレーズ・ルイーズ・ド・スレーダ》1803〜04年ごろ。油彩、カンヴァス。縦119.7センチ、横79.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《テレーズ・ルイーズ・ド・スレーダ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が、椅子に腰かける。

衣は、青である。

そして、腕を椅子の背に掛ける。

椅子には、黄色い布が張られる。

背景は、暗い茶色である。

髪には、暗い色の飾りがある。

寸法が、揃っている

三点目と四点目の寸法を比べたい。

縦は、いずれも119.7センチ。

横は、79.3センチと79.4センチ。

つまり、一ミリしか違わない。

同じ寸法の画布に描かれている。

同じ画布から

同じ寸法の二枚は、どう作られるか。

一巻きの布から、二枚を切り出す。

そして、同じ寸法の枠に張る。

だから、ほぼ同じ大きさになる。

一ミリの差は、切るときの誤差だろう。

対の肖像という形式

夫婦の肖像は、対で作られることが多い。

同じ寸法、同じ背景、同じ時期。

そして、並べて壁に掛ける。

三点目と四点目も、その形式である。

姓が共通していることも、記録から分かる。

向きの関係

対の肖像では、二人が向き合うように描く。

三点目の人物は、やや左を向く。

四点目の人物は、やや右を向く。

つまり、並べたとき内側を向く。

二枚で一つの構図になる。

白い襟の繰り返し

四点目にも、白い襟がある。

首の後ろで立ち上がる形である。

三点目の白い布と、役割が同じである。

暗い背景と衣のあいだで、顔を浮かせる。

対の二枚に、同じ仕掛けが使われている。

青と黄

四点目の色を見たい。

衣の青と、椅子の黄。

この二色が、画面の大半を占める。

そして、背景は暗い。

つまり、二色だけで組み立てている。

三点目の灰色と黒とは、対照的である。

椅子という道具

椅子にも触れておきたい。

木の枠に、黄色い布が張られる。

そして、背が高い。

つまり、当時の上等な家具である。

肖像に描かれる家具は、暮らしの記録でもある。

布の光

青い衣の表面を見たい。

膝のあたりが、明るく光る。

そして、脇の襞は暗い。

つまり、光沢のある布である。

絹だろう。

素材の違いは、光り方で示される。

腕の置き方

女性は、右腕を椅子の背に掛ける。

そして、左手は膝の上にある。

つまり、体を椅子に預けている。

三点目の男性と同じく、姿勢が崩れている。

対の二枚に、共通の性格がある。

ヴィクトル・ギー
フランシスコ・デ・ゴヤ《ヴィクトル・ギー》1810年。油彩、カンヴァス。縦103.5センチ、横84.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《ヴィクトル・ギー》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

子どもの肖像

五点目は、子どもである。

全身に近い姿で立つ。

濃紺の上着に、金の飾り紐。

そして、同じ色のズボン。

両手で、開いた本を持つ。

背景は、暗い赤茶である。

床は、平らな面として描かれる。

金の紐

上着の飾りに注目したい。

胸に、横向きの紐が何本も並ぶ。

そして、袖と脚にも金の線が走る。

つまり、制服のような装いである。

子どもの服とは思えない格式である。

立ち姿の子ども

姿勢を見ておきたい。

両足を軽く開き、まっすぐ立つ。

そして、体は正面を向く。

つまり、改まった姿勢である。

大人の肖像と同じ構えをとらされている。

本を、持つ

両手で持つ本を見たい。

開かれており、白い頁が見える。

そして、文字らしきものが並ぶ。

つまり、読んでいる途中である。

本は、学識や教育を示す持ち物である。

子どもの肖像では、しばしば描かれる。

顔の描き方

顔は、丸い。

そして、頬に赤みがある。

目は大きく、こちらを見る。

髪は、短く整えられる。

つまり、幼さがそのまま描かれている。

大人の縮小ではない。

床と、影

足元を見たい。

床には、うっすらと影がある。

そして、その影が右へ伸びる。

つまり、光は左から来ている。

顔と上着の明るい側も、左である。

一枚の絵の中で、光の向きが揃っている。

一八一〇年という年

制作年は、一八一〇年である。

推定ではなく、確定した年として記録される。

この時期、スペインは戦時下にあった。

そして、外国の軍が国内にいた。

肖像は、そうした時期にも描かれ続ける。

もっとも、館の記録は事情を記していない。

ドン・アントニオ・ノリエガ
フランシスコ・デ・ゴヤ《ドン・アントニオ・ノリエガ》1801年。油彩、カンヴァス。縦102.6センチ、横80.9センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《ドン・アントニオ・ノリエガ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

卓に向かう男

六点目は、座った姿である。

赤い椅子に腰かける。

そして、左手に紙を持つ。

卓には、緑の布が掛かる。

上着は黒く、襟に毛皮がある。

内側に、赤と金の刺繍が見える。

胸に、小さな飾りが下がる。

刺繍を、描く

上着の刺繍を細かく見たい。

金糸で、細かい模様が縫われる。

そして、赤い地の上に浮かぶ。

つまり、費用のかかる衣である。

絵の具で金糸を描くのは難しい。

小さな筆触を重ねて、光を作る。

緑の卓布

卓に掛かる布を見たい。

深い緑である。

そして、縁が垂れている。

赤い椅子、黒い上着、緑の布。

三色が、画面の下半分で組み合う。

紙という持ち物

左手の紙は、書類だろう。

つまり、事務や職務を示す。

一点目の花、五点目の本と同じで、持ち物が人を語る。

肖像は、姿だけを写すのではない。

その人が何者かを示す道具でもある。

胸の飾り

胸元に、小さな飾りが下がる。

紐の先に、丸いものが付く。

つまり、勲章のような品だろう。

館の記録には、説明がない。

だから、形の説明にとどめる。

顔と、体の向き

体はやや右を向く。

そして、顔は正面に近い。

つまり、ねじれがある。

このねじれが、姿勢に動きを与える。

正面だけの肖像より、生きて見える。

立ち姿の女性

七点目は、立った姿である。

マンティーリャとバスキーニャを着た若い女性
フランシスコ・デ・ゴヤ《マンティーリャとバスキーニャを着た若い女性》1800〜05年ごろ。油彩、カンヴァス。縦109.5センチ、横77.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《マンティーリャとバスキーニャを着た若い女性》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

黒い衣を着ている。

そして、頭から薄い布をかぶる。

腕には、長い白い手袋。

右手に、細い棒のようなものを持つ。

背景は、暗い灰色である。

床と壁の境が、ぼんやりと見える。

装いの名

題には、二つの衣装の名が入る。

頭にかぶる薄い布と、黒い上着である。

つまり、地域の装いを示す名である。

館の記録は、その名を題に採っている。

衣装が、絵の主題の一部になっている。

透ける布

頭の布を、細かく見たい。

網目が描かれている。

そして、その下に髪の輪郭が見える。

つまり、透けている。

透明を描くのは、絵の具では難しい。

下の色をわずかに残して、上に薄く重ねる。

黒の中の白

この絵は、黒が支配する。

衣も、髪も、背景も暗い。

その中で、白い手袋だけが強い。

そして、顔と、透けた布。

つまり、三か所だけが明るい。

視線は、その三点を行き来する。

手にした棒

右手に、細い棒がある。

先が、床に向かっている。

扇を閉じたものかもしれない。

しかし、館の記録に説明はない。

だから、断定はしない。

手袋という記録

長い手袋にも触れたい。

肘の上まで届く。

そして、皺が寄っている。

つまり、布製である。

装身具は、時代を示す手がかりになる。

名の分からない人

この絵の題には、名がない。

つまり、誰を描いたか分からない。

一方、他の七枚には名がある。

肖像でも、名が残るものと残らないものがある。

名が消える理由

なぜ、名が失われるのか。

絵が家を離れるからである。

売られ、相続され、国境を越える。

そのたびに、記録が薄くなる。

そして、いつしか題が「若い女性」になる。

当サイトでも、繰り返しこの点に触れてきた。

マリア・テレサ・デ・ボルボン・イ・バリャブリガ
フランシスコ・デ・ゴヤ《マリア・テレサ・デ・ボルボン・イ・バリャブリガ》1783年。油彩、カンヴァス。縦134.5センチ、横117.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フランシスコ・デ・ゴヤ《マリア・テレサ・デ・ボルボン・イ・バリャブリガ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

屋外に立つ子ども

八点目は、子どもの全身像である。

黒い裾の広がった衣を着る。

上半身は、水色である。

そして、頭に白い被り物と赤い花。

足元に、白い犬がいる。

背後には、低い塀。

その向こうに、山と木立が見える。

二つの青

上半身の水色を見たい。

そして、遠くの山の灰青。

二つの青が、画面の上下で呼び合う。

近くの青は鮮やかで、遠くの青は淡い。

同じ色でも、距離で濁らせている。

山という背景

背景の山に注目したい。

灰色がかった岩の山である。

そして、空には雲がある。

つまり、屋外の風景が描かれている。

一点目の庭とは違い、遠くまで見える。

塀という線

人物の背後に、低い塀がある。

そして、水平の線が画面を横切る。

その線が、手前と奥を分ける。

人物は手前、風景は奥である。

一本の線で、空間が二層になる。

黒い裾

下半身の黒い衣を見たい。

裾が大きく広がる。

そして、縦の襞が並ぶ。

その黒が、画面の中心に置かれる。

明るい背景の中で、重い面になる。

人物が地面に立って見えるのは、この黒による。

白い犬

足元の犬を見たい。

毛が長く、白い。

そして、こちらを向いて座る。

一点目の犬と同じく、飼い犬である。

子どもの肖像に犬を添えるのは、よくある型である。

下端の文字

画面の左下に、文字が見える。

小さく、数行にわたる。

誰を描いたかを記したものだろう。

そして、右下にも小さな印がある。

つまり、絵の中に記録が書き込まれている。

館の記録も、その情報にもとづくのだろう。

花の一点

被り物には、赤い花がある。

小さいが、画面で最も強い色である。

そして、顔のすぐ上にある。

視線が、そこへ引き寄せられる。

一点目の帯と、同じ働きをしている。

一七八三年という年

制作年は、一七八三年である。

八枚のうち、最も早い。

そして、最も遅いのが一八一一年ごろ。

つまり、およそ三十年の幅がある。

一人の画家の、長い活動が並んでいる。

三十年で、何が変わったか

八枚を、年代順に見たい。

一七八三年と八六年の二枚は、屋外である。

そして、色が明るい。

一方、一八〇〇年代の六枚は、背景が暗い。

つまり、後の作ほど背景が単純になる。

人物だけが、闇から浮かぶ。

寸法の幅

寸法にも触れておきたい。

最小が71センチ、最大が210.3センチ。

つまり、三倍の開きがある。

大きな絵は、広間に掛ける。

小さな絵は、私室に置く。

用途が、寸法を決めている。

背景を、捨てる

背景を描かないことには、意味がある。

まず、人物に視線が集中する。

次に、時代や場所が消える。

そして、制作の時間も短くなる。

つまり、注文をこなす上でも合理的である。

もっとも、それだけが理由ではないだろう。

手が、語る

八枚に共通するのは、手の扱いである。

花を持ち、帽子を提げ、本を開き、紙を持つ。

そして、手袋をはめ、椅子に掛ける。

いずれも、手が何かをしている。

顔だけでは、その人が分からない。

手が加わって、はじめて人物になる。

犬が、二匹

もう一つ、共通するものがある。

一点目と八点目に、犬がいる。

いずれも、足元に小さく描かれる。

そして、人物を見上げてはいない。

つまり、装飾ではなく、同席者として描かれている。

犬と、子ども

二匹の犬は、いずれも子どもか若い人物のそばにいる。

大人の肖像には、犬がいない。

偶然かもしれない。

しかし、八枚の中ではそう並んでいる。

館の記録は、その理由を示していない。

八枚を、まとめる

最後に、八枚の性格をまとめたい。

大きさは、71センチから210センチまで。

主題は、成人が六人、子どもが二人。

そして、名の分かる人が七人。

いずれも、注文を受けて描かれた肖像である。

注文の絵として見る

肖像は、依頼があって成立する。

つまり、描き手の自由は限られる。

寸法も、姿勢も、衣装も、注文主が関わる。

その制約の中で、何ができるか。

八枚を並べると、その工夫が見えてくる。

色を絞ること、背景を消すこと、手に何かを持たせること。

いずれも、限られた条件の中の判断である。

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