柱の欠けを、そのまま描く——ヘンリー・ベーコン
水彩で描かれた遺跡の柱。崩れた部分も、欠けた角も、修復されない姿のまま画面にある。制作年が分からない理由に触れながら、九点を通して記録としての水彩を考える。遺跡を正面から描くという選択が、何を残したのかを考える。石の欠けを色で示す手つきも見たい。

柱が、並んで立っている
一枚の水彩から始めたい。

横に長い画面である。
中央に、古代の建物が立つ。
柱が、横一列に並ぶ。
数えると、八本ほどが正面に見える。
その上に、梁と切妻の屋根が載る。
屋根の一部は、崩れている。
柱の色は、黄土と薄い橙である。
手前には、白い石材が転がる。
地面は薄い灰と黄で、乾いて見える。
空は、青灰で薄い。
遺跡を、正面から描く
この一枚は、建物を正面から捉えている。
つまり、柱の並びがまっすぐ見える。
奥行きは、ほとんど示されない。
こうすると、柱の数と間隔が正確に伝わる。
建築の記録としては、都合がよい。
一方、絵としては平板になりやすい。
そこで、手前に石材を散らし、影を入れる。
平板さを、前景で補っている。
水彩という技法
九点は、いずれも水彩である。
紙に、水で溶いた絵具を塗る。
薄く塗れば、紙の白が透ける。
重ねれば、色が濃くなる。
そして、明るい部分は塗り残す。
つまり、白は絵具ではなく紙である。
九点の石の明るい面は、いずれも紙の白に近い。
塗り残すことで、日差しの強さを示している。
描いた人について
ヘンリー・ベーコンは、一八三九年に生まれた。
一九一二年に没している。
米国の生まれで、欧州で学んだ。
そして、長く欧州とエジプトを行き来した。
とくに、水彩による風景と遺跡の絵で知られる。
九点の主題も、その活動を反映している。
ギリシャ、エジプト、そしてイタリア。
いずれも、旅先の景色である。
制作年が、分からない
九点の年代欄を見ると、多くが不明である。
そして、二点には奇妙な表記がある。
一八三九年から一九一二年、という書き方である。
これは、画家の生没年である。
つまり、制作年が特定できないときに、生涯の幅で示している。
美術館の記録では、この書き方がしばしば使われる。
分からないことを、幅として示す。
九点のうち、年代が絞られているのは一点だけである。
年代が分からない理由
なぜ、年代が分からないのか。
水彩は、注文で描かれるとは限らない。
旅先で描き、手元に残す。
だから、記録が残らない。
そして、署名はあっても年記がないことが多い。
九点にも、署名らしき文字は見えるが、年は読めない。
館は、分かる範囲でしか書かない。
推測で年を補うことは、しない。
崩れた部分を、そのまま描く
一点目の建物の上部を見てほしい。
屋根の一部が欠け、梁が途切れている。
そして、柱の頭も一部が失われている。
つまり、崩れた状態がそのまま描かれている。
復元した姿を想像して描くこともできた。
十八世紀の遺跡画には、そうした例もある。
しかしこの画家は、現状を写す。
その姿勢が、九点に一貫している。
石の欠けを、色で示す
崩れた石の断面は、色が違う。
風雨に晒された面は黄土に近い。
新しく割れた面は、白に近い。
その差を、水彩で塗り分けている。
薄い黄と、紙の白。
その二色だけで、石の状態を示す。
細かい観察がなければ、この描き分けはできない。
反対側から、もう一枚
二点目は、同じ建物である。

同じ建物を、反対側から描いている。
柱の並びは同じだが、崩れ方が違う。
上部の梁が、より多く残っている。
そして、内側の壁の一部が見える。
手前には、石材と低い草がある。
奥には、丘の稜線が薄く引かれる。
寸法は、一点目とほぼ同じである。
つまり、対として描かれた可能性がある。
同じ建物を、二度描く
同じ建物を、東と西から描く。
これは、記録の姿勢である。
一方向だけでは、建物の全体が分からない。
だから、複数の角度から描く。
そして、寸法をそろえる。
並べたときに、比較できるようにする。
建築の記録としては、当然の手順である。
九点のうち、この二枚は最も記録的な性格が強い。
縦長の一枚
三点目は、形が変わる。

縦長の画面である。
建物の一部だけが描かれる。
柱の代わりに、人の形をした支柱が並ぶ。
女性の像が、屋根を支えている。
六体ほどが横に並ぶ。
その下は、石積みの壁である。
手前の草地には、人が一人座る。
黄色い帽子をかぶり、青い服を着る。
空は、鮮やかな青である。
人を、置く
手前に座る人物に注目したい。
小さく、輪郭だけで描かれる。
しかし、この人物がいることで建物の大きさが分かる。
そして、絵に色の点が入る。
黄色の帽子は、画面の中で目立つ。
つまり、大きさの目安と、色の要点を兼ねている。
九点のうち、人物が描かれているのは四点である。
いずれも、同じ働きをしている。
青い空を、使う
この一枚の空は、鮮やかな青である。
一点目と二点目は、薄い青灰だった。
つまり、空の色が違う。
理由は、時刻か天候だろう。
あるいは、絵の目的の違いかもしれない。
記録が主なら、空は控えめでよい。
見せる絵なら、空を強くする。
九点の空の色を並べると、その差が見える。
遺跡を、なぜ描くか
十九世紀の後半、遺跡の絵には需要があった。
旅行者が増え、土産や記念として買われた。
そして、教養の証しにもなった。
古代の建築を知ることが、教養の一部だったからである。
さらに、考古学の成果が広まった時期でもある。
発掘が進み、遺跡の姿が明らかになる。
その関心が、絵の需要を支えていた。
当サイトの
廃墟を描くでも、近い話を書いた。
丘の全体を、遠くから
四点目は、視点が遠い。

横に長い画面である。
左上に、丘の上の建物群が見える。
その丘は、黄土色である。
手前には、広い平地が広がる。
低木が点々と生える。
葉は、青緑の点で描かれる。
地面は、明るい黄と白である。
空は、鮮やかな青。
九点の中で、最も遠い視点である。
全景と、部分
九点の視点を整理したい。
丘の全体を遠くから見たものが一点。
建物一つを正面から見たものが四点。
建物の一部を近くから見たものが二点。
そして、彫刻だけを描いたものが一点。
つまり、遠景から細部まで段階がある。
これは、記録の作法である。
全体、部分、細部の順に押さえる。
案内書や報告書の図版と、同じ構成である。
低木を、点で描く
四点目の平地に生える低木を見たい。
丸い塊として、点を集めて描かれる。
青緑と、濃い緑が混ざる。
そして、下部に影が入る。
つまり、木の形ではなく、茂りの塊として捉えている。
遠くの木を描くには、この省略が要る。
一本ずつ描けば、時間がいくらあっても足りない。
そして、遠くの木は実際にも塊に見える。
省略が、見え方に合っている。
乾いた土地の色
九点のギリシャの絵に共通するのが、地面の色である。
黄土と、薄い灰と、白。
緑は、点として少し入るだけである。
つまり、乾いた土地である。
北方の風景とは、色の構成がまったく違う。
北の風景では、緑が画面の大半を占める。
南の乾いた土地では、土の色が主になる。
土地が変われば、絵の色も変わる。
彫刻だけを、描く
五点目は、建物ではない。

画面いっぱいに、浮き彫りが描かれる。
左に、馬が前脚を上げる。
たてがみが、細かく刻まれる。
右には、人物が立つ。
衣の襞が、体に沿って流れる。
腕は失われ、断面が見える。
背景は、石の地肌である。
色は、黄土と薄い褐色だけである。
つまり、石そのものの色である。
欠けた部分を、描く
この浮き彫りは、完全ではない。
人物の腕が失われている。
馬の脚も、一部が欠けている。
そして、石の表面が擦れている。
にもかかわらず、それをそのまま描いている。
修復した姿を想像して描くこともできた。
しかし、この画家は現状を写している。
つまり、記録としての姿勢である。
石の色を、描く
この一枚の色は、極端に少ない。
黄土、薄い褐色、そして白。
つまり、石の色だけである。
大理石は、白いと思われがちである。
しかし、風雨に晒された表面は、黄土に近づく。
その色を、正確に写している。
水彩は、こうした微妙な色に向いている。
薄く重ねれば、階調が細かく作れる。
座る人たち
六点目は、人物が主題に近い。

石の座席が、段になって並ぶ。
手前の座席に、人が二人座る。
一人は青い服で、こちらを向く。
もう一人は、背を向けて座る。
座席は、白と灰である。
奥には、平地と丘が広がる。
さらに奥に、山並みが薄く見える。
空は、白に近い灰である。
遺跡に、人がいる
この一枚では、人物がやや大きい。
顔の造作も、わずかに描かれている。
つまり、風景の点景ではなく、人物として扱われている。
古代の劇場に、現代の人が座る。
その対比が、この絵の主題だろう。
二千年前の座席に、いまの人が腰かける。
時間の重なりが、一枚に収まっている。
遺跡を、いつ描いたか
ギリシャの七点は、いずれも制作年が不明である。
一点だけ、一九〇九年から一二年ごろとされる。
つまり、画家の晩年にあたる。
他の六点も、同じ滞在中の作かもしれない。
しかし、確証はない。
若いころに描いた可能性も残る。
館は、分かる範囲でしか書かない。
その慎重さを、当サイトも引き継ぐ。
座席の段を、描く
石の座席の描き方も見ておきたい。
段が、手前から奥へ何列も続く。
その線が、遠近に従って詰まる。
つまり、遠近法が使われている。
そして、段の面ごとに明暗が変わる。
上を向く面は明るく、前を向く面は暗い。
その差だけで、段の形が示される。
線と明暗の組み合わせである。
小さな神殿
七点目は、縦長である。

小さな神殿が、正面から描かれる。
柱が四本、横に並ぶ。
その上に、梁と装飾の帯が載る。
建物は、石の台の上に立つ。
台には、階段が付く。
手前の地面には、石材が転がる。
左には、人が一人立つ。
赤い帽子をかぶる。
空は、灰と青が混ざる。
赤い点を、置く
左に立つ人物の赤い帽子に注目したい。
画面の中で、唯一の強い色である。
周囲は、黄土と灰と白だけである。
そこへ、赤を一点置く。
すると、目がそこへ行く。
そして、建物の大きさも分かる。
小さな色の点が、二つの働きをする。
九点のいくつかに、同じ工夫がある。
記録と、絵の間
九点のうち、七点はギリシャの遺跡である。
そして、いずれも建築を正確に描いている。
柱の数、間隔、装飾の位置。
つまり、記録としての精度が高い。
一方で、人物や色の配置には工夫がある。
つまり、絵としても成立させている。
記録と鑑賞の間にある絵である。
十九世紀後半の遺跡画には、この性格が多い。
建築を、正確に描く
建築を正確に描くには、訓練が要る。
柱の間隔、梁の高さ、屋根の傾き。
いずれも、目測では狂う。
だから、下描きの段階で測る。
紙の上に補助線を引き、比率を決める。
九点の建物は、いずれも狂いが少ない。
つまり、その手順を踏んでいる。
水彩の軽さの下に、作図の骨がある。
砂の中の顔
八点目は、場所が変わる。

画面の上部に、巨大な顔がある。
砂に半ば埋もれた、石の像である。
頭の飾りが、耳の脇に垂れる。
顔は正面を向き、目が大きい。
その手前に、若い女性が座る。
膝を折り、両手を前に置く。
頭には、白い布を巻く。
体には、衣がほとんどない。
足元には、小さな器が置かれる。
主題を、どう読むか
この一枚の主題は、寓意である。
題には、精という語が使われる。
つまり、実在の人物ではない。
遺跡に宿る霊、あるいは古代の魂を人の姿で示している。
十九世紀の絵には、こうした主題が多い。
遺跡に、想像上の人物を置く。
そして、時間や記憶を表す。
記録の絵とは、性格がまったく違う。
裸体という表現
この一枚には、裸体が描かれている。
事実として記しておく。
十九世紀の絵では、寓意や神話が裸体を描く口実になった。
当サイトでは、繰り返しこの点に触れてきた。
主題が形式の許可証になる仕組みである。
そして、描く側と買う側は、当時いずれも男性が中心だった。
作品の質とは別に、その関係も見ておきたい。
扇情的な記述はせず、事実として書く。
遺跡と、想像
九点のうち、この一枚だけが想像の場面である。
残る八点は、実景の記録である。
つまり、同じ画家が両方を描いている。
遺跡を測るように描く姿勢と、遺跡に物語を重ねる姿勢。
その二つが、同じ人の中にある。
十九世紀の遺跡画には、この二面がしばしば同居する。
学問的な関心と、詩的な想像。
どちらも、当時の遺跡への向き合い方である。
旗の下の広場
九点目は、場所がまた変わる。

九点の中で、最も小さい。
縦24.8センチ。
縦長の画面である。
画面の左と中央に、旗が高く掲げられる。
旗は、緑と赤と白である。
風をはらみ、大きく波打つ。
その背後に、建物が並ぶ。
時計の付いた塔と、装飾の多い建物がある。
広場には、鳩と人が小さく描かれる。
旗を、主題にする
この一枚の主役は、旗である。
建物より、旗のほうが画面の面積を占める。
そして、色も強い。
緑と赤は、周囲の建物の灰と対比される。
旗は、風の形をそのまま示す。
止まった建築と、動く布。
その対比が、この絵の骨組みである。
遺跡の絵とは、まったく違う関心である。
鳩と、人
広場の下部に注目したい。
鳩が数十羽、地面に散らばる。
そして、人影が数人歩く。
いずれも、数ミリの大きさである。
輪郭と色の点だけで示される。
しかし、その散らばり方が広場の広さを伝える。
密なところと、疎なところがある。
均等に散らすと、模様になってしまう。
小さな水彩
この一枚は、縦24.8センチしかない。
つまり、写生帖の頁ほどの大きさである。
現場で短時間に描いたのだろう。
大きな遺跡の水彩とは、性格が違う。
一方は、じっくり仕上げた作品。
他方は、その場の記録。
九点の中に、両方が混ざっている。
寸法が、その差を示している。
九点の寸法
寸法を整理したい。
最も大きいのが、縦66センチ。
最も小さいのが、縦24.8センチ。
そして、縦46センチ台が三点ある。
つまり、いくつかの規格がある。
大きなものは、展示や販売のためだろう。
小さなものは、手元の記録である。
用途によって、大きさが決まっている。
三つの受け入れ
九点の来歴を見たい。
七点は、同じ番号の系列に属する。
一九二七年の受け入れである。
残る二点は、一九五二年と一九六六年。
つまり、ギリシャの遺跡の一群がまとまって館に入った。
その後、別の作品が加わっている。
まとまった寄贈があると、その画家の一面が濃く残る。
九点にギリシャの主題が多いのは、その事情による。
収蔵が、画家の像を作る
このことは、覚えておきたい。
美術館が持っている作品は、その画家の全体ではない。
たまたま、まとまって入ったものが多くなる。
だから、館の収蔵品を見ると、偏った像ができる。
ベーコンは、エジプトの絵でも知られている。
しかし、当サイトが公開しているのは一点だけである。
見えているものが全部ではない。
そう断ったうえで、九点を見ることになる。
水彩という選択
なぜ、水彩なのか。
旅先で描くには、軽い。
絵具と筆と紙だけで済む。
油彩なら、画布と木枠と油が要る。
そして、乾くのに時間がかかる。
水彩は、すぐ乾く。
だから、旅の絵には水彩が向く。
十九世紀の旅する画家には、水彩を選んだ人が多い。
九点も、その伝統の中にある。
光を、紙で表す
最後に、技法の要点をもう一度書きたい。
水彩の白は、紙である。
だから、明るい部分は塗らない。
九点の石の明るい面、砂の白、旗の白。
いずれも、紙の地が使われている。
つまり、描かないことで光を作る。
この考え方は、油彩とは正反対である。
油彩では、白い絵具を置いて明るくする。
技法が違えば、光の作り方も逆になる。
九点を、順に見る
見方を提案して、終わりたい。
九点の中の、白い部分を探してほしい。
石の角、砂地、旗の縞、空の一部。
いずれも、塗られていない場所である。
そして、その白がいちばん明るい。
つまり、この画家は白を「残して」いる。
どこを残すかを、最初に決めている。
水彩は、やり直しがきかない。
塗ってしまえば、白は戻らない。
九点の白は、その判断の記録である。
塗った場所より、塗らなかった場所を見てほしい。


