表紙に貼られた、細長い紙——喜多川歌麿《銀世界》ほか絵入り本九点
表紙は無地か地紋だけで、左上に細長い紙片を貼り、そこへ書名を書く。剥がれてしまえば、その本の名は分からなくなる。館の札がそのすぐ隣に並び、二百年を隔てた二つの札が同じ表紙に同居している。題を保つための紙片を読みたい。

表紙に、細長い紙が貼ってある
絵入りの本を九点、記録の欄で並べてみる。
九点とも、木版で摺られた本である。
表紙は、たいてい無地か、地紋だけである。
その表紙の左上に、細長い紙が貼られる。
紙は縦に長く、幅は指二本ほどだ。
そこに、書名が墨で書かれる。
この紙片を、題簽という。
外に貼るので、外題ともいう。
本という商品の、作り方
木版の本は、次の順で作られる。
まず、絵師が下絵を描く。
彫師が、版木に彫る。
摺師が、紙に摺る。
その紙を、二つ折りにして重ねる。
表紙を付け、左端を糸で綴じる。
最後に、題簽を貼る。
つまり、題簽は最後の工程である。
前の回で、署名が最後の一筆だと書いた。
本では、題簽が最後になる。
貼った時点で、商品になる。
表紙に、直接書かないのはなぜか
表紙に直接書くこともできる。
しかし、多くの本は紙を貼る。
理由は、いくつか考えられる。
一つは、表紙の紙が書きにくいからだ。
地紋を型で押した紙や、染めた紙が使われる。
墨が乗りにくい。
一つは、貼り替えられるからである。
汚れたら、新しい題簽を貼ればよい。
そして、まとめて刷っておける。

閉じた本を、表から写す。
表紙は暗い藍色である。
全体に、細かい傷みが見える。
左上に、細長い紙が縦に貼られる。
紙は淡い褐色で、縁が波打つ。
その紙に、墨で三文字が縦に書かれる。
いちばん下に、もう一文字ある。
巻の別を示す文字だろう。
紙の右上に、白い小さな札が貼られる。
札には、細かい文字が印刷される。
館が付けた札である。
何冊で、一組か
九点の冊数を並べておく。
一冊が五点。
二冊組が三点。
三冊組が一点。
館の番号には、冊数だけ枝が付く。
二冊なら、枝が二つ。
三冊なら、枝が三つ。
前の回で、番号の枝が数を示す話をした。
本でも、同じ仕組みが働いている。
番号を見れば、何冊あるか分かる。
巻の別を、下に書く
題簽には、書名だけでなく巻の別も入る。
上、中、下。
あるいは、全。
全とあれば、一冊で完結する。
上と下があれば、二冊組である。
九点のうち、二冊組が三点、三冊組が一点ある。
つまり、題簽を見れば冊数の見当がつく。
館の記録は、冊数を技法の欄に書く。
三冊一組、二巻、といった書き方である。
二つの札が、並ぶ
古い題簽と、館の札。
二つが、同じ表紙に並ぶ。
一つは、二百年前に貼られたものだ。
一つは、百年ほど前に貼られたものである。
貼った人も、目的も違う。
前者は、本の名を示すため。
後者は、館の中で管理するため。
それでも、やっていることは同じである。
物に、名を貼りつける。
館の札が、上に貼られる
九点のうち三点は、館の札が写っている。
白い小さな紙で、印刷された文字が並ぶ。
番号と、題と、作者の名である。
つまり、館が付けた題簽である。
そして、それが元の題簽の上や横に貼られる。
前の回で、番号の札が積み重なる話をした。
ここでも、同じことが起きている。
新しい札が、古い札の隣に並ぶ。

閉じた本を、表から写す。
表紙は暗い藍色である。
表面に、ひび割れのような細かい線が走る。
左上に、細長い紙が縦に貼られる。
紙は淡い褐色で、上下が欠ける。
その紙に、墨で三文字が縦に書かれる。
文字は太く、力がある。
紙の上に、青い染みが一つある。
右上に、白い小さな札が貼られる。
札には、印刷された文字が並ぶ。
表紙の下のほうは、剥がれている。
表紙より、外にあるもの
本を積めば、表紙どうしが擦れる。
題簽は、その表紙より少し厚い。
だから、いちばん先に擦れる。
角が丸くなり、字がかすれる。
そして、湿気で糊が弱る。
弱れば、剥がれる。
つまり、いちばん外にあるものが、いちばん先に失われる。
前の回で、絵の端が傷みやすい話をした。
本でも、同じことが起きている。
題簽が、傷みやすい
題簽は、いちばん外にある紙である。
だから、擦れる。
角が欠け、縁が波打つ。
そして、剥がれ落ちる。
剥がれてしまえば、書名が分からない。
九点のうち何点かは、題簽が失われている。
そういう本の書名は、中身から判断する。
前の回で、消えた文字の話をした。
こちらは、紙ごと失われる。

閉じた本を、表から写す。
表紙は、くすんだ青灰色である。
無地で、模様はない。
紙の表面に、細かい繊維が見える。
左端に、綴じた糸の穴が縦に並ぶ。
穴は四つある。
上のほうに、白い札が横に貼られる。
札には、印刷された文字が二行入る。
元の題簽は、貼られていない。
あるいは、失われている。
表紙の右下に、汚れがある。
糸の色と、綴じの跡
綴じ糸は、たいてい白か生成りである。
年月で、褐色に変わる。
そして、切れることがある。
切れれば、綴じ直す。
綴じ直すと、新しい穴が開くこともある。
だから、穴の数が四つより多い本もある。
穴の並びを見れば、綴じ直したかどうか分かる。
館の記録は、そこまでは書かない。
写真を見て、数えることになる。
綴じ方が、穴の数を決める
九点の本は、いずれも同じ綴じ方である。
紙を二つ折りにして重ね、左端を糸で綴じる。
穴は、四つ開けることが多い。
だから、表紙の左端に穴が並ぶ。
この綴じ方だと、開いても平らになる。
見開きで絵を見るのに向く。
前の回で、画帖の話をした。
こちらは、もっと簡素で安い作りである。

閉じた本を、表から写す。
表紙は黒に近い暗い色である。
全体に、細かい網目の地紋が押される。
模様は、光の当たり方で見える。
左端に、綴じた糸の穴が縦に並ぶ。
上のほうに、白い札が横に貼られる。
札には、印刷された文字が二行入る。
元の題簽は、見当たらない。
表紙の右上に、丸い跡がある。
紙の縁は、わずかに反る。
折り目を、またぐ絵
見開きで一つの絵を作ると、中央に折り目が来る。
折り目のところで、絵が途切れる。
顔が折り目に来れば、見苦しい。
だから、絵師は折り目を避けて構図を作る。
人物を左右に振り分ける。
あるいは、折り目に空を持ってくる。
九点の見開きも、そうなっている。
制約が、構図の形を決めている。
前の回で、判型が構図を決める話をした。
開けば、絵と文字が並ぶ
九点のうち五点は、開いた状態で写されている。
見開きの二頁が、一つの画面になる。
つまり、絵が中央の折り目をまたぐ。
そして、余白に文字が入る。
前の回で、絵と文字が対になる話をした。
こちらでは、同じ頁の中で混ざる。
絵の空いたところに、文字を刷る。
だから、文字の位置は頁ごとに違う。

見開きの二頁が並ぶ。
紙は、淡い桃色を帯びる。
右の頁の上に、細い線が斜めに走る。
雨である。
その下に、二人が走る。
一人は、荷を背負う。
左の頁に、藁葺きの屋根がある。
屋根の下に、人が数人いる。
一人は、裸で身をよじる。
墨の線だけで描かれる。
右上に、文字が数行入る。
墨だけの本と、色のある本
九点のうち、墨だけの本が三点ある。
残りは、多色摺である。
多色にすれば、版木が増える。
版木が増えれば、値が上がる。
だから、色の数は用途で決まる。
手本なら、墨だけでよい。
季節の花を見せる本なら、色が要る。
館の技法の欄は、そこを書き分ける。
墨のみ、あるいは墨と彩色、と。
手本としての、画譜
いま見た一点は、画譜と名がつく。
つまり、絵の手本帳である。
前の回で、手本帳の話をした。
学ぶ人は、これを見て写す。
だから、線が分かりやすく引かれる。
彩色はなく、墨だけである。
色があると、線が見えにくい。
手本としての用途が、作りを決めている。

見開きの二頁が並ぶ。
紙は、淡い黄褐色である。
画面いっぱいに、人物が重なる。
いずれも、鎧を着ている。
刀や旗が、方々へ突き出す。
右の頁の上に、岩が張り出す。
その上から、人が身を乗り出す。
左の頁の上に、細かい文字がある。
四角い枠の中に入る。
墨の線が太く、密である。
白い部分が、少ない。
武者を描く本
いま見た一点は、鎧を着た人物が重なる。
こういう本は、当時よく売れた。
昔の合戦の場面を、絵で見せる。
読み物の挿絵でもあり、絵の見本でもある。
線が密で、白い部分が少ない。
つまり、彫るのに手間がかかる。
その手間が、迫力になっている。
前の回で、彫る仕事の話をした。
こういう本は、彫師の腕の見せ場でもある。
枠の中に、章の題
いま見た一点の頁にも、枠がある。
四角い枠の中に、数行の文字が入る。
これは、章の題か、場面の説明だろう。
前の回で、版画の題箋を見た。
本の中でも、同じ形が使われる。
つまり、枠に入れて区別するという工夫は共通している。
絵の中の文字を、絵から切り離す。
そのための、いちばん簡単な方法である。

見開きの二頁が並ぶ。
紙は、淡い黄褐色である。
右の頁に、人が七、八人集まる。
いずれも、着物を着る。
一人は、しゃがんで下を見る。
左の頁に、細い竹の垣がある。
その手前に、人が並ぶ。
一人は、傘を差しかける。
上のほうに、木の枝が茂る。
両方の頁の上部に、文字が並ぶ。
墨の線だけで摺られる。

見開きの二頁が並ぶ。
横に長い一つの景色になる。
中央に、水面が広がる。
水は淡い灰色で、静かである。
その上に、小さな舟が並ぶ。
右手前に、赤い建物がある。
屋根が、朱に塗られる。
奥に、白い山が三角に立つ。
左に、木立と家並みが続く。
右上に、小さな枠がある。
枠の中に、文字が入る。
どちらを疑うか
食い違いが見つかったとき、どちらを疑うか。
年か、作者か。
一般には、年のほうが動きやすい。
作者は、署名から分かることが多い。
年は、刊記が失われれば推し量りになる。
つまり、年のほうが不確かである。
もっとも、これは一般論である。
この一点がどうかは、調べないと分からない。
館の欄は、両方をそのまま並べている。
年と、作者の生年が合わない
いま見た一点には、気になる点がある。
年の欄は、1771年ごろとなっている。
一方、作者の生年は1763年である。
つまり、八歳の作ということになる。
これは、考えにくい。
年か、作者か、どちらかが違うのだろう。
前の回で、生没年の欄の誤りを見た。
同じような食い違いが、ここにもある。
館の欄を読むときは、こういう点を確かめたい。
二つの欄を、突き合わせる
こういう食い違いは、突き合わせないと見つからない。
年の欄だけを見ても、おかしくない。
作者の欄だけを見ても、おかしくない。
並べて、引き算をして、はじめて気づく。
つまり、読む側の作業が要る。
館の欄は、それを助ける形で並んでいる。
作者の欄に生没年があるのは、そのためでもある。
比べられるように、置かれている。

閉じた本を、表から写す。
表紙は、淡い赤褐色である。
無地で、模様はない。
紙の表面に、細かい皺が寄る。
左端に、綴じた糸の穴が縦に並ぶ。
上のほうに、白い札が横に貼られる。
札に、印刷された文字が三行入る。
その下に、細長い紙の跡がある。
元の題簽が、あった場所だろう。
いまは、剥がれている。
表紙の下のほうに、汚れがある。
剥がれた跡が、残る
いま見た一点には、題簽の跡がある。
紙を貼っていた部分だけ、色が違う。
つまり、そこに何かが貼ってあった。
剥がれても、跡は残る。
前の回で、失われた物の記録の話をした。
こちらは、記録ではなく物そのものに跡がある。
跡があれば、あったことが分かる。
そして、大きさも見当がつく。
刊記という、最後の頁
本の終わりには、刊記が入る。
年月、版元の名、住所。
ときには、値段まで入る。
つまり、いまの奥付と同じである。
そこを見れば、いつ誰が出したか分かる。
九点の年の欄は、そこから取られている。
前の回で、印から年月が分かる話をした。
本では、刊記がその役目を果たす。
そして、刊記は文字だけの頁である。
絵のない頁が、最も確かな情報を持つ。
年月を、正月と八月で書く
九点の年の欄には、月が入るものがある。
正月、八月。
つまり、出版された月が分かっている。
本には、末尾に刊記が入る。
そこに、年と月と版元が書かれる。
だから、月まで特定できる。
前の回で、版画の印から月が分かる話をした。
本では、刊記がその役目を果たす。
正月に、多く出る
九点のうち三点は、正月の刊行である。
これは、偶然ではないだろう。
年の初めに、新しい本を出す。
買う人も、正月に本を買う。
つまり、季節の商売である。
いまの新刊の出方と、そう変わらない。
館の記録は、月を書くだけである。
理由については、何も書かない。
書名の付け方
九点の書名を並べてみる。
絵本、と頭に付くものが三点。
画譜、と付くものが一点。
場所の名を含むものが二点。
季節や景色を示す語のものが三点。
つまり、書名にも型がある。
絵本と付ければ、絵が主の本だと分かる。
画譜と付ければ、手本だと分かる。
書名が、中身の種類を示している。
題簽の文字は、誰が書いたか
題簽の文字は、たいてい版元が用意する。
字を書く人に頼み、まとめて摺る。
だから、絵師の筆跡とは限らない。
前の回で、版画の題の文字の話をした。
同じ事情が、本にもある。
ただし、名高い絵師が自分で書くこともあった。
その場合は、題簽そのものが作品になる。
館の記録は、そこまでは書かない。
表紙は、無地でよい
九点の表紙は、いずれも簡素である。
無地か、細かい地紋だけ。
絵は、描かれていない。
いまの本の表紙とは、考え方が違う。
中身を見せるのは、題簽の文字だけである。
つまり、表紙は保護のためのものだ。
内容を売り込む場所ではない。
売り込みは、店先の宣伝や、口伝えで行われた。
表紙の役目が、いまとは違っている。
一枚の紙片が、本を名づける
題簽は、小さな紙である。
縦十数センチ、幅は数センチ。
それが、本の名を担っている。
剥がれれば、名が分からなくなる。
そのくらい、頼りない仕組みである。
それでも、二百年たって残っているものがある。
九点のうち二点の題簽は、いまも読める。
墨で書かれた三文字が、そこにある。
小さな紙が、本の顔をしている。
貼るという、留め方
題簽は、糊で貼られる。
糊は、米や小麦から作る。
つまり、有機物である。
だから、虫がつく。
そして、湿気で緩む。
強く貼れば、剥がすとき紙が破れる。
弱く貼れば、すぐ剥がれる。
その加減が、職人の腕である。
前の回で、材料の話を何度かした。
糊という、目に見えない材料も本を支えている。
本の厚みを、測る
館の寸法の欄には、厚みが書かれる。
0.6センチ、1センチ、1.3センチ。
つまり、指の腹より薄い。
紙は薄く、枚数も多くない。
三十枚ほどで、一冊になる。
薄いから、軽い。
軽いから、持ち歩ける。
そして、安い。
寸法の三つ目の数字が、本の性格を伝えている。
縦と横の、比率
九点の本の縦横比を見ると、似ている。
縦が横の一.四倍前後である。
これは、紙を折った結果である。
一枚の紙を二つに折れば、この比率になる。
さらに折れば、また同じ比率が出る。
つまり、紙の作り方が本の形を決めている。
一点だけ、横に広いものがある。
見開きで写されているからだ。
閉じれば、他と同じ形になる。
九点の年を、並べておく
九点の年を、順に並べる。
1770年正月。1771年ごろ。1785年。
1789年八月。1790年正月。1800年。
1801年正月。1820年代ごろ。1836年。
つまり、六十年余りに散らばる。
その六十年のあいだ、本の作りはほとんど変わらない。
同じ大きさ、同じ綴じ方、同じ題簽。
変わったのは、絵の様式と色の数だけである。
形式が安定していたということでもある。


