美術史・技法

皿を描いていない人が、作者の欄にいる——フランクリンの皿

四件の作者の欄には、元の肖像を描いた人の名が入る。その人は皿を描いていない。役割の欄を読み飛ばすと、二人で作ったように見えてしまう。欄の名と欄の役割を、一緒に読みたい。四件が、四つの原画から写されている。

フランクリンの皿
ジョゼフ・デュプレシ《フランクリンの皿》メトロポリタン美術館蔵

作者の欄に、絵を描いた人がいない

皿を九件、記録の欄で並べてみる。

そのうち四件は、同じ人物の肖像が描かれている。

作者の欄には、二人の名がある。

一人は意匠を担った人。

もう一人は、役割の欄に画家とある。

ところが、この画家は皿を描いていない。

もとになった肖像画を描いた人である。

十八世紀に描かれた肖像を、後の時代に皿へ写した。

館の記録は、その元の作者の名を作者の欄に入れる。

写した人ではなく、写された絵の作者を。

一件では、元の作者の名しかない

四件のうち一件は、さらに徹底している。

作者の欄に、一人しか書かれていない。

そしてその一人は、元の肖像を描いた画家である。

皿を作った人も、絵付けをした人も、記録にない。

つまり、皿としては作者不明だ。

それでも、作者の欄は埋まっている。

元の絵の作者で。

読む人は、その画家が皿を作ったと誤解しかねない。

役割の欄には、画家とだけある。

何の画家かは、書かれていない。

前の回の記事で、作者の欄の読み方について何度も書いてきた。

欄にある名が、その品を作った人とは限らない。

フランクリンの皿
ジョゼフ・シフレッド・デュプレシの肖像による《フランクリンの皿》1800年から1883年。館の記録では、ファイアンス。直径24.8センチ。番号は83.2.276。メトロポリタン美術館蔵。ジョゼフ・デュプレシ《フランクリンの皿》メトロポリタン美術館蔵

円い皿である。

縁は立ち上がらず、平らに近い。

地は明るい黄で、全面が塗られる。

その中央に、男性の胸像が描かれる。

顔はやや左を向き、こちらを見る。

額が広く、頭頂の髪が薄い。

側頭部の髪は、長く垂れて肩にかかる。

肌は明るく、頬に赤みが差す。

上着は赤褐色で、襟に毛皮が付く。

首もとに、白い襟が見える。

画面の左上に、人名らしい文字が縦に並ぶ。

文字は黒く、皿の縁に沿って傾く。

四件が、四つの原画から写される

同じ人物を描いた四件を、並べてみる。

作者の欄に並ぶ元の作者は、四人とも違う。

一人は油彩の肖像画家。

一人は彫刻家である。

一人は版画家、一人はまた別の画家。

つまり、四つの別々の原画から写している。

同じ人物でも、原画が違えば姿が違う。

館の記録は、その違いを作者の欄で示す。

写した人は同じでも、写した元が違う。

だから、四件は別の作品として数えられる。

前の回の記事で、複製版画の記録を見た。

描いた人と彫った人が並んでいた。

ここでは、描いた人と写した人が並ぶ。

フランクリンの皿
エミール・デュポン=ジプシー意匠、ジャン・アントワーヌ・ウードンの原型による《フランクリンの皿》1776年から1883年。館の記録では、ファイアンス。直径22.2センチ。番号は83.2.269。メトロポリタン美術館蔵。エミール・デュポン=ジプシー《フランクリンの皿》メトロポリタン美術館蔵

白い地の円い皿である。

縁に、細い青い線が一周する。

中央に、男性の胸像が描かれる。

すべて青一色で描かれている。

顔は正面をやや外れ、右を向く。

額が広く、頭頂が禿げ上がる。

側頭の髪が、耳の後ろで巻く。

目の下と口の脇に、深い皺がある。

上着の襟が、首の下で開く。

その内側に、白い襞が見える。

右上に、小さな文字が二行入る。

原画の作者と年を記したものだろう。

元の作者が、彫刻家である一件

いま見た一件の元の作者は、彫刻家である。

つまり、原型は立体だった。

胸像を、平面に写している。

館の記録は、そこまで説明しない。

役割の欄には、画家とだけある。

彫刻家であることは、名を知っていれば分かる。

知らなければ、分からない。

生没年も添えられているが、職種は書かれない。

前の回の記事で、記録が説明を省く例を何度も見た。

欄は、分類のためにある。

説明のためにあるのではない。

フランクリンの皿
エミール・デュポン=ジプシー意匠、シャルル・ニコラ・コシャンの原画による《フランクリンの皿》1776年から1883年。館の記録では、ファイアンス。直径21.6センチ。番号は83.2.273。メトロポリタン美術館蔵。エミール・デュポン=ジプシー《フランクリンの皿》メトロポリタン美術館蔵

白い地の円い皿である。

縁に線はなく、地が端まで続く。

中央に、男性の横顔が描かれる。

すべて褐色一色である。

顔は左を向く。

頭に、毛皮の帽子をかぶる。

帽子は丸く、毛が細かく描き分けられる。

髪は帽子の下から出て、肩まで垂れる。

眼鏡はかけていない。

首もとに、細い襟が見える。

右下に、小さな文字がある。

肩から下は、輪郭だけで終わる。

一色で描かれるということ

四件の肖像は、いずれも一色で描かれる。

黄の地に多色の一件を除けば、三件が単色である。

青、褐、そして紅。

なぜ、一色なのか。

焼き物の絵付けでは、色ごとに焼く温度が違う。

多色にすれば、工程が増える。

一色なら、一度で済む。

そして、単色の濃淡だけで肖像は描ける。

版画と同じ原理である。

前の回の記事で、版画の色数について書いた。

工程の数が、見え方を決めている。

館の記録は、色を書かない。

技法の欄には、ファイアンスとあるだけだ。

フランクリンの皿
エミール・デュポン=ジプシー意匠、ベンジャミン・ウィルソンの原画による《フランクリンの皿》1776年から1883年。館の記録では、ファイアンス。直径22.2センチ。番号は83.2.274。メトロポリタン美術館蔵。エミール・デュポン=ジプシー《フランクリンの皿》メトロポリタン美術館蔵

淡い黄白色の地の皿である。

縁に、細い紅の線が一周する。

中央に、男性の胸像が描かれる。

紅一色で描かれている。

顔はやや左を向く。

髪は豊かで、両側にふくらむ。

額が高く、生え際が後退する。

眉が下がり、目もとが柔らかい。

上着の肩が、下辺で切れる。

首もとに、白い襟の輪郭がある。

左下に、小さな文字が二行入る。

濃淡は、線の密度で作られている。

意匠を担った人が、同じ三件

肖像の皿の四件のうち、三件は意匠の人が同じである。

一人の人物が、三つの原画から三枚を作った。

つまり、この人は複製する仕事をしていた。

有名な肖像を、皿の上に写す。

そういう商売が成り立っていたのだろう。

十九世紀の後半、記念の品がよく売れた。

館の記録は、その事情を書かない。

書かれるのは、意匠という役割の語だけである。

しかし、同じ名が三件に並ぶことが、事情を示す。

前の回の記事で、同じ名が繰り返す例を何度も見てきた。

繰り返しは、その人の仕事の性格を示す。

一件だけでは、たまたまに見える。

直径が、三枚でほぼ同じ

三件の直径を並べてみる。

22.2センチ、21.6センチ、22.2センチ。

ほとんど同じである。

同じ大きさの素地に、別の図を描いている。

素地は、まとめて買うか、まとめて作る。

そこに、注文に応じて絵を付ける。

前の回の記事で、規格が揃う小柄の話を書いた。

同じ原理が、ここでも働いている。

外形は固定され、中身だけが変わる。

一方、赤土の皿の直径は24.1から30.5センチまで散らばる。

手で作れば、大きさは揃わない。

数字の揃い方が、作り方を示している。

年の欄が、百年の幅を持つ

四件のうち三件の年の欄は、1776年から1883年とある。

百七年の幅だ。

九件でいちばん広い。

なぜ、これほど広いのか。

下限の1776年は、元の肖像が作られた年だろう。

上限の1883年は、館に入った年である。

つまり、皿そのものが作られた年は分かっていない。

分かっているのは、その範囲だけだ。

館は、確実に言える範囲だけを書く。

範囲が広くても、狭めない。

前の回の記事で、年の欄の留保の書き方を何度も見てきた。

ここでは、二つの確かな年で挟んでいる。

赤土の皿は、作者が分かる

残る五件は、赤い土で作られた皿である。

作者の欄には、いずれも一人の名がある。

そして、その人が実際に作っている。

なぜ、こちらは作者が分かるのか。

皿に、名や年が書き込まれているからだ。

装飾の一部として、文字が入る。

その文字に、作った人の名がある場合がある。

前の回の記事で、名が残る条件を何度も見てきた。

書く場所があり、書く習慣があれば、名は残る。

赤土の皿には、その両方があった。

皿
アンドリュー・ウーラー《皿》1810年。館の記録では、土器、赤土に掻き落としの装飾。直径26.7センチ。番号は12.133.3。メトロポリタン美術館蔵。アンドリュー・ウーラー《皿》メトロポリタン美術館蔵

黄褐色の円い皿である。

縁が、ゆるく立ち上がる。

中央から放射状に、植物の文様が広がる。

上に、二枚の葉と一本の茎がのびる。

左右には、六弁の花が一つずつ開く。

花の中心は、赤褐色で塗られる。

葉は緑で、輪郭が黒い。

下部には、実の付いた枝が垂れる。

輪郭の線は、地を掻き落として作られている。

線の底に、下の土の色が出る。

左下に、文字が横に並ぶ。

右下に、四桁の年が入る。

掻き落とすという技法

いま見た一件の技法の欄には、掻き落としの装飾とある。

赤い土の器に、白い泥を掛ける。

乾いたところを、針で掻いて線を引く。

すると、下の赤い土が線として現れる。

線を彫るのではなく、覆いを削る。

版画の技法にも、似た考え方がある。

館の記録は、この一語で作り方を示す。

九件のうち二件が、この技法である。

残る三件は、泥を塗って描く技法だ。

技法の欄の語が、線の見え方を決めている。

皿
ハインリヒ・シュトフレット《皿》1814年。館の記録では、土器、赤土に掻き落としの装飾。直径29.2センチ。番号は18.95.3。メトロポリタン美術館蔵。ハインリヒ・シュトフレット《皿》メトロポリタン美術館蔵

黄褐色の大きな皿である。

縁が広く、平らに開く。

縁に沿って、波形の線が一周する。

中央に、大きな鉢が描かれる。

鉢の中から、太い茎がのびる。

茎の先に、丸い花が一つ開く。

花弁は八枚ほどで、中心に点がある。

左右に、細長い花が一つずつ立つ。

いずれも、輪郭だけで表される。

上部の左右に、四桁の年が分けて書かれる。

前半の二桁が左、後半の二桁が右。

線はすべて、地を掻き落として作られる。

文字が、装飾になる

九件のうち三件は、縁に文字が並ぶ。

縁の内側に沿って、一周する。

読むには、皿を回さなければならない。

前の回の記事で、記念章の文字について同じことを書いた。

円い面では、文字が縁に沿う。

内容は、格言や祝いの言葉だろう。

館の記録は、その内容を写していない。

銘記の欄が使われていない。

写真を見て、読み取るしかない。

そして、書かれているのは英語ではない。

移り住んだ人々が使っていた言葉である。

皿
デイヴィッド・スピナー《皿》1810年ごろ。館の記録では、土器、赤土に泥による装飾。直径30.5センチ。番号は13.145.1。メトロポリタン美術館蔵。デイヴィッド・スピナー《皿》メトロポリタン美術館蔵

赤褐色の大きな皿である。

縁が広く開き、内側に窪みがある。

窪みの縁に沿って、文字が一周する。

文字は明るい黄で、太く書かれる。

上から左回りに、途切れずに続く。

中央の円い面には、花が描かれる。

大きな花が一つ、上を向く。

その左右に、細長い葉が広がる。

葉は左右対称に配される。

花と葉のあいだに、細い点が散る。

中央の面と縁のあいだに、黒い輪が一本入る。

地の赤が、文様の隙間から見える。

直径だけが、書かれる

九件の寸法の欄は、いずれも直径だけである。

高さも、厚さも書かれていない。

皿は、平たい。

だから、直径で代表させられる。

しかし、縁の立ち上がりには差がある。

平らに近いものと、深く窪むものがある。

その差は、寸法の欄に出てこない。

写真を見れば、影の落ち方で分かる。

前の回の記事で、記録の欄と現物のずれについて何度も書いた。

一つの数字で代表させれば、必ず何かが落ちる。

落ちたものは、別の手段で補うしかない。

皿
ソロモン・グリム《皿》1815年から1825年。館の記録では、土器、赤土。直径24.1センチ。番号は13.206.3。メトロポリタン美術館蔵。ソロモン・グリム《皿》メトロポリタン美術館蔵

黄褐色の円い皿である。

縁が高く立ち上がる。

縁の上端に、細かい刻みが一周する。

中央に、八角の星形が広がる。

星の一つずつの先が、鋭く尖る。

星の内側は、黄で塗られる。

その中に、赤い点が並ぶ。

星の外側には、緑の線が走る。

緑の線は、星の輪郭に沿って曲がる。

星の中心にも、小さな花がある。

地の色と、文様の色が三つで済んでいる。

黄、赤、緑。それだけである。

同じ作り手の、別の一件

九件のうち、同じ作者の名を持つ件が複数ある。

赤土の皿の五件のうち、二件が同じ人の作だ。

年の欄も近く、1815年から1825年と1816年。

同じ工房で、続けて作られたのだろう。

しかし、この記事に選んだのは一件だけである。

もう一件は、別の番号で館にある。

同じ作者の作品が複数あることは、記録を並べれば分かる。

一件だけを見ていては、分からない。

前の回の記事で、同じ作者の複数の作品について何度か書いた。

館の記録は、作者ごとにまとめて見せる欄を持たない。

まとめるのは、読む側の仕事である。

皿
ジョン・ライディ《皿》1775年から1800年ごろ。館の記録では、土器、赤土。直径30.5センチ。番号は34.100.120。メトロポリタン美術館蔵。ジョン・ライディ《皿》メトロポリタン美術館蔵

濃い褐色の大きな皿である。

九件でいちばん暗い一件だ。

縁が広く開き、内側に窪む。

窪みの縁に沿って、文字が一周する。

文字は黄で、細く書かれる。

中央の面には、鳥のような形が並ぶ。

いずれも黒い塊で、輪郭がぼやける。

そのあいだに、緑の斑が散る。

三本の縦線が、上部に立つ。

地の褐色が濃く、文様との差が小さい。

釉のむらが、面全体に広がる。

縁の線が、一件ずつ違う

肖像の皿の四件を、縁で比べてみる。

一件は縁に線がない。

一件は青い細い線が一周する。

一件は紅の細い線が一周する。

一件は、地の色が縁まで続く。

わずかな差である。

しかし、四枚を並べれば違いは目に入る。

館の記録は、縁について何も書かない。

技法の欄はファイアンス、寸法の欄は直径。

それだけだ。

装飾の細部は、欄に入らない。

前の回の記事で、欄の外にあるものについて何度も書いてきた。

写真がなければ、この差は永久に分からない。

出所の行が、二つに分かれる

九件の出所の行を並べると、二つの群になる。

四件は、ある人の寄贈、1883年。

肖像の皿の四件である。

残る五件は、基金による購入と別の寄贈だ。

1912年から1933年に散らばる。

つまり、肖像の皿と赤土の皿は、別々に集められた。

前者は、ある人物を記念する品として。

後者は、その土地の焼き物として。

集める目的が違えば、経路も違う。

館の記録は、その目的を書かない。

書かれるのは、名と年だけである。

しかし、番号の頭と主題を突き合わせれば見えてくる。

役割の欄が、五件で二通りに分かれる

赤土の皿の五件を、役割の欄で比べてみる。

四件は、作った人と書かれる。

一件だけ、画家と書かれている。

同じ種類の品で、役割の語が違う。

なぜか。

その一件は、絵付けが際立っているからかもしれない。

あるいは、記録を作った人の判断が違っただけかもしれない。

館は、理由を書かない。

前の回の記事で、役割の語の揺れを何度も見てきた。

同じ館の中でも、語の使い方は揃わない。

揃わないまま、記録は積み上がる。

そして、揃っていないことに気づくには、並べるしかない。

年の欄が、四件で一年に定まる

赤土の皿の五件のうち、二件は年が一年に定まる。

1810年と1814年。

いずれも、皿の面に年が書き込まれている。

写真でも、四桁の数字が読み取れる。

残る三件は、幅を持って書かれる。

1810年ごろ。1815年から1825年。

1775年から1800年ごろ。

年を書き込む習慣があっても、全部に書くわけではない。

書かれていれば、記録は一年に定まる。

書かれていなければ、様式から推定する。

前の回の記事で、年の欄の精度について何度も書いてきた。

精度は、品の側の事情で決まる。

館の努力とは、関係がない。

皿という形式

九件を並べ終えて、皿について考えてみたい。

皿は、食器である。

しかし、九件のいずれも、使うために作られていない。

肖像を描いた皿は、飾るためのものだ。

文字を書いた皿も、贈り物か記念だろう。

平らな円い面は、絵を描くのに向いている。

そして、焼けば長く残る。

紙や布より、はるかに長く。

だから、記念の媒体として選ばれた。

前の回の記事で、記念章について同じことを書いた。

残る材料が、記録の媒体になる。

皿と記念章は、その点でよく似ている。

一枚に、何人が関わったか

九件の作者の欄には、七つの名がある。

そのうち四つは、元の肖像を作った人だ。

つまり、皿を作った人の名は三つしかない。

赤土の皿の五件では、五人の名がある。

一方、肖像の皿の四件では、皿を作った人の名は一人だけ。

しかも、その一人は意匠を担った人である。

型を作り、焼き、絵を付けた人の名はない。

工場で作られた品では、そうなる。

手で作られた品では、作った人の名が残る。

作り方の差が、記録の中身を変えている。

九件を並べて、いちばんはっきり見えるのはそこだ。

最後に、九件の技法の欄を並べておく。

ファイアンスが四件、赤土の土器が五件。

どちらも、土を焼いた器である。

違うのは、白い化粧を掛けるかどうかだ。

白ければ、絵の具の色が出る。

赤いままなら、掻き落としの線が効く。

素地の色が、装飾の方法を決めている。

そして、装飾の方法が、記録に残る名を決める。

工場の絵付けか、職人の手描きか。

技法の欄の短い語が、その分かれ目を示している。

九件を閉じて、作者の欄にもう一度戻ってみる。

元の肖像を描いた人の名が、そこにある。

その人は、皿を見たこともないだろう。

皿が作られたときには、すでに世を去っている。

それでも、作者の欄に名が入る。

複製された図の出どころを示すためである。

出どころを書かなければ、写しであることが伝わらない。

写しであることを示すために、元の名を書く。

その判断は、記録として正しい。

正しいが、読み方を誤ると混乱する。

役割の欄を読み飛ばせば、二人で作ったように見える。

欄の名と、欄の役割を、いつも一緒に読むしかない。

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