額のほうが、絵より大きい——ピエール=オーギュスト・ルノワール
縦7.7センチの絵に、縦18.7センチの額。九点はいずれも掌に載る油彩で、額は絵の二倍前後ある。縁に貼られた帯を含めて測る一点もある。小さな画面と、その周りの記録を読みたい。三点は、同じ年に同じ大きさで描かれた。

額のほうが、絵より大きい
九点の寸法の欄には、絵の寸法と額の寸法が併記されている。
その二つを比べると、妙なことに気づく。
ある一点では、絵が縦7.7センチ、横9.6センチ。
その額は、縦18.7センチ、横21センチである。
縦で二・四倍、横で二・二倍。
面積では、五倍以上ある。
絵より額のほうが、はるかに広い面積を占めている。
九点を並べて、この関係を見たい。

九点の内訳
先に、九点の中身を確かめておく。
九点とも、カンヴァスに油彩である。
九点とも、同じ館に収まっている。
年は1866年から1900年ごろまでの三十年余りに散る。
寸法は、縦7.7センチから26.1センチ。
主題は、人物が五点、景色が三点、動物が一点。
二つの数字を、並べて書く
この館の記録では、寸法の欄に二つの組が並ぶ。
作品そのものの寸法と、額を含めた寸法である。
前者には、全体で、という語が付く。
後者には、額に入れて、という語が付く。
九点とも、この二組が書かれている。
額を測らない館も多い中で、これは丁寧な記録である。
掌に載る油彩
九点の大きさを確かめておく。
最も小さい一点は、縦7.7センチ、横9.6センチ。
名刺より少し大きい程度である。
最も大きい一点でも、縦26.1センチ。
葉書を縦に二枚並べたほどにとどまる。
九点とも、片手で持てる大きさである。
九点の面積
九点の面積を計算してみる。
最も小さい一点が、およそ74平方センチ。
最も大きい一点で、およそ795平方センチ。
十倍以上の開きがある。
それでも、いずれも手のひらか、その少し外に収まる。
この画家には、縦2メートルを超える大画面もある。
九点は、その対極にある一群である。
なぜ、小さいのか
油彩でこれほど小さい画面は、珍しい。
売るための絵なら、もっと大きく描く。
小さな画面は、手元に置くためのものだろう。
思いついた構図を試す。色の並びを確かめる。
そうした目的なら、小さくてよい。
小さな画面で描く
小さな画面に油彩で描くのは、簡単ではない。
筆先が大きければ、一筆で画面の何割かが埋まる。
細い筆に持ち替えれば、絵具の勢いが失われる。
九点の画像を見ると、筆の跡がはっきり残っている。
小さな画面に、太い筆をそのまま使っている。
そのため、形は簡略になり、色の並びが前に出る。
筆の跡
たとえば、水面は横に走る数本の線で表される。
木立は、緑と青の短い筆触の集まりである。
近づいて見れば、何を描いたか分かりにくい。
離れて見れば、川と木立になる。
小さな画面だからこそ、その距離の差が大きい。
額を付ける、ということ
小さな絵に大きな額を付けるのには、理由がある。
壁に掛けたとき、小さすぎると目に入らない。
太い額を付ければ、壁面での存在が増す。
そして、絵の周りに余白ができ、画面が落ち着いて見える。
額の面積
額を含めた面積を計算すると、絵の面積の四倍から六倍になる。
つまり、壁で見えている面の大部分は額である。
見る側は、まず額を見て、その中の小さな画面に近づくことになる。
額の厚み
額の寸法には、厚みも書かれている。
九点の厚みは、2.5センチから9.53センチ。
絵が縦7.7センチの一点で、額の厚みが4.4センチある。
絵の高さの半分以上が、額の奥行きということになる。
帯を含めて測る
最初の一点の寸法には、変わった説明が付いている。
縁に貼られた帯を含めて、と書かれている。
つまり、この数字は絵そのものの寸法ではない。
カンヴァスの縁に何かが貼られており、それを含めて測っている。
何のための帯か
小さなカンヴァスは、木枠に張らずに置かれることがある。
そのままでは、縁がほつれる。
保護のために、縁に帯を貼ることがある。
あるいは、台紙に留めるために貼ったのかもしれない。
いずれにせよ、後から付けられたものである。
それでも、測る
作品そのものではないものを、なぜ寸法に含めるのか。
外せないからだろう。
無理に剥がせば、カンヴァスが傷む。
だから、貼られたままの状態で測る。
そして、そう測ったことを明記する。
数字の意味が、変わる
帯を含めるということは、比較の前提が変わるということでもある。
他の八点の数字は、絵そのものの寸法である。
この一点だけ、少し違う基準で測られている。
正直な書き方
この一言があることで、読む側は事情を知ることができる。
7.7センチという数字が、絵そのものより少し大きいと分かる。
書かなければ、絵の寸法だと思うだろう。
九点のうち、この説明が付くのは一点だけである。

三十年に散る
九点の年は、1866年から1900年ごろまで散る。
三十年余りである。
その間ずっと、小さな画面が作られ続けたことになる。
若いころだけの試みではない。
縁が、塗り残されている
いま見た一点の画像を見ると、縁に塗られていない部分がある。
上と右の縁に、カンヴァスの地の色が帯になって残る。
木枠に張ったときに、側面に回る部分だろう。
そこには絵具が届いていない。
つまり、この絵は木枠に張った状態で描かれている。
木枠に張る
小さなカンヴァスでも、木枠に張って描くことはできる。
ただし、木枠の幅が画面に対して大きくなる。
縦12.8センチの画面なら、木枠の幅は数センチになる。
それでも張るのは、そのほうが描きやすいからだろう。
布が張られていれば、筆の当たりが安定する。
塗り残しから、分かること
塗り残しの帯があれば、絵の範囲がどこまでかが分かる。
帯の内側が、見せるための画面である。
寸法がその帯を含むのかどうかは、記録からは分からない。
九点の寸法には、そこまでの説明がない。
裸体の主題
この一点と、次に見る一点は、裸体を描いている。
十九世紀のフランスでは、裸体は絵画の主要な主題だった。
学校でも、裸体を描く訓練が行われた。
小さな画面で試しているのも、その延長にある。
いま見るときには、その背景を踏まえておく必要がある。

題に、習作と書かれる
いま見た一点の題には、習作という語が入る。
さらに、小さな、という語も付く。
つまり、これは何かのための下調べだと、題が言っている。
九点のうち、題に習作の語が入るのはこの一点だけである。
縦長の裸体
この一点は、縦13.3センチ、横10.3センチ。
人物一人を入れるには、縦長が向く。
背景は緑と黄と青の筆触で埋められ、形にはなっていない。
人物の輪郭も、はっきりしていない。
色と形の関係を試している段階の紙面である。
何のための習作か
しかし、何のための習作かは書かれていない。
大きな絵があるはずだが、その名は題にない。
先に見た一点と主題が近いので、同じ計画の一部かもしれない。
年も、どちらも1882年前後である。
もっとも、記録にはそう書かれていない。
年の書き方
この一点の年は、1882年とだけ書かれる。
先に見た一点は、1882年ごろである。
同じ年でありながら、一方には、ころ、が付く。
つまり、一方は根拠があり、他方は推定だということである。
九点の年の書き方は、四通りに分かれる。
一つの年に決まる五点
年が一つに決まる五点は、根拠があったのだろう。
画面に年が書き込まれていれば、決まる。
展覧会や売買の記録が残っていれば、決まる。
残る四点には、その手掛かりがなかった。
四通りの書き方
年を一つだけ書くものが五点。
ころ、を付けて一つの年を書くものが二点。
二つの年を斜線でつなぐものが一点。
ころ、を付けたうえで二つの年をつなぐものが一点。
同じ館の、同じ画家の九点である。

三十年後の書き方
九点で最も新しい一点の年は、1890年から1900年ごろである。
ころ、を付けたうえに、十年の幅がある。
九点で最も曖昧な書き方である。
小さな習作ほど、記録が残りにくい。
売られず、展示されず、手元に置かれたままだからである。
横長の一点
いま見た一点は、横長である。
縦11.5センチ、横16.5センチ。
景色を描くには、横長が向く。
川と対岸と空を、横に並べて入れられる。
九点のうち、横長は三点である。
題の地名
この一点の題には、地名が入っている。
川沿いの町の名である。
地名があれば、後から場所を照らし合わせられる。
九点のうち、地名の入る題はこの一点だけである。
残る八点は、描かれたものの種類か、状況を書いている。
二つの緑
この一点では、手前の草地と対岸の木立で、緑の調子が違う。
手前は黄と赤が混じり、粗い筆で置かれる。
対岸は青みが強く、細かい筆になる。
近くを粗く、遠くを細かく描くと、奥行きが出る。
小さくても、遠くまで
この一点には、手前の草地から対岸の町まで、幅のある奥行きが入っている。
縦11.5センチの中に、数百メートルの空間が収まっている。
小さいことと、狭いことは別である。

ほぼ正方形
いま見た一点は、縦21.9センチ、横20センチ。
差は2センチ足らずで、ほぼ正方形である。
九点の中で、この比を持つのはこの一点だけである。
顔だけを描くには、正方形に近い画面が向く。
一点だけ、大きめ
この一点は、九点の中では大きいほうである。
縦21.9センチ。
先の四点は、いずれも縦13センチ以下だった。
犬の顔を描くには、それなりの大きさが要る。
目と鼻と耳を描き分けるためである。
動物の肖像
この一点だけ、描かれているのが人でも景色でもない。
犬の頭である。
首に輪を付け、そこに小さな金具が下がる。
飼われている犬だと分かる。
つまり、これは動物の肖像である。
毛の描き方
この一点の毛は、太い筆を短く動かして描かれている。
耳の垂れた部分は、暗い褐色を数回置いただけである。
それでも、毛の柔らかさが伝わる。
目のまわりだけ、細い筆が使われている。
署名がある
この一点の左下には、署名が読める。
小さな絵にも、署名を入れている。
九点のうち、署名らしいものが見えるのは五点ある。
手元に置く絵なら、署名は要らないはずである。
売ることも考えていたのだろうか。

三点の群
いま見た一点から、三点が同じ年である。
1866年。
寸法も近い。
縦25センチ、25.2センチ、26.1センチ。
横は16.1センチ、15.9センチ、16.1センチ。
つまり、この三点は同じ大きさのカンヴァスに描かれている。
三点の主題
一点目では、女性が柵のそばに立ち、傘か杖を持つ。
二点目では、木の前に立ち、両手を胸の前で合わせる。
三点目では、芝生の上を歩き、片手を顔の近くへ上げる。
姿勢と場所が、少しずつ違う。
同じ人物かどうかは、記録には書かれていない。
同じ大きさで、三点
同じ大きさの小さなカンヴァスを何枚か用意し、続けて描いたのだろう。
主題も似ている。
いずれも、屋外に立つ一人の女性である。
三点を並べれば、同じ主題を三度試したことになる。
縦長という形
三点とも縦長で、縦が横の一・五倍以上ある。
立っている人物を入れるには、この形が要る。
頭から足元まで入れるなら、なおさらである。
三点とも、全身に近い姿を収めている。

屋外に立つ
三点とも、屋外である。
木、芝生、柵。
背景に建物は描かれていない。
1866年という年は、この画家が二十代の半ばにあたる。
屋外で人物を描くことが、当時の新しい試みだった。
掛け算の記号
九点の寸法の書き方には、細かい揺れがある。
二つの数字をつなぐ記号が、二通り使われている。
細い文字を使うものが六点。
記号そのものを使うものが三点。
読むうえで支障はない。
しかし、同じ館の同じ群でも、書式はそろっていない。
小数点以下二桁
もう一つ、揺れがある。
額の寸法を小数点以下二桁まで書くものが三点ある。
41.28センチ、32.07センチ、8.26センチ。
残る六点は、一桁で止めている。
換算の桁をそのまま残したのだろう。
署名の形
この一点の左下には、二つの文字を組み合わせた印がある。
姓と名の頭文字を重ねた形だろう。
先に見た犬の一点では、姓が書かれていた。
署名の形も、一定ではない。

三点で最も大きい
いま見た一点は、三点の中で最も大きい。
縦26.1センチ。
他の二点より、1センチほど高い。
そして、額は縦46.99センチある。
絵の一・八倍である。
額の大きさは、そろわない
三点の額を比べる。
縦40.6センチ、41.28センチ、46.99センチ。
絵の寸法は1センチしか違わないのに、額は6センチ以上違う。
つまり、額は後から別々に付けられている。
三点が組として扱われてこなかったということである。
三点の並べ方
三点を並べると、一つの主題を試した過程が見える。
同じ大きさ、同じ年、同じ主題。
そうした群を、記録は組として扱っていない。
三点はそれぞれ別の番号を持ち、額も別々である。
読む側が並べて、初めて群として見えてくる。
背景の作り
この一点では、背景に木立と芝生が広がる。
奥へ行くほど、色が淡くなる。
小さな画面でも、奥行きが作られている。
先の二点より、背景が描き込まれている。

最も面積の広い一点
いま見た一点は、九点で最も面積が広い。
縦24.4センチ、横32.6センチ。
最も小さい一点の、十倍以上ある。
それでも、葉書二枚分ほどである。
濃い緑
この一点の色は、九点の中で最も濃い。
緑と黄土色が主で、明るい部分は道の砂だけである。
嵐の前後の空は、光が弱い。
その光を、暗い色で写している。
題が、時間を書く
この一点の題は、他の八点と性格が違う。
描かれた場所でも、描かれたものでもない。
二つの嵐のあいだ、という時間を書いている。
つまり、天気の状態が題になっている。
空を見て、描く
短い晴れ間に描いたということだろう。
屋外で描くなら、天気に左右される。
小さな画面なら、短い時間で描き終えられる。
九点が小さいことと、屋外で描くことは、結びついている。
斜線でつなぐ年
この一点の年は、1874年から1875年である。
二つの年を斜線でつないでいる。
その間のどこか、という意味だろう。
九点のうち、斜線を使う記録は二点である。
額と絵の比を、並べる
最後に、九点の額と絵の比をまとめておく。
縦で比べると、最も差が大きいのは二・四倍。
最も小さいものでも、一・七倍である。
つまり、九点とも、額は絵の二倍前後の大きさを持つ。
小さな絵ほど、額との差が大きい。
小さい絵ほど、額が大きい
比を計算すると、絵が小さいほど額との差が大きい。
縦7.7センチの一点では、二・四倍。
縦26.1センチの一点では、一・八倍。
つまり、額の幅は絵の大きさに比例して縮まない。
額には、ある程度の幅が必要だということだろう。
額は、何をしているか
額は、絵を保護する。
そして、壁との境目を作る。
小さな絵では、その役割が特に大きい。
額がなければ、壁の中に埋もれてしまう。
九点の額の寸法は、そのことを数字で示している。
記録が、額を測る理由
館が額を測るのは、実務のためだろう。
展示のとき、壁の何センチを占めるか。
輸送のとき、どの箱に入るか。
そのためには、絵の寸法だけでは足りない。
九点の記録は、その両方を残している。
同じ画家の小さな作については、名のある子と、ない子——ピエール=オーギュスト・ルノワールでも扱った。
屋外で描くことについては、甘さは、どこから来たのか——ルノワールの肌と光を参照されたい。




