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ルノワールの特徴と代表作——なぜ人物の顔だけが硬く描かれるのか

ルノワールの特徴と代表作をまとめます。《二人の姉妹(テラスにて)》《フェルナンド曲馬団の軽業師》など五点を、当サイトが公開しているCC0の図版と館の記録から読み、顔と背景を描き分ける手つきと実物の所在を示します。

二人の姉妹(テラスにて)
ピエール=オーギュスト・ルノワール《二人の姉妹(テラスにて)》シカゴ美術館蔵

ルノワールとはどんな画家か

ピエール=オーギュスト・ルノワールは、19世紀のフランスで人物を描き続けた画家である。館の記録では1841年に生まれ、1919年に没している。モネやシスレーと同じ世代で、初期の印象派展に加わった。

同じ世代のなかでも、ルノワールの主題は偏っている。風景よりも人、それも女性と子どもが圧倒的に多い。

その主題の選び方について、本人の言葉が館の記録に引かれている。絵は「好ましく、楽しく、きれいなもの」であるべきで、「人生には醜いものが十分にあるのだから、それを増やすことはない」。

この一文は、作品を見るときの目印になる。ルノワールは、見たものから不快な要素を落として画面を作る画家である。

代表作でたどるルノワールの仕事

当サイトで見られるルノワールのうち、手がかりの多い5点を年代順に並べる。

アルフレッド・シスレー
ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルフレッド・シスレー》1876年。館の記録では、カンヴァスに油彩。66.2×54.8センチ。番号は1933.453。シカゴ美術館蔵。ピエール=オーギュスト・ルノワール《アルフレッド・シスレー》シカゴ美術館蔵

描かれているのは画家仲間のシスレーである。背広の黒と背景の暗さがつながり、明るいのは顔と手と襟だけになっている。

フェルナンド曲馬団の軽業師
ピエール=オーギュスト・ルノワール《フェルナンド曲馬団の軽業師》1879年。館の記録では、カンヴァスに油彩。131.2×99.2センチ。番号は1922.440。シカゴ美術館蔵。ピエール=オーギュスト・ルノワール《フェルナンド曲馬団の軽業師》シカゴ美術館蔵

館の記録によれば、二人はヴァルテンベルク姉妹という実在の軽業師で、制作時は17歳と14歳だった。演技を終えて礼をしている場面である。

一人は客席を振り返り、もう一人はこちらを向いて、抱えきれないほどのオレンジを持つ。館の記録では、これは観客が投げた褒美である。

同じ記録は、曲馬団が若い演者を目当てにした客の集まる場でもあったと記す。ルノワールはその面をほとんど描かず、黒服の男たちを画面のいちばん上へ追いやった。

姉妹は実際の興行の場ではなく、アトリエで衣裳を着て立っている。舞台のガス灯の強い光は「顔をしかめ面にする」として、昼の光で描いたという。

二人の姉妹(テラスにて)
ピエール=オーギュスト・ルノワール《二人の姉妹(テラスにて)》1881年。館の記録では、カンヴァスに油彩。100.4×80.9センチ。番号は1933.455。シカゴ美術館蔵。ピエール=オーギュスト・ルノワール《二人の姉妹(テラスにて)》シカゴ美術館蔵

題に姉妹とあるが、館の記録では血縁ではなく、雇われた二人のモデルである。場所はセーヌ沿いの村シャトゥーにあった料理店のテラスである。館の記録では、1882年の印象派展に出品された。

リュシー・ベラール(白い服の子ども)
ピエール=オーギュスト・ルノワール《リュシー・ベラール(白い服の子ども)》1883年。館の記録では、カンヴァスに油彩。61.3×49.8センチ。番号は1933.1172。シカゴ美術館蔵。ピエール=オーギュスト・ルノワール《リュシー・ベラール(白い服の子ども)》シカゴ美術館蔵

館の記録では、リュシーは支援者ベラール家の末の子で、描かれたとき3歳である。玩具も本も持たされず、手は体の脇に揃えられている。

縫い物をするジャン・ルノワール
ピエール=オーギュスト・ルノワール《縫い物をするジャン・ルノワール》1899年から1900年。館の記録では、カンヴァスに油彩。55.4×46.3センチ。番号は1937.1027。シカゴ美術館蔵。ピエール=オーギュスト・ルノワール《縫い物をするジャン・ルノワール》シカゴ美術館蔵

描かれているのは息子のジャン、のちの映画監督である。館の記録によれば、父は息子の長い髪を気に入り、7歳になるまで切らせなかった。

ジャン自身の回想も記録に残る。長い時間じっとしていられるように、子守が玩具のらくだへ上着を縫ってやることを勧めた、という話である。

5点を年代順に見ていくと、扱う相手が変わっていくのが分かる。画家仲間、興行の演者、支援者の子、そして自分の家族である。

描き方も、あとの作品ほどやわらかくなる。1876年の肖像では黒がはっきり効いているが、世紀の変わり目の1点では暖色が画面を覆い、輪郭の切れ目がほどけている。

なぜ人物の顔だけが硬く描かれるのか

ルノワールの絵では、顔と背景の描き方がはっきり違う。顔は筆跡が見えないほど滑らかで、背景はほどけたまま置かれている。

館の記録は《二人の姉妹(テラスにて)》について、この対比を作品の要点としている。顔は抑えた精密な筆で磁器のような面に仕上げ、手すりの向こうの川や舟や花咲く木は透けるような筆で描いた、という説明である。

つまり、一枚のなかで二つの流儀が使い分けられている。人物は輪郭のある像として、背景は色の気配として扱われる。

この使い分けは、《リュシー・ベラール(白い服の子ども)》でも同じである。子どもの頬と髪は溶けるように塗られ、背後の緑は筆の跡がそのまま残る。

結果として、人物だけが前に浮き出す。印象派の画面は輪郭が溶けやすいが、ルノワールはそこに人の顔を固く残した画家だと言える。

肌の色の作り方にも同じ傾向がある。頬や額の陰に灰色や茶色ではなく、薄い青や緑が差してある。

そのため肌は、暗くならずに陰を持つ。顔だけが硬く見えるのは、形が硬いからではなく、色の数が多いからでもある。

この違いは、《二人の姉妹(テラスにて)》の作品ページで顔と背景を交互に拡大すると分かりやすい。

ルノワールの絵はどこで見られるのか

この記事に挙げた5点は、すべてシカゴ美術館にある。館の記録では、そのうち4点は常設の展示に出ている。

ただし展示は入れ替わる。行く前に館の案内で確かめてほしい。当サイトは美術館の関係者ではなく、展示や貸し出しの予定は把握していない。

よく知られた《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》や《舟遊びの人々の昼食》は、ここには出せない。所蔵館が画像を CC0 で公開していないためで、当サイトは扱える画像を限っている。

そのぶん、公開されている作品は原寸に近い大きさで見られる。ピエール=オーギュスト・ルノワールの頁に、当サイトで見られる作品が並ぶ。

同じ時代の画家をまとめて見たい場合は、印象派とは何かから入るとよい。モネの仕事についてはモネはなぜ、同じ麦の山を二十五回描いたのかに書いた。

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