同じ図が、三つの硯箱にある——本阿弥光悦と尾形光琳の名で
柴を負う人の図が、三つの蓋の上に繰り返される。作者の欄には二つの名があり、いずれも年の欄と百年以上ずれている。名が様式の名になるとき、記録は何を抱えるのかを読みたい。一件に、四つの物が入る例も含まれる。

同じ人が、三つの箱の上にいる
漆の器を九点、記録の欄で並べてみる。
そのうち三点は、硯箱である。
写真を見ると、蓋の上に同じ図がある。
柴の束を背負った人が、腰を落として進む。
束は大きく、体の倍ほどある。
顔と手足は、貝で作られて白く光る。
三点とも、同じ姿である。
向きも、ほとんど変わらない。
しかし、作者の欄には二つの名が入る。
一点は、ある十七世紀の人物の名。
二点は、別の十八世紀初めの人物の名。
同じ図が、二つの名のもとに並んでいる。

角の丸い、平たい四角の箱である。
蓋の上面が、わずかに盛り上がる。
地は濃い赤褐色で、深い艶がある。
下の三分の一に、金色の斜面が広がる。
その境は、なだらかな曲線である。
中央に、柴を負う人がいる。
顔は横向きで、口を結ぶ。
顔と手と足は、貝を嵌めて白い。
貝は、光の角度で青く光る。
柴の束は、細い金の線を重ねて描かれる。
線の一本ずつが、枝を表す。
人は、太い棒を両手で握る。
腰から下は短く、体が前へ傾く。
束の描き方が、三点で違う
三点の柴の束を、見比べてみる。
一点目は、金の線が扇のように広がる。
線と線のあいだが、はっきり空く。
二点目は、線がより密で、束が丸い。
三点目は、線が短く、先が揃う。
同じ図でありながら、手つきが違う。
写した人が違えば、線の癖も違う。
館の記録は、そこを書かない。
書かれるのは、材と技法の名だけである。
前の回の記事で、同じ図の反復を何度も見てきた。
版なら、同じ版から同じ図が出る。
漆には版がない。
一点ずつ、手で描き起こす。
だから、同じ図でも線が揃わない。

角の丸い、薄い四角の箱である。
高さは五センチほどしかない。
地は一面の黒で、斜面がない。
黒の上に、柴を負う人がただ一人いる。
柴の束は、金の細い線で密に描かれる。
人の顔と手足は、白く光る貝である。
上着は、灰色の細かい斑に見える。
錫を嵌めたものだろう。
前の一点より、人が大きい。
そして、画面の中央に寄る。
余白が広く、黒がよく効く。
蓋の縁は、丸く落ちる。
名と、年が、百年以上ずれている
三点の作者の欄と、年の欄を並べてみる。
一点目の作者は、1558年に生まれ1637年に没した人物である。
年の欄は、18世紀か19世紀初め。
つまり、没後百年以上あとの作になる。
二点目と三点目の作者は、1658年に生まれ1716年に没している。
年の欄は、いずれも19世紀。
こちらも、没後百年以上あとだ。
三点とも、名と年が重ならない。
館は、それを並べて書いている。
矛盾を隠していない。
日本語の題のほうには、伝、という一字が付く一点がある。
伝えられている、という意味である。
英語の作者の欄には、その一字がない。

角の丸い、薄い四角の箱である。
三点でいちばん高さが低い。
蓋の上半分が黒、下半分が金褐色である。
境は、ゆるやかな曲線を描く。
その境の上に、柴を負う人が立つ。
柴の束は、金と黒で塗り分けられる。
束の右に、細かい線の面が広がる。
人の顔と手足は、貝で白い。
一点目とよく似た作りである。
ただし、金の斜面がより広い。
そして、人の位置がやや右に寄る。
同じ図でありながら、配置が動いている。
三つの番号が、続いている
三点の番号を見てみる。
29.100.689、29.100.690、29.100.691。
枝番が、三つ続いている。
つまり、同じ日に同じ群として入った。
出所の行も、三点とも同じである。
ある収集家の遺贈で、受入は1929年。
館は、三点をひと続きに扱っている。
作者の欄は二つに分かれるのに、である。
前の回の記事で、この収集の名を何度か見た。
まとまって入るから、比べられる。
比べられるから、線の違いが見えてくる。
一点ずつ別の年に入っていたら、こうはならない。
名が、様式の名になるとき
名と年が百年以上ずれる。
これをどう読むか。
一つの読み方は、こうである。
その名は、人ではなく様式を指している。
ある人の作った形が、後の世で繰り返される。
繰り返す人は、その名を掲げる。
掲げられた名が、そのまま記録に入る。
ただし、これは推測である。
館は、根拠を書いていない。
確かなのは、名と年が重ならないことだけだ。
そして、それが一点ではなく、複数あることである。

角の丸い、四角い蓋物である。
蓋が、山なりに盛り上がる。
胎は籐を編んだもので、編み目が透ける。
その上に、漆をかけている。
地の色は黒褐色で、ところどころ剥げる。
全面に、金の草が散る。
細い茎と、小さな葉が続く。
萩だろう。
蓋の中央に、丸く暗い形が一つある。
手前に、赤茶の紐が垂れる。
紐の先に、留めの金具が付く。
持ち運ぶための籠である。
同じ名が、もう一点にある
いま見た一点の作者の欄には、先の名がある。
三点のうち一点目と、同じ人物である。
そして、年の欄は17世紀後半。
その人物は、1637年に没している。
つまり、こちらも没後の作になる。
九点のうち、この名が付くのは二点。
二点とも、名と年が重ならない。
もう一つの名も、二点に付く。
そちらも、二点とも重ならない。
さらに、活動の年が括弧で書かれた名が一点ある。
1681年から1704年、とある。
その一点の年の欄は、19世紀である。
九点のうち五点で、名と年が離れている。

九点でいちばん大きい箱である。
高さが二十一センチある。
蓋が、わずかに盛り上がる。
全面が、金色に覆われる。
金の粉を蒔いて研いだ地である。
その上に、草花と小さな円が散る。
円は、輪郭だけの丸である。
草は、細かい線で葉脈まで描かれる。
金の濃淡が、幾重にも重なる。
側面に、銀の丸い鋲が打たれる。
鋲は、紐を通すための金具だろう。
蓋と身の合わせ目が、まっすぐ通る。
名と、年が、合う三点
九点のうち三点は、名と年が重なる。
いま見た一点は、1599年に生まれ1651年に没した人の作である。
年の欄は、1633年ごろ。
生きているあいだの作になる。
別の一点は、1656年に没した人の作で、年は1650年ごろ。
こちらも重なる。
もう一点は、1825年に生まれ1903年に没した人の作。
年の欄は19世紀後半である。
残る一点は、微妙だ。
作者は1807年生まれ、年の欄は19世紀初め。
重なりはするが、ごく若いころになる。
つまり、五点が離れ、三点が合い、一点が際どい。
同じ部門の、同じ材の記録の中でである。

二段に重なる箱である。
上の段と下の段の合わせ目が、横に走る。
地は黒で、艶が深い。
蓋の上面に、葡萄の房が広がる。
房は黒に近い色で、粒が盛り上がる。
蔓が、細く金で伸びる。
正面に、朱色の柿の実が二つ並ぶ。
実の脇に、金の葉が付く。
葉の面には、細かい粉が蒔かれる。
角に、小さな金具が見える。
上の段と下の段で、模様がつながらない。
それぞれの面に、別の実が描かれる。
蓋が、盛り上がる形になる
九点の写真を、横から見てみる。
蓋の上面が、わずかに膨らむ点が多い。
平らに見えて、中央が高い。
四角の箱で四点、円い箱で一点。
膨らませる理由は、いくつか考えられる。
水が溜まらない。
手のひらで持ちやすい。
そして、光が面を滑る。
漆の艶は、平らな面では一様に光る。
曲がった面では、光の帯が細く走る。
蒔絵の金は、その帯の中で強く光る。
館の記録は、蓋の断面を書かない。
写真の陰影から、読み取るしかない。
大きさが、六倍に散らばる
九点の高さを並べてみる。
いちばん低いのが3.5センチ。
いちばん高いのが21センチ。
六倍の開きがある。
低いほうは、香を入れる小さな器だ。
高いほうは、櫛や紅を納める箱である。
用途が違えば、大きさも違う。
そして、幅で見ると差は小さい。
7.6センチから27.9センチのあいだに収まる。
いずれも、手で持ち上げられる大きさである。
置いて眺める物ではない。
使う物として作られている。
寸法の欄は、そこまでは書かない。
技法の欄が、漆の語で埋まる
九点の技法の欄を読んでみる。
蒔絵。平蒔絵。高蒔絵。絵梨子地。
螺鈿。錫の象嵌。金銀の箔の切り貼り。
いずれも、漆の仕事の名である。
高蒔絵は、漆を盛り上げてから粉を蒔く。
平蒔絵は、平らなまま蒔く。
梨子地は、粉を散らして透明の漆をかける。
一つの器に、三つも四つも並ぶ。
前の回の記事で、合金の名が並ぶ欄を見た。
そちらは、金属の配合で色を作っていた。
こちらは、粉の蒔き方で凹凸を作る。
どちらも、技法の欄が長くなる。
長くなるのは、工程が分かれているからだ。

円く、平たい箱である。
直径は八センチに満たない。
蓋が、饅頭のように盛り上がる。
地は黒で、艶が強い。
その上を、赤い細い線の束が斜めに走る。
矢の羽根を束ねたように見える。
線の上に、金色の丸い飾りが重なる。
飾りの中に、細かい文様が彫り込まれる。
左下に、紺色の面がある。
紺の上に、金の小花が散る。
右下に、金の渦が巻く。
貝の小片が、ところどころに光る。
蓋と身に、枝番が付く
九点の番号を見ると、末尾に文字が付く点がある。
蓋と身に、一つずつ振られている。
つまり、二つで一件と数える。
前の回の記事で、部品ごとに枝を振る例を見た。
甲冑では、枝が何十にも分かれていた。
箱では、二つで足りる。
離れれば別の物になるから、番号を分ける。
しかし、一件としては一つである。
数え方が、二重になっている。
九点のうち、この形の番号は四点ある。
いずれも、蓋のある器だ。
蓋のない盃や、紐で括る一式は、そうならない。

四角い、小さな蓋物である。
一辺が六センチ、高さは四センチに満たない。
写真は、白と黒だけである。
九点で、この一点だけが色を持たない。
蓋と身の側面に、渦の文様が彫られる。
渦は、太い線が巻き込む形である。
彫りは深く、影が濃く落ちる。
蓋の上面にも、同じ渦が続く。
釉は厚く、縁で丸くたまる。
角は、丸く削られる。
蓋と身の合わせ目に、細い隙間が見える。
漆ではなく、焼き物である。
陶器が、漆を模す
いま見た一点の技法の欄には、こうある。
中国の彫漆に倣って、渦文を彫った陶器。
つまり、漆器を写した焼き物である。
材が違う。
作り方も違う。
漆は塗り重ねて彫り、陶は成形して焼く。
それでも、見た目を寄せている。
写しは、同じ材の中だけで起きるのではない。
前の回の記事で、材を替えた写しを何度か見た。
紙で織物を写し、金属で木を写す。
ここでは、土で漆を写している。
館の記録は、それを技法の欄に一行で書く。
倣う、という語が、材の境を越えている。
写真が、白と黒だけの一点
九点の写真を並べると、一点だけ様子が違う。
色がなく、灰の階調だけである。
古い写真をそのまま使っているのだろう。
館の記録は、撮影の年を書かない。
しかし、白黒であることが年代を示す。
同じ館の同じ部門でも、画像の作られた時期は揃わない。
古い写真しかない品は、色が分からない。
釉の色は、技法の欄の文字で補うしかない。
茶がかった白、と書かれている。
文字と画像で、伝わるものが違う。
前の回の記事で、記録と画像の食い違いを何度か見た。
ここでは、食い違いではなく、欠けである。

四つの物が、並べて写される。
左に、細長い煙管がある。
雁首と吸口が金色で、軸は黒い。
その右に、緑の筒が立つ。
筒の下部に、金の葉が三枚描かれる。
酢漿草の葉だろう。
筒の上に、丸い根付が置かれる。
根付にも、同じ葉の形が彫られる。
紐が、根付から下へ伸びる。
紐の先に、更紗の袋が付く。
袋は、赤茶と緑の細かい模様である。
斜めの縞と、小さな葉形が繰り返される。
袋の縁に、黒い留め金が光る。
一件に、四つの物が入る
いま見た一点の技法の欄は、四つに分かれる。
煙管。筒。煙草入れ。根付。
それぞれに、別の材が書かれる。
鉄と金と銀。黒漆と金銀。木綿と金具。鹿の角。
寸法の欄も、四つに分かれる。
一件でありながら、四つの物である。
前の回の記事で、三つで一組と数える金具を見た。
こちらは四つだが、考え方は同じだ。
いっしょに使うものは、いっしょに数える。
紐でつながっているから、離れない。
離れなければ、一件として扱える。
そして、番号の末尾に文字が付く。
寸法の単位が、一点だけ違う
九点の寸法の欄を、単位で見てみる。
八点には、センチの数字が入る。
しかし、この一点だけはインチしかない。
センチの併記がない。
筒の長さは、およそ28.6センチになる。
煙管は、およそ19.7センチ。
袋は、高さ約7センチ、幅約10.5センチ。
根付は、直径約3.8センチである。
換算すれば読めるが、記録には書かれていない。
同じ館の、同じ部門の記録である。
受入は2015年で、九点の中では新しい。
新しいほうが揃っているとは限らない。
前の回の記事で、単位や書式の揺れを何度も見てきた。
出所が、六つに分かれる
九点の出所の行を数えると、六つになる。
ある遺贈が三点。
ある収集の名を冠した購入が二点。
基金による購入が一点。
同じ寄贈者からの寄贈が二点。
大きな収集からの一点。
受入の年は、1925年から2019年まで。
九十年以上の幅がある。
つまり、この九点は一度に集まったのではない。
ばらばらに入り、いまは同じ部門にある。
同じ部門にあるから、並べて見られる。
並べて見れば、名と年のずれが数えられる。
一点ずつ見ていては、五点という数は出てこない。
黒が、地の色に選ばれる
九点の地の色を、写真で見てみる。
黒が五点。
金色が一点。
濃い赤褐色が一点。
黒褐色が一点。
白い釉が一点。
半分以上が黒である。
漆は、そのままでは飴色をしている。
鉄の粉を混ぜると、黒くなる。
黒くすれば、金の粉がよく映える。
地を沈め、図だけを光らせる。
前の回の記事で、地の色が図を決める例を見た。
金地の紙では、墨の線が浮かんでいた。
こちらは逆で、黒の地に金が浮く。
館の記録は、色の効果を書かない。
技法の欄に、黒漆、と書くだけである。
九点とも、用途のある器である
九点の物の名を並べてみる。
硯箱が三点。手箱が一点。籠が一点。
菓子箱が一点。香合が二点。煙草の一式が一点。
いずれも、使うための器である。
墨をすり、香を焚き、菓子を盛る。
飾るために作られたものは、一つもない。
それでも、蓋の上には絵がある。
柴を負う人、葡萄、柿、萩、渦。
使う人が、開けるたびに見る絵だ。
前の回の記事で、道具と絵の関係を何度か見てきた。
絵は、額に入って壁に掛かるとは限らない。
手のひらの上にも、絵はある。
館の記録は、用途を物の名で示すだけである。
名は、どこまで人を指すか
九点をもう一度、並べてみる。
同じ図が三点。
名と年が離れるのが五点。
名と年が合うのが三点。
際どいのが一点。
作者の欄には、いつも一人の名が入る。
しかし、その名が指すものは一定ではない。
ある欄では、作った人そのものを指す。
別の欄では、様式か、系譜か、伝承を指す。
同じ形式の欄が、違う中身を抱えている。
館は、それを書き分けない。
書き分ければ、欄の形が崩れるからだろう。
代わりに、年の欄が手がかりを残す。
生没年と年の欄を並べれば、ずれが出る。
ずれが出たとき、名の意味を考え直すことになる。
これは、記録の欠点ではない。
一つの欄に、複数の意味を持たせているだけだ。
読む側が、そのつど選び直せばよい。
柴を負う人は、三つの箱の上にいる。
三人の手が、同じ図を描いた。
そのうち何人の名が残っているかは、分からない。
分からないことを、欄はそのまま抱えている。


