画家を知る

紙に描いた、空だけの絵——シモン・ドニ

十八世紀の終わり、売るあてのない紙に空だけが描かれた。戸外で短時間に仕上げた習作六点を見る。次の世紀の絵を準備した、地味な蓄積の記録である。題は場所ではなく、時刻と天候である。何を主題とするかが、そこで変わった。

雲の習作(遠くの嵐)
《雲の習作(遠くの嵐)》メトロポリタン美術館蔵

紙に、雲だけを描く

一枚の小さな絵から始めたい。

雲の習作(遠くの嵐)
シモン・ドニ《雲の習作(遠くの嵐)》1786〜1806年ごろ。油彩・紙。縦19.1センチ、横25.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ホイットニー・コレクション、2003年。《雲の習作(遠くの嵐)》メトロポリタン美術館蔵

縦19.1センチ、横25.1センチ。

葉書を二枚並べたほどの大きさである。

画面のほとんどが、空である。

下の五分の一だけが、暗い帯になっている。

地平線と、遠くの木立らしき影である。

その上に、雲が並ぶ。

手前の雲は、灰色と褐色が混じる。

下側が暗く、上側に光が当たる。

その奥に、白い雲が小さく浮かぶ。

さらに上には、薄く伸びた雲がある。

三層の雲が、上下に重なっている。

主題が、空しかない

この絵には、人も建物も出てこない。

物語もない。

あるのは、ある日の空だけである。

十八世紀の絵としては、異例である。

当時、風景画には決まりがあった。

古代の建物や、物語の人物を入れる。

そうすることで、絵は格を得る。

空だけを描いた絵には、その格がない。

つまり、これは売るための絵ではない。

習作という位置づけ

館の題には、習作という語が入る。

つまり、作品ではなく、下ごしらえである。

大きな絵を描くための材料として、空を写しておく。

後日、工房でそれを見ながら仕上げる。

こうした習作は、画家の手元に残る。

売られることも、展示されることもない。

だから、長く知られてこなかった。

二十世紀の後半になって、まとめて再評価された。

いま美術館に並んでいるのは、その結果である。

描いた人について

シモン・ドニは、一七五五年にアントウェルペンで生まれた。

つまり、フランドルの生まれである。

若いころにパリへ出て、その後イタリアへ渡った。

ローマとナポリで長く働き、一八一三年にナポリで没した。

宮廷の画家として仕えた時期もある。

生前は、風景画家として一定の評価を得ていた。

しかし、いま知られているのは、こうした小さな習作である。

正規の作品より、準備の絵のほうが有名になった。

紙に油彩で描く

六点の技法欄を見たい。

いずれも、紙に油彩である。

二点は、後に画布へ貼られている。

なぜ、紙に描くのか。

理由は、持ち運びである。

戸外で描くには、画材を持って歩く必要がある。

画布と木枠は、かさばる。

紙なら、板に挟んで持てる。

描き終えたら、次の紙に替えればよい。

紙の下ごしらえ

紙に油彩を描くには、下ごしらえが要る。

そのままでは、油が染み込んでしまう。

そこで、膠や下地を塗って紙をふさぐ。

こうすると、絵具が紙の上に載る。

下地の色は、白とは限らない。

灰色や褐色を塗ることもある。

その色が、絵の調子を決める。

今回の六点でも、地の色が透けて見える箇所がある。

薄く塗った部分に、下地の色が残る。

もう一枚の空

二点目も、空である。

雲の習作(夕暮れ)
シモン・ドニ《雲の習作(夕暮れ)》1786〜1806年ごろ。油彩・紙。縦22.5センチ、横25.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ホイットニー・コレクション、2003年。《雲の習作(夕暮れ)》メトロポリタン美術館蔵

こちらは、縦がやや長い。

画面の上端から下まで、雲が続く。

中央には、白く輝く雲の塊がある。

その左右には、灰色の雲が広がる。

上のほうには、暗い灰の雲が垂れる。

下のほうには、細く伸びた雲が横に走る。

その一部が、桃色に染まっている。

地平線は、下端の細い帯だけである。

夕方の光が、雲の下側に当たっている。

雲を、どう塗るか

雲の描き方を見ておきたい。

輪郭線は、引かれていない。

絵具を置き、その縁をぼかす。

明るい部分は厚く、暗い部分は薄い。

厚く盛った絵具が、そのまま雲の量感になる。

筆は太く、動きが速い。

一度置いた色を、あまりいじっていない。

これは、時間の制約による。

空は、刻々と変わる。

迷っていると、対象が消える。

戸外で描くということ

戸外で油彩を描く習慣は、十八世紀に広まった。

イタリアに滞在する北方の画家たちが、その中心だった。

ローマ周辺の風景を、直接写生する。

朝夕の光、雲の動き、遠くの山。

これらを、その場で紙に定着させる。

十九世紀になると、この習慣がさらに広がる。

やがて、戸外で完成作を描く画家も現れる。

つまり、この六点は、その流れの初期にあたる。

空を、繰り返し描いた画家たち

空だけを描く習作は、この画家に限らない。

同じ時期、複数の画家が同じことをしていた。

十九世紀初めには、英国でも空の習作が数多く作られた。

当サイトの
空を描くということでも、その話を書いた。

雲の形と、天候の関係。

当時、気象への関心も高まっていた。

雲を分類する試みも現れる。

科学と絵が、同じ対象を見ていた時期である。

地平線を、低く置く

二枚の空の絵に共通する点がある。

地平線が、極端に低い。

画面の下端に近い位置にある。

そうすると、空が画面のほとんどを占める。

低い地平線は、空を主題にするための装置である。

同じ手法は、低地地方の風景画で古くから使われた。

当サイトの
低い地平線でも扱った。

平らな土地では、空が景色の大半になる。

ドニはフランドルの生まれである。

その土地の絵の伝統を、体に入れていた可能性はある。

何度も同じ空を描く

空の習作は、一枚では終わらない。

同じ画家が、何十枚も描いた例が知られている。

天候が変わるたび、季節が変わるたびに描く。

つまり、蓄積が目的である。

たくさんの空を持っておけば、どんな絵にも対応できる。

夏の午後の空、嵐の前の空、夕暮れの空。

必要に応じて、引き出しから取り出す。

いま残る二枚も、その蓄積の一部だろう。

もとは、もっと多くの空があったはずである。

時刻を、題に入れる

二点の題を見比べたい。

一方は「遠くの嵐」、他方は「夕暮れ」。

いずれも、時と天候を示す言葉である。

つまり、この絵の内容は、場所ではなく状態である。

ふつうの風景画なら、地名が題になる。

ここでは、時刻と天候が題になっている。

主題の考え方が、根本的に違う。

何が描かれているかではなく、いつ描かれたか。

その視点が、後の絵画に受け継がれていく。

山と、緑の斜面

三点目は、地上が主題である。

ティヴォリの山地の風景
シモン・ドニ《ティヴォリの山地の風景》1786〜97年ごろ。油彩・紙。縦17.8センチ、横31.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ホイットニー・コレクション、2003年。《ティヴォリの山地の風景》メトロポリタン美術館蔵

横に長い画面である。

縦17.8センチに対し、横は31.8センチ。

下半分に、緑の草地が広がる。

その奥に、木立が横に並ぶ。

さらに奥に、なだらかな山が連なる。

山の斜面は、緑と褐色に分かれる。

耕された畑と、草地の差だろう。

空は、上端に細く残るだけである。

薄い桃色と灰色で、雲は少ない。

横長という選択

なぜ、これほど横に長いのか。

見えている景色の形に、紙を合わせている。

山が横に連なる景色では、縦の余白が要らない。

だから、上下を切る。

紙は自由に切れる。

画布と木枠なら、そうはいかない。

紙に描く利点の一つが、ここにある。

対象に応じて、画面の形を決められる。

ティヴォリという場所

題にある地名は、ローマの東にある町である。

古代からの保養地で、遺跡と滝で知られる。

十八世紀には、画家が必ず訪れる場所だった。

当サイトの
廃墟を描くでも、この地域の話に触れた。

多くの画家が、同じ場所を描いている。

つまり、描かれ尽くした景色である。

そこで空だけ、あるいは山だけを描く。

有名な遺跡を外して描くのは、意識的な選択だろう。

名前のある場所

三点目と四点目の題には、地名が入っている。

ティヴォリと、ヴィコヴァーロ。

いずれも、ローマの東の山地にある町である。

つまり、描いた場所が特定されている。

習作でも、後で使うときに場所が要る。

だから、紙の裏や余白に地名を書き留めることがあった。

その書き込みが、いまの題の根拠になっている。

書き留めなければ、どこの山か分からなくなる。

記録する習慣が、二百年後の私たちに場所を伝えている。

遺跡を、描かない

この六点には、遺跡がほとんど出てこない。

古代の柱も、廃墟も、神殿もない。

当時のイタリア風景画では、これは珍しい。

遺跡を描けば、絵に格と物語が加わる。

買い手も、そのほうを好んだ。

しかし習作では、その必要がない。

売るためではないからである。

だから、目に映ったものだけを描ける。

習作の自由さは、そこにある。

山の輪郭

四点目も、山である。

ヴィコヴァーロの山地の風景
シモン・ドニ《ヴィコヴァーロの山地の風景》1786〜97年ごろ。油彩・紙。縦21.9センチ、横32.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ホイットニー・コレクション、2003年。《ヴィコヴァーロの山地の風景》メトロポリタン美術館蔵

手前に、緑と褐色の山が大きく横たわる。

その稜線が、左から右へゆるやかに下る。

奥には、青みがかった山が重なる。

さらに遠くには、薄い灰色の山影。

つまり、三段階の遠近が作られている。

近い山は、緑と褐色がはっきり分かれる。

遠い山は、色が青灰に統一される。

空には、白と灰の雲が浮かぶ。

雲の下側は、灰色に沈む。

一日のうちの、どの時刻か

三点目と四点目を見比べると、光の向きが違う。

三点目は、山の斜面が全体に明るい。

影が短く、日が高い時刻に見える。

四点目は、稜線の片側だけが明るい。

影が長く、朝か夕方に近い。

つまり、同じ地域でも、描かれた時刻が違う。

戸外の習作では、この差がそのまま記録される。

工房で描いた絵なら、光は都合よく設定できる。

戸外では、その日その時刻の光しかない。

空気の遠近

遠くの山が青く見えるのは、空気の層のためである。

その効果を、絵で再現する。

近景は暖色、遠景は寒色。

近景は明暗の差が大きく、遠景は小さい。

この二つの原則で、距離が作られる。

古くから知られた方法である。

ただし、戸外で描く画家は、それを目で確かめている。

型として使うのと、見て描くのでは、結果が違う。

この一枚の山の色は、微妙に濁っている。

濁った色

戸外の習作には、きれいすぎない色が多い。

緑は黄色に寄り、褐色が混じる。

空も、澄んだ青ではない。

灰や桃色が混ざる。

工房で仕上げた絵では、こうはならない。

もっと整理され、色が澄む。

しかし実際の景色は、濁っている。

その濁りを、そのまま置いてある。

そこが、この種の習作の面白さである。

一時間の絵

こうした習作は、短時間で描かれる。

光が変われば、景色も変わるからである。

一時間、あるいはそれ以下だろう。

だから、細部は描かない。

木を一本ずつ描く余裕はない。

木立は、緑の塊として置かれる。

家も、四角い形だけで示される。

要点を押さえ、あとは省く。

その判断の速さが、絵に緊張を与えている。

手前の草を、どう描くか

三点目と四点目の手前を見てほしい。

草地が、緑と黄の細かい筆で埋められている。

一本ずつではない。

短い筆を、方向を変えて並べる。

その向きの差が、草の傾きになる。

離れて見ると、草原に見える。

近づけば、絵具の跡である。

戸外の写生では、この省略が欠かせない。

細部を追えば、光が変わってしまう。

完成作との関係

では、この習作は何に使われたのか。

工房で描く大きな風景画の材料である。

空の調子、山の形、光の当たり方。

それらを組み合わせて、一枚の絵を構成する。

つまり、習作は部品である。

複数の場所の要素を、一枚に合成することもある。

当時の風景画は、しばしばそうやって作られた。

実景の写生ではなく、構成された景色である。

その材料が、これらの紙だった。

屋根の連なり

五点目は、街の眺めである。

ローマ、クイリナーレの丘からの眺め
シモン・ドニ《ローマ、クイリナーレの丘からの眺め》1800年。油彩・紙、のち画布に貼付。縦29.5センチ、横41センチ。メトロポリタン美術館蔵。ホイットニー・コレクション、2003年。《ローマ、クイリナーレの丘からの眺め》メトロポリタン美術館蔵

六点の中で、二番目に大きい。

手前に、褐色の壁の建物が並ぶ。

屋根は瓦で、赤茶色をしている。

壁には、小さな窓が不規則に開く。

中央に、傘のような形の松が一本立つ。

その左には、十字架を掲げた塔が見える。

奥には、街が霞んで広がる。

さらに遠くに、低い山影がある。

空は、薄い青と桃色である。

雲は、水平に細く伸びる。

街を、上から見る

この構図は、高い場所から見下ろしている。

丘の上から、街を見る視点である。

手前の建物の屋根が見えるのは、そのためである。

こうした眺めは、ローマではよく描かれた。

丘が多く、見晴らしのよい場所があるからである。

そして、街の全景を一望できる。

この一枚は、街の一部を切り取っている。

全景ではなく、屋根の連なりだけを見ている。

建物を、面として捉える

建物の描き方に注目したい。

窓や扉は、細かく描かれていない。

壁は、褐色の面として置かれる。

その面に、明るい側と暗い側がある。

つまり、建物を箱として捉えている。

光の当たる面と、当たらない面。

その差だけで、立体が示される。

装飾も、細部も省かれる。

戸外で速く描くには、この省略が必要になる。

松という木

中央の松に触れておきたい。

幹がまっすぐ伸び、上で傘のように広がる。

地中海地域に多い形の松である。

イタリアの風景画には、この木がよく出る。

一本あるだけで、場所が分かる。

つまり、地域を示す記号として働く。

同時に、構図の要にもなる。

横に広がる屋根の列に、縦の線が一本入る。

その一本が、画面を締めている。

ナポリ近郊の風景

六点目は、別の館の所蔵である。

ナポリ近郊の眺め
シモン・ドニ《ナポリ近郊の眺め》1806年ごろ。油彩・紙、画布に貼付。縦31.2センチ、横41.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。《ナポリ近郊の眺め》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

六点の中で、最も大きい。

手前の右下に、瓦屋根の家が数軒ある。

白い壁と、赤茶の屋根。

その周りに、木立が茂る。

中景には、緑の畑と丘が広がる。

丘の上には、小さな建物が見える。

奥には、より高い丘が重なる。

空は明るい青で、白い雲が浮かぶ。

雲は、上端の右寄りに集まる。

紙を、画布に貼る

この一点と、先の一点は、紙を画布に貼っている。

なぜ、貼るのか。

紙は、傷みやすいからである。

折れ、破れ、湿気で波打つ。

画布に貼れば、木枠に張って保管できる。

額にも入れやすい。

つまり、作品として扱うための処置である。

習作が、後に作品として扱われるようになった証拠でもある。

もっとも、この処置は後年に行われたとも考えられる。

館の記録には、時期の記載がない。

習作が、作品になるとき

紙に描かれた習作は、長く軽く見られていた。

画家の手元に残り、遺品として処分される。

まとめて売られ、散らばる。

作者名が失われることも多い。

二十世紀の後半から、これらの再評価が進んだ。

戸外の写生が、近代絵画の出発点と見なされたからである。

美術館が体系的に集めはじめた。

今回の五点も、まとまった収集の一部として館に入っている。

一人の収集家の関心が、扱いを変えた例である。

二〇〇三年という受け入れ年

メトロポリタン美術館の五点は、二〇〇三年の受け入れである。

寄贈と購入を組み合わせた形で入っている。

つまり、比較的新しい収蔵品である。

古い巨匠の絵が十九世紀に入ったのとは対照的である。

美術館の収集は、その時々の関心を映す。

何が集められるかは、何が価値あるとされるかで決まる。

そして、その判断は動く。

いま集められているものも、いずれ見直されるだろう。

ナポリという土地

ドニは、晩年をナポリで過ごした。

火山と湾で知られる土地である。

光が強く、影がはっきりする。

北方の湿った空とは、まったく違う。

フランドル生まれの画家にとって、この光は驚きだったはずである。

六点のうち、後年の作ほど空が明るい。

青が澄み、雲が白い。

土地の光が、絵の色を変えていく。

画家が住む場所は、絵に直接影響する。

六点の年代

六点の年代を並べてみたい。

一七八六〜九七年ごろが二点。

一七八六〜一八〇六年ごろが二点。

一八〇〇年が一点。

一八〇六年ごろが一点。

つまり、二十年ほどの幅に散っている。

しかも、多くは幅のある推定である。

習作には、年記が入らないことが多い。

売る前提の絵ではないからである。

だから、年代の特定が難しい。

額に入らない絵

紙の習作は、額に入れて飾るものではなかった。

画家の仕事場の引き出しや、帖に収められる。

必要なときに取り出し、また戻す。

だから、縁に指の跡や折れが残ることがある。

今回の六点にも、縁に不揃いな部分がある。

紙を切った跡、貼った跡、留めた跡。

作品としてではなく、道具として扱われた痕跡である。

いま美術館の壁に額入りで掛かっているのは、後の扱いである。

もとの用途を思い出しながら見たい。

六点を、順に見る

最後に、見方を提案したい。

六点を、空の面積で並べてみてほしい。

空が九割近い一枚。

空が上端だけの一枚。

その間に、四枚が並ぶ。

同じ画家が、空と地の配分を大きく変えている。

配分を決めるのは、その日に何を見たかである。

空を見た日は、空を描く。

山を見た日は、山を描く。

そこには、構図の型がない。

型がないことが、この六点の新しさである。

見たものを、見た形のまま紙に置く。

その積み重ねが、次の世紀の絵を準備した。

売るあてのない紙の束が、そうやって残った。

手のひらの空を、順に眺めてほしい。

二百年前の午後の光が、そこに残っている。

速く描かれたものほど、時間が濃く写る。

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧
  • 画家を知る

    ホイッスラーの代表作と特徴——なぜ題に《ノクターン》と付けたのか

    ホイッスラーの代表作と特徴を、公開中の8点から読む。クリーヴランド美術館の記録では、《ノクターン》という題は後援者フレデリック・レイランドの提案だった。テムズ川の灰色から音楽の題、蝶の署名、版画家としての仕事までを順に見る。

  • 画家を知る

    葛飾北斎の代表作と特徴——なぜ同じ富士を46図も描いたのか

    葛飾北斎の代表作と特徴を、当サイトで公開中の8点から読む。シカゴ美術館の記録では、70歳で始めた『富嶽三十六景』は36図ではなく46図ある。ベロ藍の青、富士の置き方、滝と橋の連作、改名の跡までを、各館の記録とあわせて順に見ていく。

  • 画家を知る

    サージェントの代表作と特徴——なぜ絹とサテンばかりが光るのか

    サージェントの代表作と特徴を、当サイトで公開中の8点から読む。上流社会の等身大肖像で名を上げ、やがて注文を減らして風景と素描へ移った画家である。白いサテン、黒いレース、山の岩。筆の置き方がどう変わったかを、館の記録とあわせて順に見る。