煙草の絵に、煙はない——ファン・ミーリス・ホーマー・栄之ほか九点
煙草を扱った九点を数えると、煙らしいものは一点にしかなかった。火も灰も描かれず、描かれるのは道具と、それを持つ手だけである。煙には輪郭がなく、線では描けない。絵はいつも、煙の手前で止まっていた。道具だけが残る。

兵士が、窓辺でパイプをくわえる
小さな板絵である。

縦長の板である。
全体は32.4×25.4センチある。
部屋の中である。
壁は褐色で、暗い。
左に、窓がある。
窓から、光が入る。
光は、卓の上に落ちる。
卓には、白い布が掛かる。
布の上に、器がある。
背の高い硝子の瓶がある。
浅い鉢もある。
画面の中央に、男が座る。
男は椅子にもたれる。
体は、こちらへ向く。
顔は横を向く。
口に、細いパイプをくわえる。
パイプの管は長い。
先の火皿は、小さい。
右手が、その管を支える。
肘は、卓の上にある。
上着は褐色で、袖が膨らむ。
袖には、白い布が覗く。
胸には、金属の胸当てがある。
胸当ては光を返す。
脚は前へ投げ出される。
長靴を履く。
床には、旗と武具が置かれる。
館の記録では、題は兵士である。
しかし、戦いの場面ではない。
煙は、描かれていない。
火皿の中も、見えない。
光の当たり方を見ておきたい。
窓は左にあり、光は斜めに入る。
明るいのは、卓の布と胸当てである。
顔の半分にも、光が当たる。
パイプの管は、白く細い線になる。
背景の暗さの中で、その線だけが浮く。
細い線が、画面を斜めに横切る。
体の傾きと、同じ向きである。
床の武具は、暗がりに沈む。
見えるのは、旗の布と、金属の縁だけである。
戦いの道具は、置かれたままである。
この絵は、戦いの合間を描いている。
煙草は、九つの場所に現れる
このコラムでは、煙草の絵を九点並べる。
九点は、館も年代も技法も違う。
板絵があり、版画があり、素描があり、磁器がある。
共通するのは、館の記録に煙草かパイプの語があることだけである。
数えるのは、煙が描かれているかどうかである。
天幕の前で、二人が座る
二点目は、油彩である。

縦長の画面である。
額なしで42.8×37.5センチある。
画面の上のほうは、空である。
空は淡い青灰色である。
その下に、白い天幕が並ぶ。
天幕は三角形である。
三つ以上ある。
右には、細い柱が立つ。
地面は褐色で、草がまばらである。
画面の中央に、二人が座る。
二人とも、赤いズボンを履く。
上着は青い。
頭には、赤い帽子をかぶる。
館の記録では、これは目立つ軍服だった。
そのため、実戦では不利だったという。
左の男は、脚を組む。
手に、小さな木片を持つ。
もう一方の手に、刃物がある。
木を削っている。
右の男は、そちらを見る。
手に、パイプがある。
パイプは短い。
火皿には、火が入っているという。
館の記録は、そう書いている。
しかし、煙は描かれない。
館の記録では、これは戦争の最中の絵である。
二人は、志願してきた兵である。
陣営で、手持ち無沙汰の時間を過ごす。
館は、そう説明している。
題と同じ名の詩も、当時あったという。
その詩では、兵がパイプを吸う。
そして、戦いが終わる日を思う。
家に帰る日のことである。
館の記録は、そこまで書いている。
この絵が館に入ったのは、別の戦争の最中だった。
当時の見る人にとって、重い主題だっただろう。
館は、その推測も記している。
寝椅子で、口にくわえる
三点目は、素描である。

縦長の紙である。
紙は27.8×24.2センチある。
紙は白い。
線は黒く、細かい。
擦った影が、面を作る。
画面の中央に、男がいる。
男は、深く腰を下ろす。
背は、寝椅子にもたれる。
体は、こちらへ向く。
頭は禿げ上がる。
髭は短い。
顎鬚が、口の下にある。
口に、細いパイプをくわえる。
パイプは短く、上を向く。
右手が、それを支える。
指は三本だけ描かれる。
左腕は、椅子の肘掛けに置かれる。
手は、力が抜けている。
上着は開かれる。
体は、ゆったりしている。
脚は前へ伸びる。
背景は、白いままである。
部屋の様子は分からない。
右下に、署名がある。
館の記録では、兄弟に宛てた言葉も添えられる。
贈るために描かれた一枚らしい。
描かれているのは、誰かの肖像だろう。
しかし、名は記されていない。
姿勢だけが、はっきりしている。
背もたれに体を預け、脚を伸ばす。
力を抜いた姿勢である。
手も、ほとんど動いていない。
パイプは、口だけで支えられている。
白のグワッシュは、光の場所に置かれる。
額と、頬と、手の甲である。
三か所だけが、紙より明るい。
背景を描かないのは、素描の常である。
人の形だけを、そこに残す。
立ったまま、長い管を吸う
四点目は、紙に描かれた絵である。

ほぼ正方形の紙である。
紙は21.3×19.4センチある。
画面の上は、空である。
空は薄い青で、雲が流れる。
右に、円錐形の天幕が見える。
奥にも、小さく天幕が並ぶ。
地面は黄褐色である。
草は低い。
画面の中央に、人が立つ。
体は横向きである。
顔は上を向く。
髪には、羽が挿される。
衣は淡い黄褐色である。
裾には、細い房が下がる。
肩から、赤い布が掛かる。
右手が、前へ上がる。
その手に、長い管がある。
管は細く、斜め上へ伸びる。
先に、小さな火皿がある。
口は、管の端に付く。
火皿のあたりに、白い形がある。
淡く、輪郭がない。
これが煙らしい。
左手は、長い棒を持つ。
棒は、地面に立つ。
足元には、赤い布が広がる。
煙が描かれる唯一の一点である。
ただし、輪郭はない。
白い絵具が、薄く置かれるだけである。
空の雲と、同じ描き方である。
雲か煙かは、離れて見ると区別しにくい。
館の記録には、煙の説明はない。
題に、煙草を吸うとあるだけである。
この画家は、ある旅の記録を多く残した。
見たものを、後から水彩に描き起こしている。
紙は小さく、板紙に貼られている。
持ち歩くための形だろう。
天幕の並びも、その記録の一部である。
舟の上で、煙管を持つ
五点目は、版画である。

縦長の紙である。
紙は38.2×24.2センチある。
館の記録では、五枚続の一枚である。
画面の上に、舟の屋根がある。
屋根の下に、縞の幕が下がる。
幕は白と黒である。
その下に、女が座る。
女は横を向く。
髪は結い上げられる。
衣は淡い色で、模様が細かい。
手に、細い棒を持つ。
棒の先は、小さな器になる。
煙管である。
口元へ、近づけている。
下のほうに、別の人がいる。
一人は、身を屈める。
もう一人の頭に、手をやる。
被り物を直しているらしい。
館の記録では、右端に踊り手が控える。
中ほどには、楽の人が三人いる。
太鼓が二人、三味線が一人である。
そして、その音を聞きながら煙管を使う女がいる。
館は、そう説明している。
煙は、この画面にも描かれない。
五枚続という形にも触れておきたい。
横に五枚並べると、幅は一メートルを超える。
舟の全体が、そこに入る。
この一枚は、その一部である。
だから、画面の端で人が切れている。
隣の紙に、続きがある。
館の記録では、左端には花の飾りもあるという。
松と、百合と、燕子花である。
漆の台に載せられている。
煙管の女は、その中ほどにいる。
聞く人であり、吸う人でもある。
遊びの場に、煙草が置かれている。
皇帝が、水煙管を吸う
六点目は、紙に描かれた細密画である。

縦長の頁である。
全体は62.5×42センチある。
紙の大部分は、淡い地である。
色が置かれるのは、一部だけである。
上のほうに、細長い帯がある。
帯には、宮殿の窓が並ぶ。
窓は小さく、規則正しい。
その一つに、人が座る。
館の記録では、これは皇帝である。
座る場所には、金の敷物がある。
手元に、水煙管がある。
長い管が、口へ伸びる。
館の記録は、そう説明している。
窓の陰には、別の人たちもいる。
画面の左下に、二頭の象がいる。
象は、頭を合わせる。
牙が、ぶつかっている。
背に、人が乗る。
その一人は、鉤を落とした。
飛び降りようとしている。
周りに、四人の男がいる。
手に、松明と槍を持つ。
象を、押さえるためである。
濃い色は、この一角にしかない。
館の記録では、この画家は遠い山地の出である。
都の宮廷に滞在し、見たことを描いた。
象の闘いも、その一つである。
皇帝は、この見世物を好んだという。
館は、そう説明している。
画面の作りも独特である。
上の帯と、下の一角だけに色がある。
残りは、淡い面のままである。
余白が広いぶん、闘いが際立つ。
水煙管は、その静かな側にある。
見る人は座り、闘うものは動く。
煙草は、見る側の道具として置かれている。
卓の上に、パイプが飾られる
七点目は、静物である。

縦長の画面である。
額なしで63×38センチある。
背景は、暗い褐色である。
上のほうに、文字が書かれる。
文字は、細く淡い。
館の記録では、これは短い句である。
用いよ、濫用するな、という意味だという。
画面の中央に、パイプがある。
管は長く、く字に曲がる。
材は黒く、艶がある。
火皿は白い。
金属の蓋が、その上にある。
管の途中に、房の付いた紐が下がる。
館の記録では、これは飾りではない。
火皿が外れたときのための備えだという。
その下に、赤い箱がある。
箱は開いている。
葉巻を入れる箱だろう。
右に、白い器が立つ。
器には、細い棒が挿さる。
マッチである。
すべては、模様のある敷物の上に置かれる。
館の記録では、この画家自身が喫煙者だった。
そして、この年には体調がよくなかったという。
館は、医者の助言があったのかもしれないと書く。
パイプの材料についても、記録がある。
海泡石と、銀と、琥珀と、角である。
漆を塗った木も使われるという。
いずれも、手のかかる材である。
館の記録では、これはある国で作られた。
十九世紀の半ば頃のものだという。
静物の中で、いちばん上等な品である。
周りに置かれるのは、日用の品である。
葉巻の箱、嗅ぎ煙草入れ、マッチ立てである。
上等な一つを、日用の品が囲む。
館の記録は、その配置を主役の座と呼ぶ。
文字の句も、その上に置かれている。
道具だけが、紙の上に並ぶ
八点目は、摺物である。

横長の紙である。
14.1×18.1センチしかない。
紙は淡い褐色である。
上のほうに、文字が並ぶ。
行は縦に、五つほどある。
館の記録では、これは詩である。
画面の中央から下に、道具がある。
まず、平たい袋がある。
袋には、細かい市松の模様がある。
黒と白の四角が並ぶ。
これが煙草入れである。
その左に、丸い形がある。
紫と橙の、薄い皿のようなものである。
下には、細い管がある。
管は曲がりながら、右へ伸びる。
先は、小さな器になる。
煙管である。
金具は、黒く塗られる。
人は、一人も描かれない。
手も、口もない。
道具だけが、置かれている。
摺物は、注文で作られる版画である。
売り物ではないので、部数が少ない。
そのぶん、紙も絵具もよい。
詩が入るのも、この形の特徴である。
館の記録では、これは詩集の第一巻に属する。
巻ごとに、絵と詩が組まれている。
道具だけを描くのは、詩に合わせた図だろう。
持ち主の趣味も、そこに出る。
煙草入れの模様は、市松である。
細かい四角が、斜めに並ぶ。
版木を彫るのに、手間のかかる模様である。
道具の絵に、いちばん手が掛かっている。
磁器の顔が、パイプになる
九点目は、磁器である。

きわめて小さい。
全体は6.4×6.1×4.2センチある。
親指ほどの大きさである。
形は、人の頭である。
顔は、こちらを向く。
目は大きく見開かれる。
瞳は青い。
眉は太く、上がる。
鼻は大きい。
頬は赤く塗られる。
口は開く。
唇は赤い。
口髭が、左右に伸びる。
髭は黒褐色である。
顎にも、髭がある。
耳は大きく、横に張る。
髪は白い。
上のほうは、器の口になる。
頭の中は、空である。
そこに煙草を詰める。
下に、細い突起がある。
そこへ、管を挿す。
つまり、この顔が火皿である。
館の記録には、説明が付いていない。
分かるのは、寸法と材料と年代だけである。
それでも、使い方は形から読める。
頭の中が空で、下に管の穴がある。
火皿としての形が、そのまま残る。
こうした顔の形の火皿は、当時よく作られた。
磁器の工房が、競って作った品である。
人の顔を、口に近づけて使うことになる。
吸うたびに、その顔が熱くなる。
色は、焼き付けられている。
頬の赤も、髭の黒も落ちない。
九点のうち、いちばん小さい一点である。
そして、いちばん直に火に触れる一点でもある。
数えてみると
九点を並べ直す。
煙草を吸っている人がいるのは、五点である。
兵士、天幕の男、寝椅子の男、立つ人、舟の女である。
皇帝の一点を加えれば、六点になる。
道具だけの絵が、三点ある。
静物と、摺物と、磁器の火皿である。
このうち、煙が描かれているのは一点だけである。
長い管を吸う人の、火皿のあたりである。
それも、白い形が淡く置かれるだけである。
残る五点では、煙がない。
火が見える絵も、一点もない。
もう一つ数える。
道具の形でも分かれる。
西洋のパイプが四点である。
煙管が二点、水煙管が一点である。
火皿だけが、一点である。
さらに数える。
九点のうち、一人だけの絵は四点である。
複数の人がいるのは、三点である。
人がいない絵が、二点である。
場所でも分かれる。
屋内が四点、屋外が三点である。
残る二点は、場所が示されない。
技法でも数える。
油彩が三点、紙の絵が二点である。
版画が二点、磁器が一点である。
年でも並べる。
十七世紀が一点、十八世紀が三点である。
十九世紀が五点である。
二百年余りの幅がある。
それでも、煙のなさは変わらない。
姿勢でも数える。
座って吸うのが、四点である。
立って吸うのが、一点である。
吸う人のいない三点では、道具が横たわる。
道具は、いつも水平に置かれる。
道具の絵については、卓の上のものとも重なる。
言えることと、言えないこと
言えるのは、煙草の絵に煙がないということである。
九点のうち、煙らしいものは一点にしかなかった。
火も、灰も描かれない。
描かれるのは、道具と、それを持つ手である。
理由は、たぶん形にある。
煙には、輪郭がない。
輪郭のないものは、線では描けない。
版画なら、なおさらである。
言えないのは、煙草の絵が休息の絵だという話である。
九点のうち一点では、象が闘っていた。
皇帝は、それを見ながら管を口にしている。
一点では、兵士が武具の脇に座る。
一点では、戦地の天幕が並ぶ。
煙草は、休息の隣にも、戦いの隣にもある。
戦いの場面については、画面のなかの鉄でも触れた。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
ファン・ミーリスの兵士は、窓の光を受けていた。
口にはパイプがあり、火皿は小さい。
そこから先は、何も描かれていない。
九点を数え終えて残るのは、その空白である。
煙草の絵は、煙の手前で止まっている。
止まっているのは、道具のところである。
道具には形があり、寸法がある。
館の記録も、そこまでなら書ける。
海泡石の火皿も、市松の袋も記録に残る。
煙だけが、記録にも画面にも残らない。
吸ったという事実は、道具の形からしか分からない。
九点は、そのことを揃って示していた。
描けるものだけが、画面に残る。
残らなかったものは、記録の言葉が補う。
館の記録が火のことを書くのは、そのためだろう。
見えないものを、文で足している。
絵と記録は、そうやって分担している。
煙草の九点は、その分担がよく見える組である。
道具は画面に、火は文の中にある。
吸う人の顔は、そのあいだに置かれている。
口元だけが、両方をつないでいた。
九点のうち六点で、その口元が描かれる。
残る三点には、吸う人がいない。
ただし一点では、火皿そのものが口を持っている。
磁器の顔は、開いた口で笑っていた。
吸う人のいない絵にも、口はあった。
