四百年、同じ構図が続く——ルノワール・セザンヌ・ルドンほか九点の花瓶画
器があり、花が広がり、背景が暗い。この形は、十七世紀から二十世紀まで動いていない。変わったのは、地の色と器の材料である。九点で、その変化を追いたい。花のない一点も混じっている。落ちた花びらが、人の手の跡を残している。

器に入れると、絵になる
前の回で、花の置き場所を数えた。
器の表面、画面の縁、隙間、頭の上。
どこにも、生けられた花はなかった。
今回は、その生けられた花である。
花を器に入れて、正面から描く。
この形式は、四百年ほど続いている。
そして、驚くほど変わっていない。
器があり、花が広がり、背景が暗い。
九点を並べて、その決まりと崩し方を読みたい。
そして、九点のうち二点は花瓶の絵ではない。
その二点も、なぜここに混じったかを書く。

九点のなかで、いちばん古い一点である。
館の記録には、作者名がない。
十七世紀のフランス、とだけある。
画面の中央に、白い器が立つ。
脚があり、胴が丸く、口が広がる。
石の器のように見える。
胴には浮彫がある。
そして、その口から花があふれる。
赤、桃色、白、青。
数は多い。
数えられるだけで、二十を超える。
上に伸びる茎と、横に垂れる茎がある。
左右へ、器の幅の二倍ほど広がる。
背景は暗い灰緑である。
器は白い石の台に載る。
台の手前に、白い小花が数本落ちている。
つまり、生けたときの余りである。
この落ちた花は、この形式の決まりの一つである。
満ちたものと、落ちたものを並べる。
第十四回で、静物画の主題について書いた。
盛りと衰えを同じ画面に置く。
その考え方が、ここにも見える。
二百年、同じ構図

前の一点の、およそ五十年あと。
大きさは六七掛ける五一センチ。
やや小さい。
構図はほとんど同じである。
暗い背景。
中央に器。
そこから花が球のように広がる。
だが、違いもある。
器がほとんど見えない。
花と葉に隠れて、下の一部しか出ていない。
つまり、花の量が増えている。
そして、花の種類が分かりやすい。
赤い百合、桃色の薔薇、白い薔薇。
下のほうに、白い小花の房がある。
葉は大きく、緑と灰緑を混ぜる。
右下に、麦の穂のようなものが垂れる。
台の上には、小さなものが置かれている。
暗くて判別しにくい。
そして、光は左上から来る。
前の一点と同じ方向である。
第十三回で、この形式の光について書いた。
左上から当てると、花の丸みが出る。
そして、右下に影が落ちて、奥行きになる。
二百年のあいだ、この光の向きが動かない。
楕円の画面

さらに八十年あとの一点である。
そして、画面が楕円である。
館の記録も、楕円と書いている。
五〇・二掛ける三八・一センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
楕円の画面は、この形式に向いている。
花束そのものが、楕円の形をしているからである。
中央に青い器がある。
首が細く、胴が丸い。
そこから花が広がる。
桃色、白、青、赤。
上の輪郭が、画面の弧に沿う。
つまり、花の形と画面の形が重なる。
台の上、器の右手前に巻貝が置かれている。
館の記録は、題にこの貝を入れている。
つまり、貝は添え物ではなく、主題の一部である。
第十四回で、静物の取り合わせについて書いた。
花と貝を並べる形式がある。
どちらも、遠くから運ばれてくるものである。
そして、どちらも形が複雑で、描く技を見せられる。
作者は女性である。
館の記録では、一七四四年生まれ、一八一八年没。
この時代の絵画で、女性の作者は多くない。
そして、花の絵は女性の画家に開かれていた分野である。
第十七回で、分野と作者の関係について書いた。
歴史画や大画面は、修業の場が閉ざされていた。
静物や肖像なら、入る道があった。
絵具を積む

ここから、十九世紀に入る。
構図は同じである。
暗い背景、中央の器、広がる花。
だが、描き方がまったく違う。
絵具が厚い。
一つ一つの花が、点や塊で置かれている。
輪郭の線がない。
黄色と白と橙の塊が、集まって花に見える。
離れて見なければ、花と分からない。
器は青緑で、これも塊で描かれる。
台の布も、絵具の帯である。
館の記録に、面白い一行がある。
右に帯が足されている、とある。
つまり、この板はもとの大きさではない。
あとから右側を継ぎ足してある。
第十五回で、支持体の改造について書いた。
額に合わせるため、あるいは構図を変えるため、板を足す。
そして、記録はそれを寸法の欄に書く。
見ただけでは分からないことが、記録には残る。
支持体は板である。
九点のうち、板に描かれたのはこの一点だけである。
残る八点は、すべてカンヴァスである。
厚い絵具を載せるとき、板のほうが安定する。
白い背景

一八八一年の一点である。
六六掛ける五五・六センチ。
菊の花束である。
器は暗い色で、小さい。
画面の下のほうに、少しだけ見える。
そして、花が画面のほとんどを占める。
白、桃色、黄、赤、橙。
丸い花が四十ほど重なる。
一つ一つが球のように描かれる。
菊の花弁は細く多い。
それを、短い筆の跡で表している。
背景は、これまでの三点と違う。
暗いが、黒ではない。
紫を帯びた灰色である。
そして、下三分の一が明るい。
台の面である。
つまり、背景と台の境が見える。
前の三点では、この境が曖昧だった。
暗さのなかに溶けていた。
ここでは、はっきり分かれる。
第十三回で、背景の扱いについて書いた。
暗く沈めるか、面として見せるか。
この選択が、絵の印象を大きく変える。
面として見せると、花束が置かれた場所が分かる。
沈めると、花束だけが浮かぶ。