枝番が、一三九八まである——ハヴマイヤー・コレクション、1929年
四メートル半の壁画の下絵と、七センチの鍔が、同じ受け入れに含まれている。部門は四つにまたがる。そして一九二九年の行では夫人としか書かれない人が、後の行で自分の名を持つ。その差を読みたい。同じ文面の九十八点のうち、一点だけ区切りの記号が違う。

枝番が、一三九八まである
第三回で、一八八八年の寄贈を読んだ。
初代大統領の肖像を、ある人物が館へ渡した。
そのとき、この名前は後でもう一度出てくる、と書いた。
その回である。
出所の行は、こうである。
H・O・ハヴマイヤー・コレクション、H・O・ハヴマイヤー夫人の遺贈、一九二九年。
当サイトで公開している分だけで、九十八点がこの行を持つ。
そして、番号は二九・一〇〇で始まる。
枝番を調べると、一から一三九八まで並ぶ。
つまり、この一件の受け入れは、少なくとも千四百点近い。
一つの受け入れとしては、これまで読んできたなかで最大である。
部門も分かれている。
ヨーロッパ絵画が五十一点。
東洋美術が四十七点。
アメリカ美術が二十一点。
武具が九点。
今回は、その広がりを九点で読みたい。

枝番が一である。
この受け入れの、最初に登録された一点である。
胸から上の肖像である。
暗い背景から、男の顔が浮かぶ。
つばの広い黒い帽子をかぶる。
つばが顔の上半分に影を落とす。
首もとに、白い襞襟。
幾重にも重なり、円く広がる。
そこだけが強く光る。
上着は黒く、釦が縦に並ぶ。
顔はわずかに左を向く。
口髭があり、口の端が上がる。
目はこちらを見ている。
題に、人名と生没年が入っている。
誰を描いたかが分かっている肖像である。
五メートル近い一点

寸法の欄を見たい。
高さ八十二・九センチ、幅四百五十七・八センチ。
四メートル半である。
高さの五倍以上の幅がある。
これまで読んできた三十回近くのなかで、いちばん横に長い。
画面には、樹木の並ぶ場所が描かれる。
その下に、人が大勢いる。
左から右へ、群れが続く。
座っている人、立っている人、歩く人。
衣は白、青、赤。
一人ずつは小さい。
中央あたりに、階段のようなものがある。
そこに人が集まる。
背景は、淡い緑と青灰色。
空は上部に細く見える。
これは、建物の壁の上部に掛けるために作られた下絵である。
横に細長いのは、そういう場所の形だからである。
第十七回で扱った、家具や建物から外された絵と同じ事情である。
置く場所が、形を決めている。
千四百点という規模
これまで読んできた受け入れの規模を、並べてみたい。
第一回の一八七一年の購入が、番号で一七〇まで。
第二回の一八七九年の公募が、一〇五一まで。
第九回の一八八三年の寄贈が、四七三まで。
第十三回の一九四六年の寄贈が、八五一まで。
第二十四回の収集が、五十年で三百十点。
そして、今回の一九二九年の遺贈が、一三九八まで。
一つの年、一つの受け入れ番号のもとで、千四百点近い。
これは、館の歴史のなかでも屈指の規模である。
そして、内容が四つの部門にまたがる。
登録の作業を想像したい。
一点ずつ寸法を測り、写真を撮り、番号を書き入れる。
千四百点である。
一日十点でも、百四十日かかる。
第十五回で見たように、こういう受け入れでは年をまたぐことがある。
出所の行の年と、番号の年が食い違う。
今回は、どちらも一九二九年である。
つまり、その年のうちに登録が済んだか、あるいは年をまたいでも番号の年を変えなかったか。
記録からは判別できない。
一つの行に、二つの名
出所の行を、よく読みたい。
前半に、コレクションの名がある。
H・O・ハヴマイヤー・コレクション。
後半に、遺贈者の名がある。
H・O・ハヴマイヤー夫人。
つまり、同じ姓名が二度出てくる。
一度目は、コレクションの名として。
二度目は、夫人という敬称を付けた形で。
第十九回で読んだ行と、同じ構造である。
そして、ここでも、夫人の名前は書かれない。
夫の姓名に、夫人を付けた形である。
集めたのは夫か、妻か。
記録からは分からない。
分かるのは、コレクションの名が夫の名であり、遺贈したのが妻だということだけである。
部門を横切る受け入れ
九十八点の部門を、もう一度並べたい。
ヨーロッパ絵画、東洋美術、アメリカ美術、武具。
四つの部門にまたがっている。
第九回で読んだ寄贈も、館の分類を横切っていた。
しかし、あちらは特定の人物の顔という一つの軸があった。
こちらには、そういう軸が見えない。
十七世紀のオランダ絵画。
十六世紀のヴェネツィア絵画。
十九世紀のフランス絵画。
日本の刀装具。
主題も時代も国も、まったく違う。
一つの家に、これだけの幅のものが集まっていた。

縦長の大きな画面である。
高さ百七十三・七センチ。
少年が一人、全身で立つ。
金色の上衣を着ている。
袖が膨らみ、細かい文様が入る。
腰から下は、緑の脚衣。
膝の上まで、ぴったりと沿う。
足もとは白い靴。
体は正面を向き、顔は少し右へ。
髪は短く、額が広い。
左手を腰に当てる。
右手は下がり、犬の頭に触れる。
犬は白いグレイハウンドである。
痩せて、脚が長い。
首を上げ、少年を見ている。
背後に、石の壁と階段。
その上に、大きな籠のようなもの。

屋外の場面である。
背後に、密な木立。
葉は暗い緑で、光がわずかに差す。
その前に、女性が座る。
黒い衣を着ている。
袖は膨らみ、手首で細くなる。
首もとに、細い白い襟。
胸に、小さな飾りが留まる。
髪は中央で分け、耳の上でまとめる。
顔は正面をやや外し、目はこちらを見る。
膝の上で、両手を組む。
指に、小さなものを持っているように見える。
右下に、赤い布らしいものが覗く。
題に、人名と生没年が併記されている。
生没年が、題に入る
九点のうち二点で、題に生没年が入っている。
一六〇〇年前後から一六五〇年。
一八三〇年から一八九四年。
肖像画の題に生没年を添えるのは、館の作法である。
同名の別人と区別するためである。
第七回で読んだメダルの記録も、職業と生没年を書いていた。
人を特定するには、名前だけでは足りない。
そして、生没年が書けるということは、その人が誰か分かっているということである。
分からなければ、《男の肖像》になる。
第一回で読んだ一点が、そうだった。

同じ画家の、別の一点である。
こちらは裸の女性が、水辺に立つ。
体は正面を向き、顔は右を向く。
左腕を高く上げ、頭上の枝をつかむ。
右腕は下がり、体に沿う。
髪は結い上げられ、後ろで束ねられる。
足もとは浅い水である。
そこに、体が映る。
背後は、緑の茂み。
右手に、細い木の幹が数本。
左奥に、明るい空が少し見える。
光は左上から差す。
肌の描き方が厚い。
絵具が盛り上がり、筆の跡が残る。
同じ画家の二点が、同じ受け入れに含まれている。
一八五八年と一八六六年。
八年の差である。
絵画と工芸が、同じ家にある
九点の内訳を、もう一度見たい。
十七世紀オランダの肖像。
十六世紀ヴェネツィアの肖像。
十九世紀フランスの肖像と裸体。
十九世紀フランスの壁画の下絵。
日本の鍔と小柄。
十九世紀フランスの風景と、都市の場面。
一つの家に、これだけの幅のものが置かれていた。
十九世紀末から二十世紀初めのアメリカの富裕層には、こういう収集が珍しくなかった。
ヨーロッパの古典絵画。
同時代のフランス絵画。
そして、東洋の工芸。
三つを並べて持つことが、教養の証しとされた時期がある。
とくに日本の美術は、一八七〇年代から急速に関心が高まった。
第二回で読んだ一八七九年の陶磁の購入も、同じ流れの中にある。
そして、その関心は絵画にとどまらなかった。
刀装具、陶磁、漆器、染織。
小さく、精緻で、値の張らないものが、大量に海を渡った。
九十八点のうち四十七点が東洋美術であることは、その事情を反映している。
数のうえでは、ヨーロッパ絵画とほぼ同じである。
刀装具が、混じる

円に近い形の金属板である。
わずかに縦長である。
地は黒く、赤銅の色である。
中央に、細長い穴が縦に開く。
その左に、もう一つ楕円の穴。
小柄を通すための穴だろう。
そして、外周に沿って、鳥が二羽彫られている。
いずれも首を長く伸ばす。
上の一羽は、右へ首を向ける。
下の一羽は、翼を広げる。
羽の一枚ずつが彫り分けられている。
鳥のあいだは、透かしになっている。
板の向こうが見える。
中央の穴の右に、小さな金色の板が嵌まっている。
そこに文字が刻まれている。
作者の銘だろう。
第十四回で読んだ小柄と、同じ分野の品である。

こちらは、刃が付いた状態で撮影されている。
右側に、細長い柄。
左側に、細く尖った刃。
刃は薄く、先が鋭い。
柄の部分は、黒い地である。
その上に、銀色の草花が彫られている。
葉が細長く、上へ伸びる。
右端に、金色の小さな形。
第十四回で読んだ九点は、いずれも柄だけだった。
刃が付いているのは珍しい。
寸法の欄も違う。
長さ九・五センチ、それだけである。
幅も、厚さも、重さも書かれていない。
第十四回の九点には、四つの数字が並んでいた。
同じ館の、同じ種類の品でも、記録の詳しさが違う。
登録の時期が違うのだろう。
大きさの落差
九点の寸法を、大きい順に並べたい。
四百五十七・八センチ。
百七十三・七センチ。
百三十・二センチ。
百十一・五センチ。
九十七・二センチ。
九十一・四センチ。
八十一・五センチ。
七十五・二センチ。
そして、六・八センチと九・五センチ。
最後の二点が、刀装具である。
四メートル半の壁画の下絵と、七センチの鍔。
同じ一つの受け入れに含まれている。
倍率でいえば、六十七倍の差である。
そして、扱い方もまるで違う。
一方は、壁に固定して見上げるもの。
もう一方は、腰に差した刀に付けて、横から見るもの。
置く場所も、見る距離も、見る姿勢も違う。
一つの家に、この両方があった。
そして、館に入ると、別々の部門に分かれる。
絵画の部門と、武具の部門。
同じ番号の系列を持ちながら、まったく違う棚に置かれる。
第九回で書いたことが、ここでも当てはまる。
集める人は、館の分類に従わない。
そして、館は受け入れたあとで、自分の分類に振り分ける。
出所の行だけが、それらを結び付けている。
娘と息子の名で
九点のうち二点は、別の館の記録である。
そして、出所の行の書き方が違う。

出所の行は、こうである。
P・H・B・フレリングハイゼン夫妻による寄贈、夫人の父母であるH・O・ハヴマイヤー夫妻の思い出に。
第七回で読んだ「思い出に」の句である。
そして、贈った人の一方は、亡くなった夫妻の娘である。
しかし、その娘の名前は書かれない。
夫の姓名に夫人を付けた形で、夫妻として書かれるだけである。
そのうえで、夫人の父母、と説明される。
つまり、この行には女性の名前が一つも出てこない。
画面には、木立が描かれる。
細い幹が何本も立つ。
葉は淡い緑で、細かい点の集まりである。
その下に、小さな人影が数人。
かがんでいる者、立っている者。
手前に、浅い水。
右下に、作者の署名が見える。
息子が、母の名を書く

この一点の出所の行は、こうである。
ホーレス・ハヴマイヤーによる寄贈、母であるルイジーン・W・ハヴマイヤーの思い出に。
ここではじめて、その人の名前が現れる。
ルイジーン。
第一回から読んできた行では、ずっと夫人としか書かれなかった一人が、ここで自分の名を持つ。
書いたのは、息子である。
母を、母自身の名で呼んでいる。
同じ人物が、二通りに記録されている。
一九二九年の行では、夫の名に夫人を付けた形。
この行では、本人の名。
第七回や第十三回でも書いたが、寄贈者の名乗り方は一定でない。
そして、その差が、そのまま記録に残る。
画面には、鉄の柵が横に走る。
太い縦の格子が並ぶ。
その手前に、二人がいる。
左に、濃紺の衣の女性が座る。
膝の上に、開いた本と、白い子犬。
顔は正面を向き、こちらを見る。
髪は赤みを帯び、帽子をかぶる。
右に、少女が立つ。
白と青の服で、こちらに背を向ける。
両手を柵にかけ、向こうを見ている。
柵の向こうは、白い蒸気で満たされる。
線路も、列車も見えない。
額の寸法が、片方にだけある
九点のうち、額の寸法が書かれているのは二点だけである。
そして、その二点は別の館の所蔵である。
第二十二回でも書いたが、この館の記録は額の寸法を必ず書く。
一方、もう一つの館の絵画の記録には、額の欄がないことが多い。
同じ人の集めたものが、二つの館に分かれている。
そして、記録の書式が違う。
作品は同じ性質のものである。
十九世紀フランスの油彩画。
にもかかわらず、残る情報が違う。
館が違えば、同じ作品でも別の記述になる。
第二十二回で読んだ移管の例でも、同じことが起きていた。
移った先の館の書式に合わせて、記録が書き直される。
出所の行だけが、もとの経緯を残す。
そのために、括弧が使われていた。
今回の二点には、括弧はない。
もとから、この館へ直接入っているからである。
二つの館に、分かれる
同じ収集が、複数の館に分かれるのは珍しくない。
第二十四回で読んだ収集も、そうだった。
理由はいくつかある。
遺言で分けると指定されている。
相続人がそれぞれ別の館に渡す。
館の側の受け入れ能力に限りがある。
そして、分野ごとに適した館が違う。
今回の場合、大半が一つの館へ行った。
しかし、後の世代が別の館へ渡した分がある。
年を見ると、一九四三年と一九五六年である。
一九二九年の遺贈から、十四年後と二十七年後。
つまり、遺贈のあとも、家に残っていたものがあった。
それが、次の世代の手で別の館へ動いた。
出所の行の年を並べると、その順序が読める。
一八八八年、一八九六年、一九二九年、一九四三年、一九四九年、一九五六年。
七十年近くにわたって、同じ姓が現れ続けている。
同じ姓が、四通りに現れる
この姓を、館の記録全体で追ってみたい。
一八八八年、本人による寄贈。
一八九六年、本人による寄贈が十九点。
一九二九年、夫人の遺贈が九十八点。
同じ一九二九年、息子による寄贈が五点。
一九四九年、息子による寄贈が一点。
そして、別の館に、娘夫妻による寄贈と、息子による寄贈が一点ずつ。
つまり、三世代が出所の行に現れている。
第二十三回で読んだ例と、同じ構造である。
一つの姓が、世代を越えて記録に残り続ける。
句読点の揺れ
最後に、細かい点を一つ書いておきたい。
一九二九年の遺贈の行は、九十八点にわたって同じ文面である。
ただし、一点だけ、区切りの記号が違う。
読点ではなく、区切りの強い記号が使われている。
同じ日に、同じ文面で登録されたはずのものである。
にもかかわらず、一点だけ書き方が違う。
第二回で見た単数と複数の揺れ。
第二十一回で見た定冠詞の揺れ。
そして、この記号の揺れ。
千四百点を登録すれば、こういう差は必ず生じる。
そして、館はそれを直していない。
直せば読みやすいが、もとの登録に遡れなくなる。
第十八回まで繰り返し書いてきたことが、ここでも当てはまる。
記録は、揺れたまま残っている。
そして、その揺れが、登録という作業の実際を伝えている。
次の回では、また別の収集家を読みたい。
一つの名前が、コレクションとしても、基金としても記録に残る例である。
そして、その基金はいまも使われている。
二〇二五年の受け入れにも、同じ名前が現れる。
集めた人が亡くなってから、六十年以上たっている。
その回では、集めた対象が二十世紀の絵画に寄っている。
同時代の絵を、同時代のうちに買う。
その姿勢が、出所の行の年から読み取れる。
制作の年と、受け入れの年の差を見るとよい。
その差が小さいほど、収集は同時代に近い。
大きいほど、過去を集めていることになる。
今回の九点で計算すると、二百八十九年から五十六年まで幅がある。
平均すると、百年を超える。
次の回の収集は、その数字がずっと小さい。


