銘の末尾が、作と画に分かれる——鐔と小柄の金工九点
館の作者の欄には、名前だけでなく末尾の一字までが付いている。作った人なのか、下絵を描いた人なのか。銘をそのまま欄に写した結果である。記録と物とのあいだの距離が、いちばん短い分野を読みたい。末尾の一字が役割を決めている。

作者の欄に、銘がそのまま入る
刀の装具を九点、記録の欄で並べてみる。
九点とも、金属に彫った小さな品である。
鐔が五点、小柄が一点。
揃いの金具が一点、拵えが二点。
そして、図案の帳面が一点混じる。
館の作者の欄を見ると、変わっている。
名前だけではない。
名の末尾に、短い語が付いている。
二人が、一つの品を作る
下絵を描く人と、金属を彫る人。
この二人が、別であることは多い。
とくに、絵の要素が強い作品ではそうなる。
画家が下絵を描き、金工が彫る。
そして、両方の名が銘に入ることもある。
九点のうち二点は、描いた人の名だけが残る。
彫った人の名は、分からない。
前の回で、名が残る人と残らない人の話をした。
装具では、その分かれ方が銘に出ている。
作、と、画
付いている語は、二通りある。
作った、という意味の一字。
そして、描いた、という意味の一字。
つまり、役割が違う。
前者は、金属を彫った人。
後者は、下絵を描いた人である。
館は、その一字ごと作者の欄に入れている。
つまり、銘をそのまま写している。
訳を、括弧に入れる
館の作者の欄には、日本語のあとに音を写した表記が続く。
つまり、原語と読み方が並ぶ。
これは、館の方針である。
原語を残し、読み方を添える。
前の回で、括弧が訳を入れる話をした。
こちらでは、括弧ではなく並記である。
どちらにせよ、二つの体系が同居している。
そして、原語のほうが先に来る。
銘を、そのまま採る
普通、作者の欄には名前だけが入る。
役の欄が別にあるからだ。
ところが、九点では名前に語が付いたままである。
なぜか。
銘に、そう彫られているからだろう。
館は、彫られた文字をそのまま採った。
前の回で、書かれた文字が題を決める例を見た。
こちらでは、作者の欄まで決めている。

楕円に近い形の鐔である。
地は、赤みを帯びた銅色である。
中央に、縦長の穴が開く。
刀身を通すための穴である。
その右に、鹿が立つ。
体は銀色で、斑が散る。
首を上げ、上を見る。
左に、細い草が茂る。
草の穂に、金の粒が並ぶ。
上のほうに、雲と鳥が浮かぶ。
穴の左に、細かい文字が縦に並ぶ。
表と裏の、どちらに彫るか
鐔には、表と裏がある。
刀を差したとき、外を向く面が表である。
銘は、たいてい裏に彫る。
つまり、体に向く面である。
見せるためではない、ということだ。
もっとも、表に彫る例もある。
館の写真は、たいてい表を写す。
だから、銘が写っていることもある。
九点では、いくつかの銘が読める。
穴の脇に、名を彫る
いま見た一点の文字は、穴の脇にある。
つまり、いちばん中央に近い場所だ。
刀に付ければ、柄に隠れる。
つまり、見えなくなる。
前の回で、隠れた場所の文字を何度も見た。
鐔でも、同じことが起きる。
見せるためではなく、残すために彫る。
三つの穴
鐔には、穴が三つ開くことがある。
中央は、刀身を通す穴。
左右は、小柄と笄を通す穴である。
つまり、附属の道具を差すための穴だ。
九点の鐔を見ると、穴の数が違う。
一つのものもあれば、二つのものもある。
つまり、附属の道具の有無で変わる。
館の記録は、穴の数を書かない。
見て、数えることになる。
鐔という、部品
鐔は、刀の柄と刀身のあいだに挟む板である。
手を守るための部品だ。
中央に、刀身を通す穴が開く。
その左右に、小柄と笄を通す穴が開くこともある。
つまり、機能のための穴が三つある。
そして、残った面に絵と文字を彫る。
面積は、手のひらより小さい。
そこに、風景も動物も名前も収まる。
季節を、彫る
九点の主題を見ると、季節が示される。
秋の草。
木賊と兎は、秋の図である。
鯉と藻は、夏の図だろう。
つまり、季節に合わせて差し替える。
刀の装具も、着物と同じように替えたのだろう。
前の回で、掛軸を掛け替える話をした。
装具にも、同じ習慣があったと考えられる。
館の記録は、そこまでは書かない。
一枚の鐔に、何を彫るか
九点の鐔の主題を並べてみる。
秋の草と鹿。
唐草。
鯉と藻。
花籠。
木賊と兎。
つまり、いずれも自然の図である。
戦いの図ではない。
刀の部品でありながら、絵の主題は穏やかである。
前の回で、武具の扱いの話をした。
装具では、その性格がさらにはっきりする。

正方形に近い形の鐔である。
四隅が、丸く落とされる。
地は、鉄の暗い色である。
その上に、銀の唐草が広がる。
草は、細く長い葉を伸ばす。
葉は、幾重にも重なる。
葉の一枚ずつが、透かし彫りである。
中央に、縦長の穴が開く。
穴の周りは、褐色の地が残る。
穴の左に、文字が縦に並ぶ。
文字は、金色に光る。
鉄を、どう黒くするか
鉄の地は、黒や暗い褐色に見える。
これは、錆びさせて色を出したものだ。
薬品と熱で、表面に薄い層を作る。
こうすると、錆びにくくなり、色も落ち着く。
そして、金や銀の象嵌が映える。
館の技法の欄は、鉄、と書くだけである。
色の出し方までは書かない。
前の回で、技法の欄の粗さの話をした。
装具でも、同じことが言える。
透かし彫りという、方法
いま見た一点は、透かし彫りである。
鉄の板を切り抜き、残った部分で形を作る。
つまり、彫るのではなく抜く。
そして、抜いた隙間が模様の一部になる。
光が通れば、影が落ちる。
館の技法の欄は、材料の名だけを書く。
方法については、題に含まれることがある。
透かし、という語である。
合金の名が、欄に並ぶ
九点の技法の欄には、合金の名が入る。
銅と銀の合金。
銅と金の合金。
赤みの強い銅。
つまり、材料が細かく書き分けられる。
前の回で、合金の名が技法の欄に入る話をした。
装具では、それが標準である。
色の違いが、そのまま材料の違いだからだ。
黒、灰、赤、金。
その四色を、四つの合金で作る。
金の象嵌で、文字を入れる
文字を金色に見せるには、象嵌を使う。
鉄に溝を彫り、そこに金の細線を打ち込む。
すると、金の線が浮かぶ。
つまり、彫ったうえで嵌める。
二段階の仕事である。
前の回で、材料が文字の見え方を決める話をした。
鉄に金なら、いちばんよく目立つ。
だから、名を入れるのに向く。

丸みのある四角い鐔である。
地は、鉄の暗い褐色である。
外周に、金の折れ線が回る。
中央に、大きな籠がある。
籠は、細かい編み目で表される。
その上に、枝と花が広がる。
花は、白と桃色の粒である。
葉は、金と銀で縁取られる。
背景は、透かし彫りで抜かれる。
中央に、縦長の穴が開く。
穴の右に、細かい文字がある。
元号が、変わる年
いま見た一点の年は、元号が変わった年にあたる。
その年の五月と刻まれている。
つまり、変わる前の作である。
館の年の欄は、元号と年と月を書く。
そして、括弧で西暦を添える。
前の回で、二つの暦を併記する話をした。
こちらでも、同じ書き方がされている。
原語の表記と、読者のための訳。
その二段構えが、ここでも守られている。
年号と、月まで刻む
九点のうち一点は、年の欄が細かい。
年だけでなく、元号と月まで入る。
つまり、鐔に元号と年と月が刻まれている。
これは、たいへん珍しい。
前の回で、日付ありという語の話をした。
こちらは、月まで確定している。
そして、その年は元号が変わる直前である。
つまり、時代の変わり目の作品になる。

八角に近い形の鐔である。
地は、鉄の暗い色である。
地の面に、細かい渦の模様が刻まれる。
水の流れを表すのだろう。
中央に、縦長の穴が開く。
その右に、黒い鯉が泳ぐ。
鯉は、体をくねらせる。
鱗の一枚ずつが、彫られる。
目と口が、金で示される。
左に、金の藻が揺れる。
藻は、細い線で表される。
重さが、揃っている
九点の鐔の重さを並べてみる。
102.1グラム。136.1グラムが二点。
116.2グラム。147.4グラム。
つまり、百グラム台に集まる。
軽すぎれば、手を守れない。
重すぎれば、刀の扱いが悪くなる。
だから、この範囲に収まる。
館の欄の数字が、その制約を示している。
前の回で、数字が使い方を語る話をした。
厚さが、一センチある
いま見た一点の厚さは、一センチである。
九点の中で、いちばん厚い。
他の鐔は、0.5センチ前後だ。
つまり、倍の厚みがある。
厚ければ、深く彫れる。
そして、重くなる。
館の寸法の欄には、厚さが必ず入る。
前の回で、寸法が形を伝える話をした。
鐔では、厚さが彫りの深さを示す。
刃と柄で、一件になる
小柄は、刃と柄からなる。
そして、館は両方の長さを書く。
刃を含む長さと、柄だけの長さ。
差は、十二センチほどである。
つまり、刃のほうが長い。
前の回で、部分ごとの寸法の話をした。
小柄では、二つの数字が組になる。
そして、重さは全体で四十八グラム。
たいへん軽い。
小柄という、小さな道具
九点のうち一点は、小柄である。
刀の鞘に差す、小さな刃物の柄だ。
長さは十センチに満たない。
幅は、一.四センチ。
つまり、指の幅ほどしかない。
そこに、風景が彫られる。
そして、名も彫られる。
面積は、鐔の五分の一以下である。

細長い柄と、細い刃である。
刃は、白く光る。
先が、鋭く尖る。
柄は、黒く平たい。
柄の面に、山の形が金で描かれる。
山は、裾が長く広がる。
頂は、平らに欠ける。
その周りに、雲が横に流れる。
雲も、金の線で表される。
柄の端に、細かい文字がある。
刃と柄の境が、はっきり分かれる。
図案の帳面が、混じる
九点のうち一点は、装具ではない。
図案を集めた帳面である。
そして、作者は小柄と同じ人だ。
つまり、下絵を描いた人の帳面である。
前の回で、手本帳の話をした。
こちらは、金工のための図案集である。
紙に墨で描き、綴じてある。
つまり、彫る前の段階が残っている。

閉じた本を、表から写す。
表紙は、深い緑である。
布のような織り目が見える。
左上に、細長い紙が縦に貼られる。
紙は、淡い赤褐色である。
その紙に、墨で四文字が縦に書かれる。
文字は、太く力がある。
紙の縁は、傷んで欠ける。
右上に、丸い札が貼られる。
札には、数字が書かれる。
表紙の下のほうに、汚れがある。
題簽が、ここにもある
いま見た一点にも、題簽がある。
前の回で、絵入り本の題簽を見た。
同じ形式が、金工の図案集にも使われている。
つまり、本という形は同じである。
中身が違うだけだ。
そして、館の番号の札が右上に貼られる。
古い題簽と、新しい札が並ぶ。
これも、前の回で見た通りである。
下絵と、彫りが揃う
同じ人の図案集と、その人の下絵による小柄。
二つが、同じ館にある。
つまり、下絵と製品の両方が残っている。
これは、めずらしいことだ。
前の回で、下絵を描く人と彫る人の分業を見た。
こちらでは、その両側が確かめられる。
図案集を見れば、何を考えていたか分かる。
そして、小柄を見れば、それがどう彫られたか分かる。

楕円に近い形の鐔である。
地は、黒く艶がある。
赤銅を煮て黒く発色させたものだろう。
中央に、縦長の穴が開く。
その左に、小さな穴がもう一つある。
右下に、兎が二匹いる。
一匹は、金色で丸くなる。
一匹は、銀色で身を伏せる。
その周りに、細い草が伸びる。
草は、金の線で表される。
穴の右に、文字が縦に並ぶ。
大小の揃いという、単位
いま見た一点は、揃いの一部である。
大小、つまり長短二本の刀のための金具一式だ。
鐔が二枚、小柄が二本、縁が二つ。
館の番号には、枝が十二付く。
つまり、十二の部品で一件である。
前の回で、番号の枝が部品を数える話をした。
装具でも、同じ仕組みが使われている。
そして、寸法の欄も部品ごとに並ぶ。
拵えという、まとまり
九点のうち二点は、拵えである。
刀身と、その外装一式のことだ。
鞘、柄、鐔、目貫、縁頭。
つまり、部品の集まりである。
そして、館の年の欄が二つに分かれる。
刀身の年と、拵えの年である。
一つは十七世紀と十九世紀。
一つは十六世紀と十九世紀。
つまり、三百年の開きがある。

短い刀と、その鞘である。
上下に並べて写される。
上は、刀身と柄である。
柄は、白い鮫皮に黒い紐を巻く。
鐔は、小さく黒い。
刀身は、細く反る。
下は、鞘である。
鞘は、白い粒を全面に散らす。
粒は、細かく密である。
鞘の端に、金具が付く。
全体が、白と黒で構成される。
二つの年が、並ぶ
いま見た一点の年の欄は、二つに分かれる。
刀身の年と、拵えの年。
前の回で、二つの年が並ぶ例を見た。
刀では、これが普通である。
刀身は長く使われ、外装は作り替えられる。
つまり、中身と外側の年が違う。
館は、それを分けて書く。
一つの年にまとめれば、事実が消える。

長い刀と、その鞘である。
鞘に収まった状態で写される。
鞘は、黒い漆で塗られる。
その上に、金で草が描かれる。
草は、細い穂を垂らす。
柄には、緑の紐が巻かれる。
紐は、菱形に交差する。
柄頭に、金具が付く。
鐔は、小さく丸い。
鞘の先が、細く反る。
全体が、なだらかな弧を描く。
蒔絵という、技法
いま見た一点の鞘は、蒔絵で飾られる。
漆を塗り、その上に金粉を蒔く。
そして、また漆を塗って研ぐ。
つまり、何層も重ねる。
館の技法の欄は、漆と金、と書く。
方法までは書かない。
題の中に、蒔絵という語が入るだけである。
前の回で、題が技法を示す例を見た。
こちらも、その一つである。
題が、日本語のまま入る
九点のうち六点は、題に日本語が入る。
つまり、館は日本語の題をそのまま記録している。
そして、その横に訳を添える。
前の回で、館が原語を残す話をした。
装具の分野では、それが徹底している。
主題の名も、技法の名も、日本語のままだ。
読める人には、そのほうが正確である。
銘と、記録の距離
九点の作者の欄は、銘をほとんどそのまま写す。
名と、作か画かの一字。
つまり、記録と物のあいだの距離が近い。
前の回まで、館が要約したり判断したりする例を見てきた。
こちらは、その距離がいちばん短い。
彫られた文字が、そのまま欄に並ぶ。
読む側は、現物に近いところで読める。
一字が、仕事を分ける
作、という一字。
画、という一字。
その一字で、彫った人と描いた人が分かれる。
もし一字がなければ、区別できない。
前の回で、動詞の一語が構えを示す話をした。
こちらでは、一字が職分を示している。
小さな文字が、大きな違いを担っている。
金属の上の一字が、二百年後の記録の形を決めている。
生没年が、細かく分かる
九点の作者の欄には、生没年が入るものがある。
1829年生まれ。
1830年から1889年。
1774年から1862年。
1841年から1918年。
つまり、記録が残っている。
金工の家には、系譜が伝わることが多い。
そして、銘があるから作品と結びつく。
前の回で、記録が残る条件の話をした。
銘と系譜が揃えば、欄が埋まる。
活動時期だけの人
一方、生没年の分からない人もいる。
九点のうち二人は、活動時期だけが書かれる。
十九世紀なかばに活動。
十九世紀に活動。
つまり、いつ生まれ、いつ亡くなったかは分からない。
作品の年から、そう推し量られている。
前の回で、活動時期の決め方を書いた。
装具でも、同じ方法が使われている。
刻まれた年が、その根拠になる。
九点の年を、並べておく
九点の年を、順に並べる。
19世紀が四点。
19世紀前半が一点。
19世紀なかばが一点。
1868年が一点。
そして、刀身と拵えの年が分かれる二点。
つまり、装具はほとんどが十九世紀である。
刀身だけが、十六世紀と十七世紀に遡る。
外装は新しく、中身は古い。
一本の刀の中で、三百年が同居している。


