美術史・技法

出所の行が、一行しかない——「購入、1871年」の九点、メトロポリタン美術館

寄贈者の名がない。基金の名もない。買った、とだけ書いてある。番号は一七〇まで伸び、主題は花・海・夜・室内・町・鳥・聖書・顔が一つずつ。建物より先に中身を買った館の、いちばん最初の一行を読みたい。支持体は板と布の二種類に割れる。

花瓶の花
ヤコブ・フォスマール《花瓶の花》メトロポリタン美術館蔵

出所の行が、一行しかない

メトロポリタン美術館の記録には、出所の行という欄がある。

英語では出所の行と呼ばれるその欄は、この一点がどうやって館に来たのかを書くところである。

たいていは長い。

誰が寄贈したか。

いつのことか。

誰の思い出に捧げられたか。

どの基金を使って買ったか。

複数の基金を組み合わせたときは、その名前が全部並ぶ。

一行が三行分になることもある。

ところが、次の九点は、そろって一行しかない。

購入、一八七一年。

それだけである。

寄贈者の名がない。

基金の名もない。

買った、とだけ書いてある。

花瓶の花
ヤコブ・フォスマール《花瓶の花》おそらく1613年。館の記録では、板に油彩。85.1×62.5センチ。番号は71.5。出所の行は「購入、1871年」。メトロポリタン美術館蔵。ヤコブ・フォスマール《花瓶の花》メトロポリタン美術館蔵

暗い背景に、褐色の壺が置かれている。

そこから花が噴き上がっている。

薔薇、チューリップ、鈴蘭、矢車菊。

頂点には縞の入った百合が反り返っている。

咲く季節の違う花が、同じ画面に集まっている。

実際にこう活けることはできない。

チューリップは春、薔薇は初夏、他の花はさらに後に咲く。

画家が別々の時期に写した花を、一つの壺に集めたものである。

台の上には、殻を割った小さな貝と、蜻蛉が描かれている。

花からは離れた場所に、小さく置かれている。

縦八十五センチ。

九点のうち、いちばん縦に長い。

出所の行には、五つの型がある

先に、この欄の書き方を整理しておきたい。

この先の回で繰り返し出てくるからである。

大きく分けて、五つの型がある。

一つ目は寄贈。

誰それによる寄贈、と人の名が入る。

二つ目は遺贈。

亡くなった人の遺言によって館に移ったものである。

三つ目は購入。

館が代金を払って手に入れた。

四つ目は基金。

過去に寄せられた金をまとめた財布の名が入る。

五つ目は、これらの組み合わせである。

購入とあって、そのあとに基金の名が三つも四つも続く。

一つの作品を買うために、複数の財布から少しずつ出したという意味である。

この五つ目が、いちばん長くなる。

一八七一年の九点は、三つ目だけで終わっている。

しかも、財布の名すら書かれていない。

館そのものが払った、という以上のことは読み取れない。

番号は、一七〇まで伸びている

出所の行より先に、番号を見たい。

この作品の番号は、七一・五である。

前の数字が受入年の下二桁。

後ろの数字が、その年の何番目かを示す。

一八七一年の、五番目。

同じ買い物のなかの他の作品を並べると、こうなる。

七一・五、七一・二八、七一・五七、七一・六〇。

七一・七八、七一・九八、七一・一二〇。

七一・一六〇、七一・一七〇。

当サイトで公開している範囲でも、番号は一七〇まで伸びている。

つまり、この年の受け入れは少なくとも百七十件あった。

一件ずつ買い集めたのではない。

まとめて買ったのである。

そして、番号の順に意味は薄い。

五番が花の絵で、二八番が聖書の場面で、一二〇番がヴェネツィアの眺めである。

時代の順でも、画家の名前の順でもない。

荷ほどきをした順に近いのだろう。

グラスと牡蠣のある静物
ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム《グラスと牡蠣のある静物》1640年ごろ。館の記録では、板に油彩。25.1×19.1センチ。番号は71.78。メトロポリタン美術館蔵。ヤン・ダーフィッツゾーン・デ・ヘーム《グラスと牡蠣のある静物》メトロポリタン美術館蔵

こちらは小さい。

縦二十五センチ、横十九センチ。

葉書を二枚並べたほどの板である。

その上に、緑の布を掛けた卓が描かれている。

銀の脚が付いたガラスの器。

そのなかに、剝いた檸檬の皮が長く垂れている。

皮は螺旋を描いて、器の縁の外まで垂れ下がる。

手前に牡蠣が二つ。

殻の内側の真珠色が、そこだけ明るい。

右には白い葡萄の房。

粒の一つずつに光の点が入っている。

小さいのに、ものの数が多い。

近寄って見るための絵である。

同じ買い物のなかに、縦八十五センチの花と、縦二十五センチの牡蠣が並んでいる。

大きさの基準がない。

一人の好みで選ばれたものではないことが、そこから分かる。

板と布で、時代が分かれる

九点の技法の欄を見ると、二つに割れる。

板に油彩が五点。

布に油彩が四点。

そして、板の五点はすべて十七世紀のオランダ絵画である。

布の四点は、十八世紀のイタリアとフランス。

支持体が、そのまま時代の目印になっている。

十七世紀のオランダでは、小さめの絵を樫の板に描く習慣が続いていた。

板は反りにくく、細かい筆を載せやすい。

十八世紀になると、布に描くのが普通になる。

大きな画面を安く作れるからである。

記録の技法の欄は、その移り変わりを黙って書き留めている。

海景
サロモン・ファン・ロイスダール《海景》1650年。館の記録では、板に油彩。34.6×43.5センチ。番号は71.98。メトロポリタン美術館蔵。サロモン・ファン・ロイスダール《海景》メトロポリタン美術館蔵

画面の三分の二が空である。

低い水平線の上に、雲が層をなして広がっている。

手前に帆船が一隻。

帆に旗が立っている。

その向こうに、もう一隻。

遠くの岸に、塔のような影が小さく見える。

水は灰緑色で、ほとんど波がない。

板の木目が、空の部分でうっすらと見えている。

題は《海景》とだけ付けられている。

どこの海かは書かれていない。

買われたものを、並べてみる

九点を、描かれているもので分けてみる。

花が一点。

食卓のものが一点。

海が一点。

夜の風景が一点。

室内の場面が一点。

町の眺めが一点。

鳥が一点。

聖書の場面が一点。

人の顔が一点。

見事に、一つずつである。

これは偶然ではないだろう。

当時の売り立てや個人蔵の目録は、こうした主題の区分で絵を並べていた。

静物、風景、海景、室内、都市景観、動物、歴史画、肖像。

区分ごとに一点ずつそろえれば、絵画というものの見取り図ができる。

美術館を作ろうとする者にとって、それは合理的な買い方である。

集めたのではなく、そろえたのだと言ってよい。

蹄鉄を打つ人
アールト・ファン・デル・ネール《蹄鉄を打つ人》1650年代の初めから半ば。館の記録では、板に油彩。48.3×61.3センチ。番号は71.60。メトロポリタン美術館蔵。アールト・ファン・デル・ネール《蹄鉄を打つ人》メトロポリタン美術館蔵

夜の場面である。

画面は全体に暗い。

左手に藁葺きの小屋。

その戸口に、赤く燃える炉が見える。

炉の前に人がいて、何かを叩いている。

火の粉が上に散っている。

右手の川面に、月の光が細く伸びている。

月そのものは雲に隠れて、ぼんやりとした円になっている。

暗い絵のなかに、光源が二つある。

火と、月。

その二つを一枚に収めることが、この画家の得意な仕事だった。

色数は少ない。

褐色と黒と、わずかな朱。

それでも夜だと分かるのは、光の位置が正しいからである。

静物と、風景と、人

夜の絵の次に、明るい室内の絵が来る。

生まれたばかりの子
マタイス・ナイヴー《生まれたばかりの子》1675年。館の記録では、布に油彩。64.1×80センチ。番号は71.160。メトロポリタン美術館蔵。マタイス・ナイヴー《生まれたばかりの子》メトロポリタン美術館蔵

寝台の垂れ幕が開いている。

その手前に、赤子を抱いた女が座っている。

赤子は白い布にくるまれ、顔だけが出ている。

女の足もとに、小さな男の子が立って、こちらを見ている。

左には、頭巾をかぶった年配の女。

卓の上には東洋風の織物が掛けられ、その上に器が並ぶ。

上の棚には陶器が置かれている。

右の暗がりにも人がいる。

出産の後の家である。

祝いに来た人と、世話をする人が混じっている。

床には木の桶。

生活の道具が細かく描き込まれている。

十七世紀のオランダで、この種の場面は繰り返し描かれた。

買い手のいる主題だったからである。

この一点だけ、九点のなかで布に描かれたオランダ絵画である。

年は一六七五年。

板から布への切り替えが、この時期に進んでいたことを示している。

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂
フランチェスコ・グアルディ《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》1760年代の半ばから後半。館の記録では、布に油彩。53.3×85.7センチ。番号は71.120。メトロポリタン美術館蔵。フランチェスコ・グアルディ《サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面に、水と建物が広がっている。

右手に丸屋根の聖堂。

その白い壁が、湿った空気のなかで淡く光っている。

手前の水面に、細長い舟が何艘も浮かんでいる。

左端に帆柱が一本立ち、そこから斜めに綱が伸びる。

空は青灰色で、雲が薄く流れている。

人の姿は小さく、筆の跡がそのまま点に見える。

近くで見ると、ただの汚れのような線である。

離れると、それが人と舟になる。

十八世紀のヴェネツィアで、こうした眺めの絵は旅行者向けに作られていた。

買って帰るための絵である。

つまり、この絵はもともと運ばれることを前提に描かれている。

一八七一年にニューヨークへ渡ったのは、二度目か三度目の移動だったかもしれない。

鳥と、聖書と、顔

残る三点は、それぞれ違う方向を向いている。

日なたで休む鴨
ジャン=バティスト・ウードリー《日なたで休む鴨》1753年。館の記録では、布に油彩。64.8×80.6センチ。番号は71.57。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=バティスト・ウードリー《日なたで休む鴨》メトロポリタン美術館蔵

明るい林のなかである。

水辺に鴨が七羽ほど集まっている。

中央の一羽が翼を大きく広げている。

白い羽の裏側が、日を受けて光る。

まわりの鴨は座っているか、羽づくろいをしている。

左奥に太い木の幹が斜めに立つ。

その向こうに青い空が見える。

草の一本ずつ、羽の一枚ずつが描き分けられている。

動物の絵を専門にした画家の仕事である。

九点のなかで、いちばん明るい一点でもある。

暗い夜景の隣に置くと、その差がよく分かる。

同じ年の、他の番号

九点のほかにも、この年の番号を持つ作品がある。

七一・一一はヤコブ・ヨルダーンスの聖家族。

七一・二三はヨハネス・リンゲルバッハの戦闘場面。

七一・一六二はクリスティアン・ディートリヒの羊飼いの礼拝。

七一・一七〇はヤン・フィクトルスの旧約の場面。

どれも出所の行は同じ一行である。

聖書の場面が複数入っている点に注意したい。

十九世紀の後半、宗教画は絵画の歴史の骨格と考えられていた。

見取り図をそろえるなら、外せない区分だったのだろう。

一方で、この束には十九世紀の絵が一点も入っていない。

同時代の絵は、まだ買う対象ではなかった。

古い絵を買うことが、館を作るということだった。

板の絵は、割れる

支持体の話を、もう少し続けたい。

板に描かれた絵は、時間とともに反る。

木は湿気を吸って伸び、乾いて縮む。

その動きが、絵具の層を割る。

裏から桟を当てて反りを止める処置が、古くから行われてきた。

止めすぎると、今度は木のほうが割れる。

九点のうち五点が板である。

三百年から四百年、その動きに耐えてきたことになる。

海景の空の部分に木目が見えているのは、絵具の層が薄くなっているからである。

薄いところから、下の材料が透けてくる。

記録の技法の欄に板と書かれていることは、そういう先の話まで含んでいる。

布の絵には、別の問題がある。

布は張力で保たれているので、緩めば波打つ。

どちらが長持ちするかは、一概には言えない。

建物より先に、絵があった

ここで、出所の行の年を思い出したい。

一八七一年。

この年、この美術館にはまだ建物がなかった。

セントラルパークの現在の建物が開くのは、一八八〇年である。

つまり、絵のほうが先に来ている。

置く場所が決まる前に、九年ぶんの中身を先に買った。

順序が、ふつうと逆である。

倉庫と壁を用意してから中身を集めるのが、素直な順序だろう。

この館は、そうしなかった。

買える機会が先に来たからである。

イサクの犠牲
ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ《イサクの犠牲》1750年代の半ば。館の記録では、布に油彩。39.1×53.3センチ。番号は71.28。メトロポリタン美術館蔵。ジョヴァンニ・ドメニコ・ティエポロ《イサクの犠牲》メトロポリタン美術館蔵

明るい水色の空を背にした場面である。

右下に、老人が身をかがめている。

その手の下に、裸の若者が横たわっている。

若者の手は後ろで縛られている。

老人は右手に刃物を持っている。

左上から、翼のある人物が下りてきて、その腕をつかんでいる。

もう一人の天使が、その後ろで身を乗り出す。

足もとに薪が積まれている。

刃が振り下ろされる直前で、時間が止まっている。

雲と衣が渦を巻き、全体が上へねじれていく。

天井画のために作られた下絵に近い構図である。

見上げる位置を前提にした角度で描かれている。

館の分類の欄も、単なる絵画ではなく下絵に近い種別を記している。

一点だけ、こちらを見ている

最後の一点は、人の顔である。

男の肖像
アブラハム・デ・フリース《男の肖像》1643年。館の記録では、板に油彩。64.1×53.3センチ。番号は71.63。メトロポリタン美術館蔵。アブラハム・デ・フリース《男の肖像》メトロポリタン美術館蔵

暗い背景から、男の顔が浮かび上がっている。

黒い上着に、白い平たい襟。

襟の縁だけが強く光る。

髪は肩まで伸び、口ひげと顎ひげがある。

顔はわずかに左を向き、目だけがこちらを見ている。

口の端が、笑うでもなく、少し上がっている。

名前は記録に残っていない。

題は《男の肖像》である。

誰なのか分からないまま、百五十年以上ここに置かれている。

九点のうち、こちらを見返してくるのはこの一点だけである。

肖像は、依頼した人がいて成り立つ絵である。

その人の名が消えると、絵だけが残る。

出所の行が短いのと、題が《男の肖像》であることは、別の話ではない。

どちらも、名前が記録に残らなかったという同じ事情の現れである。

買い方が、館の形を決めた

出所の行を、もう一度読む。

購入、一八七一年。

この一行には、書かれていないことが多い。

いくらだったのか。

誰と誰から買ったのか。

誰が金を出したのか。

館の説明では、この年に百七十四点の絵画をまとめて取得したとされる。

当サイトの記録から確認できるのは、番号が一七〇まで伸びていることだけである。

数の一致は確かめられない。

それでも、番号の並びは一つのことを示している。

この買い物は、一件ずつではなく、束で行われた。

束で買うと、質はそろわない。

九点を見ても、名の通った画家と、そうでない画家が混じっている。

代表作と呼べる一点はない。

しかし、絵画という分野の見取り図としては、きれいにそろっている。

名前を書かない、ということ

出所の行に名前が入らないと、どうなるか。

まず、感謝の相手がいなくなる。

寄贈者の名を書くのは、記録のためだけではない。

次の寄贈者を呼ぶためでもある。

自分の名が作品と一緒に残る。

その約束があるから、人はものを手放す。

一八七一年の行には、その約束がない。

館が自分の金で買ったからである。

もう一つ、来歴の追跡が難しくなる。

寄贈者の名があれば、その人が誰から買ったかを調べられる。

名がなければ、そこで糸が切れる。

九点のうち、前の持ち主が誰かを画面から知る手がかりはない。

裏に貼られた札や、額の刻印が残っていれば別だが、公開されている画像には写っていない。

見取り図は、あとで埋められる

束で買った見取り図には、当然すき間がある。

そのすき間を、あとから来る寄贈が埋めていく。

これから読んでいく出所の行は、その埋め方の記録でもある。

ある人は銀器だけを集めて渡した。

ある人は日本の版画だけを、何百点も渡した。

ある人は、自分の集めた甲冑をまとめて置いていった。

分野ごとに厚みが偏るのは、そのためである。

館の所蔵は、計画で作られたのではない。

誰が何を好きだったかの集積である。

一八七一年の九点だけが、その例外に近い。

見取り図として買われ、見取り図のまま残っている。

だから、はじめにこの九点を置いた。

九点を、時計回りに見る

最後に、九点を並べ直しておきたい。

制作年の順に置くと、こうなる。

一六一三年の花。

一六四〇年ごろの牡蠣。

一六四三年の男の顔。

一六五〇年の海。

一六五〇年代の夜の炉。

一六七五年の出産の部屋。

一七五〇年代のイサク。

一七五三年の鴨。

一七六〇年代のヴェネツィア。

百五十年ぶんが、ほぼ均等に並ぶ。

前半の六点がオランダ、後半の三点がイタリアとフランス。

十七世紀のオランダに重心があるのは、当時の相場を考えれば自然である。

数が多く出回り、値がこなれていた。

新しい館が最初にそろえるには、都合のよい分野だった。

見取り図をそろえるという判断と、買える値段という事情。

その二つが重なった結果が、この九点である。

一行の短さが語ること

出所の行は、長いほど情報が多い。

しかし、短い行にも読めることがある。

購入、一八七一年。

この短い一行は、建物より先に中身を買った館の始まりを指している。

主題が一つずつ、時代が二つ、支持体が二種類。

見取り図として買われた九点が、いまも同じ番号で並んでいる。

そして、この行は今後もう増えない。

一八七一年は一度しかないからである。

同じ年の番号を持つ作品は、これ以上作れない。

出所の行は、そういう意味では日付の記録でもある。

次の回からは、名前のある出所の行を読んでいきたい。

誰が、いつ、何のために手放したのか。

一行のなかに、たいていその三つが入っている。

そして、名前が入るようになった時期こそが、館が制度として固まった時期でもある。

買ったものと、もらったもの

館の所蔵には、買ったものと、もらったものがある。

その割合は、分野によって大きく違う。

絵画は買うことが多い。

工芸品や版画は、まとめて寄贈されることが多い。

一点の値段と、集めやすさの差である。

版画は同じ図柄が何枚も刷られるので、個人でも数百点を集められる。

絵画は一点ものだから、そうはいかない。

出所の行の型を数えていくと、その差がそのまま出てくる。

一八七一年の「購入」は、絵画の側の始まりだった。

だから、この連載の一本目はここから始めるほかなかった。

出所の行に名前が入るのは、次の回からである。

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